chapter12. keep my mind -こころをつないで-
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苦しい…
あちこち痛い。身体が、妙に重い。
───ここは、何処だろう。
うっすら開いた瞼から、光が差し込んできた。
青い世界。
白いシーツと、青い掛け布団。
……僕の部屋だ。
僕、どうしたんだっけ。
克にぃがいなくなって……
桜庭先生に、酷いことされて……
ああ、そうだ。
霧島君が来てくれる。
霧島君が……
僕は霞む目で、布団の中に視線を泳がせた。
──状況を…はやく、情報を…
僕、どうしたんだっけ。
霧島君は、来なかった……。
ポーチの前……
公園の茂み……。
もう一度、自分の格好を見る。
学校に着て行った服のまま。……泥だらけだ。
────思い出した………僕は!!
「ぐっ………」
吐き気と嗚咽で、喉が変な音を立てた。
ショックで心臓が痛い。ガチガチと顎が震えだした。
───怖い! 怖い! 怖い!
押さえ付けられた恐怖を…
囲まれて見下ろされる怖さを…
生々しく思い出してしまった。
「うぅ………っ」
ぎゅっと瞑った目から、涙がぼろぼろこぼれ落ちる。
布団の中の身体を、両手で抱きしめた。動くと全身が痛い。
──克にぃ……克にぃ! 助けて……助けてよぉ!!
心が怯えて叫ぶ。
僕、今度こそ、壊れちゃいそうだよ!!
痛いのに、身体が勝手に動いた。
何かに突き動かされるように、ベッドから這い出た。
──克にぃ……!
僕の身体は、無意識に克にぃを探していた。抱きつきたくて。抱きしめて欲しくて。
でも、痛んだ身体は言うことをきかなかった。
「あっ」
布団を上手く剥がせなくて、掛け布団ごとベッドから落ちてしまった。
泥まみれのズボンが、半分見えた。
「───!!」
急いで布団を巻き付けて、隠した。
……やだ。やだやだやだ……
───こんなの、うそだよ
「天野!?」
誰かが、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「……大丈夫か!?」
倒れている僕に、近寄ってきた。
……あっ
僕は、目を瞑って叫んだ。
「───こないで!」
すぐに誰だか分かった。その瞬間、思ったんだ。
───来ないで! 僕に触れないで!
───こんな身体、触っちゃダメだ!
「……きりしまくん」
…お願いだから
「天野……」
「……ごめんね、今は…ちょっと……触れないで」
今は、拒絶反応しか出ない。
どんなに心配してくれても、僕は霧島君を傷付けてしまう。
癒されないって、わかってる
触らせちゃいけないって、心が叫んでる
傷ついた僕
汚された僕
自分のことで、精一杯なんだ
今は、何も言えない、何も答えられない
ほっといて! ……お願いだから!!
それはもう、言葉にはならなかった。
僕はただ、首を振って身体を遠ざけた。
霧島君の顔を見たら、また胸を掴まれたみたいに痛い。新たな涙がこぼれ落ちる。
霧島君の顔が、ひどく歪んだ。
あっと思った瞬間、僕は抱きしめられていた。
「天野!」
耳元でそう呼ぶ、霧島君の声は悲しかった。
「……」
竦んだ身体は動けない。
拒否する腕は凍り付いてしまった。
僕はどうすることもできずに、霧島君の腕の中にいた。
ただ、絶望という真っ黒い淵の縁で立ち尽くして。
いつまでも、いつまでも……
動けないまま、泣き疲れて眠るまで、霧島君は僕を抱きしめてくれていた。
僕の心がその淵に落ちなかったのは、その温かさのおかげだったと思う。
あの時も───
克にぃが帰ってこないと、取り乱した時。…失ったのは、声だけで済んだんだ。
僕は、心も放っぽろうとしてたのに。
闇の淵に、自分から飛び込もうとしてたんだ。
でも、霧島君は掴んだ僕の肩を離さなかった。呼びかける声を、諦めなかった。
今も、抱きしめて僕を離さない。
……霧島君。
癒されないなんて、思って、ごめんね。
僕がこうしていられるのは、全部霧島君のお陰なのに…
僕、辛すぎて、まだ……周りが見えないんだ。
差し伸べてくれる手を……それじゃ足りない、なんて、思ってしまうんだ。
だって…僕を救うのは………
「…………」
うなされて、起きた。
すごい、いやな夢を見てた気がする。
「天野……」
人影が、僕を覗き込む。
「………ん」
その心配げな優しい目に見つめられて、克にぃと錯覚した。半身を起こして、思わず首に抱きついてしまった。
「天野」
また、僕を呼ぶ。
僕の回した腕に手を掛けて、優しくさすってくれた。
「……きりしまくん」
克にぃじゃないんだと…そう、言いきかせて。
僕も呼んだ。
けど……回した腕は、離せなかった。
「……天野」
さすっていた手が、腕が、僕の背中に回った。
僕は霧島君の首にしがみついて、霧島君はその身体を抱きしめてくれて。
僕たちは、しばらく心臓をくっつけ合っていた。
「天野……俺がわかるんだな。…よかった」
抱きしめる腕に、力が込められた。
耳元で、低く囁く。
「俺さ、天野の目に映るのが、怖かった」
「………」
「でも、思ったんだ。克にいの代わりでもいいやって」
…………
「俺のこと、ホンモノの克にいだと思ってても…」
「……っ」
苦しいほど、抱きしめられる。
「お前の中に、…俺なんかいなくてもさ」
「……霧島…くん」
呟いた僕の声に、抱きしめた腕の力が抜けた。
僕は身体を離して、顔を見上げた。霧島君の目から……涙がこぼれていた。
「天野……俺、お前を守りたい」
「───」
「俺が守るから……ここにいてくれよ」
また抱きしめられた。
全身で抱え込んできて、首筋に顔を埋める。
「こころ……壊さないでくれよな……」
──霧島君……
僕も、その首にもっとしがみついた。
悲しい涙。
僕の心に突き刺さった。
「うぅ……」
僕もしゃくり上げて、泣いてた。
放棄したい世界。
辛いことがありすぎて。
二重の絶望を、僕は味わう。
もうやだ! もうやだ! と叫んで。
いっそ、壊れる前に、閉ざしてしまおうと……
でも…でも。
霧島君が、いてくれるなら。
僕は、大丈夫なのかな……
心を、繋ぎ止められるのかな……
要らないと思った世界───でも、霧島君がいたんだ。
「天野…」
温かい腕が、僕を包む。
僕の涙は止まらない。
どうしていいか、わからなかった。
見限れない世界。
ここに居なきゃいけないなら……
後ろに戻れないなら──
ちらりと、桜庭先生の顔が浮かんだ。
息が一瞬止まってしまった。
───前にも、進めない…!
僕の足元にまた、黒い穴が開き始める。
───わかんない
わかんない! わかんない!
この先、どうなるのか。僕はどうなっちゃうのか。
僕はまた、無意識に首を振りだした。
僕にまとわり付く何かを、振り払いたくて。
「……天野! 大丈夫だから、俺がいるから!」
霧島君の腕の力が、更に強くなった。
暴れ出す僕を、必死に押さえ込んでくる。身体がバラバラになっちゃわないように、心が飛び散らないように…
「霧島君……」
僕も首に回した腕に力を込めて、必死にしがみついていた。
いいの?
縋っちゃって、本当にいいの?
霧島君の優しさに、僕は甘えようとしてる……