chapter6. alternate guardian -守護る者-
1. 2. 3. 4.
 
 3
 
「……なあ、ねーちゃん」
「あん?」
「例えば、声が出なくなった時さ」
「……声?」
「うん。どんなコトすれば、出るようになると思う?」
 天野を自宅まで送り届けて、家に帰ると姉貴がいた。
 台所のテーブルに着いて、麦茶を飲みながら聞いてみた。今日の天野も、保健室から戻ってきた時、変だった。
 ……そんなに疲れるようなこと、……何をすることがあるんかな。天野は何でもないっていうけど、俺には納得いかなかった。
「なんで、声? ……出なくなった理由によって、いろいろやり方は違うんじゃん?」
「……そうか。なんでって……泣きすぎ…かなあ」
「はあ?」
「まあ、いいや。さんきゅー」
「こら、中途半端に聞いといて、自己完結すんな!」
 俺の背中に回って、顎に腕を引っかけて首を絞めてきた。小さい頃から柔道を習っているから、技の入り方が違う。
「ぐ……」
 苦しい。ねーちゃんはじゃれ合いでも、手を抜かない。
「……まあ、大概は原因を取り除くとか、それ以上のモノを与える……とか?」
「それ以上のモノ?」
「そう、たとえば恐怖! でもそんなの、荒療治過ぎて可哀想かもね」
 力は緩めたけど、腕は首に回したまま、耳元で教えてくれる。
 ……姉貴だから、べつになんとも思わないけど…胸が当たっている。もうちょっと、恥じらえ。姉貴。
「まあ、あんたにゃ、まだ難しいか! なんか知らないけど、複雑そうだね」
 俺は頷いた。
「はは、悩めよ、小学生!」
 頭をぼんぼん叩いてくる。
 その時、電話が鳴った。姉貴の手を振り解いて、電話に出る。
「はい、霧島です」
『────』
 なんの応答もない。なんだこりゃ。
「もしもーし!」
「なに? イタ電?」
 姉貴が横から聞いてくる。
「ああ、そうみたいだな」
 俺も受話器を耳から外して、そう応えた。
『…………』
 その時、受話器の奥から何か聴こえた気がした。
「……!」
 握り直して、耳にしっかり当てる。
『………………っ!』
 ───あっ!
 掠れる空気の音。ごつごつと何かを受話器にぶつけている音。
 ……これは……
「天野!? 天野なのか!?」
 ごつごつという音が止まった。
 
 ────天野!!
 
 俺は、胸が瞬間沸騰したように、熱くなった。
 
 間違いない、天野だ! 何かあったのか? 
 ……声が出ないのに掛けてきた…!
 
 
「天野、家にいるんだろ? 今すぐ行くから、そこを動くなよ!」
 言うだけ言うと、電話を切った。俺の剣幕に、姉貴が目を丸くして見ている。俺は構っていられなかった。靴を突っ掛けて、外に飛び出す。
「あー、チャリ、壊れてんだっけ!」
 自転車置き場に俺のがない。そのまま天野目指して走った。
 ──俺は馬鹿だ! 声の出ない天野に、電話しろなんて……今のは分かったから、いいようなものの!
 なんだか分からない焦りに、駆られた。
 天野の家まで、走り続けて10分くらいだった。その時間ももどかしい。やっとたどり着くと、インターフォンを押した。
「?」
 いくら押しても、反応が無い。
 肩で息をしながら、柵に手を付いて身体を支えた。
 外から覗いてみようと、ポーチを離れて天野の部屋の窓の下に立ったとき、足元になにか落ちているモノに気がついた。
 ────!!
 これは……。
 今日、天野に握らせた俺んちの電話番号のメモ。
 ……?
 なんでこれがここに? ……家の中で、電話を掛けているはずだ。
 
「…………」
 また、心臓がぞわぞわしてきた。なんだ、この不安。
 天野は、外に出て俺を待ってたんだ。なら、……どこに行ったんだ?
 
 俺は、天野の家の周りを走り始めた。
「天野───っ」
 叫びながら、走り続ける。
 ───応えろ!
 声じゃなくたって、なんでもいい、そこに居ると、教えろ! ……天野!!
 
 ずっと走り回ったけど、まったく反応がない。
 ……ほんとは部屋にいるのかも。俺がここに居ること自体が、間違っているんじゃないか……
 何も判らないまま、不安だけが足を動かした。走り回っていた公園を出ようとしたとき、
 
「うわあああぁぁぁぁ────!!」
 
 もの凄い叫び声が響いた。
 犬が吼えるような、激しい雄叫び。そして金切り声。
 
「いやああぁあああ!!!!」
 
 ────天野!
 俺は、声のした方へ走った。茂みの奧から、中高生みたいな人影が数人、走って逃げって行った。
「!?」
 その茂みに飛び込んでみた。
 
 ─────!!
 
 あまりに、残酷な風景だった。
 ズボンをおろされ、シャツは引き裂かれ……内股には出血した痕までついている。
 
 手足を草むらに投げ出して、天野は倒れていた。
「天野!」
 痙攣している身体を、抱え起こそうとした。
「いやああああ!!」
 切り裂くような恐怖の声をあげる。手足を振り乱して、抵抗する。俺は更に力をこめて、天野を押さえた。
 ───俺は敵じゃない! 気が付け…天野!
「天野! 天野!」
 呼び続ける。その目は、また俺を映していない。恐怖でなにも見えていない。
「天野! 天野! ……天野ッ!」
 
 ねーちゃんが言っていたのを思い出した。
 “それ以上の恐怖”
 克にいが帰ってこない、その悲しみ以上の恐怖を今、あの変な連中に味わわされたんだ!
 
 俺はむちゃくちゃ、後悔した。
 なんで、強引に寄り道させなかったのか。天野の部屋に、上がり込まなかったのか。
 なんで、一人にさせてしまったのか──!
「──あまの……」
 力一杯抱え込んで、俺は泣いた。
 ───ごめん、ごめんな……
 俺は、いつも思っていた。小さな天野を守る。天野を泣かせたりしない。
 ……ほんとに……ほんとに、いつも、そう思ってたんだ……
 
「天野ぉ……」
 
 声が掠れた。
 腕の中で、やっとおとなしくなってくれた天野が、一瞬俺を見た気がした。
「……天野!」
「………きり……しま…くん?」
 そう言ったきり、天野はぐったりとしてしまった。
「…………くぅっ」
 だらりと垂れた腕も抱え込んで、俺は泣いた。
 こんな取り戻し方って、あるか?
 なんで、なんで天野ばっかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないんだよ!!
 


NEXT /1部/2部/3部/4部/Novel