chapter3. come near Hazy Shade -不穏な影-
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「………はぁ」
僕は突然の出来事に、頭が混乱した。
保健室のドアに寄りかかり直すと、そこにずり落ちるようにしゃがみ込んだ。
「………ッ」
お尻が痛い…。でも、それ以上に気持ちが動転している。
──オレが見てんのは…、おまえだよ──
……それ、どういう意味?
膝を抱えて、腕の中に顔を埋めた。
僕には克にぃだけで……
いなくなっちゃった今でも、克にぃが一番大好き……。
そんな僕を全部知っていて、面倒を見てくれる霧島君。
そして……僕の身体を欲しがる、桜庭先生。
僕は……僕は、克にぃがいれば……それだけで幸せだったのに。
他に何も…誰もいらない──
今でもそう思うから──
だから、緒方君に急にそんなことを言われても…困るだけだった。
───なんでこんなことに、なっちゃったんだろう……
一番側にいて欲しい克にぃが、…いない。
涙が流れて、頬を伝い続ける。顔を上げることも出来ない。
克にぃ不在の悲しみが、久しぶりに僕を襲っていた。
薄暗くて冷たい廊下は、いつまでも蹲って座り込む僕の身体を、どんどん冷やしていった。
「───天野!!」
遠くから声がした。駆け寄ってくる足音。
「天野!!」
僕の腕を掴み、激しく揺さぶる。
「どうしたんだよ! 何があった!?」
──霧島君の声。
「緒方が、知らせてくれたんだ……天野が変だって……」
僕は顔を上げられない。
「───天野! 俺を見ろ!」
ぐいっと、凄い力で腕を引っ張られた。身体が前のめりに引っ張られて、顔を起こした。
───霧島君の顔。
克にぃに似ている、霧島君……
涙に歪んだ僕の視界には………克にぃがいたんだ。
「……うわぁん…………かつにいぃ!」
しがみついて、大声で泣いた。
逢いたかった……逢いたかった!
怖かった! 寂しかった! 悲しかったよぉ!
色々な気持ちが、どっと溢れてきて、僕を号泣させた。
しがみついて大声で泣き続ける僕を、霧島君はしっかりと抱きしめてくれていた。
だんだん興奮が収まってきて、しがみついているこの胸が、克にぃじゃないことに気が付いて……
また悲しくて、僕は泣いた。
ごめんね、霧島君──あんまり克にぃに似てるから…。
悪いと思いながらも……すがってしまう。
霧島君は、こんな僕を何も言わないで受け止めてくれる。
それなのに、僕は……
「天野……給食、残しといたから……食べよう」
そっと囁くように、言ってくれた。
僕は気付くようになった。
克にぃと霧島君を混同した後、必ず僕をびっくりさせないように、そっとそっと喋り始める。
霧島君は、どこまでも僕に優しい……
食欲は全くなかったけど、僕のために取っておいてくれた給食。僕はムリして、全部食べた。
「───よかった」
ほっとした声で、霧島君が笑った。
「……僕、保健室行くの、放課後にする」
その笑顔を見ていたら、そう言わずにはいられなくなった。
「………天野?」
眼を丸くして、僕を見つめる。
「昼休み……また花壇、行こうね」
また笑って欲しくて、僕もにっこりした。
「……ああ」
───ごめんね、は言えなかった。
“保健室には行かない”とは言えないから。
騙し続けているうちは、いくら謝ったって薄っぺらだ。
……僕が本当に謝れるのは、いつなんだろう…。
数日後、また桜庭先生から、時間外の呼び出しがあった。
「────!!」
僕はメモを握り締めて、唇を噛み締めた。また、“三時間目が終わったら”。…でも今日は、四時間目は体育だった。
今日は、ほんとにだめだよ……無理だよ…。
下駄箱で、途方に暮れて、立ち尽くしていた。
「おっす、天野!」
蒼白になっているところへ、後ろから声を掛けられた。僕は自分で嫌になるほど、飛び跳ねてしまった。
「おっ……おがた……くんっ」
声がひっくり返った僕を、驚いた顔で見つめてくる。上品に整った顔が、綻んだ。
「………ははっ」
「………え?」
ふいに笑い出した緒方君に、今度は僕が目を丸くした。
「面白いな、天野」
「…………」
「なんてか、おもちゃの人形が、動いてるみたいだ」
「……そっ…そう?」
動転している僕は、何を言われているか、よく分からなかった。
「うん、可愛い」
頭をぽん、とされて、また身体が跳ねた。
「うぅ!」
「……霧島はいいなあ」
「え?」
唐突な言葉に、思わず見上げて聞き返した。
「こんな天野、独り占めにしてたんだ」
「…………」
僕は、そんなこと真正面から言われて、真っ赤になってしまった。
……僕を独り占めにしていたのは、克にぃだったし。
困った顔になってしまった僕を覗き込んで、緒方君はまたにこりとした。
「オレにも、チャンスくれよ!」
そう言って靴を履き替えると、他の子にもおっす! と挨拶しながら先に行ってしまった。
……チャ…チャンスって、なに?
この間もそうだけど……緒方君の言葉は、ストレート過ぎて。僕は、ドキドキするばかりだ。
どこまで、僕をからかっているんだろう…?
さっぱりとしすぎていて、冗談なのか本気なのか、どうして僕なんかにこんな構ってくれるのか……僕にはどう捉えて良いのか、判断がつかない。
それにしても……
僕はまた、溜息をついた。手の平の中のメモが、ずっしりと心に重い。
───どうしよう。
今日は無理ですって言って、止めてくれるような先生じゃない……
ヘタに抗って、もっと酷いことになるかもしれない。
憂鬱な気分のまま、教室へ入った。
───あ、霧島君。
僕の様子を見て、顔を曇らせる。
……だめだなあ、僕は。
ぐっと、手の平を握った。
「おはよ! 霧島君」
「────!」
先手を打った僕に、びっくりした顔をしている。
「? ……おはよ…天野」
訝しんで、眉を寄せて……
「あはは、へんな顔。霧島君らしくないよ!」
「!! ……天野っ」
呆れて、空気パンチをしてきた。殴る振り、そして当たった振り、その後二人で笑い出した。
そう、霧島君らしくない。
眉を寄せたり、心配げな暗い顔をしたり……泣きそうだったり。
それは全部、僕のせい。
霧島君にそんな顔、させちゃいけないんだ。
三時間目が終わったあと、僕はまたトイレと嘘を付いて、保健室に走った。
今日は、断る!
嫌って言うんだ!
霧島君と緒方君に、勇気をもらった気がした。二人の笑顔が、僕に力をくれた。
「そんなの、駄目だよ」
「………先生!」
勇気を出して、“今日はこのあと体育だから嫌”って言ったのに。
“先生の言うこと、出来る限り聞くから、今日は許して”って必死にお願いしたのに。
「早く、ベッドに上がって」
無情にそう言う先生を、僕は睨み付けた。
「……立ったまま、挿れてあげても…いいんだよ」
「───!」
硬直している僕の腰を抱き寄せて、ズボンの中に手を入れてきた。
「っ! ……やっ!」
恐怖で、無意識に抗った。
「───天野君」
「………!」
びくんと、身体が竦んだ。
桜庭先生の冷たい声。鋭い視線。これに睨まれると、僕の身体は震え出す。
教え込まれた、服従のサイン。
この声を発した先生に抗うと、恐怖が待っている。
「…………」
「そう、いい子」
大人しくなった僕の頭を撫でて、にっこりと優しい声に戻って、微笑んだ。
結局僕は、この間と同じ物をお尻に入れられた。
「ぁっ……ぅぁあ…!」
……気持ち悪い。挟まったままなのが、とにかく嫌だ。
先生の腕にしがみついて、呼吸を整えようと深呼吸した。
「天野君……大好きだよ」
言いながら、顎をすくってキスをしてきた。
「ん……」
舌を絡める、深い深いディープキス。
……克にぃが教えてくれた、“真剣なキス”……コレをしながら、先生は僕に“好き”と繰り返す。
……でも、違うと思う。
前も思ったけど……これは、絶対違う。
克にぃと僕の「大好き」とは、かけ離れているんだ。こんなの、真剣なキスじゃない…。
悲しい気持ちが、心に作った黒い染みを広げていく。目尻からは、涙が頬を伝っていく。
───この涙は、きっと赤い…。
心が痛んで流れるこれは、肌が裂けた時に噴き出る真っ赤な血と、同じものだと思った。
「じゃあ、天野君。四時間目が終わったら、すぐ来てね」
僕をベッドから抱え降ろすと、にっこりとそう言った。
「………」
僕は返事なんかしたくないし……できなかった。
───こんな状態で、教室まで行って……
体操着に着替えるのも、授業を受けるのも、絶対無理だった。
「歩けないなら…また、抱えて行ってあげようか?」
先生の言葉に、僕は慌てた。
着替えたクラスの子達が、次々に体育館に走っていくのが目に浮かぶ。
今日は絶対誰かに、見られてしまう。
「……平気です」
睨み付けてそう言うと、僕はとにかく保健室を出た。
───ぅうっ……
お尻が刺激される…腰が熱くなる。後ろ手に閉めたドアに寄りかかると、喘いだ。
───霧島君がまた心配する……
そう思うと、心がズキズキした。気持ちばかり焦って、身体は動けない。
───霧島君……!