chapter11. unusually soul -異質の愛-
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6
「さあ、オレを心から受け入れろ」
メイジャーの腰が早くなっていく。
「あっ……やめ…ッ!」
墜ちた───と、一瞬思った。
俺自身を見失う、“絶望”という闇に。
でもその幻覚からは、皮肉にもメイジャーによって引き戻された。
「こんなに愛液を垂らして、止めろはないだろう」
「────ッ」
再び、反り返った先端を撫でられて、体中に電流が走った。
「……くッ」
喘ぎそうな刺激に、必死で唇を噛んで耐えた。
「フ…悩ましげな顔をする。この反応、オレはどう判断すれば良い?」
腰を深く突きながら、そのまま握って扱きだした。
「ん……ぁあッ……」
出入りする物量の凄さと、扱かれて背中を這い上がる痺れに、声が抑えられない。腸壁が勝手に、メイジャーを締め付けた。
「克晴…好きでもない相手に、感じるのか?」
「………ッ」
「それほどオマエは、淫乱なのか?」
「……ちが……違う…」
強引なこじつけだとか、薬の話が真実かどうかなんて……判断できないほど、翻弄される。襲ってくる快感で、中も外も、荒波に揉まれるように揺さぶられた。
「あッ………ぁああッ………!」
ベッドの軋む音と淫猥な水音が、俺の感覚まで変にしてしまいそうで。
「メイジャ…や…イヤだ…!」
このままじゃ、すぐにイッてしまう。押さえられている腕を、必死に解こうとした。
「では、……オレを愛しているということだな」
「!………違う…ッ」
「克晴……オレは、オマエを愛している」
熱い息が、首筋を這った。黒い目が、苦しげに細まりながらも輝く。
「こんなにも欲情するのは、その愛のせいだ」
「……ウソだ……それに…俺は違うッ」
「イクぞ……オレを受け止めろ」
膝が外側に押し開かれ、結合部がより密着した。
「あッ…ぁあああッ!」
ピストンが益々激しくて、俺のを扱く手も早い。
押し返した胸などビクともせずに、肩を抱き込まれ、最後は唇も塞がれていた。
「んんッ────!!」
胸に白濁を飛び散らせて、腹の中に熱い脈動と飛沫を感じて……果てた後も、緩く扱かれながらディープキスが続いた。
「……はぁ…」
悔しい……イかされるのも…体内に出されるのも……なのに───
優しく絡みつく舌と唇。ゆるりと続く……快感の余韻。襲ってくる倦怠感と嫌悪感から、俺を庇うように……
メイジャーとのセックスが終わった後は、いつもこうだ。意識を手放す時、それを感じていた。
『言葉で何を言ったって、身体は正直だよ』
オッサンに何度も繰り返し言われた。
『気持ちいいこと、感じていること。それを認めなよ!』
ひたすら繰り返された、俺にとって意義のない行為。ただただ辱められて…悔しくて……
でも、メイジャーは同じ事を、違う方向から攻めてくる。
『オマエが愛しい』
それを、何かにつけ態度で示す。反発できないほど、優しく扱う。……絆されていく……それが恐い。
でもそれと、愛するっていうのは…別問題のはずだ。惑わされそうになる、俺の迷い。普段なら当然のように判ることが、メイジャーと話していると、判らなくなっていく。
そして、決定打のように囁く。『愛に、身体が反応している』 と…。
「───違う…こんなの……愛じゃない」
唇が解放されて、やっと声が出せた。
まだ俺の中にいる、メイジャー。その質量感は凄いけど……オッサンよりは、嫌悪が少ない。……だけど。
「なんでだ?」
荒い息が、お互いの顔にかかった。
「シレンとヤった直後に…俺と……こんな愛、あるかよ」
「やはり、嫉妬しているな」
片頬を上げたその顔を、睨み付けた。
「……シレンのことも、本気で愛しているとは思えないって…言ってんだ」
「愛している」
「………」
平然と言うその眼に、息が止まった。
……深い…緑がかった茶色の…
「はッ……軽い言葉だ…そんなの」
動揺しそうになって、きつく睨み返した。この暖かい色は、俺を包み込もうとする。
「ウソでもなんでも、言えばいいのか…俺もそうやって、言えばいいのか…?」
「いや。オマエには…その言葉は、嘘でも言えない」
「─────」
「もちろんオレも、そんなのは言わん」
「………」
「オレには、誤魔化しの“愛している”など、克晴が言えないことは、判っている」
「……だったら、なんで…」
ナイトランプに照らされている顔が、左半分に影を作る。
真剣な茶色の眼が、俺を見つめる。
「だからこそ、その言葉には価値がある」
「……………」
何も言い返せないでいる俺に、メイジャーが深い息をついた。
乱れた前髪を掻き上げると、おもむろにグッと腰を入れてきた。
「……ん」
不意の刺激に声が漏れてしまった。その反応を確認するように、覗き込んでくる。
「克晴……オマエはまだ愛というものを、本当に理解はしていない」
ゆっくりと諭すように、響く声…。
「オレを好きになるのは、おかしなことじゃない。心に誰かが居たとしても」
「……ウソだ」
「オレのことを、嫌悪してないだろう?」
自信たっぷりの、憎たらしい眼。
「“チェイスよりも良い”と、言ったよな」
「それは! 比べたらの話で…」
「“愛”までは行っていなくても、“好き”かそれに似た親近感を、もっているんじゃないのか」
「……そんなもの──」
「嫌っていないとは、そういうことだ。だったらそれは、愛の入り口ではないのか?」
「─────」
言葉を被せて、否定を奪って……俺が自分自身で答えを出す前に、道を作ってしまう。
オッサンに反発し続けたような心からの声が、メイジャーの前では出せない。
「……………」
何か言うと、罠に嵌る。惑わされないで、整理したかった。
この感覚…感情……
総てを諦めて、メイジャーの人形になって。……俺はこの船の住人になることを、覚悟した。
……でも、受け入れたのとは、違うんだ。
今も入っている、俺の中のもの……こんなモノに…愛なんか感じない。
意識した途端、それが腹の中でドクンと脈付いた。熱い塊に、変化していく。
───冗談! 俺はもう嫌だ……
「……メイジャー…!」
振り仰いだ顔が、俺に口を開かせたことを、笑っている。
「何度も言うぞ。オマエが愛しい」
じっと見つめる眼に、吸い込まれる。この眼が、俺を話術に嵌めていく……。
「─────」
「オレは、シレンも克晴も愛している。二人はまるで正反対だが…そこが良い」
「……俺は…そんなの、認めない」
「愛は一つじゃない。他に好きな奴がいたって構わん。その上で、オレを愛せ」
───この1ヶ月……
メイジャーの横にいて判ったこと…それは、この言葉。言動に迷いがないって、ことだった。
メイジャーには裏表がない。自信に満ちた行動は、確信に基づいていた。
『愛の形は、一つじゃありません……』
神父さんの声が、不意に蘇った。
「………………」
神父さん……“形”が一つじゃないのは…わかったよ。
───でも…
「克晴」
見下ろしてくる柔らかいブラウンの瞳と声に、熱が込められた
「薬なんかじゃない。オマエは、オレに感じていたんだ。それは…」
「……言うな!」
今度は、俺が遮った。降りてきた唇から、顔をそむけて。
「終わったんだから、抜けよッ」
快感も喘ぎも、嫌だ………!
繋がっているそこが、俺を不安にさせる。オッサンの時とは違う、明らかに受け入れている、俺の身体の何か。
───俺はそれを、薬の作用だと……本気で思っていたんだ。
「くそ……」
枕に横顔を埋めて、自由にならない身体を疎ましく思った。
───どうして…
「……どうして……どいつも、俺に構うんだ…」
つい零れた言葉は、いつも味わう理不尽な思い。……モノ扱いで身体を奪って、心を強要する。
俺には恵だけだ。それはどうあったって、変わらない。
それなのに、なんで……
「その眼だ」
顎を捉えて、正面から見つめ合わされた。
「………」
「オマエの誰にも屈しない、その魂。……惹き付けられる」
「………俺の…せいかよ」
オッサンに感じた憤りが、湧き上がる。“克晴が…”いつもそう言って、何かしてきた。そんなことが本当なら…俺は、どうしたらいいんだ。
「あ…?」
睨み返した眼を、大きな手の平で覆われた。
もっと言い返そうとした言葉は、口髭の茂りで塞がれた。
「……んっ…」
ねっとりとしたキス。反対の腕が背中に回って抱き締められた。
「その眼が閉じていても、この口が言葉を紡がなくても」
唇だけが、離れた。
「オマエの発するオーラには、穢れが無い」
「─────」
「汚すつもりもない。その魂が、愛しいのだから」
視界を奪われたまま耳に届く低い声が、空気をも震わす。
「何の因果か、オレの手の中に落ちてきた。……オマエをもう、離しはしない」
「…………」
「オレの魂を感じろ。それが愛するということだ」
「──────」
見えないメイジャーに首を横に振りながら、落ちてくる声を振り払った。
息苦しい……
俺の拠り所…メグをそのままにして、受け入れろって……?
この腕は、オッサンとは違う体温で俺をくるむ。生肌が触れているのに、前より嫌悪しなくなっている。
……それが、薬の作用じゃないのだったら……俺は……
……ずっとここに、居なきゃいけないなら───
『後から着いてくる愛も、あるんだよ』
シレンがそう、微笑んでいた。
でもその愛は…メイジャー、一人にだ……
「……ん…」
目を覆われたまま、腰が動き出すのを感じた。
「……克晴」
熱い囁き……コレを受け入れれば、楽になれるんだ……
───でも……
追い詰められるほど、思わずにはいられない。
この挿入感………いくら身体が、反応したって。こんなもの、俺にとっては蹂躙でしかないんだ。
小学生だった俺が、受けた痛み。オッサンに刻み込まれた、羞恥にまみれた刻印───
だからこそ、恵に触れて癒された。
俺のこの感覚…身体は、……メグのためだけのモノで、ありたい。
……そうだ、この手で触れられなくなって、ずっと思っていた。
抱かれるんじゃなくて、抱き締めたい……抱き締めたいんだ……
「………俺の愛は……恵一つだ…」
メイジャーの顔があるであろう方向に、呟いた。
「─────」
「何があっても…何をされても、それだけは変わらない」
真っ暗な闇の中、恵の笑顔が輝いて、消えた。
……霧島が、居たな。
最後に見た、恵の横に。
あいつに頼んでおいて……よかった。
こんな時に、何を思い出しているのか…頭の中で色々なことが駆け巡った。
グラディスが来たなら、チェイスを押さえてくれるか?
メグがこの先、無事でいられるなら……それでいいんだ。
「…………」
メイジャーの掌が妙に熱い…濡れている気がする。
「俺は……チェイスと差し違えても、あの子を守りたい…そう思っていた」
手が退いて、目の前が急に明るくなった。
滲んでぼやけた視界には、驚いている顔があった。
俺にもなぜ、頬に熱いものが流れているのか、判らなかった。
自分を哀れんだ涙なのか…恵を想うからなのか……
……さっきふと思い出した、優しかった神父さんの声。
『自分を、大事にしてくださいね。悲しませては、いけません』
……あの約束を…やはり、守れないと判っているからか───
「チェイスのストッパー、グラディスが現れたんだ……」
「もう俺が、人質である必要は…ないよな?」
「──────」
「……この意味が、判るよな……メイジャー」
真っ直ぐに、視線を合わせた。
どうあったって、俺の心は恵だけだ。
淫乱なんてレッテルも、まっぴらだ。
チェイスという枷がないなら、そんな二択なんて……最初からあり得ないんだ。
……俺はもう、守られる必要も…我慢する必要もない。
こんな醜態を晒したまま、生きてゆくという…我慢……俺が壊れないでいるためには、メグが必要なんだ。
───それが許されないなら……メイジャー
……アンタが俺を殺せ。
俺はそう、言っていた。