chapter3. come near Hazy Shade -不穏な影-
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 3
 
「遅いよ」
「…………」
 
 はあはあと息を切らしながら、保健室のドアを開けると、すぐに非難の声に迎えられた。
 桜庭先生は、いつもの白衣とシャツではなく、きちっとしたスーツに着替えていた。
 
「おいで」
 僕をベッドへ呼ぶ。
「………」
「どうしたの? ……泣いているね」
 僕は泣きながら、首を横に振った。こんな悲しみ、口じゃ説明できない。
「………さ、乗って」
 何も言わないことを返事として受け取ったように、頭を撫でて促した。
 
「どうだった? 抜けなかった?」
 訊きながら、横になった僕のズボンと下着を脱がした。
「───ぁ」
 僕は慌てて、下を隠そうとした。
「ふふ、こんなになっちゃってたんだ」
 先生が嬉しそうに笑った。僕の前が、ちょっと勃ち上がっていたんだ。
 ───やだ……なんで……
「君の身体が、これを好きってこと」
 膝を無理矢理開くと、後ろに挿れられていたモノを、紐を引っ張って取りだした。
「…………んっ」
 思わず出た声に、僕はなおさら顔を赤くした。
「……可愛い。天野君」
 先生の舌が僕の口の中に入ってくる。
「……ん」
 そのまま、シャツの下から手が滑り込んできた。胸の敏感なところを、いじくる。
「んんっ」
 お腹が、どんどん熱くなる。この感覚が嫌いで、僕はいつも泣きたくなった。
「じゃあ、ほぐれてるから、このままするよ」
 先生がベッドに乗り上がって、僕に覆い被さってきた。いきなり熱いものをあてがう。
「───ぅうっ」
 消えたと思った圧迫感が、違うモノでまた与えられる。
「あ……あぁっ!」
 仰け反って、嫌がった。
「せんせ…痛い……」
 強引にグイグイ押し込んでくる。こんな乱暴じゃ、いつもみたいに慣らしてたって、きっと痛い。
「…んぁっ」
 一番太い先端が全部押し込まれて、ビクンビクンと中で動く。すごい熱い。
「……ごめんね…時間無くて…」
 ─── そんなら、止めればいいのに! 苦痛に顔を歪めながら、僕は先生を睨んだ。
「一日でも……君を抱かないと、ぼくはおかしくなる」
「ぁあっ……!」
 激しい突き上げ。今度は無理に出し入れする。
「やめ……先生、お願い!」
 痛いのと、あの感覚が、同時に腰から湧き上がる。
 
 いっそ痛いだけの方がいいかと、思ったこともあったけど……痛すぎる。
 
 叫びだした僕の唇を、先生はまた唇で塞いだ。
「んんっ……んーっ!」
 それでも止めてと訴えて、先生の胸を両手で叩いた。
「……あっ」
 その両腕を束ねられて、ぐいっと頭上へ引っ張られた。
「天野君……また、縛ってほしい?」
「───!」
 むりやり酷いことをされた記憶が、蘇った。手首が痛くて……逃げられなくて……悲しくて、怖かった。
 僕は先生を見つめて、首を横に振った。
「そう……いい子」
 軽くキスをして、手を離してくれた。
「乱暴にして、ごめん。ぼくも急ぎすぎた」
 打ち付ける腰を、ゆっくりゆっくりと動かし始めた。
「………ん」
 痛みじゃない、あっちの感覚が、じわじわと増えてくる。
 
 ───克にぃ
 
 こうなると、僕はいつもの世界に逃げ込む。
 先生なんかじゃない。
 この感覚は……この感覚を教えてくれたのは、克にぃなんだから。
 僕を気持ちよくさせてくれるのは、克にぃだけなんだ!
 目を瞑って、声も出さない。ひたすら、先生の感触を、心の中で擦り替えていく。
「……ん…ぁ!」
 急に、前を握られた。
「天野君……一緒にいこうね」
「や………ぁああ」
 扱かれると、どうしても声が出てしまう。
 それでも、この手は克にぃなんだと、自分に言い聞かせる。
 はぁはぁと、激しくなっていく息遣い。背中を、熱い痺れが這い上がっていく。
「あっ……あぁぁ……っ」
 
 ───克にぃ! 克にぃ! ………克にぃっ!
 
「………んっ」
「あ……ぁああッ!」
 
 
 熱い先生が、僕の中に広がる。僕も無理矢理、いかされていた。
 荒い息だけが、保健室に響いている。
「────」
「天野君……君は…いつも泣いてるね」
 覆い被さっていた身体を起こすと、先生は僕の頬を親指で拭った。
 
 僕は、…最後はいつも涙を流してしまう。
 目を開けても、……ここに、克にぃがいないから……
 
 泣いている僕を心配そうに見つめながら、先生は時間を気にした。僕の身体を綺麗にすると、服を整えて、ベッドから降ろした。
「……立てる?」
「──ハイ」
 お尻と股関節が痛い。先生の無理は、行為の後も僕を苦しめた。
 
「ぼくは行くね」
 保健室の鍵を掛けると、僕の頭にぽんと手を置いて、それだけ言った。
「………」
 廊下を走っていく先生の、後ろ姿。スーツを着ているから、別人みたい。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、僕は動けなかった。身体が痛くて。
 保健室のドアに寄りかかると、溜息をついた。
 
 ───やっと終わった……今日は、解放された…
 
 ふと、お昼ご飯…給食も食べていないことに、気が付いた。
 ───食欲なんか…ない。
 教室に行けば、霧島君がいる。
 なんとなく会いたくなくて、どうしたらいいのか途方に暮れた。
 
 
 
 
「天野? なにしてんの」
 
 ビクッとして、僕は声の方を向いた。
 
 
「……緒方くん」
 
 同じクラスの、緒方秀司(おがたしゅうじ)くん。
 霧島君と女子の人気を奪い合ってる、僕とはなんの関係もない子……だった。
 さっき教室で、初めて目があった。
「オレの名前、知ってるんだ」
 緒方君は笑った。
「うん……人気者、だから」
 僕も笑った。
「喋るの…始めてだね」
「ああ……天野には、いつも霧島がくっついてるからな」
「……え?」
「最近、仲悪いな。おまえら……」
「そう……かな?」
 僕は、曖昧に笑った。
 ……よく見てるなあ。霧島君がライバルだからかな…。
 何かに付け、争っている。特に体育。それが女子の人気に、繋がるみたいで。
 でも僕には関係ないから、喋ったことも、霧島君との会話に上がったことも無かった。
 
「………」
 僕はまだ膝が震えていて、歩けないでいた。そこから、一歩も動けない。
「天野?」
 訝しんだ緒方君が、僕に近寄ってきた。
「なん……でもない」
 なんとなく、来てほしくなかった。
 歩いて、平気なところを見せて、もう放っておいてほしかったんだ。
「……あっ」
 無理して寄りかかっていたドアから離れ、ふらついてしまった。
「お、……おい!?」
 慌てた緒方君が両手を伸ばして、僕を支えた。
「………ごめん……ありがとう」
 緒方君も背が高い。しがみつくようにして、見上げた。
 
「……いいけど……大丈夫なのか?」
 目を丸くして、僕を見つめる。
 急に顔が近い距離で。ビックリしたみたいに、ちょっと上体を引いた。
「うん、いつものことだから」
 腕を押して、そんな緒方君から離れた。
 もう、しっかりしなきゃ。僕のこんな所を何人にも見られて……いつか桜庭先生とのことが、ばれてしまったら……
 
 先生の切り札。……僕の恥ずかしい写真。あれが、他人の目に晒される──
 
 その恐怖が、僕を雁字搦めにしていた。
 
「なあ、……霧島が頼りになんないんだったら」
「……え?」
「オレでよけりゃ、相談にのるよ」
「───!」
 突然、何を言われたのか分からなかった。
 ……霧島君が頼りにならないなんて……そんなこと、絶対にない。
 相談出来ない僕が、悪いだけなんだ。
「そんなこと、ないよ」
 僕は精一杯、微笑んだ。だって、霧島君の名誉に関わる。
「それに、悩みなんて……ないから」
「……いいなら、いいけど」
 目を細めて、僕を見る。
「思い出したら、オレんとこ、来いよ」
「……うん、ありがとう」
 緒方君はふと笑うと、また心配そうに僕を見た。
「霧島……独りで給食たべてたぞ」
「……あ」
「天野……昼、食ってないんじゃねえの?」
「……うん」
 自分のことより、霧島君を一人にさせてしまった事に、胸が痛くなった。
 僕は──放課後は、まだ克にぃが来るかもって………そう思うと、先生と会うのは昼休みがいいと思ってた。
 いつもは、給食を食べてからだったけど。それにしても、昼休みを独りぼっちにさせていた事にまた、胸が痛くなった。
 
「最近、霧島君……昼休み、なにしてる?」
 思わず訊いてみた。
「──はぁ? なんでオレが、あいつのこと知ってんだよ」
 苦笑いされた。
「……だって…霧島君のこと、よく見てるみたいだから」
「────」
 緒方君が、真剣な顔をした。
「……?」
 見上げる僕に、真っ直ぐ目を合わせて、緒方君ははっきりと言った。
「オレが見てんのは…、おまえだよ」
「………え?」
「霧島が独り占めしてたから、しょうがないかと思ってた」
「────」
「だけど、最近変じゃん、お前ら」
「…………」
 僕は何も言えなくて、ただ緒方君を見つめた。
「…そんな顔すんなよ」
「…………緒方…くん」
「霧島には、内緒な。アイツが知るとウゼェから」
「………」
 僕はやっぱり何も言えなくて……
 
 
「おー、シュウジ、んなとこいたのか。校庭行くぞ~」 
「急がねえと、コート取られるぞ」
下駄箱の方から、数人の声が聞こえた。
「ああ、わりい。すぐ行く」
 そっちを振り向いて大声で答えると、緒方君はまた僕を心配そうに見下ろした。
 
「天野…歩けんの? 教室まで戻れる?」
 何も言えずに見上げたまま、僕はこくんと一つ頷いた。
「ならいいけど……。マジで…困ったら、オレんとこ来いよな」
「…………」
 緒方君は最後にまたにこっと笑うと、廊下の向こう、明るい昇降口の方へ走って行った。
 
 


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