chapter8. remembrancer  -追憶-
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 3
 
「克晴……見せて」
 
「……………」
「筋肉、どのくらい付いたか」
 
 
 オッサンは言うが早いか、俺をダイニングテーブルに連れ戻した。
 
「背もたれに、手を付いて 
 
 イスの前に立たせると、後ろ手にイスの背もたれを掴まされた。自然、胸を張って、前面を晒ける姿勢になる。
 オッサンは、遠目にそんな俺をじろじろと眺めてから、近寄って、伸ばしてきた手で、腰のタオルを剥いだ。
 
「─────」
 全裸なんか、散々見られてきたけど、改めてこんな格好で、しかも朝っぱらのダイニングでとなると、抵抗がある。
 
 柔らかい日差しの乱反射する、朝食の風景。
 電話さえ掛かって来なければ、その一部になったまま、食事を終えられたのに……。
 
 
 
 何も隠すことが許されず、背後のイスに手を付いて、俺は悪魔の視姦に耐えた。
 上から下まで、舐め回すように、視線が絡む。
 数歩離れた、全身を見渡せる位置に立って……気が遠くなるほど、眺め続けられた。
 
 最後は満足したように目を細めると、再び近づいてきた。手が伸びてくる。
「─────」
 
 つ……と指先が、胸筋から腹筋へと這った。
 
「うん……綺麗……」
 
「…………」
 
「良い感じに、筋肉、戻って来てる」
 
 腹筋に沿って下腹部を撫で下ろし、太腿を触る。
「ここも硬くなった。……足、上げて」
「─────」
 
 背もたれを掴んだ手に体重を預けて、片足を膝から持ち上げた。その内腿を撫で上げる。
「うん、ホント……イイ感じ」
 膝の裏に手を差し込んで、俺の身体を支えると、反対の手で後ろを触ってきた。
「………ッ」
 締まっているそこに、指の腹をしつこく当てる。
 緊張と、変な焦らしで、肌が泡立った。ゾワッとした悪寒が、何度も背中を走って、手の平に汗が滲む。
 
 すぐ後ろのテーブルには、飲まなかったホットミルクが、マグカップの中で冷えていた。オッサンはその中に指を入れると、再び俺のそこに当てがった。
「…………!」
 今度は、触るだけじゃすまない。牛乳のぬめりが手伝って、指が俺の中に入ってくる。
 
「…………んんッ」
 思わず呻いてしまった。
 無理な体勢で片足を上げたまま、そんなことされたら、バランスが崩れる。必死に背後のイスの背もたれを掴んで、立ち続けた。
 
「ちゃんと食べなきゃ……下からこんなふうに味わったって、栄養になんかならないんだから!」
 指を早めながら、きつい口調で言う。
 
「…………」
 また勝手なことを言い出したオッサンを、俺も一瞥する。
 
 ───下から味わうって………自分でそれ、使っておいて───
 
 悔しくて、目を閉じた……睨み付けてしまうから。
 
「かつはる………」
 囁きと吐息…顔が近づいてくる気配。
「……ん」
 無理な姿勢のまま、口づけを受け入れた。
 
「ん……んんっ…」
 指が、執拗に動く。進入しては出ていき、縁を擦り上げ、中を掻き回す。
 
「体力もだいぶ戻ったね。……こんな、立っていられるんだから」
 やっと顔を離したオッサンは、嬉しそうに目を細めた。声も明るく、不機嫌さは消えていた。
「ここも。元気になってきた……」
「………っ」
 後ろの指を出入りさせたまま、反応のきざしを見せている前のそれを、じっくりと指先で弄ぶ。
「はは、すごい元気になった」
「─────!!」
 こんな直接触られて刺激されたら、勃つに決まってる。
 逃げられない俺を判っていて、言葉でもいたぶる。
 
 コイツ───!!
 
 我慢できず、憎悪の視線をぶつけてしまった。
 目前の懲りない悪魔は、無邪気な目で、それを受け止める。その顔が紡ぎ出す言葉は、どこまで行っても、俺を打ちのめすものだった。
 
 
「背中も、見せて」
 
 
 指を抜くと、足も降ろされた。
「………………」
 俺は、弾んでしまった息を隠しながら、イスにしがみつくようにして、身体を半回転させた。
 じっとりとした舐め回すような視線は、見えなくても感じる。背中や尻の肌に、ヒリヒリと痛いほど刺さってきた。
 不意に肩胛骨を両手で撫で上げられ、今度は鳥肌が立った。
「───ッ!」
 背中を反らせて、仰け反る。
「あ、いいね……そのまま。克晴……」
 背骨に沿って、腰に降りていく手の感触。尻を撫でさすると、嬉しそうに笑い出した。
 
「この感じ、すごくイイ───足、少し開いて……」
 
 開いた脚の付け根に、指が滑り込んできた。
「…………ぅあッ…!」
「克晴……もう、このままイケるよね」
 体内を探り出す、数本の指。勃ち上がってしまった前を握られ、体温が一気に上がった。
 
 ───こんなトコで………!
 
 いくら立ち続けることが出来るようになったとは言え、イスにしがみついていないと、身体は支えられない。
「ん……ぁあ…」
 高められた腰の疼きに、顎を反らせて、喘いでしまった。
 
「克晴…… 一回、イッて……」
 首筋に唇を這わせながら、扱く手の動きを早められた。
「んぁっ……ぁああっ…!」
 問答無用で高まっていく俺の身体は、首を横に振りながらも、逃げることは許されない。
「くっ──ぁああッ……」
 オッサンの手の中で、激しく痙攣し、吐精した。
 白濁がイスの背もたれに飛び、焦げ茶の床にしたたり落ちる。
 酷く……生々しい。
「───はぁ……」
 絶頂感とすり替わって、酷く惨めな気持に襲われた。
 
「いい子……」
 オッサンが、イスにしがみついて震えている俺の身体を、両手で腕ごと抱きしめてきた。
「今度は、一緒にイクよ……腰を出して」
 終わったばかりの俺に、そんなことを言う。俺は横目で、一瞬だけ真後ろの悪魔を睨んだ。
 
 ───逆らったって、何もいいことはない……
 
 これから始まる苦痛に覚悟を決めて、言われるがまま、腰をオッサンに差し出した。
 
 はめ込みの窓からは、明るい朝日が部屋の中を照らす。
 眼下には、どこにでもある朝食の風景。トーストと目玉焼き。サラダとマグカップ………
 
 そんなのを視界に入れながら、俺は素っ裸で、このダイニングに立っている。
 リアルな、ままごとのように思えた。
 ────ずっと感じながら生きてきた、現実と、非現実……
 
 どこに居たって、俺の空虚なリアルは変わらなかった。
 平和に見えるそれは──この悪魔によって……必ず、握り潰される。
 
 
 
「克晴………」
 突き出した尻を、掴まれた。吐息と共に俺を呼びながら、オッサンが入ってくる。
「………うぁ…」
 いつもの圧迫感、異物感────
 イったあとなのに……という、どうしょうもなく辛い、胸中のもやもや……
 コトが済んだ直後の行為に、俺はいつもこの感覚で打ちのめされた。
 
「んっ、ぁ…ぁああ……!」
 俺の意志とは全く関係ないところで、与え続けられ、湧き上がる快感。
 未だに俺は認めてないけど……それが何なのかくらい、本当は判っている。もう──判っているんだ。
 
 健全なダイニングに、卑猥なピストンの音が響く。
 
「克晴……かつはるっ…………」
「ぁあっ………ぁああ……!」
 
 再び高められ、啼かされて、オッサンと共に果てた。
「……………ぅ……」
 いい加減立っていられなくて、イスの横に崩れ落ちてしまった。冷たいフローリングが、熱くなった身体に痛いほど滲みる。
 
「……また泣いてる」
 顔の前にしゃがんで、オッサンが覗き込んできた。俺は目を開ける気力もない。
「……でも、いい子になったね。……克晴」
 前髪を後ろに梳かれた。髪を撫でながら、静かにそう言う。
 
 ──良い子だね、ちゃんと言うこと聞いて。
 
 父さんの声が思い出された。
 そして……
 
 ───イイ子だね、ちゃんと指に、感じてる……
 
 言い続けられた、呪いの言葉。──俺のプライドを、剥ぎ取っていく。
 
「……………」
 薄目を開けて、頭上の悪魔を睨み付けた。
「ご褒美あげる。ちゃんと約束守ったから、僕も守るよ」
 シャワーの後の脱衣所には、清潔に折りたたまれたパジャマが、久しぶりに姿を見せていた。
 
 2週間ぶりのそれに袖を通して、俺の心はやっと少し、落ち着いた気がした。
 ずっと裸だった──それは、何日経ったって、慣れるもんじゃなかった。自分一人ならともかく、オッサンの好奇の目に晒されて。
 
 どれだけ緊張し続けていたか、身体を隠すことができてようやく分かったんだ。
「……………」
 ベッドに戻ると、ドサッと身体を俯せに投げ出した。さっきので、立っていることも辛い。
 
 そのまま、睡魔に引きずり込まれるように眠ってしまった。
 
 
 
 ………いいコだね……
 
 俺を誉める。
 ……優しい手が、頭を撫でる。
 
 ────父さん……?
 
 
 
 そんな、夢を寝入りに、見た気がして────
 
 


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