真夜中のページ・ボーイ
21. リスクと代償
───はっ!? ……身体で……虜……!?
ビクンと、身体が揺れてしまった。
レンは目隠しの手をそのまま、背中に回した方の腕で、僕を押さえ込んで抱き締めた。
宥めるように、肩をさすってくれる。
「織部は……何をするか判らない。俺は、そっちの方が怖かった」
「…………」
「毎晩……どこに監視が居るか判らない中で……101号室に通っては、ヤツのいいように、玩具にされた」
「逃げるどころじゃない……俺は自分から…誘って……」
「もういい!! …………もういいよッ!!!」
僕は叫んでいた。
───聞くに堪えない! ……もう充分だ!!
“誰” だって?
“何者” だって!?
……名前も存在も許されない、雁字搦めのゴースト……ただそれだけだ……
レンが最初から、言ってた通りじゃないか!!
レンの掌の影から、僕の頬に幾つもの、熱い筋が伝っていた。
「ごめん……レン……」
言わせて、ごめん……信用しなくて……ゴメン。胸がキリキリと傷んだ。
───こんな事まで、言わせる必要なかった!!
そもそもホテル内の“織部宗司”の話なんか、全部架空、嘘っぱちだったのに!
なんであそこで、そっちを信じたんだ……なんで僕…レンを疑ったんだ……!
レンが目隠しを取らないから───
半端に上を向いたまま、その身体にしがみついて、僕は謝り続けていた。
「ごめん……ごめんなさい」
「晃也……お前も、もういい……」
もう謝るな……
その言葉を口付けに換えて、唇を塞いできた。
…………レン
入ってくる舌を受け入れて、僕は……僕たちはいつまでも舌を絡め合った。
言葉を発さないよう……
無用な声を、封じ込めるよう……
「ん……んっ……」
レンの手が、僕のシャツの下に入ってきた。
相変わらず、僕だけ下を脱いでいて、レンはしっかり着込んでいる。
僕は負けじと、厚い胸元に手を伸ばした。キスを続けたまま、お互いの服を剥いでいく。
───うわ……温かい……
素肌で抱き締め直された。
レンの肌の熱が、直に伝わってくる。
触れている面、すり合わせている部分、全部がそれぞれ気持ちいいって言っている。
指先…腕…胸…頬……、太股……ふくらはぎ……踵………そして、腰………
ソファーの上で、脚を絡め合った。
「レン……気持ちいい」
「…………」
「初めてだよね……」
こんな、二人が裸で抱き合うの……
あんなに何回も、僕……いかされていたのに……
レンの掌が、僕の背中をさする。
「いや……俺は……」
何かを、言い淀んでいる。
「……?」
「初日……ワインで酔い潰した後……お前を抱いた」
──────!!!
「散々抱き締めて───堪能した」
「……!!!」
熱くなっていた身体が、もっと熱くなった。顔から火を噴くかと思うほど、頬が燃え上がった。
「あれは……ひどい」
絞り出した声は、そんなことしか言えなかった。
「すまなかった……な」
そっと、耳にキス。
「ッ……!」
首を竦めて、胸に顔を埋めた。
いつものコロンの名残が、仄かに香っている。でももっと、本当のレンの匂いがした。
「……うん……これで、あいこだ」
───そう思って、いいよね。
レンの唇が、本格的に僕の身体を這い回り始めた。
「んっ…」
敏感な部分は、勝手に身体が反応してしまう。
すっかりレンの手に慣らされた、僕の身体。次にくる快感に期待して、震えるようになっていた。
脚を開かされ、中心に降りていく舌と唇……
指先は、太股の内側や脚の付け根を撫で上げる。
核心に唇が触れた。……熱い吐息。
「んっ……ぁあ……」
僕も熱い息を吐く。
僕の指先も、レンを欲した。腰の上の頭に辿り着き、両手を乗せた。
「…………」
ぴくりと、レンが反応して、愛撫を止めてしまった。
「……ぁ…イヤじゃない……続けて…」
思わず言ってしまった、恥ずかしい言葉。唇を噛んで、言葉を止めた。
「……」
動かなくなった頭…指先を滑らせて、ウェーブしてる髪に差し込む。そっと梳いてみた。
「んぁ……」
熱い息と共に、再び舌が蠢き出す。僕を舐め上げて、震えさせて…。
……あぁ……
後ろを解し出す。指が奧を探る。……優しく僕を開いていく。
「晃也……」
低い、掠れた声で呼ばれた。
それだけで、背筋がゾクリとした。
「……レン」
……ん…………はぁ……
熱いレンが、僕の中に入ってくる。
ゆっくり、ゆっくり……僕を傷つけないように、いたわるように……でも、それこそが、僕を刺激する。
「ぁ……ぁああっ……」
背中を反らせて、膝を開いて、ゆっくり、ゆっくり……僕も、受け入れていく。
──熱い…すごい熱い……!
そこから疼き上がる快感が、背中を貫いていく。
この間、初めて気持ちがよかった……
でも、今日はもっと気持ちいい……
だって、僕たちは……もっとずっと奥深くまで、繋がることが出来た。身体だって、そうだ。
今は、二人を遮るものは布一枚、ないんだ……
「……晃也」
レンの心配そうな声。
薄目を開けると、揺らめく明茶色の琥珀が目の前にあった。
「…………」
僕は微笑んで、腕をレンの首に巻き付けて……。
その唇に、キスをした。
───僕は大丈夫……そう、伝えたくて……
「ん……あッ……ぁああ…」
レンの腰が動き始めた。
腹の奧に刺激が来る。身体が高まっていく。
「蓮……蓮……」
「…………晃也」
お互いを呼び合いながら、深く深く……身体を繋げ合った。
「レン───気持ちイイ───ぼく……も……いく…」
打ち付けに全身を揺さぶられながら、喘ぎ喘ぎ、懇願する。
「晃也……あきや……」
「んぁ……あぁっ……!」
反り返っている屹立を扱かれ、後ろは激しく出入りされて……僕は絶頂を迎えた。
レンの手の中で、びくんと震えて、白濁を飛び散らせる。
───んっ…!
レンも僕の中で達したのが、わかった。
「…………はぁ……はぁ…」
ソファーに寝たまま、抱き合った。
荒い呼吸が静まらない。胸が激しく上下している。
「……レン」
目の前の鎖骨に唇を押し当てながら、僕は謎だった男の名前を呼んだ。
「……なんだ」
汗で張り付いた僕の前髪を掻き上げてくれて、上を向かされた。
「僕……ベルマンは、辞めたくない」
「…………」
「それでも……いい?」
「………2ヶ月で、居なくなるんだろ」
見つめ合う瞳が、揺れる。
「……ここの…専属になるようにしてよ……このホテルの」
「…………」
「旧館でいいから。……アンタなら、できるだろ?」
狩谷チーフを一言で、左遷に追い込んだ男。
その権力行使は、たぶん僕だけのためだ……
なのに、何故か苛つく。つい、言葉がキツクなった。
「………………」
レンの目が、更に揺らめいた。
────?
胸がざわつく。
この目は、いつも感じた違和感と同じだ。強がりながらも、啼いている──
……なんで、今?
僕はしがみ付いて、レンを見つめた。
権力行使が……問題なのか?
本当は僕だって、そんなことするヤツ、嫌いだ。名前に物言わせて、圧力をかけて……
そんなの、ヒトを下に見ているヤツのやることだ……って───
────あ……!!
ニブイ僕は、やっと判った。迂闊な自分に腹が立った。
……違う、そんなんじゃない!
……むしろ、反対なんだ───
傷ついてるレンを、もう一度見つめた。
老人達の道具にされながら、自分を保って来たレン……
何をされても、どう利用されても、多分レンは、その報酬を突っぱねてきたんだ。
気持ちだけは、潔白でいようと……!
なのに、ここに来て……レンは僕のために、その立場を行使したんだ……
僕のせいで……その立場を利用したせいで……本当に、受け入れた形になってしまった!
──老人の愛人であり、弱みでもある……自分……
その性を虜にするべく、道具として、自分の意志でそこに居る。
織部財閥の、道具として────それが“織部宗司”だったんだ。
そんな、屈辱的なこと……僕のせいで……
「レン……ごめん……」
レンが守ってきたもの……
譲らなかったモノを、捨てさせたんだ……
それなのに、もう一回それをヤレと、偉そうに言ってしまった……!
涙が止まらない。
「ごめ……ごめんなさ───ぅう……!」
胸を拳で叩いて、泣き続けた。
そんなこと、して欲しくなかった!
レンはいつでも、横柄で凶暴で……そうでなきゃ、いけないのに……!
あんなチーフの為に、レンは自分を貶めてしまったんだ……