chapter3. come near Hazy Shade -不穏な影-
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 早く……行かないと……
 
 この間みたいな喧嘩は、もう嫌だった。不用に心配させるのも、言い訳出来ないのも。
 
 震える脚をなんとか動かして、教室に行った。霧島君は、着替えて僕を待っていてくれた。
「……大丈夫か?」
 僕の顔を見て、瞬時に表情を陰らせる。
 ……しょうがないかな…。
 今の僕は、顔が火照って、身体中熱い。
 
「風邪か? …保健室行ったほうがいいな」
 額に手を当てて、熱を見てくれる。
「……いい。見学する」
 保健室なんて、絶対やだ。
 それこそ、たっぷり一時間、何をされるか分からなかった。
「何言ってんだよ! こんな状態で見学なんかしてても、悪化するだけだろ?」
 真剣に心配してくれる、霧島君。…その心がわかるから、余計辛かった。
「いい、見学する!」
 なんの説明も出来ずに、僕はそう言い続けた。
「天野!」
 業を煮やした霧島君が、僕の両腕を掴んだ。
「言うこと聞けよ! ……なんだよ、あんな毎日、保健室行ってるくせに! 天野は、桜庭先生がいいんだろ!!」
 
「────っ!」
 
 掴まれた衝撃と放たれた言葉に、僕はショックを受けた。
 力任せに、霧島君の腕を振り解いていた。
 
「………あッ」
 
 やってしまったことに、直ぐさま後悔した。
 でも遅かった。
「……天野」
 霧島君の、悲しい目……
「俺、もう……天野がわかんねえ……」
「───!!」
 
 それでも、何も言えなくて……
 僕は、喘ぐしかなかった。
 心がいろいろ叫ぶけど、どれも言葉にしてはいけない。
 ごめんね、ごめんね、ってずっと謝ってる。
 けど、本当のことを言わない限り、そんなの無駄だった───だから何だと、追求されるだけだもの…。
 代わりにまた、涙だけ流れた。
 言葉に出来ない想いが、勝手に涙となって溢れていた。
 
 
「きりしま……くん……」
 そう呼んだはいいけれど……後が続かない。
 弁解もしない僕。
 霧島君はそんな僕をじっと見て、教室を飛び出していった。
「もう……勝手にしろ!」
 その言葉を、僕の胸に突き刺して。
 
「………うっ」
 
 ───霧島君……
 僕の最後の一本の糸。
 自分で、本当に切ってしまった!
 
 
 両手で顔を覆って、その場に泣き崩れた。
「…ぅ……うぁああっ!」
 胸を締め付ける哀しい思いが、声を上げさせる。電話線一本で繋がっていた、あの気持ちが蘇る。
 
 でも、切れちゃった! ……切れちゃったよお!!
 ───霧島君 ───霧島君!
 
 克にぃがいなくなった時とは違う、心の痛み。
 信頼を裏切って……好意を無にして……いっぱい…傷つけた。
 
 
 ───僕は……嫌われちゃった…!
 
「…ぅうっ……うわぁぁ……」
 誰もいない教室で、独り声を抑えられずに泣き続けた。
 恐れていた不安。少しずつ忍び寄っていた影が、本当のことになってしまった。
 
 
 ───なんで、こうなっちゃうの! どうしたらいいの!?
 克にぃ……助けて……!
 僕は、今度こそ……地獄に堕ちる────
 
 
 
 
 泣き喚きながら、どうして、どうして、と、心が納得いかない。
 
 ───こんなことになったのは……僕が悪いの? 
 でも、やっぱり打ち明けることは出来なかったし……
 
 差し出してくれた手を、何度も何度も振り払ってしまった。僕を理解してくれるのは、霧島君しかいなかったのに……
 胸が痛い。繰り返し締め付けられては、新しい涙が流れる。
 
 
 
 泣き続けて、涙もいいかげん涸れて……
 誰も助けなんて、来ないことに……違う……
 誰も僕を助けられる人なんて、いない──ということに、絶望を実感した。
 
 
「……………」
 あんまり絶望して、心が空っぽになってしまった気がした。
 しばらく放心していたけれど、だいぶ授業に遅刻していることも、気になった。
 
 今の僕は、この間と同じ……。心の痛みと、正反対の身体の高まりが、僕の中で同時進行している。
 その心の方だけが、空っぽになってしまった。
 
 ──体育館へ、行こう。
 ゆっくりと身体を、動かした。
 
 目の前のやるべき事に意識を向けて、ただそれだけを考えるようにした。
 空っぽになった心が、身体の感覚に飲み込まれないように……。
 
 ──歩けるかな。溜息まで……熱い。
 
 
 やっと辿り着いた体育館で、遅刻の理由を告げるまでもなく、僕の様子を先生は心配した。
 保健室へ行けと何度も言われたけど、僕は絶対に見学しますと言って、体育館の隅っこに蹲っていた。
 
 ──お尻が辛い。
 ムズムズ…物が挟まってる気持ち悪い感覚と、中の存在感が、お腹を刺激する。
 それと、やっぱり硬い床はベッドと違う。すごく押し上げてきて、僕の中に怖いほど入ってきちゃうよ…。
 
 早く……今日が終わらないかな……
 
 僕にとっての、“今日”は、先生との行為そのものだった。
 他の時間なんて、あってもなくても、どうでもいいことで…。ただその行為さえ終われば、今日が終わったも同然だった。
 
 授業終了の笛が、体育館に響いた。
 わいわい騒ぎながら、みんなが出入り口に走っていく。僕は、誰もいなくなるのを待ってから、ゆっくりと立ち上がった。
 ……いつもなら、真っ直ぐに僕の所へ駆け寄ってきてくれる霧島君。
 うずくまっていたから、分からないけど……。きっと、今は僕を見もしないで、出て行ったんだ。
 ──霧島君が、横にいない──
 その事実が針となって、胸をちくちくと刺し続ける。お前自身のせいだと、責め続ける。
 
 
 保健室に…行かなきゃ。
 
 
 やっと立ち上がると、壁伝いに歩き始めた。膝がガクガクする。
 腰を熱くさせる気持ち悪い異物……一歩移動するたびに、ずるりと抜けそうになったり、急に変に入り直したり。お尻に直接の刺激を、繰り返す。
「ふ……」
 声を我慢して、奥歯を噛み締めて、歩いた。
 
 ……泣かない。
 先生のせいなんかで、泣かない!
 
 そう自分に言い聞かせた。
 これに負けたら深い闇に堕ちる。もう僕は…頑張れない。それをはっきりと感じた。
 桜庭先生にだけは、負けちゃいけない。こんなのを入れられてるのが、悔しくて。
 どうしょうもできないのが、悲しくて……それでも、歯を食いしばった。
 だって──克にぃも、頑張ったんだ。
 頑張って、僕を愛してくれた……。その強さを……僕は、もらってる筈なんだ……!
 
 
 
「あ……ッ」
「───危ない!」
 
 出入り口の段差の部分で、体重移動が上手くできなかった。よろめいた僕の身体を、誰かが、しっかりと受け止めてくれた。
「天野、大丈夫か!?」
 
 
「……緒方くん」
 
 
 しがみついた腕を辿って見上げると、整った綺麗な顔が心配そうに、顰められていた。
 
「霧島のヤツ……さっさと着替えに戻ってるから」
「…………」
 
 
「仲直りしたんじゃ、なかったのか?」
「────」
 
 
 僕は答えられず、ただしがみついて見上げていた。
「天野……どうした? 何があったんだよ」
 
「………う」
 
 泣かないと、歯を食いしばっていたのに…。
 さっき教室で、涙は出尽くしたと思ってたのに…。優しい声に、僕の心は挫けてしまった。
 何も事情を知らずに、ただ心配してくれる緒方君に、今はすがりたくなってしまった。何も責めずに、ただ抱き締めてくれる──。
 
「うぅ……ぅぅ……」
 
 ずっと前、桜庭先生にしがみついて泣いたみたいに、僕は泣き続けた。
 緒方君の腕にしがみついて、声を殺して、涙だけ流した。
 
 
 ──ごめんね、霧島君。縋り付く腕を、僕は間違えている……
 
 緒方君も、ごめんね……
 僕の都合で、今だけ縋り付いたりして……
 
 
 
 
 
「なあ、保健室行った方が、いいよ」
 緒方君も僕の身体が熱いことを、心配した。
 
 僕は一瞬怯んだけど、小さく頷いた。…もう時間がない。
「連れてってやるから。…歩けるか?」
「……うん、ありがとう」
 しゃくり上げながら、それだけ言った。
 
 
「……ここでいい。緒方君は早く着替えて、……給食たべて」
「大丈夫か?」
「うん、ホント、ありがとね」
 むりやり笑顔を作って、そう答えた。
 一緒に保健室なんか、行けるわけない。今度は緒方君が、標的になるかもしれない。
 緒方君に写真を見せるって、脅されるかもしれない。
 僕は、気が付いた。
 僕の周りには、なるべく誰もいない方がいいんだ。
 
「……じゃあ、行くけど。あんま具合悪かったら、早退しろよ!」
「……うん」
 にっこり笑って、手を振った。
 走っていく後ろ姿を確認して、保健室のドアを開けた。
 
 ───さあ、“今日”の始まりで……我慢してさえいれば、終わるんだ……
 
「遅かったね」
 不機嫌な声が、僕を出迎える。
「…………」
 
 外出用のスーツを着込んだ先生が、僕をベッドへ手招く。
「2回目だから、だいぶ慣れた?」
 なんて訊いてくる。
「……んっ」
 引き抜かれるとき、やっぱり声が出てしまった。
 
「もう、ほんとに時間ないから……ごめんね…」
「あ……」
 キスの後、いきなりあてがわれて、押し挿ってきた。
「いゃ…あぁ……!」
 ……痛い!
「せん……せいっ……むちゃしないで……!」
 悲鳴を上げる僕。
「うん、ごめん……ごめんね」
 ゆっくり動かされて、だんだん違う声を上げさせられた。
 
「天野君……好きだよ」
 先生の繰り返す言葉……繰り返す行為……
「あ……あぁぁ!」
 僕も、何度でも声を上げ続ける。そして、そんな僕に先生は、欲情する。
 
 
 どうしたら、この悪の連鎖を止められるか。
 ── そんなこと、ちっともわからなかった。
 
 
 
 
 散々弄られて、イヤらしい事され続けて……
 僕が底なしの闇に堕ちるのは、時間の問題だった。
 
 
 
 
 僕は………どうなってしまうんだろう……
 
 


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