chapter8. take a wait  -凌ぎ-
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「…ちが……何聞いてんだッ…?」
 
 
 出入りする感触に、腰が震える。
「…お前のしたこと……取り返しなんか…!」
 
 ───アッ…!
 喘ぎそうになるのを、必死に堪えた。
 オッサンの呼吸が、ピストンと共にどんどん荒くなっていく。
 
「ハッ、ハァッ───言えなかった………言えるわけ無いッ」
 泣き声に近い、興奮したような叫び。
 
「君との年の差も、僕は怖かった……!」
 両腕を胸に回して、苦しいほど抱き締められた。
 肩口に額を押しつけて、俺の髪に顔を埋めて。
 
「でもね、今気がついたんだ……僕はこの失った6年間を、ずっと嘆いていた」
 急にゆっくり、抉るような動きに変わった。
 根本の限界まで俺の中に埋め込んで、先端を腸壁の奥の奥に擦りつけるように。
「……んッ……クッ…」
 淫猥な水音と妖しげな息遣いが、響き始める。
 
「けど……浦島太郎になっていて……ハァッ…それって6年間、僕の時間は止まったままってことだよね」
「……それが、何だよ?」
 急に何を、言い出すんだか。コイツが何歳だろうが、俺には関係ない。
「君に近づけたってことだよ……ぁあ……嬉しいなぁ」
 無邪気とも思えるほど嬉しそうな声で、笑い出す。
「そしてこれからは、ずっと……ずっと一緒なんだ!」
 熱い抽挿を繰り返しながら、何度でも抱き締めてくる。
 
「ハァッ、ハァッ……早く…グラディスを断ち切って……二人だけになろうね」
「────ッ!」
 嫌だ……
 嫌だけど、早くチェイスをなんとかしたい。それは同じ事だった。
 コイツと同行しなきゃいけないって、現実………
 
「……ンッ」
 腰のフリが再び、速くなってきた。
「ハッ……大好きだよ…克晴ッ……」
「……やめ…!」
 その言葉と息に、俺は激しく嫌悪して首を捩った。
「それを言うなッ……今は心も、伴っていないくせに!」
 
「え…?」
 驚いたように、オッサンは上体を少し離した。
 
 言ったら言ったで、腹が立つ……コイツの“愛”って、なんなんだ。
 余りに俺とメグとは、違いすぎて。
 初めて聞いたときも、怒りが湧き上がった。
「酷い仕打ちは同じだよな…ハァッ……でも…犯った後の態度が、今よりマシだった!」
 “ヤリすぎた”という、後悔だったのか知らないけど……今はその戸惑いさえ、感じない。
 
「“好き”って言っていれば……後は何しても、許されると……クッ…アッ…!」
 
 俺が叫ぶほど腰を打ち付けられて、揺さぶりも熱も、激しくなっていく。
 最後はまた、掌で声を封じられた。
「ハッ…ハッ……」
 耳元で荒い息を繰り返しながら、どんどんスピードを速める。
「……ァッ…ァアッ…!」
 パンパンと激しい肉音が響いて、内蔵を擦りながら異物が出入りする。
 体重を掛けられ、口を塞がれ、どんどん苦しくなっていく。
「わかってない……わかってないよ、克晴!」
 さっきと同じ、興奮して泣き叫ぶような声が降ってきた。
「無いわけないじゃん……僕がどれだけッ……心も愛情も全部……ほら、君の中に…!!」
「……んぁッ!」
 激しくグラインドさせて、突き上げられた。熱い液体が、俺の中に広がる。
「───クッ……」
 一番、屈辱を感じる時……。そして次は絶望だ。自分を放棄したくなる。
「あ……あぁ…ッ」
 挿れられたまま、前を扱かれた。
 括れと鈴口を執拗に弄りながら、反対の手で竿を扱き上げる。
「やめ……俺は嫌だッ……ァ……ァアッ!」
 ベッドと腹の狭い隙間で、無理矢理イかされた。
「───────」
 こんな状況で、イクなんて───
 また硬くなっていくモノを体内で感じながら、俺は細かい痙攣を繰り返して動けなかった。
 
 
 ………泣いたりはしない……哀しみも。
 
 “俺は死んだんだ”
 何度自分に言い聞かせて、諦めてきただろう。
 それなのに数回、自分のために涙を流した。
 でも、この場所を冒涜してしまった事への呵責は───
 今度こそ、自分自身を見限っていた。
 
 内側からの刺激に耐えられない、俺の身体は……どんなに否定したところで、この悪魔のモノになっているのだと。
 
 
 
 
 ……コイツの人形としてこの先、生きていくくらいなら。
 
 “恵のためなら、チェイスと刺し違えたっていい”
 万が一はそれしかない……そう思っていたけど……
 ───それで終われるのなら、それでいいか……
 
 墜ちていく闇の中で…そんなことが、俺の希望になっていった。
 
 
 
 
 
 
「克晴……起きて」
 
 揺り動かされて、朝だと気がついた。
 昨日の地獄が嘘みたいに、柔らかい日差しが室内に満ちている。
 
「出発だよ、用意して」
 オッサンはもう着替えて、スーツを着込んでいた。
 
「……………」
 ……怠い。
 自分を見ると、清められて何事もなかったようにパジャマを着せられている。
 汚してしまったはずのシーツも、綺麗になっていた。
「神父さんに、気づかれないようにね……僕だって、気を遣ってるんだ」
 俺の目線に、そんな言い訳をして悪魔が嗤う。
 
 まぶしい日差しを背に……真っ黒い翼を広げて。
 
 ───いよいよ、行くんだ。
 そう覚悟した心が見せた、幻だった。
 
 
 
 
 
「わたしの子羊……」
 
 礼拝堂に下りていくと、神父さんが俺を呼び寄せた。
 ぼやけた眩しさの中で、高い窓から光と影が斜めの筋を降ろしている。
 その光の中に、神父さんは立っていた。
 
「…………」
 神々しいまでの情景に、また罪悪感が胸を剔る。
 近寄りがたい空気で、歩みが遅くなった。
「……もっと、こちらへ」
 両手を掬い取られて、温かい掌に包まれた。
 ───プレートが…!
 強ばった俺の腕を、神父さんはそっと引き寄せるようにして、胸の位置で握り直した。
「──────」
 緊張と焦りで、身動ぎも出来ない。……俺とアイツのこと……昨日のことを…?
 
「“愛とは何か”あなたの問いかけに……」
 強張っている俺の顔をじっと見つめて、神父さんは寂しそうに微笑んだ。
「わたしは満足のいく答えを、導き出せませんでした」
「……………」
 杞憂だったのか……静かに話し出す声に、力が抜けていった。
 
 “愛って何ですか”
 思わず訊いていた、俺の堂々巡りだった疑問。
 それをずっと考えてくれていたのかと思うと、嬉しいけど……
 ────でも昨日……俺は、判ったんだ。
「あなたは、相手の幸せを一番に願うのが愛だと、言いましたが…」
「……はい」
「いろいろな形が、あると思うのです。添い遂げることも愛。護ることも愛。……自分から身を引くことも、愛……」
「──────」
 黙って頷いた。
 “添い遂げるだけが、愛じゃない”それがわかって、恵と離れる決心が付いた。
 抱き締めるのも、見守るのも、命をかけるのも。
 ただ、メグのために。
 
 
「神父さんのおかげです。本当に…ありがとうございました」
 頭を下げて、返せない恩に感謝した。
「…………」
 山崎のことを思い出す。
 恩だけ受けて、勝手に消えた。あのときも、仇で返したんだ。
「じゃ…行きます…」
 苦しくなって顔を上げられないまま、手を振り解くように神父さんから離れた。
「あ、待ってください、もう一つ…」
 大きな手が、また俺の手を包む。
「…………?」
 見上げると、哀しそうな目が見下ろしてきた。
 陽気な神父さんとは、思えないくらい……
「ただし、自分を愛することも“愛”ですよ。……あなた自身を、大切にしなければ」
「──────」
「あなたが幸せになることも、また相手への愛だと思うのです……相手を想えばこそですよ。悲しませてはいけません。……お体を、大事にしてくださいね」
 
 ───そんなこと……
 
 厚い手の平から、温かい何かが流れ込んでくる。
 “恵から離れてしまった”
 ……それ以上に悲しませることなんて、無いと思っていた。
 
「……できないときは……?」
 
 あとは巻き込まないように。
 恵のために。
 そのせいで、俺がどうなったって…もういいんだって、思うから───
 
 
 
「……諦めては、いけません」
 ぐっと握る手に力を込めて、叱るように言われた。
 
「……………」
 また見上げた俺に、今度は照れたように笑い出した。
「わたしらしくもなく、お説教をしてしまいました! フォフォッ!」
 いつもの笑顔に戻って、ジョークをきかせる。大きな身体を揺すりながら声を上げた。
 でも俺は、笑顔を返せなかった。
 最後の言葉が、よくわからなくて。
 ───何を…しちゃいけないって…?
 ……諦めなきゃ、俺はここから動けもしないのに。
 
「あなたに神のご加護が有りますように……」
「!!」
 ふわりと抱き締められた。
 頭から肩へと手を滑らせて、柔らかく腕の中へ。
「ここへ来たからには、わたしの可愛い子供たちです。……ほんとうに…自分を大切にしてください」
「…………」
 ぼわんと宙に浮いたような温もりの中で、形だけ…小さく頷いていた。
 
 もう覚悟を決めていたから。
 無茶も無謀も、敢えて挑む。
 それより、神父さんが俺に触っていては、いけない気がした。
 
 
「克晴───!」
 
 出入り口から急かす声。
 俺が側に居なければいけない相手……昨日、思い知った。
 そして、どんなに嫌だって。
 俺も───体内から黒く染まっているんだ。
 
 
「………感謝してます」
 それだけ言うのが、精一杯。最後まで、笑顔は作れなかった。
 
 
 
 
 
 空間を引きちぎるように、そこから離れて。
 隠してある車庫まで走って、車に乗り込んだ。
「グラディスがチケットを手配してくれた。指示する便に、ぎりぎりで搭乗する」
 エンジンを掛けながら、オッサンは言う。
「いくらアイツでも…機内まで追いかけてきて、馬鹿なことは出来ない」
「─────」
 緊張と覚悟で、俺は身体が痛いことも忘れた。
 今度こそ空港に、車は向かう。
 
 
 「……行くよ!」
 サイドブレーキを押し下げたその時───
 
 
 
 
 
 
 車体の後ろから、激しい衝撃。
 何人もの人影。
 アクセルを踏み込む間も無く、サイドウィンドとフロントガラスが粉々に砕けた。
 
 
 ──────!!
 
 
 俺の名を叫びながら、オッサンが被さってきた。
 飛び散るガラスから、俺を庇った……そんなことも理解する前に、ドアを開けられて大男に引きずり出された。
「克晴ッ! ……克晴ッ!!」
 オッサンも向こう側で捕まりながら、何度も俺を叫ぶ。
 
 ────逃げるんだッ…!
 
 俺を掴む大男を振り仰いだ瞬間、腹に膝蹴りを食らった。
「グッ……!」
 膝が落ちる時、首の後ろに拳を打ち下ろされた。
 
 
 
 恐怖や痛みは、そこまでだった。
 頭から布袋の様な物を、被せられて
 
 ── 一瞬で真っ暗だ。
 視界も、意識も……
 
 
 
 縛られて担がれた……そんなことすら、もうわからない───
 


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