chapter10. dropping a word  -零れた言葉-
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 ……行かなかったら、どうなるんだろう。
 
 桜庭先生の待つ保健室に。
 このまま、行かないで帰ってしまったら…
 
 
 
 
 放課後、階段を下りて廊下に出たとき、ふと思った。
 目の前の通路には、右側に昇降口、事務室、保健室、と並んでいる。みんな手前の下駄箱で靴を履き替えて、飛び出していく。
 僕も、ここで曲がって靴を履き替えたい。いっそ、みんなと同じように……!
 
 ……それって、勇気なのかな。
 でも、明日は? 
 その次は? 
 もう、行かなくて済むの? ……そんなハズないことぐらい、いくら僕でもわかる。
 
 どうなるかは分からないけど、怖いことが待ってる。…それだけは、わかる。
 みんなにバレるのも、お仕置きも、僕は怖い。
 両方ヤだ……。
 
 そう思うと、帰る勇気も出ず、足は保健室に向かった。
 
 
「───おいで」
 先生が手を差し出して、微笑む。牢獄のベッドへと、誘う。
 
「……せんせい」
 先生の腕に抱き込まれながら、見上げてその顔を見つめた。サラサラ髪を揺らして、首をかしげる桜庭先生。
「……なに?」
 
 ──僕、もうヤダ──
 
「…………」
 喉まで出かかった言葉。その先が、出ない。
 必死に口をぱくぱくさせたけど、声が出ない。
「…………?」
 眉を寄せて、先生がいきなりしゃがみ込んだ。僕と目線の高さを合わせると、肩を痛いほど掴んできた。
 
「イタッ……せんせい?」
 僕はビックリして、思わず声を上げた。
「あッ……出る。よかった、声、出るね?」
 ほっとした声で、目の前の顔が微笑んだ。
「………ハイ」
 
 僕は時々、混乱する。
 先生は、怖い。
 先生は、嫌い。
 だけど、時々、好きだったころの顔を見せる。
 それはずるいと思う。
 嫌いなままなら、もっと憎めると思う。そしたら、もっと僕の心、強く出せる気がするのに。
 
 黙り込んでしまった僕に、先生は優しく笑いかける。
「……なんでもないなら、上がって」
 他の子に言うのと同じように、何でもないように言う。
 僕がそこに上がるのに、どれだけ悲しい思いをしてるのか、知ろうともしないで。
 
「…………」
 それでも、イヤって…言うときには言えると、思ってた。
 克にぃに教えて貰って、僕は大人になったから。今なら、“勇気”がわかるから。
 
 自分にそう言い聞かせて、それでも言われるがまま、ズボンを脱いでいた。
 
 先生が入って来るときだって……途中だって……終わったときだって……!
 
「………はぁ…」
 ……僕は、勇気を奮い立たせる、フリばかりしていた。
 気持ちは、“今度こそ言う!”って思ったって、心が怖がってる。
「んっ……ぁあっ!」
 考え込む僕を無視して、先生は僕を高めていく。
 先生の舌先が、克にぃがしてくれたみたいに、僕の上を這う。
 胸から順番に下に降りていって、最後は足の付け根を中心になめまわす。
「んんっ…あっ……ああぁ…」
 僕のを口に含んで、吸いながら舌で撫で回す。同時に、後ろに入ってる指が、中の気持ちいいトコを押してくる。
 毎日毎日……
 僕はそうやって、触られることに、高められることに慣れていった。
 嫌だと思いつつ、拒否出来ないまま身体は、先生の手順を覚えて、その通りに疼いていく。
 次に来る刺激にそなえて、勝手に足が開いた。……熱い吐息を、つき始める。
 
「ぁあ…ああッ! …せんせっ? ……まって……」
 ……いつもと、なんか違う。いつもより、“辛い”感じ……
 
「何、考えてるの?」
「………え?」
「ぼくの愛撫に、注意力が散漫になってるから」
「さんまんて……」
「ちゃんと感じてる? 入れるとき痛いのは、天野君だよ」
「……………」
 
 ちょっとキツめの言い方。この時の先生は、怖い。
 
「………はい」
「さっきから……今日はなにか、変だね」
 頬を撫でてくれながらも、中の指は痛いほど動いてる。
「ごめんなさい、先生……許して……」
 僕は、背中を反らせながら、その指が痛くないところに当たるよう、誘導した。
 自分で腰を振る。先生に教え込まれた、ごめんなさい、の行動。言葉で謝るだけじゃ駄目で、態度で示してと、なんども繰り返された。
 いつも、こんなふうに何か考え込んじゃうと、怒られた。
 僕は“辛い”のがイヤで、体が楽なように、命令されたとおり腰を振って、体位を変えた。
「………はぁ…」
「そう、いいコ。わかればいいんだよ」
 また頬を撫でられて、指は抜いてくれた。
 …………やっぱり、ムリだ……。
 怖くて、肝心なところで、声が出なくなる。何度やってみても、“イヤだ”の言葉は声にならなかった。
 
「いくよ、……天野君」
「あ……ぅ……んぁああ…」
 先生が、入ってくる。全部じゃないけど、すごい苦しい。
 
 克にぃのときは、こんな息が止まりそうな、押し込まれる感じは無かった。もっとゆっくりゆっくり、時間を掛けてくれたから……。
 
「んんっ………」
 途中まで入った先生が、動き出す。
「んっ! せんせっ……先生ッ………ぁあっ!」
 いつもより、激しく動く。痛くはないギリギリのとこで、怖い。
「ごめんなさい……許して……」
 僕の中で、先生が熱い。
 
「あっ……んぁぁっ……せんせ…せんせぃ……」
 克にぃがたくさん触って、気持ちよくなるようにしてくれたのに。そこを、先生が刺激する。
 擦れる感覚で、背中がぞくぞくする。体を反らせて、僕は震えた。
 
「天野君…いい子……好きだよ……すき…」
 耳元で、荒い息を吐きながら、僕を頭ごと抱きしめる。そして、腰をもっと押し付けてくる。
「……んあぁっ……あぁ……」
 擦る刺激が、強すぎる………辛いよ……!!
 僕は両手を先生の背中に回して、白衣にしがみついた。
 
 
 
 
「…はぁ……天野君……」
「………はい」
 
 これは、合図。
 先生は、いくとき必ずキスをする。僕は先生を見つめながら、唇を開く。目を閉じちゃいけないんだ。
 ……初めの頃、「克にぃなんだ」「この唇は、克にぃなんだ」って思いながら、目を閉じて、先生と大人のキスをしていた。
 
 でも、先生はわかってたみたいで、すぐに目をつぶっちゃダメだって、それを禁止した。
「ぼくを見て。ぼくのキスを受け入れて……天野君」
「…………んっ……」
 
 先生の湿った熱い舌が、僕の口に入ってくる。
「ん……はぁ……はぁ…」
 角度を変えながら、何度も舌を入れ直しては、喉の奥まで掻き回す。
 
「んっ、んんっ……!」
 強い吸い上げに、視界が歪んだ。先生の目が、僕を見つめる。
 ぎらぎら輝かせて、これ以上ないってくらい、近くで。
 
 ──あっ……!
 
 僕もいかされる。先生の手が、僕のを握った。
 
 ───あぁ……ん……
 
「んっ! ……んぁああ!」
 先生の手が、どんどん早く動く。
 僕の体はとっくに先生のモノで、先生がイク時に僕もイクように調節して、刺激を受けた。
「あ……あぁ………」
 腰から、へんなムズムズが湧いてくる。背中とお腹を、ゾクゾクした感覚が、駆けめぐる。
 
 僕はヤなのに……
 僕はヤなのに……
 
「せんせっ……せんせい………」
 勝手に、体が高まっていく。これが怖くて……
 
 ───メグ……兄ちゃんが全部受け止めるから、安心して。
 ───怖くないよ。自然なことだから。全部、兄ちゃんに任して……
 
この時は、どうしても目をつぶっちゃう。僕が絶頂を迎えるとき、克にぃの声が、聞こえる……。
「あ………天野君…天野君……!!」
「あっ………ぁああ!」
 先生も、グッと腰を押し付けて、僕の中に熱いのを出した。
 
 ──────っ!!
 
 僕も、先生の手の中で果てた。
 
 
「…………」
 はぁはぁと、荒い呼吸だけが響く。この、終わった直後の沈黙の時が、一番悲しくなる。
  
先生の手が伸びてきて、僕の頬に触れた。
「…………」
 何も言わずに、濡れた頬を拭ってくれる。……いつも。
 この時は、先生の顔も何でか、泣きそうに見えた。僕は黙ったまま、涙を流し続けて、それを眺める。
 
 
 
「天野君……体、上向けて」
 汚れた体を、お湯で濡らしたタオルで、綺麗に拭いてくれる。
「…………」
 怠い身体を動かして、横向けだった体を天井に向けた。お腹を拭いてくれながら、先生は必ず訊く。
 
「……気持ちよかった?」
「………ハイ」
 
 機械仕掛けの人形のように、僕は先生の要求通りに返事をする。
 
 挿れてる最中は、先生を抱きしめ返す。キスは、目を開けたまま。イイ? と聞かれたら、必ず「ハイ」を。
 克にぃと違う“ポイント”まで探し出して、僕を高める。“気持ちいい”と言わせる……
 
 殴るわけでも、怒鳴りつけるわけでもない。ただ、静かに言う。
「言うことを、聞きなさい」
 って。
 
 恐怖に縛り付けられている僕は、先生が微笑んでいても、怖かった。
 


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