chapter8. remembrancer -追憶-
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────あれ?
いつも置いてある着替えが、所定位置にない。
俺は、相変わらず好き放題やられて、やっとシャワーを浴びた所だった。
「……………」
着ていたパジャマは脱がされたまま、ベッドの何処かで、くちゃくちゃになっているだろう。
……しょうがないか。
腰にタオルを巻いて、ベッドに戻った。もう一度それを着ようと思って。
でも、部屋のどこにも、着るものは一切見あたらなかった。
嫌な予感がして、俺は隣の部屋へのドアを開けた。ドアから少しだけ身体を出して、右側のリビングを見渡す。
オッサンは中央に置いてある大きなソファーに凭れて、新聞を読んでいた。
「……着替えは?」
短く訊いた俺に、横顔のまま視線だけ、ちらりと寄越した。
「ないよ」
それだけ言うと、また新聞に目を戻す。
「………ないって?」
腰タオルという情けない格好を、オッサンに晒したくない。動けないまま、その場でもう一度訊いた。
「………」
また目線だけ寄越すと、新聞を置いて、面白くなさそうに喋りだした。
「克晴……僕の言うこと、聞かないから」
「……?」
「僕、腹筋しろって言ったよね」
一週間くらい前、オッサンが変なことを言い出した。
「克晴……腹筋、落ちたね」
俺の腹を触りながら、しげしげと言う。
「…………」
腹筋だけじゃない。身体全体の筋肉が落ちている。
当たり前だろう。激痩せして、筋肉も贅肉もごっそりと落ちた。その後の回復の日々は、全部ベッドの中だ。
───そして、今も。
「………ん…」
だから、なんだって言うんだ。
俺の上で動くオッサンを、じろりと見た。後ろを出入りしながら、腹や胸を撫で回す。
「……ダメ。克晴は、カッコイイ筋肉を…保っていなきゃ」
「………っ」
唇が、胸の尖りに吸い付いてきた。
「こんなふうにね……ここを弄くると、胸筋がピクンて跳ねるんだ。……それがイイのに」
手のひらが、太腿を這い回る。
「克晴のを咥えると、この膝上が……緊張して硬く張るんだ。内腿だけ…少し柔らかいの」
「……んぁ…」
ぐいっと開脚させられ、最奧を探られる。焦らして、疼きが溜まっていくような、ゆっくりした動きで。
奧まで押し込んだ腰を、打ち付けないで剔るように動かす。
「……っ!」
もっと刺激を欲して、俺の腰が動いてしまった。
いかにも物欲しそうに、押しつけ返して……。
「───まだ、気持ちよくなんて……させてあげない」
身悶える俺を眺めて、オッサンが嗤った。
「克晴の、この筋肉の動きを…じっくり見るんだ」
両手は顔の横で、押さえられている。また胸に舌を這わせてきた。
「んぅ───」
ぬらぬらとナメクジが這う。しつこく舌先で突いては唇を吸い付けて、舐め回す。
「……んぁっ……ぅ……」
「──ほら、やっぱり動かない…胸筋。ダメだよ克晴。……僕のためにカッコイイ身体を、保っていなきゃ」
そう言って、腹筋だの筋トレだのをヤレと、言い出したんだ。
俺はそれどころじゃなかったのに。
聞いてなんか、いられない。悦びそうになる腰と声を、必死で抑えていた。
「……いい? ──僕のために……綺麗な克晴で、いてよ……」
ハイと、頷くまで……ゆっくりゆっくり、腰は動かされた。
「……ん…ぅ……」
びりびりと、刺激を欲しがって震え続ける、腸壁。
ちょっとでも強い刺激があると、貪るように中を締め付けてしまう。そのたび、オッサンが嗤った。
「克晴はもう、僕ナシじゃ…いられない」
「…………」
「わかったね? カッコイイ克晴でいて……僕のために」
……オッサンのため…? ……冗談じゃない…
俺は首を横に振って、オッサンを睨み付ける。
「……駄目だよ…克晴。そんなの、いい子の返事じゃないでしょ」
大きくグラインドさせて、剔るように動かす。
「んぁ……っ」
それでも、打ち付けはしない。
じっくり俺を焦らす。
「ぁ……くっ……」
思わず漏れた吐息を、オッサンは聞き逃さない。
「はは、辛そう…克晴」
「…………ッ」
唇を噛んで、声を殺した。
────あッ!?
いきなり抜かれて、身体をひっくり返された。俯せになった俺の背中を、片手で押さえ付ける。
「この双丘も、肉が落ちちゃったなぁ」
尻をなで回して、つまらなそうな声で、不満を言い出した。
「最近、背中反らさないよね。すぐ横向いて、ラクになろうとする」
「……………」
バックから突かれると、身体が軋む。体位を保てなくて、俺はベッドに埋もれては、腰を上げることが出来なかった。
「───あッ!」
無遠慮に、オッサンが挿入してきた。さっきまで入っていたそれは、簡単に俺の中に収まった。
「………ん…」
相変わらず、ゆっくりと動かす。のし掛かる背中に、オッサンの息が熱い。
「反ってみて。身体反らせて、悶えてよ」
胸に手をまわして、中心を触る。
「ぅ……ぅあ! ………」
背筋なんて、特に落ちていた。横顔をシーツに押し付けたまま、俺はオッサンの手を嫌がった。
「…んッ……ぅぁ………!」
また引き抜かれて、仰向けにされた。膝を折って開くと、かなり強引に突っ込んできた。
「痛ッ……」
俺は、展開に付いていけない。
ただ挿れては抜かれを、繰り返されて、強く打ち付けるでもなく、高みに導くでもないその緩慢な動きに、焦れた。
挿れ直す時の痛みに、思わず反発もした。
「もう……やめ………ッ」
押し返した両手を、さっきと同じように、顔の両側で押さえられてしまった。
「……克晴」
オッサンが、苦痛に歪んだ俺の顔を覗き込む。霞む視界の中で、悪魔の顔は、不機嫌だった。
「……………」
「マグロはつまんないよ。……やっぱ、動いて、反応してくんなきゃ」
「……………」
「動いたと思ったら、抵抗だし」
言いながらも、ゆっくり腰を動かす。
確実に奥まで挿入して、ダメ押しのようにグッと押し付ける。
「………んっ……」
ゆっくり出しては、また挿れ始める。半端にポイントを掠めるような動き。
「…はぁ………はぁ……」
疼くだけ──。高まらない腰の熱に、俺の足先が揺れた。
下唇を噛んだ俺を見て、悪魔はまた嗤った。
「克晴……辛そう……僕は気持ちいいのに」
「───ッ!!」
「このままじっくり動いてれば、僕だけそのうちイける……そんなんで、いい?」
「…………」
……良いも、悪いも……俺に選ぶ権利なんて、無い。
押さえられた両手を、握りしめた。
逆らい続ければ、オッサンだけイッて、その後……俺に酷いことするだけだ。
たいがい、薬を入れられて、イヤってほど喘がされる。意識が朦朧として、何に返事をさせられたか判らなくなるほど、乱されて……
「───それとも、約束する?」
この後のそんな仕打ちを想像すると、背中に冷や汗が流れる。
「……………」
俺は、目の前の顔を睨み付けたまま、小さく首を縦に動かした。
───コイツのためじゃ、ない。
このバカバカしい命令ごっこを、終わらせるためだ。
オッサンの顔が嗤う。
「約束だよ、克晴。……元のカッコイイ身体に……」
ピストンが、早められた。
「…ッ……!」
激しく突き出す。肉音がどんどん大きくなって、俺の声も引き出す。
「っぅあ……ぁああっ……!」
そのまま俺は逝かされた。
「……ん…、もうやめ……」
何度も何度も、犯られて……結局、薬も使われた。抵抗したお仕置きだとかで───
そうやって、約束させられていたんだ。
「まさか、忘れてた訳じゃないよね?」
ソファーの背もたれに右腕を乗せて、不機嫌な顔が、体ごと俺の方を向いた。
「………………」
忘れてたわけじゃない。バカバカしくて、やらなかっただけだ。
誰がコイツのために、体を保つ…なんて、頑張るかよ!
冷ややかに見返した俺の視線を捉えると、オッサンも冷たい一瞥とともに、またフイと前を向いてしまった。
再び新聞を広げ、何でもないように記事を読み出す。
────?
………だから?
何も言わなくなった姿に、俺は不安を感じた。
「─────」
じっとドアの内側に立ちつくす俺を、伏せていた顔が、再度見上げてきた。
「……だから、お仕置き」
「─────!!」
「前に言ったよね。……イイ子にしてたら、下着もいいよって」
お前が悪いとばかりに、口を尖らせて、拗ねたように喋り続ける。
「イイ子じゃないから、パジャマもダメ」
───いい子って……
俺は、あんな約束を守ることの重要性なんて、考えてもいなかった。
「目に見えて、克晴の筋肉が戻るまで、そのままでいて」
「……………」
「いちいち脱がして、確認する手間が、めんどくさいモン」
面白くなさそうにそう言って、新聞に視線を戻すと、もう顔を上げることはなかった。