真夜中のページ・ボーイ
5.
「自分で脱げ」
耳元の声は、非情だった。
「…………」
全裸も恥ずかしいけれど、脱ぎ途中のTバック姿も、見られたくない。
「……シャワーを貸してください」
僕としては、せめてもの願いだったのに。
「何を言ってる。浴びてきたんだろ? シャンプーの匂いがするぜ」
「あ…………」
耳の後ろに鼻を押し付けられて、首を竦めた。
───そうだ。気を落ち着かせようと、出がけに熱いシャワーを浴びたんだった。
「───っ!」
僕は真っ赤になってしまった。
用意周到だと、勘違いされただろうか? こうなることを予想して、準備してきたと……
「早く脱げ!」
狼狽した僕には取りあわず、苛々した声で命令してきた。
「………………」
僕はしょうがなく、ゆっくりと立った。
ソファーでふんぞり返っている男を睨み付けながら、首のタイを外した。
丁寧にローテーブルの端に置いていく。
ベストの首を繋ぐチェーンを外し、ボタンを外す。
それを脱いで、畳んで置く。
靴下を脱いで、テーブルの足元に置く。
迷ったけど、シャツの前にスラックスを脱いだ。
そして、インナー。
上半身にシャツ一枚だけになったとき、男が笑った。
「……イイ眺めだな」
「────」
僕は取り合わず、手首のカフスボタンを外した。前のボタンもゆっくり外す。肩を滑らせて脱いだシャツを、丁寧に折り畳んでスラックスの上に重ねた。
時間稼ぎをしているつもりはない。
……ただ、羞恥心を抑え、泣き喚くことなく自分で立っているには、こうするしかなかった。
「………………」
それでも、最後は顔を背けてしまった。頬が熱い。
一糸纏わぬ姿になり、恥ずかしさで、背中を伸ばすのが精一杯だった。
睨み続けることなんかできない、噛み締めた唇が震えた。
「……なかなかいい根性してるな、お前」
薄目にして僕を眺めていた男は、低い声でそう言って笑った。
「オイルを持って、こっちへ来い」
「…………」
ソファーにふんぞり返っている男の前に立つと、男はオイルのビンを受け取りながら、意地悪く口の端を上げた。
「脚を開いて、俺の膝に跨がれ」
「────!!」
膝にって……
大股を開いて座っている男を見下ろす。
──こんなトコに、座ったら……
戸惑っていると、また怒鳴られそうだった。
眼を合わせなくたって、わかる。苛ついた双眸が僕を、睨み上げている。
「…………」
僕は両手の拳をグッと握り締めると、言われたとおりに跨った。
想像以上に開いた僕の両脚は、恥ずかしい局部を晒け出してなお、外側へ引っ張られた。
「…………」
「こっち向け」
横に反らしていた顔を、ぐいと正面に向けられた。
「───っ」
羞恥に負けたくない、我慢して歯を食いしばっていた。耳まで赤くなったせいで、男の指が変に冷たく感じた。
近い距離で睨み合う。凶暴に煌めく琥珀が、僕を吸い込んでいく。
「そのままでいろよ」
その眼を細めて笑うと、男は僕の顎を捕らえたまま、反対の手を背後に回した。
「──あッ」
指が背中をつ…と、なで下ろし、後ろの中心に迷わず這っていった。
「……んっ……」
そのまま入ろうと、下から押し上げてくる。
「や……ムリ……です…」
濡らしてもいない。いきなりそんなことしたって、痛いだけだ。
僕は腰を捩って、嫌がった。
「動くな」
鋭く一瞥されて、身体が竦んだ。
視線も反らせないほど強引に顎を掴まれている。危険な光を放つ瞳の中に、一瞬、更に獰猛な影を見た気がした。
言うことを効かないと、何をされるか判らない…そんな恐怖が湧いた。
──危険、危険──
警報がまた鳴り出す。
何で僕は、あそこで逃げなかったのだろう。
何故、部屋に入ってしまったんだろう。
警報を聴きながら、それを無視した自分に疑問を抱いた。
「……何を考えている」
男が、顎を掴む手に力を入れた。
「……貴方のことです」
僕は負けじと、返す眼に力を込めた。やり場のない両手を、膝の上で握り締めて。
「貴方に従っている自分が、悔しいです」
「はっ……、あんなビデオ、見せられりゃな」
下卑た声で、低く嗤う。
──あんなビデオ……
それもある……あんなの! 悔しくて、眉を寄せた。思い出したくもない!
……でも、それだけじゃないんだ。僕のこの警報は、もっと違うことを警告している。
──荷物を纏めて、このホテルから逃げろ──
──この男から、逃げろ──
そんなことして、あのビデオを裏社会にバラまかれたりしたら、大変だ。
でも、それ以上に、ここに居続ける事の方が、危険なんだ。
点滅し続ける危険信号は、そう警告していた。
「ぁあっ……」
急な刺激に、思わず声を上げてしまった。
男の指が、後ろから入ってくる。今度はオイルを使っていた。
「んっ……ぁあぁ…」
さっきとは違う感覚に、また腰が逃げを打つ。
入り口の壁を突き抜けて入ってきた指は、ぬるぬると動いて中を探り出す。内壁をなぞり更に奧を目指す。出し入れされるたび擦れて、ソコに妖しい感覚を産み出していく。
「……っ!」
唇を噛み締めて、声を抑えた。
「どうした? もっと鳴けよ」
また顎を掴んで揺すってくる。僕は、細目で男を睨み付けると、短く言った。
「早く終わらせてください」
「────」
男の手が止まった。僕の目を、覗き込むように見る。
興醒めしたように、その眼からは獰猛な光が消えていった。
───恐い
殴られるか、どんな酷い仕打ちを受けるか。でもとにかく、こんなのさっさと終わりにしてほしかった。───明日はまた、仕事があるんだ。
「はっ……ほんと、いい度胸だな」
片頬を歪めると、顎の手を離した。
「…………っ!」
同時に後ろを突き上げてくる。あまり慣らさず、指が増やされていく。
「ん……ぁあ……」
どうしても、声が漏れてしまう。僕は必死に唇を噛み締めて、首を振った。
出るたび、入るたび、身体の奥の方で、何かに火が点いたようにチリチリと熱くなる部分がある。そこを擦られると、思わず後ろを締めてしまう。勝手に力が入るんだ。
そうすると余計刺激が強くて……
「ぁ、……ぁあっ……」
背中を仰け反らせて、身体を震えさせた。堪らない感覚が背筋を走り抜ける。
「……っ、……っ!」
唇を引き結んで、もっと声を抑えた。男には触りたくもない。やり場のない手は、自分の太股に爪を立てていた。
「おまえ、想像以上だな……」
「……?」
瞑っていた眼を開けて、ちらりと目線をやると、真っ直ぐな琥珀色が余りに近い。驚いて仰け反った。
「んっ」
追いかけてきた唇に呼吸を塞がれた。背中を抱えられ、それ以上逃げられない。指はますます、突き上げを激しくした。
「んんッ……!」
体内から熱く湧き上がる疼きが、背中を這い登る。僕の中心で小さく揺れていたものが、上を向きだしていた。
「───ぁ……?」
不意に指を抜かれ、身体も突き放された。
少し開いた身体の隙間で、男は自分のズボンの前を開けた。
「…………!」
「ここに座れ」
取り出したそれは、既に反り返って血管を浮き上がらせていた。
──ちょっと待って……
大きすぎる。そんなの入るかって……
「早くしろ!」
「…………っ」
昨日は酔わされてて、判らなかった。でも、コレを挿れられていたんだ。
顔を下に向けたまま、目線だけ上げて男をもう一度見た。知らずに、生唾を飲み込んでいた。
「昨日より、痛くはしねえよ」
そんな僕を嗤う。また双眸には、凶暴な光が宿っている。
オリーブ油をたっぷりと、後ろに塗り込められた。
「ん……」
指が出るとき、また呻いてしまった。
「もっと腰を出せ」
「……ん……くぁ……」
自重が手伝って、ヤツが僕の中に入ってくる。
メリメリとこじ開けながら、さっき指が擦っていたところを容赦なく触る。
「あっ、ぁああッ……!」
堪らなく、声を上げてしまった。
バランスが取れなくて、男の肩にしがみつく。全部を飲み込んで男の腰に座り込んだあとは、もうそれ以上動けなかった。
「そのまま、抱き付いてろ」
男の掠れた声が、荒い息と共に耳元で響いた。
「んぁああっ……」
腰の両側を掴まれ、持ち上げて落とされた。同時に、下からも突き上げられる。
もの凄い衝撃。中を擦る刺激が、僕を襲う。
「や……ぁああ……」
男の肩を掴んだまま、身悶えて背中を反らせた。
「──あッ」
晒した胸の中心に、舌が這ってきた。ツキン、と痛みのような快感が腹の下めがけて走った。
「やっ……やめ……」
ますます絞めてしまった後ろに、自分が苛まされる。
「いい顔してる」
にやりと嗤われて悔しかった、何も言い返せない。
───早く、終わらせろ……! 揺さぶられながら、それだけ祈った。でもそんな僕をあざ笑うかのように、男は僕を攻め続けた。
「ぁぁあ──くっ……ぁあ……」
押し殺した喘ぎが、妖しげな水音と共に、部屋中に響く。
「そんな声もいいが……」
不意に、耳に囁かれた。
「……あ!?」
腰を持ち上げられ、ヤツが抜け出た。
急に消えた異物感に戸惑った瞬間、ソファに向かって四つん這いにされた。
「うぅッ」
後ろからもう一度、貫かれる。閉じようとした穴を無理矢理こじ開けて、また中を擦られた。
「ふ……あぁ……ああっ、………あああッ!」
さっきとは違う角度で、剔ってくる。違う衝撃が体中を駆けめぐった。僕は声が嗄れるほど、際限なく啼かされた。
「オマエ……最高……」
また耳に囁かれた。ビクンと、心が震える。すでに身体を支えられない腕はソファーの背もたれにしがみつき、膝で座り込んでいた。腰だけ高く突き出して、男のなすがままだった。気持ちいい衝撃と高みきらない衝動が、いつまでもいつまでも続く。
「ぁ、あ、……もう……やめて…………くだ…」
「ああ、イかせてやる!」
大きい掌が、完全に勃ってしまっている僕の中心を握り込んだ。
「……ァア……!」
激しく上下し出す。
「……んぁああっ!」
堪らずに、首を振って感覚を散らした。激しすぎる。無遠慮に、どんどん高められていく。
───あッ……イク……
こんなヤツの手で! 一瞬過ぎる躊躇も、快感の波には勝てなかった。
「ああぁッ……!」
体内に熱い滾りを注ぎ込まれる。僕も男の手を白濁で汚した。
はぁ……はぁ……
解放された身体は、ソファーに座り込んだ男の上に崩れ落ち、動けないでいた。
上品なシャツから、コロンの香りがほのかに匂っている。僕だけ全裸な事に、改めて思い知らされた。
また羞恥と悔しさが、湧き上がってくる。なんでこんなヤツの言いなりに、ならなきゃいけないんだよ……!
──そうだ、なんで僕なんだ……
なんで……塩崎さんがいるのに……。
塩崎さんがこんな目に遭って欲しいワケじゃない。
でも、あの人を差し置いて、なんで僕が101に呼ばれるんだ?
「…………」
僕は顔を上げて、男を見た。この男に気圧されて、肝心なことを訊いていなかったんだ。
「───?」
僕の目線に、怪訝な顔で眉を寄せたみたいだった。
涙で視界が歪んで、その顔はよく見えない。
「……なんで……」
乱れた呼吸で、切れ切れだけど、必死に言葉を紡いだ。
これを訊かなきゃ、僕は戻れない。
「…………なんで、僕なんですか?」