chapter10. dropping a word  -零れた言葉-
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「なに、考えてるの?」
 
 ──あっ…!
 先生を見上げて、その意味を読み取ろうとしていた。
 
 ボンヤリしてたわけじゃない。なのに、いつものお仕置きをしようとする。
「んっ……んん──っ!」
 ……ごめんなさい……!
 そう言おうとして、噛まされたタオルの奧で、喉が鳴った。見上げた先生の顔はもう、一番怖いときの目になっていた。
 僕の両手首を片手だけで束ねて、乱暴に頭上でシーツに押し付ける。
「んっ…!」
 引き延ばされた二の腕、脇、胸……と、反対の手が撫で下ろしていく。
「んっ、んんッ!!」
 胸の尖りに辿り着くと、そこだけを摘み出した。
「ぼくに集中していないお仕置きと……イヤなんて、許されないってこと……教えてあげる」
 
 ──あぁッ! ……や……やあぁ……!!
 
 お尻は先生に繋がれていて、手首も押さえられて……その間で、弄くられる身体を必死によじって、身悶えた。
 背中を反らせて、首を振って。
「んーっ! ……んん~ッ!!」
 そうすると、繋がってるそこが擦られるから、余計に感じてしまう。
 
 でも、それ以上の刺激は与えられなかった。胸だけが弄られ続ける。
「んっ…ん……」
 それに焦れて、また腰を振ってしまう。
 
 ──ぁあ……や………こんなの…やだ……
 
「ふふ、すごい締め付けてるよ、天野君」
 先生が、僕の中でさっきより大きくなってる。それだけで、圧迫感が強い。
 広げた足の間で、お尻に埋め込まれてるイブツ感………不快と快感が、同時にじわじわと僕を責める。
 ───先生……せんせい、ごめんなさい……!
 僕は、霞む目で必死に見上げながら、心で叫んだ。
「……………」
 それでも、許してくれない。
 怖い目で冷たく見下ろしてきながら、いつまでも胸の尖りだけを弄り続ける。
 やめて、やめて……! もう、やだ……やだよぉ!
 
 ここに通うようになって、僕はいろんなことされてきた。
 恥ずかしいこと言わされて、させられて……でも、こんな拷問みたいのは、初めてだった。
 この先、こんなこともされるのかと思ったら、ゾッとしてしまった。絶望のような、恐怖を感じたんだ。
 ………助けて………
 
「……んんッ……ぁぁああ─────ッ!!!」
 
 刺激が、辛すぎる! 気持ちが耐えられない!!
 僕はギュッと目を瞑って、ありったけの悲鳴を、喉から絞り出していた。
 
 
「……天野君」
 先生が胸への刺激を止めて、口のタオルを外してくれた。
「…わかった?」
 顔を覗き込んでくる。……優しい声。
 まるで僕が観念したことを、信じ切っているように……
「……………」
 はぁはぁと苦しい息で、僕は潤んだ視界の中に先生を入れた。
「もう……や……」
 泣きながら、それだけ言った。
 先生は怖いけど、本当にもうイヤだから……
 お願いだから……やめて…先生……
 
 一瞬動きを止めて、息を呑む気配。
「……あの写真、ばらまくよ」
 静かに、先生は震える声を絞り出した。
「丈太郎に見せるよ……それでも、いいの?」
 
 ──────!!
 
「……それでも、いいです! 僕…もう、いやだ!」
 考えてなんか、いられない!!
 一瞬怯えてしまったけど、今辛い方が、僕の中で勝っていた。
 あんなに言えなかった、“嫌”が、何度でも出てくる。
 
 終わりにして……!
 こんな感覚から、早く抜け出したいよ!!
 嫌なのに……嫌なのに……身体は絶頂を目指す。
 刺激を欲しがる……こんなの、僕じゃない!
 
 
「やだ…やだ……せんせい……お願い……!」
 僕は泣き叫びながら、もうヤダを繰り返した。
 
 
 ──克にぃに育ててもらった身体が、変わってしまった──
 僕じゃ、なくなっちゃった……
 
 そんな思いが、胸を押し潰す。
 なんで、もっと早く言えなかったんだろう!?
 恥ずかしい写真を晒されるのが怖くて、僕は自分の大事にしなきゃいけないものを、守らなかったんだ!
 
 僕は勇気がなかった。……だから、こんな罰を受けているんだ。
 
「天野君……」
 引きつって掠れた、先生の声。呼ぶのと同時に、腰が動き出す。
「あっ! あぁ……」
 先生は手のひらで僕の口を塞ぐと、最後まで一気に突き上げた。
 出し入れが激しすぎて……待っていた刺激は、強すぎて───
 
「好きだよ…天野君……好き…」
 
 先生の囁く言葉も、聞こえない。
「んぁぁあ……い…いく…せんせ…ッ!!」
 前を扱かれて絶頂に導かれて、僕はあっという間に、先生の手の中に吐精した。
「……はぁ……ぁ…」
 果てた後も、先生は僕を抱き締めて動いていた。
 
 ───好きだよ……天野君………
 いつまでも、囁く先生の声。
 
 ……違う……先生……
 こんなの、好きって言わない……
 
 掠れていく意識の中で、僕はそう、繰り返していた。
 
 
 
 
 
「……………」
 教室に戻ると、やっぱりもう、誰もいなかった。今日は特に遅くなったから、当たり前だと思うけど……
 前の入り口から、教室の中を見渡してみる。………広い。
 後ろの壁にマス状に棚が作ってあって、僕のランドセルの場所だけが、黒く埋まっていた。
 授業で見たことがある、蜂の巣みたい。
 一匹だけ、蜂の子が入ってる。
 
 ───あは、……まるで僕だけ…育たないみたい……。
 
 そんなこと思いついて、一人で笑っちゃった。
「……………」
 その場所にずり落ちるように、しゃがみ込んだ。腕の中に顔を埋めて、立てない。
 ………寂しい。
 こんなこと、感じたことなかったけど……寂しい。
 克にぃがいなくなって、悲しかった。霧島君に嫌われて、悲しかった。
 ……でも、独りになるって……誰もいないって……そう実感したのは、今が初めてだった。
「………霧島君くん……」
 呼んでみたって、しょうがないけど。保健室で見た後ろ姿を思い出して、また胸が痛くなった。
 
 
『どっちがいいか、考えてみて』
 
 さっき、意識が戻って帰る準備をしている僕に、先生はそう言った。
『まだ、待ってあげる』
 優しく、僕の頭を撫でながら。
 
「…………」
 毎日……気持ちいいって言わされて……入れてとか、イクとか言わされて……それに、あんな拷問みたいな焦らしは、もう嫌だ。
 
 でも、僕の恥ずかしい写真───
 霧島君にバレていいはずない。
 “それでも、いいです!”なんて、言っちゃったけど───いいはず、ない……。
 
 
 
 僕は、結局次の日も、先生の所に行った。
「いい子だね……」
 微笑んで、迎えてくれる先生。
「…………」
 その顔だけ見てれば、すごい優しい。抱き込む腕だけ感じていれば、すごく温かい。
 胸に当てた耳には、とくんとくん…優しい鼓動も聴こえて…。
 それだけなら、いいのに……
 
「しなきゃ、だめ……?」
 
 また、零れたような言葉が出ていた。
 心の中で生まれた言葉が、同時に外に出ている。
「僕……ここに居るだけなら、まだ……」
 肩を抱く先生を、見上げた。
 
 
 ニコリと微笑んで、先生はサラサラ髪を揺らした。
「……だめ」
 
 
 
「……ぁ……」
 変なことを、言っちゃったからかな。先生の手が、強い。昨日みたいに、強引だった。
 ──ごめんなさい……ごめんなさい……
 僕は泣きながら、身体を熱くされた。先生は昨日よりも、もっと僕の中に入ってきた。
 
「天野君……好きだよ……」
 
「………」
 いつもの言葉で終わる。
 ───うそ……
 僕もいつもの通り、心でつぶやく。
 
 
 
 
 
「………ぅ……」
 俯いた額から鼻の先を伝って、汗が床に落ちていった。……涙も。
 
 やっと退室できた保健室から、少しでも離れたい……。
 斜め向かいのトイレのドアに寄り掛かって、僕は泣いていた。
 
 悲しいのと悔しいので、嗚咽が上がる。
 酷くされた身体が痛い。
 “嫌”って言ったって、解決しなかった。恐れてたお仕置きばかりが、僕を待ってた。
 ………歩けない。
 下を向いて、ぱたぱたと床に落ちる涙だか汗だかの滴を、ずっと見ていた。
 帰りたいけど、教室に行くのが、嫌だった。
 独りだと実感させられる、あの場所。
 ランドセルだけが、ぽつんと待ってる……
 
 
 
「天野!?」
 
 ……………えっ…!
 
 あまりに、その人のこと考えてたから、幻を見てしまった。驚いて見上げた先には、霧島君がいる気がした。
 白い顔…優しいけど、しっかりした眉と目。明るい茶色めの髪。
「……緒方くん」
 
「また……なんで、泣いてんだ? 天野!」
「あ……」
 僕は逃げようとして、ふらついた。
 こんな顔、見られたくない。……でも、歩けない。
「……おい!?」
 驚いて手を差し伸べてくる。
 ───あっ……
「なんでもない…僕に触らないで……」
 
 緒方君の手が、汚れる。ふいにそう思った。
 先生のをまだ出せてない。そんな自分の手を、とても汚いと感じたんだ。
 こんなことされて続けてる僕の、全身が汚い。
 
 緒方君が汚れる──
 そうだ、霧島君も汚れる……!
 僕に近づいたら、危険なんだ。汚れるし、狙われる……
 
「お願い……!」
 抗ってよけい脚がもつれて、転びそうになった。
「落ち着けよ!」
 緒方君が僕を抱えながら、叫んだ。
「何があったか知らないけど、オレは訊かないから!」
「……え?」
「霧島とケンカしてんだろ?」
「………!」
「アイツ、天野をスゲー問いつめてたって、見てたヤツが言ってた」
 ───ああ、あの体育の時間の日……
「………」
「言わなくていいから」
「………」
「ただ、むやみに逃げないでくれよ」
 ───でも……
「むやみじゃない……離して」
 触っちゃダメ……触っちゃダメ……僕の心は、そればっかりだった。
「……天野、また熱あるだろ?」
 僕を捕まえる緒方君の腕に、力が入った。
「すっげ、汗掻いて……桜庭先生に看てもらえよ、一緒に行ってやるから!」
 
 ────え…!?
 
「や……! 保健室はヤダ!!」
 思わず大きい声が出た。
「……天野?」
 恐怖で、僕の顔は歪んでたと思う。緒方君を見上げて、叫んでいた。
 そうでなくても、緒方君から逃げようとして、また保健室のドアに近づいていた。
 先生にこの声が聞こえちゃわないか、一瞬ヒヤッとして、手で口を押さえた。
「天野……」
 緒方君の顔も、歪む。悲しげに、眉が寄った。
 ………先生の泣きそうな顔と、同じだ。そう思った瞬間、抱き締められた。
「……あっ……おが……」
「オレ、お前をずっと見てたって、言ったろ?」
 顔を胸に押し付けられて、頭と背中をぎゅっとされた。
「…………」
「今も見てる。教室でさ……泣きたいのに泣けないって顔、いつもしてるよな」
「…………」
 ……僕は僕で、霧島君の後ろ姿を、ずっと見てた。
 
「泣けよ……我慢してないで」
 震えだした僕の肩を、もっと力を入れてぎゅっと押さえた。
 ───泣いてる……毎晩、ベッドの上で……
 でも、克にぃに抱えてもらって泣いてた時みたいに、大声で号泣したりは、もうできなかった。
 
「…………」
「いいじゃんか。……オレじゃ、ダメか?」
 戸惑ってる僕に、緒方君の声は優しい。
 ……いつも、やさしい。
 あの、体育の日も、何も言わずに受けとめてくれた。今も、何も訊かないと言う。
 ───なんでこんな、優しくしてくれるの…
 混乱する。
 ダメか? て言われたって…ダメも何も……何がなんだか。
 ただ、この優しさは…今の僕には……嬉しい。でも、だからって、縋っていい訳じゃないから───
「ぅ………」
 心では、ダメだって思ってるのに…嗚咽が漏れた。押し付けられた胸の中で、止まらない涙が零れ出してしまった。
 いつも思う。僕を抱える腕が変わるたび。
 何でこれが克にぃの腕じゃないの……何で、霧島君じゃないの──
 僕が好きな腕には届かず、頼れる腕には近づけない。僕は、いつも縋り付く腕を、間違えている。
 
「霧島…ヒデーな。一人で帰っちまう……」
 ぼそりと呟く、緒方君の言葉。
「…………っ」
 ぎゅうっと胸が搾られた。
「いいの! 言わないで……僕が悪いの…僕が!」
 
 “俺を見ろよ、天野!!”
 僕の腕を掴んで、叫んで……あんなに僕に一生懸命になってくれた、霧島君。
 
 “もう、お前がわかんねぇ!”そう言って、背中を見せた。走って行っちゃった。
 
 あんなこと言わせたの、僕なんだ……
「うぁ……ぅあああ」
 悲しくて、悲しくて、止まらない。
 
 ごめんなさい、ごめんなさい……
 それしか、出てこない。悲しすぎて、胸が潰れる。
 
 ごめんね、霧島君……
 ごめんね、緒方君……
 僕は結局、緒方君にしがみついて、声を殺して泣き続けた。
 
 
 
 
 ───克にぃ……
 
 ………克にぃ……教えてよ……
 僕はやっぱり、どうしていいか…わからない……
 
 


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