chapter6. deeper-lying structure
深層パズル-心裏-
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1
「克晴、今日の新聞、ココに置くよ」
オッサンが朝刊を、自室から持って来た。
「…………」
俺はダイニングテーブルに置かれたそれを掴んで、リビングのソファーに座った。
深く沈むソファー。
脚が無く床に直で置くタイプで、三人座れそうなかなり大きなヤツだ。
寄り掛かって座ると自然に腰が沈み、少し天井を見上げる格好になる。
「──────」
俺は大抵、そのまま背もたれに首を預けて、天井を見上げた。
大きなプロペラが、ゆっくりと回っている。その中心に、シャンデリアのように垂れ下がった照明が、室内を明るくしている。
調度品の何もかもが、高級そうで……シャンデリアも、その成金趣味の一つかと思っていた。
でも最近気がついたのは、このプロペラが24時間回り続けていること。空調も一定温度に常に保たれている。
俺がここに連れて来られた時は、まだ春先だった。
オッサンは長袖のスーツを着て、濃いめのネクタイを締めていた。
「行って来るね」
そう言って出かけていく姿が、ある時から半袖シャツ・ノーネクタイに変わった。
「…………」
俺はその姿が印象的で、いつになく後ろ姿を目で追ってしまった。
───季節が、移っている……
この囲われた閉鎖空間の中では、外気に一切触れない。
俺の体内時計は、完全に狂っていて、月日の流れが分からなくなっていた。
そして、気がついたんだ。
動かない空気の箱の中で、風が流れない部屋の中で……俺はいつだって、長袖のパジャマ一枚で、何の疑問も感じなかった。
あの、裸で過ごさせられた二週間も、寒さでは鳥肌一つ立たなかった。
あれ以来、言われた通り、筋トレは続けている。
でも、抱き寄せられても、舌を入れられても……もう俺から仕掛けたり、アクションを返すことはしなかった。
だから“イイ子”では、ないらしい。相変わらず、パジャマしか与えられていない。
「──────」
シルクを直に感じながら、脚を組み直した。
同時に、思い出したのは……
ガキの俺をホテルに連れ込んで裸にした後、壁際に行っては空調設定を気にしていた、オッサンの後ろ姿だ。
「克晴、寒くない?」
と、よく訊かれた。服を奪っておいて、よくもそんなことが訊けるもんだと腹が立って、俺は睨み返すことしかしなかった。
今は、訊きもしないけど……
「……………」
背後で、夕食の食器を片づけている音が、カチャカチャと鳴っている。
あのパジャマの件以来、オッサンは殆ど会社に行かなくなっていた。自室に籠もって、何かやっている。
何日かに一回って間隔で、「行ってくるね」と顔を出す。
───父さんと会っているのか……
会社はどうしているのか……
訊く気になんかは、なれない。話しだけ聞いたって、どうしようもないからだ。
特に恵のことは───会えない分、よけい辛くなる。
でも俺なりに、気になってきたんだ。
ウソみたいだった。
生きる路も見えなくて、身体ばかり疲れて……日々、ベットの中だけだったのに。
その切っ掛けは、やっぱりあの時迷い込んできたセミと、半袖になったアイツの姿だったと思う。
……時間が動いている。
俺の時間は完全に止まっていたけれど、外の世界は動いているんだ。
それに気がついたとき、無性に焦った。
外の情報を、知りたくなった。
今日が何月何日なのか…それくらいは、知ってなきゃいけないんじゃないか。
生きていく以上、自分の責任を持たないと…。
そう思い至って、新聞を読むことから始めてみたんだ。記事の内容なんか、興味は持てなかったけどな。
……確かに月日は、動いていた。
毎日テーブルの上に置かれるその印刷物の、右上に表記された数字は、コンスタントに「1」を加算していく。
それはいつの間にかリセットされ、また1から数え直し始めていた。
そして、俺自身も。
「─────」
シャワーを浴びたあと、鏡に映った自分が目に入った。バスタオルから零れる髪は、かつて無いほど長い。
───伸びたな…。
前も後ろも、かなり鬱陶しくなっていた。
止まってしまったと思っていた俺の時間が、こんな形で現れるなんて───
『時間は、総てに平等だから』
メグにそう言ったことがあった。あれは、恵と俺の成長が平行線だって、そう言いたかったんだ。
メグだけ大人になんかなれない。俺が成長を止めて、待っていることもできない。そんなの、当たり前のことなのに。
……恵と俺は、お互いの歳を近づけようと、いつも必死だった。
「………………」
あの言葉を、こんな所で体感させられるとは思わなかった。
鏡の中の眼が、睨み付けてきた。
こんなになっても、俺……生きているんだな。
────同じように、メグも育っているんだろうか。
あの子の成長を、1日だって、見逃したくはなかったのに───
「………ッ」
胸が締め付けられて、首を振った。想ったって、どうしようもないことを!
濡れた髪が、頬を叩く。
“美容師を呼んであげるよ”前に、オッサンがそんなことを言った時があった。あの時も俺の腹は、煮えくり返った。
そんなこと一つ、自分の意志で出来ないのか! そんなくらいなら、いっそ要らない!
俺は、自分の身体の何もかもを、放棄した気分だった。
……どうせこの身体はもう、死んでるんだ。
アイツを自分で受け入れなきゃいけなかった時、俺が殺した。もう俺のモノじゃない、何を感じたって、誰にどう映ったって……。
思い出して、口の端を上げた。
そんなこと言ったって、犯られた後は気持ち悪くてシャワーを浴びている。
───全てを放棄なんか、出来ないクセに。
鏡の中の、笑った自分の顔を眺めた。その口元を、下から伸びてきた手が触った。無意識のうちに、自分で触っていた。
笑うんだ……俺。
歪めたと言った方があってる口元を、撫でた。目はギラついて、眉は吊り上がったままだ。
「……………」
この顔、オッサンは見たんだな。
蝉を見たあの日の夜、オッサンが“何か飼いたいか”なんて言うから。
俺は笑った。
飼われてるのは、俺だ。
その俺が、新たな被害者を出して、ここに閉じこめるのか──あまりにもその光景は、滑稽だと思った。
何のつもりか知らないけど、バカにするのも大概にしろって思ったら、今みたいに笑っていた。
あの日から、俺は自分を変えた。
生きなきゃ。
そう思って、知識を入れようと無理してソファーに座って。
いつ襲われるか……恐怖しながら、そこに居続けた。
読み始めた頃は、もともと興味がないのも手伝って、苦痛になっていった。
三面記事の、殺人や強盗事件…そんなのが目に入るたびに思う。
────俺だって。
俺だって、記事になるはずだ。
誘拐されて、幽閉されて……レイプ三昧。
こんなこと、世間に知れたらニュースになるだろう。
「…………」
それなのにこんな事件記事を、囲われた空間の中で、他人事のように読んでいるなんて。
──何してるんだ、俺は……
そんな思いに、打ちのめされた。
同時に思うのは……毎日毎日、いろんな事件が載ってるけど。
たった数枚の紙に書かれた事件なんて、氷山の一角でしかない。発覚してない犯罪は、どれだけあるんだろう……。
それで、思い出したんだ。
……これ一社しか、ないのか? 父さんは、何社も取って、全部読んでいた。
『うちには、なんでこんなに新聞がくるの?』
子供の頃、訊いたことがあった。
『社によって、記事の方向性が違うんだよ。一社だけじゃ偏った知識しか入ってこないだろ?』
『ほうこうせいって?』
『克晴にはまだ、難しいな』
笑いながらも、説明してくれる。
『政治の情報操作とも言うな。何故その事件が起こったか……その原因を罪と思うか、しょうがないと思うか』
『……うん?』
『それは、捉え方がそれぞれにあるからだ。立場によって、真逆になる。そして、それぞれの新聞が各々に良し悪しを決め付けている。ヘタをすると、A社はそれを褒め称え、B社はなかったことのように記事すら載せない…という事も、あるんだ』
『ふうん』
その時、俺にはまるっきり判らなかった。
父さんは、訊けば何でも教えてはくれるけど……それは俺の為じゃない。知識を並べ立てるのを、得意にしてるだけだった。
あの時、理解したかなんて、関係ないんだ。俺は解ったようなカオをして、頷いていた。
そうすれば、誉めてくれる。
そうでないと、まったく相手にしてくれない……。いつも後で、俺なりに調べて納得していたんだ。
「……………」
また気がそぞろに、なっていた。
長い追憶から我に返って、新聞を持ち直した。俺にはどうでもいい記事ばかりで、頭になんか入ってこない。
静かなリビングで、シャンデリアのプロペラの軽い回転音と、向こうからカチャカチャと鳴る食器を片づける音。自分はソファーに寄り掛かって、新聞を広げている。
一見平和に見えるこんな光景に、空々しい家族ごっこをまた、演じている気分になった。
……………。
斜め読みにページをめくっていると、後ろにオッサンの気配がした。
「そんな読み方で、頭に入る?」
ソファー越しに、首に腕を巻き付けてきた。
「─────」
無視して記事から目線を離さないでいると、襟元から手が差し込まれた。
「………ッ!」
掴んでいる新聞が、騒がしい音を立てた。
「ん…ぁ…ッ」
胸の中心をすぐに見つけて、摘み出す。俺は読みかけの記事から、むりやり意識を剥がされた。
強引に唇を合わせて、舌を入れてくる。腹が立って、それを振り解いた。
「こんなとこで……!」
夕食が終わって、一息って空間だった。
新聞を読むならここでと言うから、しょうがなくソファーを使うようになったのに……ヤルなら、向こうにいる時に来ればいいんだ!
「……こんなトコだから」
薄ら笑って、オッサンはソファーの前に回り込んできた。
「やッ……」
押し倒されて、思わず叫んだ。
「……へえ、……イヤ?」
「!!」
咄嗟に息を呑んだ。寄せてきた顔に、睨み返す。
首を横に振りながら、声を絞り出した。
「……ヤルなら……あっちに……」
なんで、リビングで襲われなきゃなんないんだ。
それに、身体が沈みすぎる……このソファーは。
埋もれた身体は、うまく力が入れられない。どんな反応をしてしまうか、怖かった。
「はは……克晴、かわいい…」
───なにを……
まったく人の言うことなんて、聞いちゃいない。
「アッ……」
たくし上げたパジャマの下に顔を突っ込み、胸の突起を舐めてきた。
「あ……んっ、ぁあッ…!」
思わぬ声が出て、驚いた。
逃がした背中を受けとめたソファーは、俺から抵抗力も奪っていた。踏ん張ろうとした足も、埋もれて捕らわれてしまった。
動けなくなった俺の身体を、ここぞとばかりにオッサンが弄くる。舌先と歯で、胸の突起を甘噛みした。
「や……ぅあ…」
ツキンという、鋭い痛みのような快感……同時に腰の奧が疼いた。まだ触れてもいないのに、腸壁を搾ってしまった。
………くそッ。
自分の身体の浅ましさに、舌打ちする。
「かわいい……もっと、乱れていいのに」
ズボン越しに股間を押し付けてくる。オッサンの熱くなっている塊が、パジャマの上からでも、俺に覚悟させる。
「………はぁッ…」
「口開けて、克晴」
言いながら、指を二本、突っ込んできた。
「ぐ……」
……やめ……ッ!
俺の舌を挟むように絡ませて、サイドをくすぐる。
「ぁあっ……んぁ…」
胸の辺りがむず痒くなるような、焦れったさ。
「僕知ってる……キスしてるとき、舌先でここを擦ると、克晴悦んでる」
楽しそうに、オッサンが目を細める。
「しゃぶって」
執拗に舌に指を絡めながら、俺をジッとみつめる。
…………?
「ほら、唇すぼめて……舌の平で指を包むの」
「ぐッ………んぁあ」
反対の手で顎を掴んで、強引に指をしゃぶらせようとする。
オッサンの肘で支えている身体は、俺の身体にのし掛かり、胸まで圧迫してきた。
咥内を出入りする指の動きが激しくて、呼吸が邪魔される。
────苦し……
「んんっ………ぅ…」
この状態から解放されるには、言われたことをヤルしかない。
「ん……ん………」
ピチャピチャと、厭らしい音が部屋に響いた。
こんな音を立てているのが自分かと思うと、悔しかった。
それでも、コイツには負けない。
そう思って、最低限の言いなりになっているのに───
この悪魔は、そんな俺をいつも見透かしては、あざ笑う。
「んぁ……」
俺が舐めた指を蕾に這わせて、ねじ込んできて……
「僕のズボン……前、開けて」
「─────」