chapter6. deeper-lying structure
深層パズル-心裏-
1. 2. 3. 4. 5. 6.
2
抵抗か、犯られるか。
───俺には、それしかなかった。
それなのに、“イカせて”と言わされ、心を潰した。
そして、自分で“挿れろ”と命令された。
プライドを捨てるだけじゃ、足りなかった。
……感情も感覚も、この身体が反応する何もかもを、俺は放棄した。
総て死んだモノとして、従った。
自からアイツに跨り、あてがわれたモノを受け入れて、座り込んで……。
───あの時の屈辱は、俺にとって、死に値したんだ。
そして、新たな強要。
……この悪魔は、いつでもそうだ……底の底が、まだある────
「……僕のシャツの、前も開けて」
「──────」
涼しい声で言いながらも、指を動かしてくる。体内に沸き起こる疼きで、また喘いでしまいそうになる。
「……………」
コイツに今から犯されるために、自分で服を脱ぎ、脱がせてやるなんて………。
自発的に動かされるのが、何よりも悔しい。
それなのに、『悦んでる』と言われるのは、もっと許せない。
そして植え込まれた恐怖。
従わないと、終わらない……
この檻の中で、どんなに自由を与えられたって、結局はこの悪魔の言いなりだ。
それをまた、心に刻みつける。
また勘違いしそうになっていた自分を、戒めた。
「…………」
喘ぎ声が漏れないように、唇を引き結んで、目の前の襟首に手を伸ばした。
震える指を、悟られたくない。ボタンを一つ一つ外すために指先に力を込めると、腹の中の指を感じる。
───くそッ……
意識しないようにさっさと外して、腕をソファーに落とした。
嬉しそうに、オッサンが俺を見下ろしてくる。
「………あッ」
思わず声が、漏れてしまった。
はだけたオッサンの胸と俺の胸、そして晒した2本を重ね合わせて、抱き締められた。
───ん……熱い…!
挿れ直した指に合わせて、腰を動かす。肉棒を押し付けて擦ってくる感触が、直に俺のを刺激する。
……なんだ? ……すご……
「ぁ………はぁ…ッ」
呼吸が吐息になってしまう。
指で扱かれるより、熱い塊で擦られる方が、何倍も………!
抱き合わせる胸の肌まで、普段と違う気がした。
……メグには、咥えて舐めてあげてばかり。
小さな身体を潰してしまいそうで、こんなふうにのし掛かったことはなかった。
「ぁあッ……」
硬くて滑った肉棒が、俺にしつこくつきまとう。その熱が、俺のモノまで熱くしていく……
「んっ……ぅああ…」
────このままじゃ…!
掘られるのとは違う悔しさが、込み上げてきた。雄同士をすり合わせて、喘いでしまうなんて…。
……冗談じゃない……こんなことでイキたくない!
必死に目を瞑って、首を振った。
「ねぇ、克晴……体温て……気持ちいいね」
オッサンは勝手に興奮している。
声を震わせながら、何度も唇を捉えて、軽いキスをしてきた。
────体温……?
つい、その顔を見た。そんな言葉を、よくも……
コイツはいつも服を着たまま。
俺だけ脱がされて、ヤラれて。最後には脱いでるけど、その頃にはもう…俺には何も分からなくなるほど、メチャクチャにされている。
それに、“体温”は、俺とメグの繋がりなんだ。コイツなんかに……!
俺の悔しさなんか、わかりはしない。
俺の大事にしているモノを、判ろうともしない。
オッサンは自分だけ気持ちよくなって、俺を道連れにしようとしていた。
「挿れるだけが、セックスじゃないよ。僕の愛撫で……感じて…」
「んぁッ……はッ…!」
───クソッ…、声が……
言うだけの何かを、刺激として身体が感じている。
滑りながら擦れる2本の塊は、その硬さを競うように反り返って、絡んだ。
────熱い…!
括れで引っ掻いてくる。上下の動きで、根本から擦りあげる。なにより、その弾力が……
そして、内側をピンポイントで突かれて、逃げようがない。
「ぁッ……アァッ……」
体内でそこを刺激されるたび、押し出されるような快感が這い上がった。
「ぬるぬるの先端合わせて擦るの、どう? ……僕の愛撫、感じてるよね…裏スジの下まで、べちょべちょだよ」
「……クッ……」
「すごいね、二人の水音……クチュクチュいってるよ…」
オッサンが嬉しそうに息を弾ませながら、淫猥な音を大きくしていく。
「硬いよ克晴のペニス……はぁ……僕が…負けそ…」
ハァッ…ハァッ……うるさい……
「……かつはる……イッていいんだよ、気持ちいいんでしょ?」
やめろ……言うなッ!
知りたくない……感じたくない!
「…んんっ……ァアアッ……!」
ソファーに埋もれて、背中を反らすことも出来ない。情け無い俺の身体は、腹の中から背筋を突き抜ける快感に、震えた。
まっしぐらに、絶頂を目指していく。
指を締め付けて、腸壁を搾って、前への快感と連動する。全身が痙攣して、頭も痺れて真っ白になった。
「ごめん、僕───イクッ……」
「クッ……ぁ……あぁッ…ああッ!」
二人同時に叫び声をあげて、白濁を何度も腹の間に飛び散らせていた。
「………はぁッ…はぁッ……」
イッた後の脈動まで、擦り合わされた。
硬度は落ちていくけれど、先端はすごい敏感になってるのに。
「…ん」
堪らず漏らした声に、オッサンが目を輝かせた。
「ああ……色っぽいなぁ…その声」
「────ッ」
引き結んだ唇に、強引に舌を入れてくる。
「ダメだよ、すぐ閉じちゃうんだから……この口は…」
まだ呼吸も整わないまま、咥内中を蹂躙された。
────悔しい…悔しい……!
しつこいディープキスを受けながら、治まらない心臓の早鐘が、そう叫んでいる。
いっそ何も感じなければ……
どれだけそれを願ったか───
俺の上で動かなくなったオッサンの息が、頬にかかる。
自分が嫌で、この悪魔が憎くて、顔を背けたまま目を開けることが出来なかった。
「……ごめん。もう、ソファーで襲わないから……また新聞、ここで読んでね」
俺が余りに動かないままでいるから、オッサンがしょげた声を出した。
「………」
空々しいその声に、呆れて一瞥だけくれてやった。
嘘つけ!
何度そんなことを、言ってきたか。無視出来ないほど、腹が立った。終わったんだから、早く退けってんだ!
でも俺は、諦めないって決めたんだ。
こんなこと、もう何回もくり返されている。
今更、傷付いたって、どんなに恥辱に打ちのめされたって……
それでも情報収集は必要だと、自分に言い聞かせて。いつか逃げ出したときのために。
“今日が何日なのか”
それだけを自分に判らせるために、次の日もソファーに座った。
その代わりのように、オッサンはベッドにひっきりなしに入ってきた。
朝だろうが昼だろうが、俺が寝込んで起きたときは、必ず背後から抱き締められていた。
「………………?」
……まただ。
ふと目を覚まして、そのままぼんやりしていた。
相変わらずカーテンは閉まっていて、時間なんか分からない。
薄暗がりの中で、乱れたシーツの上に投げ出している、プレートの嵌った腕を眺めていた。
「…………」
朦朧として意識を取り戻したとき、まだ夢の中にいるような感覚に陥る。
時々思い出す、“背中が温かい”って、変な気持ち。
オッサンの体温は、洋服越しにいつも背中からあった。その体温で意識が戻りかける時、恵を抱き締めている錯覚を、今も起こす。
懐かしい気配はすぐに入れ替わってしまうけれど、ここ2、3日……なぜだか6年前のオッサンが、そこにいる気がした。
「──────」
胸の前で組まれている腕を眺めて、そのもやもやが何なのか、分析しようとしてみた。
「……克晴……起きたの?」
背後から、寝ぼけた声。
動き出した手が、無意識にも俺の胸を撫で回し始めた。
「─────!」
空漠とした想いから、引き剥がされた。いきなり現実に、意識が戻った。
……こうなると、もうわからない。
「…………」
俺は腕を振り払って、シャワーを浴びに行こうと起きあがった。
「克晴!」
「……んッ」
いきなり押し倒されて、唇を塞がれた。
「克晴……かつはる……」
「んっ……ん…」
ねちっこく舌を絡ませながら、何度も俺を呼ぶ。
…………? なんか、変だ……
両手で顔を挟んで、至近距離で見つめてくる。
「やっと手に入れた…僕のだ…………離さない」
「…………………!?」
その時の泣きそうな顔は、思わず見つめ返してしまうような、胸に迫る何かが漂っていた。
────なんだ? なんで、そんな顔……するんだ?
いつもの興奮は、まるっきり無い。
────なんで、コイツが泣いているんだ……
その日から、オッサンの行動が変わった。
変に落ち着かない。何かに怯えたように、自分の立てた音にまで驚いたり……。
性行為を、ぴたりとしなくなった。毎晩添い寝はするけれど、身体を弄っても来ない。俺を背中から抱き締めて、いつまでも黙っていた。
毎日一回以上、必ず犯され続けていた俺の身体は、信じられないくらいラクになった。
考えるゆとりが出来て、思考回路も回復してきた。
でも、自分の不安定な妙な感覚……オッサンの異変……模索していた不快な感傷に、答えを出す猶予は、俺にはなかった。
「克晴、コレ飲んで!」
数日後、いきなり部屋に入ってきたオッサンに、何かを飲まされた。
「なに……ッ!」
抵抗する間もなく、口移しで飲まされた水で、睡眠薬は俺の胃に落ちた。
「……はる……いいね?」
呼びかける声に、目を覚ました。
霞む目に映って来たのは、見下ろしてくるオッサンと、見慣れない小部屋……
「…………?」
不自由を感じて首を起こすと、後手にプレートが繋がっていた。アンクレットも両脚を拘束している。
そして、 全身素っ裸だった。
─────!?
窓にはカーテンが閉まっていて、他は布団一組だけ。そこに俺は、寝かされていた。
「……なんだ……ここ?」
起きあがれずに、俺の前に蹲っているオッサンを睨み上げた。
「何しようってんだ!? こんな……」
言いなりになれば、服を与えてやるって言ってたクセに!
まだ、何かしたりないのか。
また自由と服を奪われたことに、怒りが沸き上がる。
「克晴、聞いて!」
俺の怒りに被せるように、オッサンが必死な声で、囁いた。
「…………?」
「何があっても、騒がないで。声を出しちゃダメだよ!」
………なに……
「本当はこんなコト、したくないんだ。でも……」
薄い掛け布団を俺に被せると、頬を撫でてきた。
「不自由させちゃうけど、ごめんね」
「…………?」
「ここは防音が効かないんだ。だから騒がないで。お願いだから! 必ず迎えに来るから!」
それだけ言うと、ふいに口の端を上げて笑った。
「……こんなカッコじゃ、逃げられないよね?」
───────!?
不可解なことだらけで、腹の底が熱くなった。
何がしたいんだ──何が言いたいんだ? この男は!
言い返そうとした俺に、またさっきの薬を飲ませてきた。
「……んんッ!」
「……寝ていてね、なるべく急いで戻ってくる」
掠れる意識の中で、部屋を出て行く背中を、見つめた。
─────なんだ?
何があって、こんなことに……
オッサンの顔色は、ただごとじゃない。
時々見せる真っ白な、魂も凍ってしまうほど何かを恐れているような、そんな表情……
あれは、いったい何なんだ……?
最後に見せた、意味深な笑いも………
そこまでで、俺の意識は途切れた。