ぼくは、あっち。
 

 
「………野原」
 先生の大きな掌が、僕の頬を包んだ。
「……すまん。酷いこと言った」
「…っく……ぅっく……」
「本気で…そんなこと、思ってないから」
 掌が、優しく頬をなでる。
「……三浦と抱き合ってるのを見て…逆上しそうになった」
 ───抱き合ってたんじゃ、ない……
「浜中先生を見上げて、微笑んでるお前を見て……もう駄目だと思った」
「……………」
 ───だって…だって……
「俺と付き合うって言ったのに、さっきは凄い抵抗されるし……もう、野原がわかんなくて」
 ──!!
 あれは、……あれはっ! 
 何か言い返そうとして、咽せてしまった。激しく咳き込む。
「野原……」
 背中をさすってくれて、咽せている僕を、覗き込んだ。
「……………」
 僕も、しゃくり上げながら、先生を見返した。
 
 
「酷いことして、ごめんな」
 
 
 苦しそうな顔が僕を見ていた。
 困ったように眉を寄せて……優しい声で囁いて。
 
「─────っ」
 ぼくの……胸がまた締め付けられる。
「うっく!……」
 また、嗚咽が始まってしまった。
 
 ────先生、先生!
 
 しがみついて、顔を押しつけた。
「ふぇ~んっ」
 情けない声で大泣きする僕を、先生はずっと抱きしめてくれた。
「野原、もう泣くな…」
 薄暗がりの中で、彫りの深い先生の顔が僕を見つめる。
 太い眉。力強い目線。
 体育倉庫で見上げて、ドキドキした……その目だ。
 
 胸が高鳴る…見つめられると。
 こんな僕でも…絶対見捨てない、先生の目……
 
「…せんせい…好き…」 
 
「………野原」
 
「先生が……僕を一番じゃなくても」
 しがみついた先生のジャージを、強く握る。
「僕は先生が一番。……僕には濱中先生だけ…です」
 
 先生の眉が顰められた。
「野原……?」
 
「……僕、見ちゃったんです。先生が他の子を抱きしめてるとこ」
「────!」
「それで、ショックで泣いちゃって……」
 手が震える。
「そこに小五郎が、来ただけなんです」
「…………」
「でも、僕…抱きしめ返したり、してない……抱き合ったりしてない……」
 掴んだジャージに顔を埋めて、それ以上は続けられなかった。
 
 ふわっと身体が宙に浮いた。
「!!」
 
 身体を掬われて、先生の膝の中にいた。
 起きあがった先生の膝に向かい合って座らされ、背中を抱きしめられていた。
「俺のせいか──」
 苦しそうに、耳元で呻いた。
「……ごめんな、野原……ごめんな」
「……せんせい」
「野原、それも誤解なんだ」
「え?」
「……俺だって、野原だけだよ」
「………」
 
 抱きしめた腕を解いて、僕を見つめる。
 リアクションのない僕に、困ったように眉を下げた。
「あれは、…相談を受けててな……感極まったあの子が抱きついてきたから、受け止めただけなんだ」
 
 
 ………………。
 
 
「それだけだよ」
「──────」
 
 
 僕の心が──
 真っ白になっていた頭が──
 
 
 
「……ほんと?」
「……本当だ」
 
 
 
 
「……ほかには?」
「……ん? 他って?」
 
 
「濱中先生…モテるから」
 
 
 ふっと、先生が笑う。
「誰もいない。キスしたのも、付き合えって言ったのも」
「……ほんとに?」
「本当に、ほんと」
 
 僕の痛かった心……きりきりと縛っていた紐がほどけていく。
 
 僕は、もう一度先生にしがみついた。
「付き合えって……どういう意味?」
 
「……そうか、ちゃんと言わなかったもんな」
「…………」
 
 先生は一回呼吸をすると、しがみつく僕を、腕の中に収め直した。
 すっぽりと胸の間に抱き込んで、向かい合う。
 薄暗い中で、先生の真っ黒い瞳がきらきらして、僕を見つめて……
 
 
「俺は野原が……野原みちるが、好きだ」
 
 そう言って、照れたように笑った。
「………………」
 
 
 ”好き”
 この単語を、何回打ち消したかな……。
 錯覚するなと、…自分に言い聞かせて。
 
 
 ──野原みちるが、好きだ。
 ……全身に染みこんできたよ…先生の声が。
 
 
「……………」 
 僕は何も言えないまま、先生を見つめていた。
 何か言いたいけど、喉が詰まってしまって。
 熱い涙だけが、後から後から溢れる。
 そんな僕の顔を胸に押し付けると、濱中先生は耳元でそっと囁いた。
 
「だから、俺とセックス有りの交際をしてほしい」
 
「────!!」
 僕は、最後の言葉に、飛び上がってしまった。
 上目遣いに、先生を見上げる。
 顔がどんどん火照ってくるのがわかる。
「その顔…。野原にキスしてから、おまえは俺をそんな顔で、見上げるようになったよな」
 両手で頬を挟まれた。
「こんな顔されたら、俺、何も言えなくなってな……」
 優しいキス。
「唐突に告白しちまったは、いいけど。…その後、どうしたらいいか、わかんなかったんだ」
「せんせい…」
「不安にさせて、ごめんな」
「……うん」
 嬉しくて、嬉しくて……
 先生のジャージで、顔を拭いた。
 涙と鼻水をこすりつけてしまった。
 おい、こらっと、先生が笑う。
 
 その笑いが、不意に止んだ。
「……野原」
「……ハイ?」
 先生の改まった声に、僕までちょっと緊張した。
 
「さっきは、酷いことしてごめんな」
「………」
「怖かったろ?」
 僕は、ゆっくりと首を横に振った。
「……先生の…口だと思ったら…僕……」
「──野原」
 先生の顔が、嬉しそうにほころぶ。
「……もっと、段階踏んで…大事に扱うから」
 
「………」
 ドキドキ、……ドキドキ。
 心が、鳴り出す。
 
「その……いいか?」
 
「……ハイ」
 ドクン、ドクン。
 心臓が高鳴る。
 
 僕は、震える声で、小さく頷いた。
「…怖い? また抵抗しないか?」
「……先生が、僕だけの先生なら……」
 僕は赤くなって、目を潤ませた。
「抵抗するはず、ないです。……いくらでも…全部、もらっちゃってください……」
 恥ずかしくて、笑ってごまかした目の端から、またぽろりと涙が零れた。
 
「野原……」
 優しい目が僕を見下ろす。
 僕も先生を見上げて、見つめ合った。
 片手で顎を支えられ、先生の顔が迫ってきた。
 思わず目を閉じた僕の瞼に、右…左…と、柔らかなキスが降りた。
 離れる瞬間、舌先が掠める。
 ………あ…涙。…キスで拭ってくれた…。
 その後、唇に柔らかく押し付けられた。
 
 ──濱中先生……
 
 そこから、熱が体中に広がっていく。
 
「……ん」
 舌が入ってきた。僕の涙の味がした。
 添えられた手が、僕の顎を上手く誘導する。
 僕は導かれるまま、右に左にと攻めてくる先生の舌を受け入れ、喉の奥へと(いざな)った。
 
「んんっ…」
 ぴくん、と身体が揺れてしまった。
 先生の手が、僕の身体を這う。
 制服のシャツの下から忍び込んで、胸の辺りまで這い上がってくる。
 顎を支えている手が、身体が本格的に逃げるのを許さない。
 唇はしっかりと捕らえられたまま、身体のあちこちを触られた。
 
 ──腰が…身体が熱くなる……
 
「ぁ……はぁ……」
 先生の唇が、首…鎖骨…と、下へ降りだした。
 その動きに合わせて、シャツのボタンを外していく。
 
「…あっ」
 胸の尖りに辿り着いた。
 敏感なそこは、先生の熱い吐息まで、感じている。
「ん…せんせ……」
 頭にしがみついて喘いだ。短い髪の毛に指を差し込んで、その髪を掴む。
「ぁああっ……」
 舌先と唇…人差し指と親指で……啄まれ、摘まれては、押し潰されたり嘗められたり。
 生温かいはずの舌先が生み出す快感は、鋭すぎて冷たくさえ、感じた。
 そこに刺激があるたびに、背中に疼きが這い上がった。
「……ん」
 
 唇が更に下へと、降りていく。
 さっきのエッチで、僕は制服のズボンを降ろしたままだった。
 それも全部、脱がされた。
 滑らかに舌先が、薄い腹筋をなぞっていく。
「……あ…」
 熱い場所に、唇が辿り着く。
 先生は、また僕のモノを咥えた。
 僕は…また熱く大きくなっちゃってたんだ。
「せんせ……それは…もういい……」
 恥ずかしくて、そんなに何回もはイヤだった。
 数回唇で扱くと、すぐに離してくれた。
「……はぁぁ…」
「後での、お楽しみ…な」
 ニヤリと笑って、その下のもっと恥ずかしいところを舐め始めた。
「ひゃあ! せ…センセイッ」
 慣れない刺激に、声がひっくり返ってしまった。
 生温かいぬめっとしたものが、後ろを出入りする。
「んぁ……」
 腰が震える。得体の知れない、ゾクゾクとした痺れが背中を這い上がる。
「あっ! …はぁ……」
 指が入ってきた。先生の太い指。僕を押し開く。
「んんっ……!」
 出し入れを繰り返して蕾に刺激を与えながら、挿入してくる。
 そうして根本まで埋まった指が、体内で蠢めいた。
 僕は我慢できずに、足を踏ん張ってしまった。
「…あぁッ」
 腰の位置が高くなって、先生に掲げているみたいだった。
 
「……痛くないな?」
 心配そうに聞いてくる。
「はぁ………」
 僕は喘いだまま、無言でこくこくと頷いた。
 口を開いたら、あらぬ声が出そうだったから。
 


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