chapter5. lost world 2 -届かない声-
1. 2. 3.
1
僕に降りかかった恐怖は、それだけで終わらなかった。
克にぃのいない世界で…放り出された僕一人で生きて行くには、僕はあまりにも無防備だった。
経験、知識、覚悟、防御……そういうもの全てが、僕にはなさ過ぎたんだ。
一晩泣いてたって、答えなんて出ない。
どうしたらいいのかわからないまま、次の日も僕は、保健室に呼ばれた。
当然のように、おいで、と言う桜庭先生。先生は、付いてきた霧島君を追い払うと、僕をベッドに上がらせた。
「昨日で、何するかは分かったよね」
「………」
僕は恐る恐る、頷いた。
先生は、僕に自分で服を脱ぐように言うと、楽しそうにそれを眺めた。
そして、裸でベッドに座り込む僕の顎を上に向かせる。僕はその口付けを、目を瞑って受け容れた。
「………っ」
……ぁあ、ぁあっ!
出ない声で叫んだ。後ろを容赦なく出し入れされて、身体がおかしくなりそうで。
痛みと快感が、僕を引き裂く。心がどんなに嫌がってても、身体が気持ちよがってしまう。
「はぁっ……、はぁっ……」
桜庭先生の突き上げてくる動きにあわせて、熱い息を吐く。
前も扱かれて、背中とお腹からぞくぞくと、たまらない感じが湧き上がってきた。
……せん…せい……。
限界を感じて、固く瞑っていた目を少し開ける。僕の顔を覗き込んで、上気した顔が楽しそうに微笑んでいた。
「──天野君。その声が聴けないのが……本当に残念だよ」
動きながら、そう言って頬にキスをした。
「…………っ」
僕は、顔を横に振った。もういきそうで、聞いてなんかいられない。
「───っ!」
体中に電流が走った。びくんと痙攣する。桜庭先生の手の中で、僕はいってしまった。
あっ………!
同時にまた、お尻に熱いモノを感じた。先生が僕の中に、出したんだ。これは嫌い…克にぃじゃない、アカシ。
ぐったりして涙を流し続けている僕を、先生が上から見つめる。
「……君は、本当によく仕込まれているね……」
吐息とともに、そう言われた。
僕の身体が、一瞬熱くなった。───仕込まれてるって……克にぃのことだ。
克にぃが僕に色々教えてくれた。僕の身体の気持ちいいところ、気持ちいいと“感じる”こと。
そんなとき、どうしたらいいか……そういうこと、全部全部、教えてくれたんだ、何年も掛けて。
思い出して、違う涙が流れた。唇を噛み締める。
「……もういいよ。早くトイレに行きなさい、丈太郎も待ってる」
「────!!」
桜庭先生のその言葉に、僕はびっくりして顔をあげた。非情な先生、終わったらさっさと行けと言う。
「………………」
僕は初めて、憎しみを込めて先生を見た。
声が出たら……。もし喋れていたら、僕はなんと言って、言い返しただろう。
先生が、僕をこんなにしたのに!
お尻が痛い、ものすごい脱力感、…すぐ動けなんて無理だよ。睨み付けたまま、起き上がることも出来なかった。
───でも、霧島君が心配する。
早く行かないと、迎えに来てしまうかもしれない。こんな格好を見られたら……僕……。
はぁ、と息をついて、ベッドに身体を起こした。
桜庭先生もまた、長い溜息を吐く。何か言いたそうに僕を見てるけど、僕は知らない振りをした。
服を着直すと、ゆっくりベッドを降りて上履きを履いた。何も考えたくない。ぺこりとお辞儀を一つして、顔も上げずに保健室を出た。後ろ手にドアを閉めるとき、桜庭先生の優しい声が聞こえた。
「明日もおいで」
ちゃんと服が着れているのか……変な顔をしていないか……一瞬よぎった心配も、だるさと絶望感には、勝てなかった。
「………っ」
両手の握り拳を上に向けて、うつむいた顔に押し当てた。腕を伝って、涙が床にポタポタと滴り落ちていく。しばらく動けなかった。
───めまいがする……あちこちが痛い……
───トイレにいかなくちゃ。
手を下ろして、のろのろと歩き出した。下を向いたまま、壁伝いに少しずつの歩幅を移動する。その時正面から、久しぶりに聞く野太い声が飛んできた。
「───よお、男女じゃん」
「…………!」
頭が真っ白になった。
顔を上げた僕の目に映ったのは、いじめっ子の平林健二……前に増して、図体が大きくなっていた。
クラスも変わって1年以上過ぎている。会う機会も少なく、僕への嫌がらせは途絶えていた。
でも、いじめられ続けた僕には、恐怖が染みついている。
この顔を見ると、心臓が凍ったように身体が固まる。心も体も、逃げたいのに動けなくなる。
見つめてなにも言わない僕に、平林君は近づいてきた。
「なんだよ、無視か? 偉くなったな……」
僕を見下ろして、言葉を止めた。
「…………?」
……なに? なんか妙な感じの無言に、視線を平林君に返した。
平林君は、僕をじろじろと上から下まで観察するように見てくる。僕は気持ち悪くて、視線から逃げようと背中を向けた。
「……おい! 一言もなしかよ」
喋れないことを知らない平林君は、逃げる僕の腕を捕まえた。
「………っ!!」
───離して!
抗うと、掴んだ腕を上に引っ張り上げられた。片手で吊るされた格好になった僕は、怯えた目を平林君に向けた。
「───お前、天野恵だよな?」
「…………?」
「……へえっ、すげー……」
じいっと僕を見る。
……離して。
僕は口をぱくぱくさせながら、身体を捩った。もともと非力なうえに、とても怠い。もたもたした僕の動きを、平林君は面白そうに眺めていた。
「天野!?」
背後遠くから、頼もしい声が響いた。顔を捩って視線を走らせ、僕はその姿を捉えた。廊下の向こうから、霧島君が走ってくる。
「おい、平林! その手を離せよ!!」
半分宙吊りになっている僕の腕を、平林君から解放してくれた。
「ちっ、……おまえら、まだつるんでんのかよ」
面白くなさそうにそう言うと、平林君は背中を向けて、下駄箱の方へ戻って行った。
「……………」
……助かった。
僕はその場にへたり込んでしまった。溜息をついて手首をさする。
「天野! なにされたんだ?」
覗き込んできた霧島君に、顔を上げて“ありがとう”と目線でお礼を伝えた。首を振って、無事なことも知らせる。
でも霧島君は、目を見開いて僕の全身を上から下まで見ている。さっきの平林君の視線と同じだった。
………なんか、やだな。
小首を傾げて、霧島君の目を覗き込んだ。それに気付いて、はっとした顔を僕に向け直した。
「……大丈夫……だったんだな? なにも、されてないな?」
こくんと一つ頷いた。
「それならいいけど……。アイツ、平林の奴、最近ますますいいうわさ聞かないんだ。なんか、ガラの悪い中学生とツルんでるとかって」
僕は目を瞠った。中学生……。すごい大人な気がした。そんな人達と付き合うなんて……。
「それより天野、遅いから迎えに来た。……喉、どうだ?」
僕に付き合って、霧島君も廊下の真ん中でしゃがみ込んだ。心配な声で聞いてくる。
………叫べれば。
恐怖や痛みで叫ぶことが出来たら、もしかしたら声は戻るかもしれないと、思っていた。
でも、僕の喉からはひゅうひゅうと空気が漏れるだけで、叫びは頭の中でこだましただけだった。──誰にも届かない……。
悲しくなって、首を振った。
「……そうか。……まあ、焦んなよ」
ふいと、横を向いて立ち上がった。その顔が赤くなってるように見えた。
僕が立ち上がるのも手伝うと、霧島君は急に僕の襟元に手を伸ばして、シャツのボタンを留めてくれた。
………あ。
普段は閉めている上から2番目が開いていた。さっき、ちゃんと着なかったんだ。
……それでか。あんなに心配してくれて。僕も赤くなって、下を向いた。
「……帰ろう、天野」
僕はうつむいたまま、こくんと頷いた。