chapter3. come near Hazy Shade -不穏な影-
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 1
 
 克にぃが帰ってこなくなって、1ヶ月が過ぎていた。
 
 僕は、生きている。
 自分で起きて、自分で着替えて…ご飯も…お風呂も。
 ……寝るのも、全部自分独りで。
 
 自分ひとりで、学校に通っている。───それが不思議だった。
 
 
 
 
 前に、“克にぃが死んでしまったら”という恐怖に捕らわれて、よく泣いたことがあった。
 
 “死”という、二度と会えなくなる、残酷な別れ…。この空間からヒトが“居なくなる”ということが、どんなことか。
 心の中にすとんと落ちてきて、不意に理解できて……。克にぃがもし…という恐怖に、僕は何度も号泣した。
 
 あのとき克にぃは、よく説明してくれた。
『そうやって繰り返して、心は強くなっていくんだよ。仮体験して、想像を実感して、いざその時が来たとき、心がいきなり壊れなくて済むようにしているんだ』
 
 ……いざ、その時がきたら……。
 
 その言葉が怖くて、聞き返した。
『………いざ、その時がきたら…?』
『…うん。その時は、来るから』
 
 ──その時は、来るから──
 
 僕は、そんなの絶対嫌で、また繰り返し泣いたんだ。
 
 
 
  ………やだ、心の準備なんて、いらない! 何度も、こんな悲しい気持ち、味わいたくない!
  だって……「その時」なんて来たら………僕の心は結局壊れてしまう。
  ───耐えられるはずが、ないんだから!
 
 
 
 そう思っていた。
 そう思って、何度も泣いた。
 僕は……克にぃと離ればなれになったら、本当に死んでしまうと、思っていた。
 だって……生きていられるはず、ないんだから。
 そんな必要が、無くなるんだから………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「天野……?」
 心配顔が、僕を覗き込んだ。
 
「……霧島君」
 
 その顔を、見つめ返した。僕を繋ぎ止める、一本の糸。
 この糸が、僕を地獄へ落とさない。
 この声が僕を呼ぶ限り、僕は…この世界にいなきゃいけない気がして。
 だから……僕は、ぎりぎりのとこで、この世界に生き続ける。
 心を繋ぎ止め続ける───
 
 
 
「大丈夫か? …顔、真っ白だぞ」
「……おはよう……大丈夫。よく寝れなかったから」
 
 僕は平気な顔をして、嘘をつくようになった。
 今まで、内緒事はあった。秘密はあって、それを言わないでいることはあった。
 克にぃとのナイショゴト。…それは、楽しい秘密。
 でも……ウソなんてついたことは、なかった。
 桜庭先生の事を、隠すようになるまでは──。
 
 手の平のメモをぐっと握り潰してにっこり笑うと、僕は自分の席に着いた。
 
 上履きの奥底に入れられていた、桜庭先生からのメモ。
 
 “四時間目が始まる前に、おいで”
 
 その一言だけ、書かれたメモ。
 誰からかなんて、すぐ分かる。3文字の呪詛が書かれたそれは、朝一番から、僕の心を暗くした。
 ……なんでそんな時間なんだろう。休み時間は10分しか、無いのに…。
 
「……最近、変じゃないか? 天野」
 一時間目が終わると、霧島君が僕の机に来て、朝と同じ声を出した。
「えー……」
 なんて答えていいか分からず、曖昧に笑った。
「…ほら、それ。……疲れた顔して、無理して笑ってる」
「…………」
「毎日、保健室行ってカウンセリング受けてるしさ」
「……うん」
 僕は、保健室に毎日呼ばれていた。
 ───それは、絶対命令。何があっても、隠し通す。
 ……そのためには、どんな嘘でも平気でつかなければ、ならなかった。
 でも毎日違う理由を付けるのには、やっぱり無理がある。だから、桜庭先生にいろんな相談に乗って貰ってることにした。幸い他にも、そういう生徒はいたから。
 
「そんなに、寝れないんだ? ……ずっと」
 心配なような、何か納得いかないような、そんな顔で訊いてくる。
 ……僕の心にやましいトコがあるから、そう見えるのかもしれないけど。
「うん。寝れない……」
「──俺に何か…出来ることが、あればいいのにな」
 悔しそうに呟いて、霧島君は下を向いた。
「……」
 ───ごめんね、霧島君。…僕を一生懸命、面倒見てくれて。
 僕が悲しまないように、落ち込まないように、いつもいつも一緒にいてくれて。
 ……なのに、僕が一番に頼っているのは桜庭先生ってことに、なっちゃってるんだ。
 
 大人の克にぃがいない変わりに、先生に───。
 
 それは、僕と同じ“子供”の霧島君では、解決出来ない内容だと……勘違いさせて。
『それはある意味、間違ってないね』なんて、桜庭先生は笑ってた。
 ……僕もそう思う。
 こんな…身体の仕組みとか、与えられる行為は“大人”じゃなきゃ、わかんないよ。
 
 でも、僕は望んでも、頼んでもいない。───相談なんか…してない。
 
 
 こんな嘘で霧島君を傷つけて、二人の会話が上手くいかなくなるのが、とても悲しかった。
 
 僕は思わず、溜息をついた。
 霧島君は、僕を心配して中休みの1分だって側を離れない。変な時間に保健室に行くためには、また嘘をつかなければいけなかった。
 
 ……どうしよう。
 
「──今度は、溜息」
「あ…」
「……なあ、天野」
 机に肘を突いて屈み、下から僕を見上げてきた。
「俺に……言うだけ、言ってみないか?」
「───!」
「俺に何が解決できるわけじゃ、ないだろうけど」
 眉を顰めて、僕の目をじっと見つめる。
「天野が何でそんな悩んでるのか……なんで、そんなに眠れないのか……俺、知りたい」
「……霧島君」
「その……俺の方が、ちょこっと先に、知ってることもあるかもしれない……だろ?」
 頬を赤くして、最後は目を反らした。
(? ……あ…)
 僕はふと、霧島君が赤くなった理由に思い当たった。僕もちょっと赤面して、机に視線を落とした。
 ─── それが理由なら、……どんなによかっただろう。
 克にぃに教えて貰って、僕はそれを乗り越えた。その先に、こんな酷いことが待ってるとは夢にも思わずに……。
「…………」
 なんて言っていいか分からず、下を向いたままでいると、次の授業のチャイムが鳴った。
 先生が入ってきたので、霧島君は慌てて自分の机に戻った。
 心配そうな視線を、ずっと僕に向け続けながら……。
 
「ちょっと、トイレ……お腹こわしたみたい」
 結局、そんな言葉しか思いつかなかった。
 長くなるから一緒に来ないでいいよと言い残し、僕は三時間目が終わると、保健室に走った。
 
 
「来たね、いい子」
 優しく笑って、桜庭先生は僕を迎え入れた。
「…………」
「そんな不安な顔を、しないでいいよ」
 緊張している僕の肩を抱き寄せると、ベッドに上がるように手で示した。
「………?」
 休み時間は、すぐ終わるのに……何をするのか怖くて、先生を見上げた。
「いいから乗って。下は脱いでね」
「────」
 僕は言われる通りに、するしかなかった。ベッドに上がり、横になる。下は全部脱いでいて、膝を立てて少し開いた。
「いい子だね」
 目を細めて、僕の頭を撫でる。
「今日ね、ぼく…昼休みから出かけなきゃならなくて」
「ん……」
 後ろに指を当てられた。
「いつもみたいな前戯をしてあげられないんだ」
「ぁ……」
 クリームを塗りつけられて、その指が中に入って来た。
「だから、ここにコレを咥えていて」
 反対の手に、何か持っている。
「───?」
 よくわからないそれは、カサの小さなキノコを縦に二つくっつけたような物だった。ピンクのガラスのように、透き通っている。
 くびれた反対側にも小さなコブがあって、その端に短い紐が付いている。
「…………」
 嫌な気持ちが心を過ぎる。
 ………なんだろう……?
 怖々と見上げる僕に、先生はまた優しく微笑んだ。
「怖がらなくていいよ。痛くはないから」
 太短いそれを、指先で摘んで、僕に見せる。
「…………」
 不安で、先生から目が離せない僕。
「これはね、拡張器。お尻の穴を広げる道具だよ」
「…………?」
 
 カクチョウキ──と聞いても、意味がわからなかったけど…
 ……やだ……広げるって…それを、どうするの……
 不安だった気持ちが、恐怖に変わっていく。
 
「んっ」
 入れられた指が中で動いて、僕は飛び跳ねた。
「……せんせい……」
 なおも見つめる僕に、先生は優しくキスをしてきた。
「時間がないから、すぐに入れるよ。力、抜いてて」
 言うなり、指を動かして後ろを刺激し始めた。
「ぁ……ぁあ」
 挿れている二本の指で、そこを開くように、外側に引っ張る。僕の身体は、いつも通り、じわりと汗を掻き出す。
 
 ……なに? ……こわいよ……
 
 知らずに、力が入った。
「緊張しないで。そんなじゃ、かえって痛いよ」
 足元の方でする声に、なんとか力を抜く努力はしてみる。
 でも、押し付けられた変な物の感触に、思わず悲鳴を上げてしまった。
「あっ!? ──やぁぁ!!」
 透明ピンクの先端は、思ったほど冷たくは無かった。でも、想像以上に硬かった。人の体じゃない“物”に、体中がもの凄く反発した。
「やだっ───先生っ!」
 大声を出して、身体を捩った。
 先生の手から逃げたい。そんな変なもの、入れられたくない!
 でも、腰をしっかり押さえ付けられ、その異物は少し、僕の中に入った。
 
「やっ、いやぁぁ!! ……先生っ! せんせい、やめて!」
 押し広げて、硬い物が入ってくる。
「先生! ……先生っ!」
 ますます叫んだ。
 
 ───やだ! やだ! ……やだぁ……!
 
「天野君……」
 泣き叫ぶ口は、先生の唇で塞がれた。
「んんっ! ……やめ……」
 その間も、押し挿れられる、遠慮のない圧迫感。
 容赦なくそれが、僕の中に入ってくる。
 二つ目の出っ張りも、全部押し込まれたところで、それ以上の埋め込みは止めてくれた。
 
 


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