真夜中のページ・ボーイ
6.
「──────?」
うるさい目覚ましを止めても、ここがどこだか一瞬判らなかった。
「…………」
目をこらして見渡すと、薄暗い女中部屋のような仮眠室だった。
───ああ…僕は……
昨日疲れ果てた僕は、結局意識をなくした。
明け方ヤツの隣で目を覚まして、やっとワゴンを片づけたんだ。
──身体が痛い……
全身が怠くて、時計を掴んだ手さえ、それ以上動かしたくない。
“仕事に支障をきたすなよ”
狩谷チーフの声が蘇る。
そう言うんなら、ルームサービスなんて、断ってくれればいいんだ!
心の中で悪態をついて、何とか布団の上に起きあがった。
「……痛ッ……」
後ろが痛い。背骨や腰骨が軋む。
──あの制服……着るの嫌だなぁ……
きつすぎて、身体の痛みを忘れさせてくれないだろう。
「おっす、須藤。……今日も酷い顔、してんな」
早朝ミーティングのあと、野立先輩に声を掛けられた。
「……そんな、酷いですか?」
「ああ……。どうしたら、そんな顔になれるんだ?」
反対に訊かれてしまった。
そんなこと、答えられるわけがない。
「……寝不足です」
「ふ~ん? まあ、なんでもいいけど、そんな顔じゃお客様が不快に思うぞ。仕事はキチンとしろよ!」
ポンと肩を叩くと、爽やかに笑って行ってしまった。
──僕だって、キチンとやりたいですよ……
先輩の背中を見送って、僕も持ち場に着いた。途中の窓ガラスに映った自分の顔は、確かに酷かった。
「…………くそっ」
ムリヤリ笑顔を作って、ほっぺたを引っ張った。笑顔が、僕の売りなのに!
「須藤! お客様が到着されたぞ!」
フロントから狩谷チーフが呼ぶ。
「ハイッ!」
その瞬間から、気持ちは切り替わる。
さあ、お出迎えだ。飛びきりの笑顔で!
「いらっしゃいませ、ホテル逢森庵へようこそ。お荷物をお持ち致します!」
昼食を過ぎて、何人目かのお客様を案内した後……。
その後の予定を小さなメモ帳に書き込みながら、僕は相変わらず動かないエレベーターに乗っていた。
「…………!」
また閉まる直前に、誰かが乗り込んできて、ヒヤッとした。
「危ない! ……飛び込んではダメですよ……」
はっと顔を上げて、とっさにそう言ったけど。
目の前に立っていたのは、またあの男だった。
「……貴方は!」
「……仕事してんだ。偉いな」
───はっ? …………な……
「……なにを呑気に……!」
ニヤニヤと見下ろしてくる男に、言葉を失った。腹が立ちすぎて、声が出ない。
それでも喉から疑問を絞り出した。
「あ……貴方は、何者なんです? 101のお客様じゃ、ないでしょう!」
「……101に、いるのに?」
男が片眉を上げた。
──そうだけど、……それが、変なんだ……
「だって、101は白髪に口髭の老紳士のはずですっ」
「はははっ」
急に男が笑い始めた。
「老紳士だって?」
「……そうですよ! それが何ですか?」
食い下がる僕に、ぐいと顔を寄せて、男は笑いを止めた。
「アンタ、それ、見たことあんの?」
琥珀が間近で、キラリと光った。
「まだ……お目に掛かったことは……」
「いねぇよ、紳士なんて!」
吐き捨てるように言うと、僕の手首を掴んできた。
「それより、ヤらせろよ」
───えっ!?
身体をあちこち触り出す。
「や……やめてください、こんなとこで!」
昨日の今日で、よくもそんな……
それに、本当にこんなとこ誰かに目撃されたら……!
「誰かに見られたら、貴方こそ、お終いじゃないんですか!?」
キスしようと近づいてきた顔に、思いっきりその言葉を叩き付けた。
───謎の男。
そうだよ、コイツが誰かに見つかれば……いっそ事が発覚すれば、こんなこと終わりになる。
……そのほうが、いいのかも。
「──それは、マズイな」
妖しく笑うと、止まったエレベーターから僕を引きずり降ろした。
そして、すぐ横の給湯室に連れ込まれた。
「離してください!」
ここだって、人が来ないわけじゃない。チェックアウトの後なんか、新しいポットのお湯の入れ替えで、かなり出入りが激しくなる場所だった。
「うるせえ」
奧の壁に押し付けられて、いきなり股間を握ってきた。
「あッ……痛っ……」
身悶えた隙をつかれた。ビロードのタイをするりと解かれ、両手首を縛られた。
「や……」
抵抗も空しく、水道の蛇口にタイの余りでくくりつけられた。
「ちょっと……ダメです! そんなこと──!」
タイも制服も、傷むのが気になって激しく動けない。
上半身がシンクの上に乗り上がってしまい、腰が嫌でも突き出される格好にされた。
「やめ……やめてくださいっ……」
同じ体位で犯られた、昨夜のことを思い出してゾッとした。今度こそ、声が嗄れてしまう……
「うるせえんだよ」
掌で口を塞がれ、スラックスを引き下ろされた。
「───んんっ!!」
水で濡らした指をインナーの隙間から乱暴に突っ込まれ、中をかき回される。
傷の癒えていないそこは、痛いだけだった。
「んっ──んんッ……!」
指が増やされる。いつもの圧迫感。
───あ…やだ………!
開かされる感覚は、何度味わっても気持ち悪い。口を押さえられたまま、僕は必死で首を振った。
───嫌だ──離せっ…!!
「……んんっ」
指と熱い滾りが入れ替わって、入ってくる。気絶しそうな目眩に襲われた。
「ぁっ……んぁああっ……!」
───痛……
僕に構うはずもなく、男は腰を使い始めた。
───ぅあぁ…あぁぁッ………!
容赦なく与えられる痛みと、沸き起こる疼き……
はッ、はッと、首スジに当てられる荒い息が、背筋をゾクゾクさせる。
「……俺を探るな! 呼ばれたときだけ、来ればいいんだ!」
耳の後ろで、押し殺した声が聞こえた。
──────!
動きが激しくなる。
「んっ………んんッ……んぁぁ…!」
口を押さえられたまま、何度も何度も突かれて、ヤツだけイッた。
「くッ…………」
「制服を汚させちゃ、悪いからな」
そう嗤って僕の中に出すだけ出して抜き出ると、手首の拘束は解いて、給湯室から出て行ってしまった。
「……はぁ…………はぁ……」
高ぶらされた身体が、心臓を早める。荒い呼吸だけが室内に響いた。
………………。
残された僕は、言いようのない悔しさと痛みで、呆然としていた。床にへたり込むわけにもいかず、シンクの縁にしがみついて。
───なんだ、今の……
欲望というより、怒りをぶつけられた気がした。
“俺を、探るな!”
その声が、頭の中で何度も繰り返された。
──危険、危険──
鳴りやまない警報にシンクロして。