chapter11. keep a secret -絶対命令-
1. 2. 3. 4.
3
「おいで」
少し離れたところから、そう言った。
「今……ですか?」
「そう。──今」
天野君は、ちらりと丈太郎を見て、泣きそうな顔をぼくに向ける。
丈太郎が変な顔をして、見返している。
ここ何日か、天野君が学校を休んだ。
丈太郎は何か知っているらしい。彼の声が戻ったことだけ、報告してきた。
久しぶりに天野君を見た気がする。
いつもの昼休みの花壇。百葉箱の温度計をチェックしに行くと、二人がいた。
「……………」
彼の様子はどうしたのだろう。妙に憔悴したおもかげで。しかも、丈太郎に頼りきったような顔で、寄り添っている。
今までは、どんなに一緒にいたって、天野君は天野君だったのに。
二人の空気が、そこだけ異質だった。
ぼくは二人を、引き剥がしたくなった。
もう一度、呼んだ。
「天野君、久しぶり」
にっこり笑って。
「桜庭先生……」
天野君は、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね、霧島君」
「……天野?」
「僕、ちょっと………行ってくる」
「ああ、でもお前……相談って……」
天野君は、ぼくの横に歩いて来ながら、丈太郎に顔だけ向けた。
「先に教室、戻っててね」
気丈に微笑む天野君の肩に、ぼくは手を掛けた。ぼくの身体にぴったりとくっつけて歩かせる。
───克にいがこんな風に、いつも寄り添っていたな。
今なら、本当によく分かる。
天野君が、ぼくより他の誰かの近くに居るのが、それだけでとても嫌だった。
「………?」
抱いている肩が、ぎこちない気がした。身体全体が強張っている。
保健室に連れて行くと、やはり様子が変だった。妙に怯える。
ベッドの端に腰掛けさせ、頬に触れてみたときも、肩に手を置いただけでも。
「……天野君」
それでもぼくは、久しぶりに会った高揚感で、あまり気にすることができなかった。
早く、キスしたい。早くその肌に触れたい………。
ちょっと強引に唇を重ねて、彼を味わった。舌を進入させて、温かい彼を探してみる。
「んんっー!」
途中から、天野君は泣き出してしまった。
「────!?」
唇を剥がし、その泣き顔を見つめた。
怯えた瞳の色。真っ青な顔。今まで、こんな反応をしたことは、なかった。
セックスの相手が、克にいではないのが辛い。……そんなふうだったのに………これは……。
行為それ自体に、怯えている…? キスさえも……
「───天野…くん?」
休んでいる間に、何があったのだろう。
丈太郎との様子が今までと違うのも、関係していると思った。
顔を覗き込むと、そこには恐怖に怯えて、震えている小さな子供がいた。
今までは、幼くても、子供とはあまり思わなかった。克晴という存在と、天野君本人の神秘さがフィルターとなって、ぼくに「子供」という認識をさせなかった。
でも……今、目の前にいるこの子は、どうだろう…。
その顔は、余りに痛々しかった。
眉を寄せて、ひたすら小刻みに震えている。
“克にいが帰ってこない”と泣いた、あの時よりも、脆い。どこかか弱く、頼りない感じがした。
「………天野君」
ぼくは横に座ると、そっと手を伸ばして頭に乗せた。ビクン、と肩を跳ねさせた。
その頭をそっと引き寄せて、ぼくの胸に押し当てた。頭と肩を抱き込むように抱えて、震えが止まるのを待った。
「………」
じっと動かない。ぼくを嫌っているわけでは、ないようだった。
それを恐れているぼくは、ほっと安心した。
今の天野君を見ていると、妙に心が駆り立てられる。抱きしめて、慰めずにはいられない。
───自分のことは、棚に上げて…。
今はただ、この可哀想な魂が怯えているのを、穏やかにしてあげたかった。
しばらくして、小さな頭がもぞもぞと動き出した。身体の震えは、止まったようだった。
「……天野君、大丈夫?」
腕を解くと、もう一度様子を窺った。
「……せんせい……」
目を潤ませて、唇と頬を赤く染めて、見上げてくる。
その顔に、以前のような甘えた感じは、なくなっていた。それでも、その眼はぼくを煽る。唇はぼくを誘う。
「──んっ」
また唇を重ねてしまった。
「んんっ、……やっ…やぁ!!」
驚くほどの力で、振り解かれた。
「!!」
涙目で睨み付けてくる。恐怖が強すぎて、困惑が怒りに変わっているんだ。
「天野君。………言うことを聞く約束は?」
ぼくの声に、眼差しから怒りは消えた。
戸惑って、見上げてくる。そして、首をゆるく……横に振った。
「せんせい……ぼく……いや」
………何が、あったのか。
今まで見てきたパターンから、思い付く事例が、一つ………
なんてこと────何か…誰かに、酷い悪戯か暴行を、受けたのじゃないか?
一週間も休んでいたのは、そのせい……?
「………」
それで、怖くなってしまったのか。
ぼくを見上げる瞳に…こんな恐怖を湛えたことは、なかった。
この変わり様、怯え様は、そう判断して間違いないと………
肩を小刻みに、振るわせて。強ばった体が全身で、拒否反応を示している。
“嫌”と言った小さな唇は、そのままきゅっと結んで。時々薄く開けては、浅い呼吸を繰り返す。
───声も。
声が戻ったのは、本当に良かったと思っている。でも、あれだけ取り乱してショックを受けて、出なくなった声が………。
丈太郎は、何も言わない。ただ、「出るようになった」とだけ、言ってきたのだ。
変だとは思っていた。
きっと、その悲劇が、皮肉にも………
でも───
何をされたんだろう?
いったい誰が、この子に酷いことを……
そんな当然思い付く腹立たしいことは、今は後回しだった。
………今はこの恐怖を、なんとかしないと。
「怖くないから…」
強張っている顔に、優しく囁いた。そっと肩に、手を置く。
ぼくの体温が、じわじわと伝わるように。
「いつも、気持ちよかった……よね?」
覗き込んだ瞳が、揺れる。
「もう、一生……やだ?」
瞬きを繰り返しては、困ったように眉を寄せる。
ぼくはどうしても、したかった。
天野君を抱きたかった。久しぶりだったし。
今、目の前にいる。今なら呪縛の効果が続いている。次はもう無いかも知れない。
チャンスは今だけだった。
「もう一度言うよ、服を脱ぎなさい」
声が厳しくなってしまった。天野君の目が、また怯えた。
───逃げられてしまう!
ぼくは、焦った。
………捕まえて…とにかく、捕まえて……。
それから───
思うのと、身体が動くのは、同時だった。ぼくは天野君の両腕を捕らえると、片手で一つに束ねた。
「───!!」
今日は、半袖Tシャツ一枚だった。そのTシャツをたくし上げると、無理矢理上に引っ張って脱がせた。
裏返しになったシャツは、頭を抜けて、腕の所でクシャクシャに集まった。
「──せ、せんせい!?」
驚きの声をあげる天野君。
ぼくは構わず、邪魔なTシャツを腕から抜き去った。
そして、自分のぶら下げていた携帯ストラップの紐を首から外し、それで両手首を括り上げた。
「……や!」
携帯なんて、ワンプッシュで外せる。白衣のポケットにそれを滑り込ませると、縛った天野君をベッドに押し上げた。
「先生! やだっ……!!」
───この身体は喜びを、知っている。
思い出させればいい。優しく愛撫して、快感を高めてあげて。
思い出させればいい。身体が打ち振るえる、気持ちよさを。
その思いだけが、ぼくを動かしていた。完全に怯えきってしまう、その前に。
快楽を恐怖で塗り潰してしまわない、今だけが、チャンスなんだ。
枕元の棚の備品タオルを、口に噛ませた。今日は声が出る。うるさくされたら、終わりだ。
括った手首も、ベッドの端に繋いだ。
こんなことしたら、よけい怖がる。そんなのは分かってるけど……逃がしたくなかった。
なんとかつなぎ止めて──後は………
「んん───っ!!」
暴れる身体を押さえつけて、首筋にそっとキスをした。
前髪を掻き上げておでこに、頬に、鼻の頭に。そっと、そっと柔らかいキスを落としていった。
そして、囁く。
「天野君、好きだよ……」
手のひらも優しく這わす。体温を感じる程度に触れて、頭を撫でる。頬を包む。
「ぼくは痛いことは……しないよね?」
肩や腕を、安心するように、やさしく撫でさする。
「君に、怖い思いはさせないから……大丈夫」
そう、合間に、囁いて。
次第に、天野君の抵抗は、収まっていった。
「………」
今度は目を硬く瞑って、微動だにしない。
相変わらず、顔色は真っ青だった。
ぼくは何度も何度も、瞼や両頬に柔らかなキスをして、その双眸が開くのを待った。
だけど、期待に反した天野君の反応に気が付いたときは、
「────!」
胸が締め付けられて、声が出なかった。
………天野君
彼は目を閉じたまま、静かに涙を流し始めた。
噛ませたタオルの奧で、嗚咽が聞こえる。
「……天野君、ごめんね。こんなことして」
罪悪感で、胸が痛くなる。まさかこんな泣き方をされるとは、思っていなかった。
同時に、天野君に触れていて、身体が熱くなる。舌先で涙を掬い取りながら、頬へのキスを繰り返した。
「静かにしていてくれたら、このタオルは取ってあげる」
ほっぺたに食い込ませて、無理矢理首の後ろで縛ってある。
本当に。こんなこと、本来ぼくは好きじゃない。痛めたり、泣かせたりするのは、ぼくの不本意とする所だった。
「天野君……聞こえたかな? ……声、出さないで、静かにしていてくれる?」
「────」
「こんなタオル、取ったほうが、楽だよね?」
「…………」
涙に濡れた双眸が、うっすらと開いた。
微かな視界の中で、ぼくを捉える。
“嫌”とは言わない…ただ見つめてくる……。それを、サインと見た。
首の後ろに手を回して、タオルを外してあげた。ケホケホと、軽い咳を繰り返す天野君。不安げにぼくを見上げる。
「……せん…せい…」
「大丈夫……怖くないから」
頬を両手で挟むと、また、ほっぺや鼻の頭に軽いキスを繰り返した。少しずつ、唇にも掠める。
耳…顎…首筋…寄り道しながら、確実に唇に帰っていく。
天野君の頬が、上気してくるのがわかった。時々薄目を開けて、ぼくを見る。
……その、熱っぽい視線……
ぼくも身体が、熱くなっていった。段々唇だけに、絞っていく。
「ん……」
重ねるだけ……それを繰り返しているうちに、唇が薄く開いてきた。
その小さな口が、熱い吐息を吐く。
そっと、舌を入れてみた。
「……はぁ……っ」
荒い呼吸が、ぼくを受け入れた。
逃げるくせに、居場所を教えるように掠めてくる。小さな舌全体で、ぼくの口内中にじゃれついてくる。
歯列も、上あごも、舌下の窪みさえ舐め回す。
一端絡んだ舌は、吸盤が吸い付くように密着した。
どんなに角度を変えても、離れない。お互いを求め合って、舌面を擦り合わせた。
「…………ん」
ぼくの腰が疼きだす。熱い何かが、天野君を味わうたびに、腰に響く。
ひとしきり夢中になって、やっと唇を離した。細い銀色の糸が、二人の間で光った。
「……はぁ。素敵だよ、天野君」
極力ゆっくり、顔を下に降ろしていく。
鎖骨を舐めて、薄い胸のラインに舌を這わせて……薄桃色の花弁に、辿り着いた。まだ尖ってもいない。
「あっ、やぁ……!」
天野君が、暴れ出した。
「せんせい……お願い……ぼく、やだ」
また同じ事を言って、首を振った。
「……何が、いや?」
聞き返しながらも、舌先で弄った。
「あッ、……それ、それが……やだ…」
「………なんで?」
「─────」
「もう、………怖いのや、痛いのは……嫌だから?」
「!?」
天野君の目の色が変わった。
「……先生は、なんでも知ってるんだよ」