chapter5. absolute shutout -鎖された心-
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「────っ!」
  
 “なんでもない”
 コレを言われるたびに、俺は傷ついた。
 “お前には、関係ない”
 そう、突き付けられている気がして。
 俺は、今度こそ怒りが抑えられなかった。
 
「そんなに、桜庭先生がいいのかよ」
 ずっと思っていたことが、哀しみと一緒に流れ出す。
 
「俺じゃあ、まるっきり役に立たないんだな!」
「…………!!」
 
 俺の叫びに、天野が唇を噛み締めた。それを見て、また哀しくなる。
 何を言ったってもう、開かない唇…その心……
 
 心底哀しくなった。 
 ───なんでだ?
 ……そんなに、桜庭先生がいいのか?
 また、心の中で繰り返す。
 俺が克にいに似てるから…嫌になっちゃったのかな。
 せっかく懐いたのが離れた、どころじゃない。なんでここまで、他人の顔をする?
 
「天野、何にも話してくれなくなっちまった」
 
「…………」
 見つめた火照った顔も、哀しげに歪む。
 見てるこっちが、辛くなるくらいだ。
 
 ……そんな顔、するぐらいなら!
 また怒りが、俺を動かした。
 
「なんでだよ? 何か、変わっちゃったよな!?」
 天野の腕を、掴んで、俺に向かせようと引っ張った。
 
 
 
「─────ッ!!」
 
 
 
 …………え!?
 
 俺を払い除けた、天野の手……
 
 あんまり強く払われたから、一瞬何が起こったのか、わからない。
 
 腕を掴んだとき、天野の身体がもの凄く震えた。その場で崩れ落ちちゃうんじゃないかって……
 俺、あわてて、引っ張り上げようとしたんだ。
 
 
「────っ」
 一息ごとに、手に痛みが湧いてくる。
 ジンジンと、胸にまで染みてくる。
 
 ───触らないで!
 そんな叫びが、聞こえた気がした。
 ──おまえなんか、いらない!
 と、全身で拒否されたんだ。
 
 ズキズキ、ズキズキ…払われた手が痛い。
 心が痛い……
 
 
 
「……俺なんか……いらないんだ」
 信じたくなかったけど…認めたくなかったけど……
 
「克にいより……俺より、桜庭先生がいいんだな!」
 怒りが湧いてくる。
 
 あんなに克にいが、好きだったんだろ? あんなに、おかしくなっちゃうほど……
 
 もう、いいのか。
 いなくなっちゃったら、もういいのか……
 
 天野に気を遣って、絶対言わないようにしていた言葉…「克にい」、この名前まで口を突いてしまった。
 
「────!」
 天野の顔色が、真っ白になった。
 横に振っていた首を、さらに激しく振る。
 
「ちがう……」
 喉から絞り出すように、呻いた。
「ちがう……ちがう……」
 泣き顔で、必死に否定する。
 
 ……今更、そんな顔したって!
「じゃあ、なんだよ! もう昼休みの花壇にも、行かないじゃないか!」
「──────」
 
 ほらみろ、黙り込む! 
 もう、俺なんか嫌いなのか? 
 克にいなんか、いらないのか!?
 
 ───だったら、なんで……そんな顔するんだ! 天野の心は、どこにあるんだよ!
 
「今だって、保健室、行くんだろ!?」
 
「───! それは……」
 天野の顔が、また変わった。
 真っ青になって、俺を見上げてくる。何か言いたげな瞳が揺れる。
「…………?」
 
 
 
「………ごめんね」
 
 
 絞り出した言葉は、また、それだった。
 そのまま俺の横をすり抜けて、教室から飛び出して行ってしまった。
 
「─────」
 取り残された俺は、呆然と立ち尽くした。
 
 ………なんだよそれ……だから、なんで謝るんだ……
 
 わからない。
 責めているわけじゃない。ただ、理由を知りたいんだ。
 嫌いなら、もう、嫌いでいいよ。
 でも、なんであそこで謝るんだ──?
 なんでまだ、縋るような目を向けるんだ……?
 
 
 ───俺も…泣きたいよ……
 拳を固めて、怒りや、哀しみや、訳のわからない不安を、全部握り潰した。
 
 
 しばらく、その場に立ち尽くしていた。
 周りなんか、全く見えなくて……。
 
 
 
「……霧島?」
 
 恐る恐る掛けられた声で、我にかえった。
「…………」
 そいつの顔を見る。
 
「……珍しいな。天野と喧嘩するなんてさ」
「……ああ」
 
 教室内は、もう給食の準備が終わっていた。取り巻くように、何人かが俺を見ている。
「食わねえの? 給食」
「ん……食う」
 
 それでも、俺は天野が心配だった。
 あいつの分を確保してやる。二人分のトレーを自分の机に乗せて、しばらく待っていた。
 だいぶ待っていたけど、なかなか帰ってこないから、自分だけで食べた。
 
 ─── 一人で食べるのって、味気ないな……
 天野んちで食べた夕ご飯が、美味しかったのを、思い出す。親子の会話は変だったけど、それでも…。
 おばさんが、毎晩ご馳走を作ってくれて……天野も俺に負けないように、一生懸命食べてた。
 “もう、一人前だから!”って、しょっちゅう言っては、俺がよそった皿を空にして。
 
 
 ……あの時の天野が、こんなふうに変わってしまうなんて。
 俺には、まだ信じられない。
 時々見せる、縋り付く視線──あれは、なんだろう。怒りにまかせて言ってしまった言葉に、ちょっと後悔した。
 
「…島、霧島!」
 教室の入り口から、緒方が俺を呼んでいた。意味深に、廊下へと手招きする。
「………?」
 
「なに……?」
 いつも何かと比べられて、目に付く奴だった。
 喋ればけっこうイイ奴で、ライバルとか勝手に言われてるけど、特別喧嘩するわけでもない。
 実際、どうでもいい……俺には、天野しか目に入らなかったから。
 
「天野が……」
 喋りだした緒方に、俺は心底びっくりした。
 コイツから、天野の名前が出るなんて。
 
「どうも、オレじゃダメみたいで」
「……?」
 苦い顔をしている、整った顔を見つめた。
 何言ってんだ?
 
「天野が、どうしたって?」
 焦れて、俺は睨み付けた。
 
「………天野、変だよ。保健室の前で、蹲ってる」
 
 ─────!
 
 聞いた瞬間、さっきの喧嘩を忘れた。
 変な言動も忘れた。
 
 胸騒ぎだけが、俺を急き立てる。
「───さんきゅ…!」
 緒方の肩を叩きながら、走り出した。
 
 胸騒ぎだ。前もあった。
 校門の前で座り込んで……俺のことが、判らなくなっていた。
 
 3階を一気に駆け下りて廊下に飛び出すと、薄暗い通路の奥、保健室の前で蹲る天野が、小さく見えた。
 
 
「───天野!」
 不安に駆られる。蹲ってる……動かない。
  
駆け寄って、腕を掴んだ。
「天野!?」
 ガクガクと揺すってみる。もう、あんなのは嫌だった。
「どうしたんだよ! 何があった!?」
 
 もう、あれからだいぶ経つんだ。何にまた、こんなショックを受けてんだ……?
 
 動かない。
 顔も上げない。
 ただ、泣き続けている。
 
「───天野! 俺を見ろ!」
 力任せに引っ張った勢いで、顔がやっと俺に向いた。泣き腫らした真っ赤な目が、俺を捉える。
 
「ぅ……」
 その目が、涙で潤む。
 
「……うわぁん…………かつにいぃ!」
 
 抱きついてきて──いきなり、胸にしがみついて…
 天野は、そう叫びながら泣き出した。
 
 胸が引き裂かれる。
 寂しくて、寂しくて──そう叫んでいる、その声は、俺の心にも涙を流させた。
 
 ……やっぱ、天野には克にいなんだ。
 
 そう思う、妙な安心感。
 そして、やっぱり思う。
 早く帰って来い……バカにい……! こんなに、天野を泣かせて───
 
 
 
 
 天野が落ち着くまで、ずっと抱き締めてやった。
 まだ錯覚している。克にいと呼び続けている。それでも、俺は思った。
 
 ──この天野が、俺は……好きなんだな──
 強く抱き締めて、天野を実感してみる。
 
 温かくて……俺より二回り、小さい。
 ふわふわの髪。濡れた長い睫毛。紅い頬と唇。
 
 俺の背中に廻る腕……それは、俺に抱きついている訳じゃない。
 天野の中では、俺は今…克にいなんだから。
 
 ずっと抱き締めていたかったけど。
 そうもいかないよな……もう、天野の部屋じゃないんだ。
 取り乱すたび、しがみついてくる天野をずっと抱き締めていた。克にいの振りをして。そこにつけ込んで……
 
「天野……」
 驚かせないように……そっと、囁く。
 お前の前にいるのは、俺なんだ。
 気が付いた途端、拒否されないように…驚かせないように……
 
 
「給食、残しといたから……食べよう」
 
 


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