chapter9. Antinomie  -二律背反-
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 もちろん、食べ終わったらじっくりと、肢体を味わった。
 
 食器を洗って、お風呂も入って。さあもう寝るぞってくらい、ゆっくりしてから。
 でないと、興奮しすぎて、克晴を壊してしまいそうだった。
 
 それでも抑えきれない興奮は、獲物を執拗に責めさせた。
 舌先で、見せつけられた身体の端から端まで、舐め回す。
 腕を押さえ付けて、二の腕の裏から脇まで。脇腹を舐め上げながら、俯せにさせた。
 背筋、背骨、肩胛骨───
「……ぅ…」
 首筋に辿り着くと、掠れた高い呻き声。
「いいね……もっと、声出して…」
 囁きながら舌を真っ直ぐ下に滑らせて、尾てい骨、双丘の割れ目、その奥まで。丁寧に丁寧に、舐め回す。
 ビクンと身体が跳ね上がる。
 腰を捩って、嫌がる克晴。その肌はしっとりと汗を掻き出していた。手に吸いつく滑らかな肌が、興奮を煽る。
 僕は今朝と同じ、また野獣になって、抑えられない性欲を克晴に打ち込んでいた。
 クスリも道具も、いらない。
 この克晴で充分だった。
 
「ぅあ……ぁあ…やめ、……やめろ…」
 揺さ振られて、弾む声が聞こえる。
「……雅義…まさよし! ……おっさんッ!!」
 克晴の叫び声で、我に返った。
 どのくらい無心で、打ち付けていたんだろう。
 気持ち良すぎて──動きと同じリズムで漏れる克晴のよがり声が、僕を陶酔させていた。
 シーツに埋もれた身体で、辛そうな横顔がこっちを睨んでいる視線に、ぶつかった。
「うん……もうイク……」
 克晴のペニスを掌中にして、フィニッシュを掛けた。グッと開脚させて、激しくピストンする。
「ぁああっ…あああぁ……!」
 自由の利かない体を、もどかしそうに身悶えて、克晴は僕の手の中で果てた。
 僕も熱い腸壁に搾られて、克晴の中に滾りを放出した。
 
「ぁあ…どうしよ………僕…止まんない……」
 正体を無くした身体を抱きしめて、肩口に顔を埋めた。
 
「………大好き……克晴……」
 そのまま抱きしめて、眠ってしまった。
 
 
 そんなふうにして、ダイニングには言われなくても出てくるようになった克晴に、結局煽られて、今まで以上にセックスに溺れてしまった。
 次の日を気にすることなく、夜中じゅう、貪ったりもした。
 
 会社なんか、もういいやって気持ちが、どこかにあって。
 だって、行ったって仕事がないんだ。あんな惨めなトコ、ないよ。
 ………僕はもう、かなり嫌気が差していた。
 長谷川部長に文句を言うのも。
 今日は何をすれば良いんですかって、上司でもない奴に、毎朝聞くのも!
 
 
 
 
 
 
 アイツからの電話が、頻繁に掛かってくるようになった。
 克晴と同じ空間にいて、あの声を聞きたくない。僕はすぐに廊下に出てから、対応するようにしていた。
 ビジネス提携したいなんて言って……どうせ僕が目当てのくせに!
 あんまりしつこくて、腹の立つことばかり言い出すときは、僕も激高して、汚い言葉で罵り返してしまった。
 思い出したくもないことが、記憶に蘇ってくる。
「くっ……!」
 携帯を叩き付けたい衝動を抑えながら、リビングに戻ると、克晴の背中が見えた。寝室に戻ろうとしている。
「……?」
 テーブルを見ると、朝食はほとんど食べてない。しかも食べっぱなしだ。
 食事の用意や洗い物は僕が全部やってるけど。食べた後の食器くらいは、シンクに運ばせていた。
「克晴? ……どこ行くの」
 声を掛けると、ビクッと震えた身体は、そのままそこで貼り付けになった。振り向きもしない。
 
 ………ああ。
 
 僕は分かってしまい、胸が痛くなった。
 やっぱり、僕の八つ当たりを怖がってるんだ。僕も克晴も、何も言わないけどちゃんと感じてて、それがこの結果だ。
 
 そっと近づいて、怯えている身体を抱きしめた。
 ……ああ。
 もう一度、胸中で唸ってしまう。
 しっかりした手応え。
 パジャマを奪ってから、二週間───
 言うことを聞き出したこの身体は、かなり戻ってきていた。でも、あきらかに食は細くなっていて、目方は増えていない。
 
 こんな格好のままなら、ずっとそうだろう。もうそろそろ、許してあげるかな。
 僕は最後の堪能をしようと、緊張している克晴を、テーブルまで連れ戻して、イスの前に立たせた。
 言われるがまま、後ろ手にして、胸を反らせる。
「……………」
 
 ───はぁ……
 
 溜息が出る。
 タオルを剥いで、完全、全裸にしてしまった。綺麗すぎて……
 
 いつもの見慣れたダイニング。白い壁に、重厚な深い濃茶の木目調のテーブルとイス。
 その上には変哲もない朝食。目玉焼きとトーストだ。そして、キラキラ輝いて揺れる朝日。その中に、しなやかな裸体が浮かび上がる。
 震えながら必死に立っている、艶めかしい肢体。
 
 この非現実性が、僕の興奮を絶頂に持って行った。
 
 
 ……大学生とは言え、やっと19歳だ。育ちきっているようで、いない骨格。まだまだ骨が太くなって、端々がガッシリとしてくるはずだ。だって、先輩がそうなんだもん。
 
 どこか少年っぽいあどけなさを残しながら、すらりと伸びた手足。形の良い筋肉。
 成年になり代わる直前の、微妙なバランス。それが罪深いとさえ思わせる、艶めかしさを醸し出す……
 そして……横を向いたまま、歯ぎしりをしている、紅潮した頬。イスを掴む手が震えてる。
 克晴でなきゃ……こんな顔をして、視姦に耐える精神でなきゃ、こんなに色っぽくは見えない。どんなにスタイルが良くても、その身体だけあったって、しょうがないんだ。
「…………」
 暫く見惚れて、動けなかった。
 
 長い間眺め続けてから、やっと近付いて、指を胸筋に滑らせてみた。ぴくりと反応する。
 そのまま腹筋をなぞると、固く締まった。
 
 ……うわ……すご……いい感じ。
 
 僕は夢中で、素敵になった身体を撫で回した。
 太腿を堪能して、内腿も……。膝を持ち上げて、その裏を臀部まで撫でさする。ピクピクと、引き締まった腹筋と上股が、筋を浮かせる。
 楽しくて、指を後ろに這わせてしまった。空気に晒されても締まっている蕾を、指の腹で円を描くように撫でる。
「………ッ」
 吐息と、震え。
「いいね……すごい反応、良くなってる」
 僕は悪戯をしたくなった。
 こんな無理な格好で……後ろ手、片足立ちって格好で、指を入れたら、どんな風に悶えるんだろう。
 目に付いたマグカップの中に指を入れて、ミルクで濡らした。そっと、蕾に埋めてみる。
「………んんッ」
 想像通り、イイ声が耳の横で上がった。目をぎゅと瞑って、必死に体位を保ってる。
 最奥まで突っ込んでみた。
「ぅぁあ……ぁはぁッ…」
 腰を揺らして、スゴイ締め付けてくる。それでも、僕に寄り掛かったりしない。
 ───克晴……
 やっぱり切なくなってしまう。
 唇を奪って、咥内を蹂躙し、征服感を満たした。勃起したペニスを弄んで、言葉でも辱める。
「はは、すごい元気になった」
 絶句する顔が、堪らない。
 眉と目が吊り上がって、燃えるような視線で、憎しみをぶつけてくる。
 ───嬉しいなぁ。
 僕はこんな時、自分がサディストなのかマゾヒストなのか、わかんなくなる。
 
 背中を見せろと、身体を反転させて、僕の理性は完全にどっかに行ってしまった。
 背もたれを掴んで軽く前屈し、尻をこっちに向けてくる姿と言ったら……イヤらしいことこの上ない。
 特に濃い影が落ちる、脇の下や背骨の筋、少し開いた股の奥……目が離せない。溜息をついてから近づき、両手であちこち指先で触れては、撫でさすった。
 双丘に辿り着くと、割れ目に滑り込み、その奥の秘部にまでぬぷりと、指を差し込んだ。
 僕を受け入れる準備をさせる。
「………ッ」
 背中が綺麗に仰け反った。反動で後頭部が僕の肩にぶつかった。一瞬、小さい頃の克晴を思い出した。
 ───ごめん……
 そう思いながらも、下半身は早く早くと、獲物を求める。
 前に手を伸ばして、反応している克晴を掌に包んだ。後ろを責めながら、前を扱く。
「んッ……ぅぁああ…ッ!!」
 嫌がる腰を押さえ付けて、一回イカせた。この方が、身体が熱くなって、締まりも良くて、気持ちいいんだ。
「……腰を出して」
 僕の命令に、渋々とイスにしがみついて、腰を曲げて、差し出してきた。
 ───うぁ……
 その光景は、やらしすぎて、くらくらする。
 その後はもう……この格好も、これで見納めかと思うと、幾らでも興奮した。
「あッ…あッ…ぁああッ……!!」
 打ち付けに喘いで、イスにしがみつく、愛しい身体……熱い体内。気が遠くなるほど、快感を貪ってしまった。
 終わった途端、克晴の身体は、イスの横に崩れ落ちた。
 色濃いフローリングの床に、日焼けが冷めた白い身体が、痛々しいほどだった。
 
「…………」
 蹲る克晴の前にしゃがみ込むと、その頭を撫でた。
 汗で張り付く前髪を後ろに梳いて、顔を覗き込んでみる。目は閉じて、口を少し開けて苦しそうに肩で息をしている。
 
 ………震えてる
 
 哀しみに、心を振るわせて……それが伝わってくる。僕はいつも判ってしまう。泣いてる克晴が……。
 
「いい子……いい子になったね」
 約束を守ったんだ。ちゃんと褒めてあげなきゃ。
「…………」
 片目だけ薄く開けて、僕をチラリと見る。
 ……睨んだのかな。でも僕は嬉しくて、どうでも良かった。克晴だなぁって、その仕草が愛しくて。
 
 シャワーを浴びて、久しぶりのパジャマを着込んだ克晴は、ベッドに辿り着くなり意識を無くしたようだった。
 もう一回褒めてあげたくて寝室に入ると、電気が付けっぱなし、身体は俯せで、ベッドに斜めに倒れ込んだまま埋もれていた。
「……掛布も、かけないで」
 呟きながら、身体を仰向けにさせて、布団の中に収めてあげた。電気も消して常夜灯だけにした。
 
 ちょっと苦しそうに眉を寄せてるけど……無心な寝顔。
 精悍な顔立ちも、こうしてると和らぐ。……つくづく、綺麗な顔をしていると思う。
 枕元に座り、その顔を眺め続けた。
「…………ほんとに、いい子……」
 小さい克晴に酷いことをして、意識を無くさせた。その時も、いつもこんな顔で眠り続けた。
 変わってない克晴……。育っても、時間が経ってても。やっぱり、小さい克晴のままだよ……。
 
 僕には受け入れられない現実があった。
 克晴の成長過程を、この目で見続けられなかった。突然成長していて、僕の前に現れた。
 ───それは本当に、浦島太郎が何十年も経った現世にいきなり放り出されたのと同じだと思った。
 自分の知らないところで、いつの間にか時間が過ぎ、僕を取り残して当然のように街は進化して、克晴は成長してたんだ。
 コレが日本ですよ。
 コレが東京ですよ。
 そう言われたって、頭が理解してくれない。余りに違っていて。
 コレが克晴だって言われたって……僕の克晴は、中学1年生だった。僕の胸までしか、背丈は無かったんだ。
 
 暗がりの中で僕はずっと、起こさないようにそっと、頭を撫で続けた。
 その顔を見ていると、つい思ってしまう。小さい克晴に戻ってくれるんじゃないか。こんなこと全てが、僕の悪夢で、目が覚めればあの頃に戻れるんじゃないか。
 乗り出したシーツの上に、はたはたと何かが落ちていく。熱い滴。僕の哀しみの具現物。
 ……大好き…克晴──
 ……僕は、こんなにもすぐに泣けるのになぁ……
 
 止まらない涙。
 止められない手。
 
 僕の笑顔と、克晴の笑顔は………同じ空間には成立しないんだ。
 胸がキリキリ痛い。
 切なくて、息が止まりそうだった。
 
 
 
 傷付ける者と、傷付けられる者。
 追うモノが違う以上、僕と克晴の関係は、どこまで行っても相反する。
 
 魅せる者と、魅せられる者──この罠に嵌ったのは、僕だ。
 
 こんな空間を作ってしまって、克晴を苦しめることで、僕も傷つく……
 
 
 この連鎖を断ち切るのには、どうすればいいのかな……
 
 
 
 動けない僕は、一晩中、そこに居続けた。一晩中顔を見ながら、頭を撫で続けていた。
 部屋に置きっぱなしの、携帯電話。
 そこに着信があるのか、知るのも怖くて………
 
  


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