chapter2. time-lapse- 刻まれる記録 -
1. 2.
 
1.
 
 恵が俺の前に姿を見せたのは、俺が8歳の時だった。
「弟が産まれた」と聞かされ、父と病院まで見に行ったんだ。
 新生児室で、母に抱かれている恵はちっちゃくて、とても人間に育つとは思えなかった。
 でも、家に母と一緒に帰ってきた、そのちっちゃかったイキモノは、ちゃんとした人間の赤ちゃんになっていた。
「何度も見てたけど、こんなふうに触れるのは初めてよね」
 と、ほっぺたを触らせてくれた。
 柔らかい…。抱っこは難しいから、まだダメだって。俺は早く抱いてみたかった。だってお兄ちゃんなんだ、俺。
 恵という名前は、色々な候補の中から、俺も一番気に入っていた。俺は弟とか妹とかがいるヤツが羨ましかった。兄弟が生まれるって聞いて、ホントに嬉しかったんだ。
 両親と俺で、10ヶ月を待ちに待った。望んで生まれて来るんだから、望(のぞみ)でもよかった。でも、もっとすごい。神様からの授かりもの。恵まれモノだから、恵(めぐみ)。誰にも文句なんか言わせない。
 どんどん育っていく恵。時々俺の指を掴んだりするんだ。これが意外と強い力でびっくりする。すっかり俺の心も掴まれちゃった。
 
 
 俺が10歳の時に、事件が起きた。
 恵にじゃない。
 俺にだ。
 俺は一人っ子で育てられていたから、父さんはいつも俺を連れて歩いていた。自分が作ってる野球チームの試合にも、必ず連れて行った。
 そのチームの中で、特に父と仲のいいおじさん(当時はみんなおじさんに見えた。ほんとは結構若かったんだけど)が、俺を自分の子どものように面倒を見てくれた。俺も懐いてたしで、塾とか稽古の習い事はよく送り迎えをしてくれていた。
 ──そして、送りオオカミになりやがったんだ。
 一回目はいきなりキスをされた。
 助手席でシートベルトをしていたし、なんてったってガタイが違う。押さえ込まれたら、びくともできない。
 でも、触れるだけのキスだったから、まだよかった。
 10歳の俺には、キスのなんたるかなんて、まったく知らない。わかる訳がない。
 
 だから、ただ恐かった。
 いきなり豹変したような目の光が、押さえつけてくる力が。
 それは2回目だ、今度は舌を入れられた。
 ホントはもう車に乗せてもらうのは嫌だったけど、理由を誰かに説明するのも嫌だったし、それ以上があるなんて、想像もしなかった。俺はかなり父の掌の中で大事にされていて、世間のスレた所を知らなさすぎた。
 10歳だけど、立派にプライドってものがあったから、泣いたりはしなかった。でも気持ち悪くて、どうにかなりそうだった。タバコ臭くて苦い、生温かいのが気色悪くて。
 それはやっぱり車の中で、顎を押さえてムリヤリ口を開かされた。でも俺には一瞬、舌をつっこまれても、意味が分からなかった。何してんだ、この人って。
 散々口の中を掻き回されて、最後はめちゃくちゃに吸われた。舌が引っこ抜けて、布袋の表裏をひっくり返すように、内蔵やら全部吸われて俺は自分がひっくり返されてしまうかと思った。
 とにかく抗って、睨み付けてやったんだ。その時の言葉は忘れない。
「いい眼をしてる。さすが先輩の子だ」って。
 後で気付いたけど、あいつは父さんの事が好きだったんだ。
 俺を代わりにしやがった。
 それを知ったときは、子供心にプライドが傷ついた。だって、キスなんかで終わりはしなかったんだから。
 
 結局、俺自身のプライドが、事の発覚を妨げた。
 誰にも、男に襲われたなんて、知られたくなかったから。
 あいつは調子に乗って、あちこち触りだしやがった。ディープキスをしながら、サスペンダーを外し、ズボンの前を開ける。
 俺の服装は、いいところのおぼっちゃまヨロシク結構金のかかるブランドモノで仕立てられていたから、汚さないように気を遣っていたようだ。その結果、さっさと素っ裸にされた。
 初めての時は、どこかのホテルに連れ込まれた。お気楽な俺は、やっぱりその時まで、今以上の最悪があるなんて、分からなかったんだ。
 いい加減、連日の痴漢行為にむかついていた俺は、若干10歳の子どもにして、大の大人に向かってタメ口をきいていた。もちろん二人の時だけだ。こいつときたら、普段は全くお首にも出さず、信じられないくらいの善人っぷりだった。
 半年後に俺が河に落ちた時なんか、俺を助けに飛び込んで、自分が溺れやがった。俺はそのまま死ねばいいと本気で願ったが、ヤツはしぶとかった。
 ホテルに連れ込むと、ヤツはとにかく俺を裸にした。よっぽど服の乱れなどから、コトがばれるのを恐れている様に。
 脱がされた先に何があるかは分からないけど、俺はとにかく抵抗した。猛獣みたいになってる目の前のオトナが、恐かった。
「はなせってば! なにすんだ、このオジン!」
 言葉でも抗う。でもそれは失敗だった。あんまり煩くしたから、タオルを噛まされてしまった。力の差は歴然だったから、腕なんかは縛られなくったって、掴まれたら同じようなものだった。
 逃げ回る俺を背中から大の字にベッドに張り付けにして、慣らされることもなく、いきなり突っ込まれた。
 身体が引き裂かれたと思った。あんまりに痛くて、気絶寸前で動かなくなった俺をひっくり返して、顔を向き合わせるとまた犯しやがった。
 俺はいい加減意識をなくしてしまった。
 その後、すごい熱を出して、動けなくなった。2歳になる恵とも大事をとって、2週間は会えなかった。両親は原因不明の高熱、としか理由が分からなかったから。
 
 俺は最後まで誰にも言わなかった。
 あいつが転任とかで、数年後、どっか遠くに引っ越して行っても。
 何回ヤラれたかもう覚えてない。俺の身体を散々弄くって、造りかえて、捨てていった。その時俺は12歳になって、精通もしていた。
 
 それまでの奴の行動と言ったら…酷い時は俺の家だった。送ってきた時、誰もいなかったんだ。
 そしたらあいつ、部屋にのりこんできて。
「いいもの見つけた」とか言いながら、母さんのクリーム見つけ出して、あれでやりやがった。
 さすがにヤツの自宅には、最後まで連れ込まれなかったけど。あいつ、実家に住んでるとかで、親がいつも居るんだと言っていた。
 道理でチームの中であいつだけ結婚してない訳だ。ヘンタイだったんだから。
 
 俺が狂わないでいられたのは、恵がいたからだった。
 あんなこと繰り返しヤられながら、小学校、中学校に通い続けるのは、並大抵のことじゃない…。クラスメイトも、親も先生も、総てが異次元の住人になってしまった。
 崩れそうになる精神を立て直すのに、俺の方が恵を必要としていた。
 恵には間違ってもこんな思いはさせちゃいけない。俺が守るんだ…と。
 
 
 
「………ふぅ」
 俺は溜息をついた。
 恵は今年8歳になる。俺はもう16歳。あの頃に比べると、なんて世の中がよく見える歳だろう。
 恵はもうすぐ俺の人生が変わってしまった歳に、追いつこうとしている。
 俺は心配でしょうがなかった。恵を溺愛しすぎた俺は両親すらも遠ざけて、自分一人の檻の中に恵を囲った。学校の送り迎えなど、苦になるどころか、授業中も隣に座っていたいほどだった。
 その結果、恵には世の中の醜さ、汚さを知るきっかけを、失わせてしまった。
 特に性のことなど、言語道断だった。
 でも、嫌でも身体の変化は起こって来る。俺は他人よりちょっと早かったし、順番も逆だったから、別の意味で大変だったけど、精通の時はあんなオッサンでも、居て助かったと思ったりもした。いろいろ教えてくれたから。
 俺はプライドが高すぎて、たぶんあんなコトがなかったら、誰にも何も聞けずに独りで悩んでしまっただろう。
 恵には俺がいる。俺が全部教えてやって、自然に受け容れて行けるように導いてやるんだ。そう思っていた。ずっとずっと前から、俺が傷つけられた時から。
 恵にはあんな思いは絶対にさせられない。そう思っていたのに…。
 
 俺は最近、自分の身体を持て余す。
 あいつに変なことされ続けたせいで、まともな恋愛なんかできなくなってしまった。
 どうやって性処理をしていいのか、分からなくなってしまったんだ。
 単にヌクだけでいいと言えばそれまでだけど…、用はネタが問題で。どうしても恵の顔が思い浮かんでしまう。それだけは嫌だった。恵を汚すことは、俺だってしちゃいけないんだ。それくらい恵が大事だった。
 なのに、その時思い浮かぶのは恵の顔。そしてもっと困ったことに、ナマの恵に欲情してしまうようになった。たった8歳だぞ。まだ俺の胸までも身長がない、まったく未発達の身体。風呂も一緒だから毎日見てるのに、最近は時々正視できないくらいだ。
 そんな折り、両親が使っていたダブルベッドを処分すると言い出した。母親が趣味を持ち、個別の部屋が欲しくなったんだと。速攻、俺の頭には恵改革図が設計された。
「それ、俺にちょうだい」
 実際、今の二段ベッドはもう俺には厳しかった。部屋が狭くなるのが嫌で、初めは面白半分にアレを買ってもらったんだけど。両親は何も疑わず、喜んでくれた。まあ、そりゃそうだろ。あんなデカイベッド、処分に困るもんな。
 それでも、そんなに焦るつもりはなかった。10歳は過ぎないと身体の変化はない。横に並んで寝ながら、自然に話して聞かせようと思っただけだ。
 
 ………でも。
 俺はまた、溜息をついた。恵には聞こえないように、起こしてしまわないように。
 横で眠っている。俺のすぐ横で、あどけない顔で寝息を立てている。これをただ、こうやってじっと見ているだけなんて、俺には地獄だった。
 昨晩も、すぐに寝入ってしまった恵を飽きずにいつまでも眺めていた。柔らかくふわふわした細い髪の毛。透けると茶色に見える。これは母さん似だ。俺の髪は父さん似で、黒くて真っ直ぐだ。長い睫毛や、下唇がぷるんとしてるとこも母さん似だな。父さんはこの唇に惚れたなんて、のろけたことがあった。
 ……俺も、同じだよ父さん。流石同じ遺伝子を色濃く受け継いでいるらしい。俺の好みは父親とまったく同じだということか。
 堪らなくて、その唇に触れてみた。信じられないくらい小さくて柔らかい。この唇を誰かが蹂躙する日がくるなんて、考えただけで卒倒しそうだった。
 
 
“僕が克にぃに、似てたら…”
 そんなこと、考えるようになったんだな。俺はふと笑みを零した。俺に似てなくてよかった。そうでなきゃ、こんなに愛しはしなかった。
 霧島の顔が頭に浮かぶ。あの、憎たらしいガキンチョ。……あんなのは、全然可愛くない。
 昨日、メグが初めて俺の名前を呼び捨てで口にした……。“かつはる”、その名前の方がいいと。
 俺は、どきっとした。そう俺を呼んだのかと、思ったんだ。
 いつか育って、そんな風に俺を呼ぶ時が来るのだろうか。そんな想像は、楽しかった。俺の為だけに育つなら…俺だけのために存在するなら、今すぐ育ってほしかった。
 
 
 その時、寝返りを打って向こうをむいた恵の肩が、布団から出た。俺はかけ直してやろうと、布団を持ち上げて引っ張り上げた。…うっ。
 鼻血を噴くかと思った。
 パジャマのズボンが半分下にずれて、お尻が少し見えている。身体が小さめなため、パジャマが恵にはでかいんだ。そっと、布団を全部捲りあげた。小さな身体が、横たわっている。大きな袖口から、ちっちゃな手を出して。
 俺の視線はなんと言っても、半分出ている小さなお尻に釘付けだった。真っ白にぬけるような白い肌。すべすべしている。尾てい骨にはまだ蒙古斑の名残がうっすら浮いている。そして、その下にはお尻の割れ目が見えている。
 うう……。
 思わず鼻を押さえた。風呂や着替えで見てるのとはまた違う…こんな風にチラ見させられては、どうしていいかわからない。
 


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