chapter3. on time- それぞれのピリオド -
1. 2.
2.
でも、秘密の一つに異変が出てきた。
2年後、僕は10歳になっていた。
相変わらず毎朝、お尻に指を入れられて起きる。体を下から揺らされて、息が苦しくて、顔が熱くて、目が覚める。
最近それがとても辛い。克にぃに、それをどう言ったらいいかわからなかった。
その辛い感じに、真夜中に襲われて眠れないこともあった。そんな時は克にぃがすぐ気が付いて、僕をあやしてくれた。
僕の身体は、オトナになってきている。その変化が辛いんだという。
突然何かわからない恐怖みたいのが湧いて、急に泣き出した事もあった。克にぃは腰の辺りをさすってくれて、「大丈夫」を繰り返す。
「メグ、ちょっと試してみようか」
ある夜、克にぃが言った。
「何を?」
「秘密を一つ増やすんだ」
僕は、胸をくすぐられた。
「うん、なに、なに?」
ベッドの上で四つんばいでにじり寄る。
「そこに寝てみて。ズボンとパンツ脱いで」
「…うん」
僕はドキドキした。
克にぃの引き締まった顔に、つられて緊張したからだ。
「力ぬいて、感じたままに身体を任せてみな」
そう言いながら、僕の膝を開いて、後ろを触ってきた。指にローションを塗って、朝やってるように、僕の中に差し込む。
「ん……」
腰がムズムズして辛くなってくる。
「克にぃ……」
どう言っていいか判らず、すがるように見つめた。あいている方の手で頭を撫でてくれる。
「今までと感覚が違うんだろ?」
僕はこくんと頷いた。
「どう違う?」
「……なんか、お腹の辺りが、変…」
「おしっこしたい感じ?」
僕は真っ赤になった。違うけど、そう思ってしまいそうなのが、怖いのかもしれない。
「変て思わないで、気持ちいいって思ってみて」
「えー…、ムリだよ…」
「いいから、ほらこんな風に動かすと、ここがムズムズしない?」
「あっ!」
克にぃが、僕の中で指を動かした。同時に、反対の手で前の方を握られた。その瞬間、僕の頭と身体がビリッとした。
電気に触れたみたいに。体がびくんと跳ねてしまった。そして、克にぃが握ってる手の中の僕が、大きくなっていった。
お尻の指をもっと動かす。
「ん、ん…」
前を握った手を上下にしだした。
「あッ、かつ…にい」
僕の頭の中に光が走ったみたいに、痺れて、体中が震えた。
「や……あぁ!」
腰から沸き上がった感覚が、足先まですごい勢いで流れた。お腹のムズムズしてた辛い感覚は、一気に消えた。
その代わり、克にぃの手のひらが、透明な液体でべちゃべちゃになっている。自分から出たものかと思うと、気持ち悪い。
「…ごめんなさい。克にぃの手、汚しちゃった」
僕がしょげて言うと、克にぃは、笑って言った。
「まだだったな。こんなもんじゃないよ、ホントは」
「?」
意味がわからなくて、首をかしげた。
「ともかく、スッキリしただろ?」
「あ、うん。ほんとだ」
僕は、体が楽になっていることにホッとした。その代わり、かなり疲れた感じ。
「僕、…眠い」
僕はすぐに眠ってしまった。
克にぃの大きな手のひらが、ずっと頭をなでてくれてたのを、何となく覚えている。
その3日後に、僕はムセイしてしまった。
夜、お漏らししたのかと思って、慌てて起きあがった。
何か夢を見ていた気がする。内容は覚えていないけど、体の感覚は夢の中をそのまま引きずっているような気がした。
現実に引き戻されたとたん、下半身に不快感が広がる。
「アッ…」
ショックと動揺で、僕は言葉も出せなかった。
「メグ、大丈夫。落ち着いて、大丈夫だよ」
すぐに飛び起きてくれた克にぃは、僕を頭ごと抱え込んで、背中をさすってくれた。
僕は気持ち悪いのと、怖いので、泣き出してしまった。
「大丈夫。兄ちゃんも同じだったんだ、みんな、誰もが通る道なんだよ」
「………………」
こんなのが、オトナになることなら、僕は嫌だと思った。
「おめでたいことなんだぞ。そう言えば、女の子はお赤飯炊くのに、男はないな」
「…え?」
僕が顔を上げると、
「いや、何でもない」
苦笑いして、克にぃは体を離した。
お風呂場でシャワーを浴びて、新しいパジャマに着替えたら、だいぶ僕も落ち着いた。
「寝るたび、こんなになるなら、寝るの怖いよ」
そう言うと、克にぃが僕を見た。
「大丈夫。兄ちゃんが、メグに魔法をかけてやる。今日はもうダイジョブだから、明日やろうな」
その目が妖しく光った気がした。
次の日の夜。
僕はこないだと同じように、下着を脱いで横になっていた。
「あんま大きな声が出るとまずいから、これ咥えて」
タオルを渡された。僕はちょっと怖くなった。痛かったらやだな。
「夜中にあんな事にならないようにする、おまじないだよ。気持ちいいこと」
ローションで両手を濡らす。片手を僕のお尻に触れてきた。マッサージするように揉んでから、指を入れてくる。
「ぅ……ん」
また腰が変になってきた。
「あっ」
前も握られて上下された。ゾクゾクとお腹から変な感じがわき上がる。
「や…、かつにい…それ嫌だ……」
手を振り解こうとしたら、自分から離してくれた。と、思ったら…
「タオル咥えて」
そう言って、その口で、僕のそれをパクリと食べてまった。
「あっ、……あぁっ」
僕はタオルで必死に口を塞いだ。
生温かい口の中が僕を変な感覚に引きずり込む。生まれて初めての感触に、どうしていいか分からなかった。
息も出来ない。なんが動いてる。僕の周りを這い回って、上下する。
「んんん────っ!」
腰から生まれたゾワゾワが、背中を這い上がる。足先までびりびりする。
その時、僕はこれ以上ないと言うくらい、恐怖を感じた。
「あっ、克にぃ、…やめてっ」
「……大丈夫。お漏らしじゃないよ、慌てないで」
口を離して手に持ちかえると、休まないで上下させながら、そう言う。
「……でもっ!」
「夜中、勝手に出ちゃうのを食い止めるために、先に自分で出しちゃうだけ。力を抜いて、解放してあげて」
「あ…かつ…にい……ん、んっ」
もう、僕の気持ちでどうにかなるものじゃなかった。
大きな津波に身体ごと持ってかれるような、激しい揺さぶりと、高ぶり。
「───あぁっ」
何かが出る感じと、痺れの頂点みたいのに襲われて、僕の身体は痙攣を繰り返した。
はぁ、はぁ、…息がいつまでも苦しい。
克にぃの掌が、今日は白く濁ったもので汚れていた。昨日のと同じ。僕はそれがもの凄く嫌い。
急激に自己嫌悪(と言うらしい。後で知った)に陥った。
「…メグ、気持ち良かったろう?」
克にぃまで頬を赤くして、息が荒い。
「…うん」
たぶん。すごく気持ちよかったんだと思う。後になって体が思い出して、もう一回したいって思ったから。
でもその時は、あとの気分の悪さのほうが強くて、素直に頷けなかった。
でも、克にぃはすごく嬉しそうだった。シャワーを浴びて着替えさせて、ベッドに戻った僕を、布団の中で抱きしめる。
「この時を待ってた。ずっとずっと、待ってた」
「…克にぃ?」
「…どれだけ待ってたか、わかんないだろうな」
上半身を離して、僕を覗き込む。
瞳がきらきらして、とても綺麗だった。
「メグは嫌かもしれないけど、ホントの意味で、恵は確実に一歩、大人の身体になったんだよ」
「…………」
「俺に、追いついてくるんだ…。小さかったメグが」
また頭を胸に押し付けられて、僕は苦しくなる。
僕は本当に嫌だった。こんな気味の悪い変化は。
でも、同時に嬉しかったんだ。たしかに、確実に一歩近づいたんだと。僕は何も知らない子供ではなくなる。
だから…。
だから、克にぃは、そこで待っていて。
それ以上先に、もっと大人にならないで。僕のために、そこで待っていて。
僕は、もっと急いで大人になる…………
僕は、克にぃの胸にしがみついて、泣き出した。
何かとてつもなく悲しかった。
「恵……大好きだよ」
優しく微笑んでくれる。僕も笑顔を返した。
「克にぃ、僕も、大好き。ずっと、ずっと大好き」
そう言って、また胸に顔を押し付けて泣いた。
僕の一つ目の秘密は、そうやって大きく変化した。
それは知らずに、学校での僕にも変化を与えていたらしい。それに気付くのは、いつも霧島君だった。
でも僕は、自分のことばかりで、霧島君のことなんかちっとも分かっていなかったんだ。
9歳の終わり頃。
霧島君は、僕を呼んでは口ごもることがたびたびあった。活発で明るいのに、落ち込んでいるように下ばかり向いている時もあった。
僕は、それ以上近づいてこない霧島君に、深く踏み込もうとはまったく思わなかった。
まだその時は、僕は幼すぎた。
たった何ヶ月かの違いだったのに。ずっと後で、それを分かったんだ。
霧島君は誰にも相談できずに、自分一人で悩んで、自分一人で解決したのか…。
そう知ったとき、僕は霧島君をあらためてすごいと思った。
僕なんかより、ずっと大人なんだと思った。
そして、一緒に分かってあげられなかったことが、悔しかった。先に一人で大人になっていた霧島君に、涙が出た。