chapter15. unlock the time -未来を求めて-
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「あっ……はぁ……」
 急いでると言ってるだけあった。むちゃな腰振り、急激に高まってくソコの熱。
 終わりの予感…イキそうで、思わず喘ぐ。
 
「ほら、呼んで」
 耳元に熱い息を吹きかけられた。
「今、誰にイカされそうになってる?」
 パンパンと激しい肉音が響く部屋で、オッサンの声が、もの凄い重圧に聞こえた。
「……っ」
「…………克晴っ」
 ああ、──もうイク!
「…まさ…よしっ」
 仰け反って、顎を反らしながら、一回だけ叫んだ。
 ───んっ……
 俺の中で、熱いモノが広がる。俺も、オッサンの手を白濁で汚していた。
 
 俺は自分の身体にも、嫌気が差していた。
 イクのを止められたくない。その感覚が、俺に我慢をさせなかった。
 
 
「克晴、プレゼントがあるって言ったよね」
 放心していると、オッサンが嬉しそうに俺に言った。
「!?」
 足首を掴まれて、何か冷たいモノを押し付けられた。カシャンという金属音。
 慌てて、身体を起こそうとしたけれど、遅かった。反対側の足首にも同じ感触。
「なに……」
 昨日の、アンクレットを嵌められたときの恐怖が蘇る。
 顔を起こしたそこには、手首と同じものが…金属製のプレートが足首に光っていた。
「!?」
 俺はオッサンの顔を仰ぎ見た。
「同じだよ。センサー付き」
 俺の反応に満足そうに頷いて、手首を指さした。
「これはね、逃走防止。脚がくっついたら、さすがに逃げられないでしょ。セックスの時は、これをどうこうしたりしないよ」
 プレートをさすりながら、ゆっくり説明しだした。
「安心して。脚閉じたら、ヤリにくいもん」
「…………」
「…手首だけじゃ、心配だったんだ」
 手を止めて、俺をじっと見つめた。
「克晴なら、……腕を切り落としかねないって」
「───」
 墓場までは持ってくつもりだった。
 でも、こんな鬼畜なことが続くなら…。もしまた、逃げ出すチャンスがあったら、確かにわからない。そういうつもりで、飛び出すかもしれなかった。
「……ほんとに、俺のこと……よくわかるんだな」
 掠れた声で、笑ってやった。
 ふと、オッサンが目を細めて微笑んだ。
 俺の頬に片手を伸ばす。
「克晴が…しゃべった」
「………?」
「ここに来てから…嫌だとかやめろとか、そんなことしか言わなかった」
「………」
「逃げだそうとして、失敗した時でさえ、何も喋らなかった」
 頬を包んだ手が、真っ正面から視線を向き合わせた。
「僕、克晴と会話がしたい」
「………」
 ──自白剤でも、打たれればな! 不本意でも、なにか喋るだろうさ。
 心で嗤った。
 やりかねないから言わないけど。
 でも“会話”になんか、なるものか。そんなもの、必要ない。俺が口を開いたら、ここから出せ、自由にしろ、もう俺に構うな!
 ……そんな言葉しか、出てこない。そしたらオッサンはまた逆上して、酷いことをするだけだ。
 
 
 
「…これは、ご褒美なんだよ」
 足首に視線を落とすと、ぽつりと言った。
「センサーはダイニングの出入り口に移した」
「………」
「廊下に出ようとすると、手足がくっついて、玄関まで行けない」
「………」
「絶対、逃げれないんだ。…だから、キッチンまでは自由に動けてもいいかなって、思って」
「───」
 
「…聞いてる? 克晴」
 なぜ喜ばない…と、不思議そうに顔を傾げる。
 俺は……どれだけこの監禁が続くのか。いつ、この地獄が終わるのか、そればかりを気にしているのに。
 ──絶対、逃げられない──
 そんなこと言われて……多少の自由が、なんだってんだ!
 脇の布団をたぐり寄せて掴んだ。何かにしがみつきたくて。憤りが、拳を震わせた。
 ……なんで、こんなに俺に執着するんだ。
 もう、いいじゃんか……
 いっつも思う悔しい気持ちが、胸を突き上げる。
 
「なんで…なんで、泣いてんの? 克晴!」
 驚いた声で、オッサンが俺を覗き込んだ。
 涙なんか、流してない。でも、俺は啼いていた。絶望に突き落とされて。
 帰れない…恵に会えない、と言う事実が、あまりに耐えられなくて。
 泣けたら。涙を流して泣き喚いたら、悲壮感を煽るだろうか。可哀想に思ってもらえるんだろうか。
 そんな可愛げは、俺にはない。
 ……でも、なんでと聞かれたって答えられなかった。
 肩を掴んでくる手を振り払って、布団に突っ伏した。
 ───胸が痛い。
 手首のプレートが視界に入る。忌々しいそれが、ずっしりと心にも重い。
「……克晴。僕、行かなきゃ」
 頭上で、困っているような声が響いた。
「帰ったら、いろいろ話そう。それじゃね」
 ベッドを降りる気配。すぐに足音は、部屋から出て行った。
「…………」
 
 “ガチャリ”
 
 ……あの音が聞こえない。
 オッサンの言った事は、本当みたいだった。
 ───だからって。
 俺は顔を上げて、自分の足首を見た。パジャマのズボンの裾がめくれ上がって、冷たい金属がしっかりと嵌っている。動かすと、妙に重かった。
 ……?
 脚を持ち上げてみると、明らかに手首の物とは重さが違う。
 ──万が一逃げても、走れないようにしてあるのか? そう思うと、背筋がぞっとした。そこまでやるかと。
 
 俺は、たったさっきヤツに打ち込まれたモノを出しに、トイレに向かった。
 ……歩きにくい。
 重みが、ストレスを感じるほどだった。
 トイレからベッドに戻るとき、ふとベランダが気になった。前回は下を穿いていなかったから、まともに窓際に立てなかった。
 カーテンを開けて、窓枠を見た。ベランダに出たかったんだ。
「────!?」
 なんだ、これ……。
 その窓は、全面一枚ガラスでできていて。嵌め殺しになっていた。
 ───開かない、開けられない!
 ベランダに出る…なんて、ありえない事だった。
 …そこまでするか!?
 また思った。何度驚かされればすむのか。この執着度と周到さは、どう考えても異常だ。
 ………なんだ? 俺をどうするつもりなんだ……
 訳の判らない恐怖が、背中を這う。
 はっと思い立って、隣の部屋へ出てみた。
 重い足を引きずって、リビングの窓を見てみる。見える限りの窓ガラスは、すべて嵌め込みで、開かないようになっていた。
 
 “籠の鳥”
 
 なんて言葉が、頭に浮かんだ。
 でも……外の空気は吸えただろう。籠のまま外に吊るせば。
 
 今の俺は、動かない空気の中で、止まってしまった時間の部屋に、閉じこめられていた。
 
 ……窒息しそうだ。
 その場で膝を付いて、座り込んだ。
 そこは、逃げられると確信して飛び出した後、転んでひっくり返ってしまった場所だった。
 
「……ふ」
 どうしょうもない、やるせなさが、胸を貫く。
 恵に会いたい。帰りたい。
 あのベッドでメグと二人で寝たいんだ。俺たちの場所。……青い世界、幸せだった時間。
 
 俺が辛いだけじゃない。
 ……恵は?
 俺と同じように、いきなり放っぽりだされたんだ。俺がいなきゃ、生活出来ない……そんなふうに育ててしまって。
 まさか、こんな強引に引き剥がされるとは、思っても見なかった。
 
「────っ」
 
 パジャマの胸の部分を掴んで、突っ伏した。
 責任をとって上げられないことが、辛かった。
 霧島──あんなやつに、恵を任せるなんて。
 “今は”なんて…俺は言った。
 
 ───今は、頼む。
 
 あの時はそう言ったけど……俺には…帰れる自信がなくなっていた。
 


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