chapter8. take a wait  -凌ぎ-
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「よかった…早く、元気になってね」
 
 顔を背けた俺に、寂しそうな声。横に腰掛けて、抱き付いてきた。
「……克晴、聞いて」
 首筋に顔を埋めるようにして、囁く。
「グラディスの指示で、フライトの便を決めたよ」
「………!」
「だから、動けるようにならないと……」
 唇を耳の下に、押しつけてきた。
「…かつはる……」
「───ッ!?」
 俺はぞっとして、思わず体を捩った。オッサンのこの息遣い…ヤバイ。
 グラディスとの携帯の後は、必ず荒れていた。……その空気が漂っている。
 
 ───ここを何処だと……何考えてんだ…!
 
「ごめん…一回だけ」
 言いながら、俺の借りているパジャマをめくり上げた。
「……冗談…ッ!」
 まさかという思いと、逆らってはいけないという恐怖───
 でもここには、あの変な道具はない。………一番怖いのは、神父さんへの冒涜だと思った。
「離せよッ!」
 思い切り突き飛ばして、ベッドの上の方に逃げた。部屋の角でもあり、壁際に追いつめられた格好になった。
「教会だぞ……匿ってもらってる、こんな場所で…!」
 喉が引きつれていく。必死に声を、絞り出した。
 
「大丈夫…神父さんなら、子供達の部屋だから」
 眼の色が変わっているオッサンは、邪悪に口の端を上げた。
「当分上がっては、来ないよ」
「……そんなこと言ってんじゃ、無いだろ……」
 首を振って拒否を示した俺に、尚も嗤う。
「克晴……ダメだよ。言うことを聞かなきゃ」
「アッ!」
 耳障りな金属音。腕に鋭い衝撃を受けて、手首が目の前で合わさった。
「や……嫌だッ!」
 久々に味わう、この拘束感……身体が勝手に、震え出した。
 ───でも、プレートを繋ぐ鎖やリングは、この木製のベッドにはないんだ。
 手枷だけなら、まだ逃げられる。
「触るなッ!」
 俺は死にものぐるいで、抵抗した。離れない両手で枕を掴んで、叩き付けるように振り回して。
「……かつはる…!」
 驚いたオッサンは、毟るように俺からそれを取り上げた。
「クソッ……それ以上、近付くなよ!」
 他には何もない。プレートそのものを武器にして、伸ばしてくる手を払った。
「克晴…静かに。あんまり、うるさくしたら……気づかれちゃうよ」
「………知るかよ!」
 知られていいわけじゃ無いけど、犯られる方が嫌だった。覆い被さってくる体を押し返して、腹を蹴った。
「グェッ…」
 さすがにオッサンは呻いて、体を折り曲げた。
 その勢いでベッドを這い出そうとした。けれど、バランスが取れなくて、もたついてしまった。
 ───クッ…間に合わない…!
「克晴!!」
 背中からパジャマを掴まれて、引きずり戻された。
「────!」
 初めて犯られた時のように、腹這いでシーツに張り付けにされて。
 顔の前に投げ出した腕と首の根本を、後ろから押さえつけられた。
 背中に跨いで座り込まれて、はね除けられない。
「ダメだって言ったのに!」
 泣き声で、責め立てられた。
「克晴だって、これが好きなくせに!」
 ────はッ!?
 いつもの物言いだけど、その言葉は許せなかった。
「何を……!」
「だって、恵君としてたんでしょ!!」
 
 ─────!!
 
 首をねじ曲げて睨み付けた俺に、いやらしく嗤いかける。
「こんなこと、嫌いだったら教えない…繰り返したんだ、克晴は……」
「…………」
「それって、気持ちいいからでしょ? 認めなよ、いい加減ッ!」
 背中に片膝を押しつけて、体重を掛けられた。
 パジャマのズボンと下着を下ろしながら、手をソコに突っ込んでくる。
 ────やっ……嫌だ!!
 背中を駆け抜ける怖気。意志に反する感覚。
 これが…この感覚が、大っ嫌いだったはずなのに……
 ずっと俺の中にあったモヤモヤを言い当てられて、ショックを受けた。
「……違うッ!!」
 
 逃げていちゃダメだ……自分と向き合え。
 ───そうでないと、コイツには勝てない……!
 
 抵抗しながら、必死に自分に言い聞かせていた。
 覚え込まされた“快感”。
 受け入れるはずのないそれを、なぜ俺はメグに……
 いつの間にか、俺の全てが……俺の内側も外側も全部、オッサンの言う通りに、変化してしまっていたんじゃないか。
 そう思ってしまうのが嫌で、避けてきた俺の中の疑惑。
 
「アッ…!」
 指がソコを探りだす。
 悪魔が嗤う。
「ほら、克晴……君は、逆らえない」
 進入してくる遺物感に、勝手に腰が揺れた。
「アッ…く……」
 指が一本、奥まで入りきった。
「…やめろッ……」
「締めてるよ、克晴……はは、気持ちいいね」
 ─────!!
 頭に血が上るのに、心が冷えていく…この屈辱感……
 
 コイツがいなくなって、自由になったのに、“したく”なった時。本当に身体をおかしくされたと、思った。
 ショックを受け、悩みながらも、成長しているだけなんだって解ってきた。
 そして一人で処理するための対象が、ある時から恵になった。
 冒涜感から、俺はそれはダメだって、自分に言い聞かせていた。
 ……でも、メグとするって思うと、……体が熱くなって、言うことを聞かなかった。
 あんなに嫌だって思っていた行為が、めちゃめちゃ気持ち良かったんだ。
 
 俺、メグに欲情してる……
 
 中学生の俺には、どうしようもなく恥ずかしいことに思えた。
『本当は、厭らしい身体』
 ずっと言われ続けた言葉……認めたくなくて、また苦しんだ。
 
 ……でも…違うんだ……
 “恵を好き”そう思えばこその、この感覚……
 分かり合えれば……お互いを必要としたら、きっともっと気持ちいい。
 メグとなら、受け入れてもいいのか…? 恥じる事じゃないのか?
 そこに行き着いて。……自分にそう、許したんだ。
 
 ……だけど心の何処かで。
 都合の良い理屈を見つけて、恵にそれを押しつけたんじゃ──
 その不安を、拭えないでいた。
 
 
 
「克晴ってば……反応してる。息が荒いよ」
 オッサンが嬉しそうに、中で指を動かす。
「ホントはして欲しいのに、それを恵君で解消していたんだ」
「────!!」
 俺を駆り立てる、恵への罪悪感。
 でも、コイツの口からこんな風に言われると、はっきり判る。
「……違うッ!」
「君は弟を、僕の代わりとして相手にしたんだよ!」
 違う……違う、違うッ───
「強がらなくていいから…ほら、指を増やすよ。………声出して」
 強引に突っ込んで、掻き回してきた。
「……ンッ……アァッ!」
 声を上げてしまって、肩に口を押しつけた。
「僕が開拓したんだ…この身体は…!」
 中のポイントを、激しく突いてくる。
「んんッ………んッ…」
 喘いでたまるか! 唇を引き結びながら、首だけ振った。 
 
 
「可愛い……克晴……一つになろうね」
 
「──────!!」
 
 
 ……ここでは……この場所だけは…イヤだ……
 
 背中に覆い被さられて、肩も浮かせられない。
 尻を割り開くように、ヌルッとした肉棒が進入してきた。
「あぁっ、やめ……嫌だッ!!」
 
 ───悪魔! コイツは、本当の悪魔だと思った。
 
 手で口を塞がれ、くぐもった叫びは掻き消された。抵抗の壁を押し開いて、先端が入ってくる。
「……ン…ゥウンッ!」
 下腹に疼きをまき散らして、熱い塊は俺の中に全身を埋めた。
「ふ…久しぶりだね……克晴の中、やっぱりイイなぁ……」
 堪能するように、時々腰を動かす。
「克晴も気持ちいいでしょ…? 声、出して……セクシーな声を聞かせてよ…」
 興奮した息を、耳に吹きかけてくる。手を胸に滑らせると、指先で尖りを弄りだした。
「………ッ」
「硬い…ここも立ってるよ。……ね、僕がしてあげるから、こんなになるんでしょ」
 言い聞かせるように、じっくり摘む。
「…ッ…ちが……」
 ビクンと跳ねてしまうのを堪えた。
 
 こんなムリヤリで、“いい”はずがない。
 そんなのは、ガキでも判る。だからすべてを拒否したんだ。
 打ち込まれているそこが、当時の惨めな感情を、いくらでも引き出す。
「いい加減にしろ……」
 両手でシーツを掴んで、握りしめた。遣りきれない気持ちが、怒りに変わる。
 身体がどう反応したって……
 
「強姦魔を受け入れる理由なんか、俺には無いって言ってんだよ!」
 
「………!」
「お前は何も言わなかった! 説明がない以上、そういうことだろッ?」
「─────」
「は……嫌われるのが怖かった、だって? そんなの理由になるかよ。子供だってバカにすんな……理解できないって決めつけて、無視すんなよッ!」
 シーツに片頬を押しつけながら、必死に叫んでいた。
 
 何歳だって、自分の置かれてる状況くらい、一生懸命考える。
 ……でも、あの時の俺に────実際、何がわかる?
 慣れていたオッサンの豹変………
 何で俺なんだ。
 なんでこんなことするんだ。
 ……わかるわけがない。
 自分にとってこいつが、どのくらいの敵なのか。心の中で、必死にそれを量っていた。
 
 
「………大人のくせに…逃げやがって」
 これが憎しみの根元だ。
 いつまでも消えない、怒りの炎。
 あの2年間に、決着を付けられなかった。舞い戻ってきて、繰り返しやがって。
「それで今になって愛だのほざいて、一方的にこんなこと…憎んで当然だろッ?」
 
 
「お前も懺悔しろよ! 言えなかった事が、罪だって!!」
 
 
 突っ込まれたまま……首だけ振り向けて、睨み付けて。
 腹這いで組み敷かれてるこの姿は、まるで犬の服従のポーズだ。
 ───でも、心は今だって、渡していない。
 どんな目に遭っていても、負けないつもりでいた。負けるわけには、いかなかったんだ。
 
 
 
 
「……2年…もの…間…」
 腹の中で、オッサンが震えた。納得のいかない声が、後ろから責めてくる。
「そんな長い期間の中で……君だって、少しは僕に……」
 
 
 
「──────」
 まだそんな事…と睨み上げながら、心は過去に引きずられた。
 コイツから受けた“何か”───
 回を重ねていくうちに、時々感じていたそれは、確かにあった。
 
 ───けど、“何か”って……?
 自分で言っていて、その正体はぼやけていた。
 俺のレゾンデートル……オッサンの何に、それを懸けていたんだ。
 
 封印した記憶。……思い出したくもなかった。
 手繰ってみても、おぼろ気にしか判らない……そんな感覚。
 あり得ない酷いことをしてるくせに、一瞬垣間見せていた。
 
 見つめる眼差し。巻き付く腕……“俺”を呼ぶ声……体温。
 ………背中が温かいなんて…
 
 全身を包むような……それは……
「──────」
 気を失うとき、生死の境で。
 いつも俺を抱きしめていたのは、コイツだった。
 そして、俺が父さんに求めていたものも…それだったんだ。
 
 
 
 
「……かつ…?」
 黙り込んだ俺を、オッサンが斜めにのぞき込んできた。
 
「──────」
 俺は自分の辿り着いた答えに、愕然としていた。
 こんなヤツから……
「………は…」
 “好き”と言わずに、態度で教えられていたなんて。
 ……“包容感”ってやつ………
 
 愛する者への、大事なプロセス。
 俺は…皮肉なことに、本能でそれを学んでいたんだ。
 
 恵を精一杯、優しく包み込んで。
 泣かせないように。
 怖がらせないように。
 ……どれだけそうやって、愛しただろう。
 
 そして、伝えること。
 その大事さを、嫌ってほど、解っていた。
 当たり前だ。俺がそれを欲しがっていたんだから。
 何故、こんな事をするのか。
 メグだから……愛しいメグだからこそ、そうしたいんだって。
『肌を合わせよう……メグ…』
『気持ちよくなれば、素敵なことだから……』
 心から、そう言えた。恵が俺を、変えてくれたから。
 
 
 
 怖かった俺の中の真実……見つけた。
 ……やっと過去の自分と、向き合うことができたと思った。
 
「お前がしなかったことを、俺はやった……だから受け入れてくれた」
「………………」
「メグと俺の関係は、お互いを想い合った結果なんだ……こんな事しかできないお前とは、全然違うんだよッ!」
 
 
 
「……んッ」
 また俺の中で、オッサンが震えた。
 体中小刻みに震わせるから、打ち拉がれて、何も言い返せないのかと思った。
 
 
 
 ……でも違った。
 この悪魔は、何処まで行っても────
 
 
「はは……やっぱり……」
 薄笑いを声に乗せて、両腕で抱きしめてきた。
「今更…今更って、君が言うたび……僕は希望を感じていた」
「………はッ?」
「………理解して…好き合いたかったんだ?」
 思い出したように、腰を動かし始める。
「──────!」
 
 
 
「大丈夫だよ…これからはずっと……ずっと一緒だよ……」
 


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