chapter5. stop time 時間停止- 刻印と切望と -
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そして、事件が起きた。
野球の試合場所を観光地近くに設定して、皆で山の方に観光がてら行ったんだ。もちろん、先輩は克晴も連れてきた。僕はそんな時は何するつもりもないから、どっちかと言うと先輩にべったりだった。元々、僕は先輩が好きだったのだから。
ところが、試合が終わって荷物を纏めだした頃、克晴がいないことに気が付いた。
「先輩、克晴がいないです!!」
真っ青になって、みんなで探した。そして僕は見つけた。かなり幅のある河沿いで。高い陸橋の、手すりの上に身体を乗り出してる克晴がいた。
あっ───
思った瞬間、克晴が落ちた。
僕は脳裏に、嫌な言葉が過ぎったんだ。
……まさか、自分で?
……僕が嫌で、僕から逃げようとして…
でも、そんなことグズグズ言ってる暇は無かった。
克晴が死んでしまう!
僕の目の前から、姿を消してしまう。
もう、あの小さな身体を抱きしめられないなんて──!
考えるのと飛び込むのと、同時だった。陸橋まで走っている暇はなかった。幸い僕は下流側にいた。その場で河原を滑り降りて、流れに飛び込む。
思った以上に速い流れだった。
(克晴──!)
目を開けて、克晴を捜す。
どこだ…!
苦しい。でも息継ぎしている場合じゃない。かなり川底の方で、流されている克晴を見つけた。
僕はがむしゃらに泳いで距離を縮め、その小さな体を掴み止めた。何とか川岸まで泳ぎ切って、岸に押し上げる。
その後はもうだめだった。自分の体を引き上げる力が、腕にはまるで残っていなかった。克晴の呼吸が確保出来ているのか、あのまま溺死してしまわないか、そっちの方が心配で、僕は流されながら、誰か岸にいないか目で探した。
先輩たちが下流から走って来るのが見えた。僕は必死に、動かない腕で上流を指した。伝わったのか、何人かがそのまま走っていく。僕は安心して、流れに逆らうのを止めた。服が水流をはらんで体ごと押し流される。足や手が冷えすぎて、吊ってしまいそうだった。
そのまま僕は溺れてしまった。
かなり下流まで流されて、浅瀬に引っかかった所を、追いかけてきた先輩たちに拾い上げられたらしい。酸欠が激しくて、精神混濁の時間が長かった。そのせいでとても心配された。
先輩が僕に感謝し、謝罪してくれる。そんなこといいのに。僕は、克晴が無事だったことが、なにより嬉しかった。(混濁している時に何か口走ってしまわなかったようで、後になってホッとした)
克晴自身は、僕にお礼も謝罪もしなかった。それも別にいらないから、どうでも良かったけど。だって、原因は僕にあるかもって、思ってたから。
でも、それも違ってた。恵君に持って帰るお土産の葉っぱを枝から取ろうとしていただけだって。だから、二重にほっとしたんだ。
元気になった僕は、やっぱり克晴を触らずには、…抱かずにはいられなかった。
「…あ……んんっ」
声が変わってきたと気付いたのは、1年以上過ぎてからだ。
僕の膝の上で、背中を反らせてのけぞる。呼吸の合間に、今までと違う声が聞こえた。
指を2本、最奥まで押し込んでいる。中でゆっくり掻き回していた。
「ん…ん……っ」
反らせた頭が、僕の胸に当たる。逆さに覗き込んだまま、薄く開いた口にキスをした。蕾がきゅっと閉まる。僕は予想以上の反応の良さに、驚いた。
「…なんだよ、オッサン」
薄目を開けて、逆さに睨んでくる。紅い頬が強気を思わせる。
「オッサンはやめろって」
僕は指を強く動かした。
「あっ……」
目を瞑って、喘いだ。
2度目の挿入の時は、気を遣った。
ゴムをつけて、ローションも使う。克晴はゴムを気味悪がった。
「いいから、あっち向け」
「後ろから?」
「…克晴は、どちいがいい?」
「どっちもヤだ!」
即答だ。そしてそれは嘘じゃないだろう。蒼白な顔をしている。
腕を掴むと引き寄せた。小さな身体は、すぐに腕の中に収まった。
「ごめんな、僕、がまんできない」
耳元であやまると、そのまま背中を押してうつぶせにさせた。
枕を腹の下に入れて抱えさせる。突っ伏しても呼吸が確保されるからだ。しつこく解した蕾は、前の時よりは僕を受け容れた。まだまだ全部はムリだけど、入るとこまでで、動かした。
「ぁ……っ」
克晴が、呻く。
しなやかに反る背中。
……克晴。
僕はどんどん、克晴に溺れていった。
小学6年生、11歳の終わり。卒業する年の冬に、克晴の様子がおかしくなった。
僕との関係が始まって、もう丸2年になっていた。僕と二人の時は、にこりともしない。言われるがまま従うし、話しかければ会話はする。でもそれだけで、一切の余計なことは省いて、コトが終われば早く帰りたがったし、必要以上は会いたがらなかった。
それでも、こんなに長く身体を触り合っていると、なにか気持ちの通じる所が出てきてくれるのだろうか。
「オッサンのせいだ。オッサンがこんな変なことするから」
急に僕にそんなことを言い出した。車を止めて克晴を見る。何か思い詰めて、怒っているのか。鋭く前を見据えて、膝の握り拳が震えている。
…いや、困っているんだ。
克晴は感情が激しすぎて、困ったり泣きたかったりする時は、怒った顔をする。
「なにが、僕のせいなんだ?」
「…………」
「なんだよ、自分で言い出して。黙ってちゃわかんないだろ」
そう言うと、顔を上げてキッと睨み付けてきた。
…だいぶ育ったな。
僕はふと、そう思う。頬がそげ、首や手足がさらに長くなり、肩幅も出てきた。見るたび、先輩に近づく。そう思ってしまうたび、胸が締め付けられる。僕は克晴が眩しくて、目を細めた。
ふいに、克晴がぷいっと顔そむけた。
あ、いけない。
せっかく克晴が歩み寄ってきてくれた。ちゃんと聞かなきゃ。言い掛かりだろうと、八つ当たりのいちゃもんだろうと、克晴からのアクションは初めてだったから。
「なんだ、こら! 言え!」
僕は、克晴の脇腹をくすぐった。
「わ…」
不意を突かれて、克晴は可愛い声を出した。
等身大の子どもの声。僕はもっと聞きたくなって、さらにくすぐった。
「や…やめろって! オッサン!!」
苦しそうに藻掻く。その声はもう、生意気克晴だった。ちぇ。
「もしかして、眠れないのか?」
手を止めると、思い当たったコトを、先に言ってやった。
「!!」
はっとした顔を上げて、僕を見る。
「体が変で、眠れないんだろ?」
この年代の子どもが通る登竜門、きっとそうだと思った。なんてったって僕も男だ。
克晴は、なんで? と言いたそうに眉をよせて首を少し傾げた。その仕草が、またいい。
「オトナをなめんなよ。こちとら経験者だぞ」
ニヤッと笑ってやった。
克晴は動かなかったが、なんとなく愁眉を開いた気がした。
「どこまでだ?」
「え?」
「まだ、ないのか」
「?」
ぴんと来ないらしい。変化前の、不安が先に来ているんだ。いい機会だから、克晴にちゃんと教えたかった。
その変化、理屈じゃない物質的欲求。そして感情の波が身体を突き動かす。その全てが、僕が克晴にしている行為に帰結していくのだから。