chapter15. unlock the time -未来を求めて-
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「ん? ……どうした? 克晴」
 
 
 いきなり動かなくなった俺に疑問を持って、オッサンが顔を覗き込んできた。
 
 …別に。
 
 ただ、やり場のないこの感覚を持て余して……
 仰け反ったら、オッサンの胸に頭が当たったんだ。
 それが、俺の身体を思いがけなく安定させたから、びっくりしていただけだ。
 
 触りたくない、触れられたくない。
 出来る限り、俺はオッサンに触れないようにしていた。
 ……それなのに。
 
 寄りかかってしまった背中が、温かくて。俺をしっかりと支えていた。
 
 だから、身体を変な感覚で震えさせても、背中が受け止めてもらえるから、俺はそれ以上不安にならずに済んだんだ。
 
 それに気づいてから、車の中での行為はちょっと楽になった。
 必ず背中があったから。
 
 ホテルで、一人横にならされる時が、イヤだった。俺だけ放置して、上から眺めてるような格好。同じ部屋にいるのに、俺だけ裸で一人だった。
 それが惨めで、不安も煽る。晒された背中は、寒いばかりだ。
 
 俺は我慢ができなくなった。今日も、そこに寝ろと言う。
 
「寝っ転がって、指だけってのは、もう嫌だ!」
 
 そう叫んだ俺を、オッサンはいきなり抱き寄せた。
「──!!」
 驚いて抗おうとしたけれど、抱きすくめられた体温が温かくて、動けなくなってしまった。
  
 こんなヤツ、大っ嫌いだ。
 何をされるかわからなくて、恐い。
 俺が嫌がることを、わざとしてくる。
 
 ──それでも…こんなヤツでも、一人放置される寒さを考えると、体温を欲してしまったんだ。
 
 ほぼ毎日。
 俺は、オッサンと肌をあわせていた。無理矢理だけど…。
 2年も経てば、いい加減俺もその空気には慣れてきていた。
 
 行為その物は、慣れるなんてもんじゃない。どんどんエスカレートしていくし。
 俺の身体はついて行かなくて、悲鳴を上げてばっかだった。
 
 ただ、始める前に、俺を抱え込むんだ。
 後ろから。背中も肩も頭も、みんなくるみ込むように。それが温かくて、そんときだけは、オッサンの体温も気持ち悪く無かった。存在も、恐くなかったんだ。
 
 
 
 
 
 オッサンに抱き込められた俺は、結局いいようにされてしまった。
 指を突っ込まれて、後ろを開かされる。無理矢理何本も突っ込んでくるから、かなり辛い。
 でも、もっとイヤなのは、あれだった。
「克晴。脚を大きく開いて」
 まただ…。後ろに突っ込まれるよりは確かにマシかも知れないけど。
 俺の太腿に挟んで、ヤツが腰を打ち付けてくる。なま温かいそれが、股の間でぬめぬめして、もの凄い気持ち悪かった。
 ───あっ…
 ヤツがイクと、俺の脚が汚れる。ドロッとした白いのが、まるで俺が出したみたいに、太腿を伝って垂れていく。
 
 ───気持ち悪い
 
 オッサンは、俺が嫌がるのを知っててやる。いっぱい、そういうことわかっててやる。
 
 ───悔しい
 
 非力で、言うがままで、子供の自分。それでも、慣れてきている自分がいる。
 それがまた、イヤだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「─────」
 ……夢。
 あの頃の、忘れていた感覚。
 
 背中が温かい…だなんて。
 
 アイツがいなくなった時、アイツを憎み、あの時を封印した。
 恵に夢中になって、総てを葬ったんだ。
 
 
 俺は、真っ白い部屋の中で眼を覚ました。
 時間の感覚なんて、とっくにない。
 
 諦めてしまってから、俺の時間は止まっていた。
 
 金属のプレートが腕に重い。ずるっと引きずって、身体に引き寄せる。
 ……これが外れない限り、この部屋を出れない…。
 接合部分も判らないほど滑らかな、綺麗な円筒。鈍く光るシルバーをいつまでも眺めていた。
 
「克晴」
 ドアが開いて、悪魔が入ってきた。
 俺の身体がまた、凍り付く。こんどは、何をされるか…頭よりも、身体が先に怖がる。
 
 俺は返事もせず、目が覚めた時のままの格好で、ベッドの中で動けなかった。
 
 また変な強要をしてきたら…俺には想像も付かないけど…薬とか、道具とか…そんなモノ使われて…なんにしろ耐えられるか、その自信がなかった。
 イヤなのにイイと言わせる。呼びたくないのに名前で呼ばせる。
 次は…?
 俺が望まないことを、敢えてやらせるとしたら……。
 俺は、身体の自由より、心の自由の方を大事にしていた。だからこそ、束縛され続けた2年間、自分の意志で生きてこれたんだ。
 
 それを今更、この悪魔は一つ一つ剥ぎ取っていく。俺が俺である、最後の防波堤…“プライド”ってやつを。
 
 目の前に立った男を、俺は睨み付けた。
 
「そんな顔、しないでよ」
 言いながら布団をめくり上げた。
「!!」
「僕、忙しいからすぐ行くけど」
 のし掛かって、顔を寄せてくる。
「一発やらせて」
「──っ!」
 いいも悪いもないくせに、必ず一言いってくる。
「昨日、いい子だったから、プレゼントもあるんだよ」
「あっ」
 パジャマのズボンくらい下げると思ったら、いきなり中に手を突っ込んできて、後ろを触った。
「やっ……嫌だっ…」
 まだかなり痛い。無理矢理広げさせられた股関節も、軋んでいる。抵抗しようと、重い腕を動かした。
「んっ……」
 いきなり口の中に、もう片方の手の指を突っ込まれた。
「舐めて。よく濡らせば痛くないよ」
「ぐ……」
 顎を固定されて、口内を二本の指が動き回った。嫌でもそれに舌を絡めてしまう。
「そうそう。今度は、お口調教だね…克晴」
 ──!!
「言葉は、もういいや。今度、口でして」
 指を口から取り出すと、伝った銀色の糸の向こう側で、嬉しそうに目を細めた。
「………」
 心も身体も、本当に……総て奪われていく。
 新たな絶望の闇が、俺の心に穴を開けた。
 
「ん……くぅっ」
 俺の唾液で濡らした指を、容赦なくねじ込んできた。
 痛い。濡らしたって、何したって、昨日ヤッたことを考えれば、今ムリなことぐらいわかるはずだ。
 薬のせいで、最後は二人ともおかしくなっていた。
 何回ヤッたかわからない。
 ───まだ、ヤリ足りないのかよ、底無しオジンが! 
 心で悪態をつきながら、後ろに回り込むオッサンを睨み付けた。
「その顔、見てたいから、今日も前でやろ」
 にっこり笑って、俺を仰向けにさせた。
「くぅっ───!!」
 自分はファスナーだけ開けて、俺のはズボンをずらすだけ。かなり、強引に入ってきた。
「痛っ……ムリ…無理だって……!」
 引き裂かれる痛みが、背中を走る。止まらないオッサンの動きが、傷をえぐるようだ。
「や……、やめろって──おっさん!」
 言った瞬間、口を掌で塞がれた。
「──!!」
 腰の動きは止まり、暗い光を帯びた双眸が、俺をじっと見ている。
 口は完全に塞がれていて、苦しい。でも恐怖で、呼吸も止まってしまった。
「……克晴。言ったよね、僕」
 暗い目をしたまま、顔が近づいてきた。
「名前で呼んでって──“おっさん”は、嫌いだって!」
「…ぐっ」
 塞いでいた手が、首を絞めた。
「やめ……苦し……」
 今度こそ息が出来ない。目の前がチカチカしだした。
「はは、後ろ、締まってる。克晴…気持ちイイ」
「!!」
 霞む目で、目の前の顔を睨み付けた。どこまで鬼畜野郎なんだ! 
 首を絞めたまま、オッサンは腰を動かし始めた。
「ぅん……!」
 痛い…苦しい…
「克晴、呼んで。それを聞きたくて、僕、中抜けしてきたんだから」
「………」
 ──すぐ行くって、そういうことか。
 ……俺が知るか!
 霞む意識で、俺もヤケだった。やっぱり、こんなヤツ、呼びたくない。俺の中では人間じゃない、悪魔だ。
 
「克晴」
 俺の身体が、ビクッと震えた。心に突き刺さるような暗い声だった。
「またお仕置きしても、いいんだよ」
 オッサンを真っ直ぐ見返した俺の…その視線は、怯えていた。
「克晴が知らない酷いこと、僕、たくさん知ってる」
「…………」
「あれが、最悪なんて思ってたら、生ぬるすぎだよ」
「───っ」
 俺の眼が、力を失った。
「わかってくれて、嬉しい」
 オッサンは首から手を外すと、俺を腕ごと抱きしめて腰を動かした。押し付けられているシャツが、たばこ臭い。昼間ちょっと帰って来たときは、いつもそうだ。俺は咽せた。
「──あ!」
 萎えているモノを、握られた。
「オナニーなんてさせない。一緒にいくんだ」
 肩越しに、そう言って笑う。
 ───っ!
 自慰を見られた恥ずかしい記憶と、懐かしい恵が頭の中で交錯する。
「ぅあ!」
 激しく腰を、打ち付けてくる。
 慣らされた俺の身体は、痛いだけではない感覚が、うずき始めていた。
「克晴が、大きくなった」
 握った手に力を込めて、嬉しそうに言う。
 
 俺は聞きたくない、そんなの! 
 眼を閉じて、とにかく早く終わることだけを祈った。
 


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