chapter9. strange world  -異世界-
1. 2. 3. 4.
 
 3
 
「今回は、カルヴィンを連れて行く」
 
 
 腹の底にズシンと、低い声が響く。
 ……数回目の招集。
 倉庫のような船室の一角で、大男達がボスの指示を受けていた。
 
 シレン、チェイス、他幹部といった数人が、輪を作っている。
 俺も連れられて、メイジャーの右側に立っていた。後ろ手に、プレートを鎖で繋がれて。
 
 
 
 
 甲板まで逃げて、呆然となった俺は───
 結局メイジャーへの貢ぎ物として、再度捕らえられた。
 “チェイスを手下に持つ、凶悪なボス”
 どんな酷いことをされるのか……寝室に繋がれた時は、俺も最後は殺されるんだと恐怖した。
 ───でも、メイジャーは……予想外に紳士だった。
 チェイスから受けた傷が回復するまでは、何をしようともせず…。
 下着や服を与えられ、靴まで……オッサンに捕まっていた時と比べたら、よっぽど人間らしく扱われた。動けるようになった後は、常に横に置いて。船の中を、連れて歩いていた。
 
 
 
 
「積み荷の受け渡し日は、後日また連絡が入る。カルヴィン、気の利いた奴を5人選んでおけ」
「Sir!」
 筋肉の塊のような大男が、返事をした。
「オレが不在の間、船内の総指揮はシレンに預ける」
「……はい」
「今回のヤマは、ブツが半端じゃねぇ…強気で吹っ掛けてくるからな」
 重圧のある一声ごとに、部屋の空気がビリリと震える。
「こっちも、負けちゃいらんねぇよ」
 ニヤリと髭面を歪ませて笑う。
 
 
 ──異世界のボスの正体──
 麻薬密輸船の頭領……その迫力は、船内の誰をも黙らせる、オーラを放っていた。
 ひとりスーツを着込んでいるのに、一番危険な眼光で一人一人を射抜いていくようだ。
 
「チェイスの活躍は、そのデキ次第だ。それまで大人しく待っていろ」
「ハッ…変なモン、掴まされんじゃねーぞ」
「以上、解散!」
 
 メイジャーは両手を打ち鳴らして、部屋を出て行くように指示した。
「克晴」
 シレンにやっていたように、右腕に抱え込んでキスをしてくる。
「…………」
 逆らわずに、分厚い舌を受け入れた。
 メイジャーには、人に見られていようが濡れ場でさえ隠さないような、豪胆さがあった。
「行くぞ」
 腰に手をかけて、自分に寄り添わせる。
 どこに行くかなんて、この言い方は決まっている。……俺に覚悟させる。
 
「シレン、お株を取られたな。大将はすっかりお人形が、お気に入りだぜ!」
 ドアの横に寄りかかって、チェイスが笑った。
 してやったりと言いたげに、その顔に厭らしい笑みを浮かべて。
 
「お前の言ったとおりだな、チェイス」
 すれ違いざま、メイジャーがニヤリと片頬を上げた。
「一回抱けばわかる……こんなに良いとは、思わなかったぜ」
 見せつけるように俺をチェイスと反対側に抱き直して、通路に出た。
 背後では、シレンの冷たい声。
「No.2の地位は変わっていません。貴方には関係のないことですが」
 
「……………」
 舌打ちするチェイスを尻目に、俺は通路の男達を観察した。
 小競り合いや船室を見ているうちに、なんとなくここの様子がわかってきた。
 タンカーだと思ったこの船は、油送船に模した貨物船で……メイジャー率いる乗組員は、20人くらいか。
 チェイスは独自でチームを組む、その下請け的立場のようだった。
『取引先は、日本相手が多いからな。船員のほとんどは、日本語が解る』
 断片的に、メイジャーも語る。
『チェイスが話せるのは、グラディスの影響だ。アイツの手下達は、まったく喋れん。ただのゴロツキだ』
 吐き捨てるように、そう言っていた。
 
 
 
「来い」
 寝室に入ると、後ろ手の鎖を外して、服を脱がされた。
 メイジャーも豪快に全裸になると、俺の腰を引き寄せた。
「………?」
 いつもなら右腕をベッドに繋ぐのに、その気配がない。
 腕枕のように、首の下から肩を抱かれた。
 反対の腕を背中に巻き付け、腰を摺り合わせてくる。毛深い体毛を、胸や腹に感じた後……じわりと熱が伝わってきた。
「…………」
 見上げた俺の視線に気がついて、目を細める。
「克晴…ここの様子が判ったよな? 逃げられない事……オレから逃げても行き場がないことも」
 ズンと響く声が、耳元で囁いた。
「……………」
 認めたくないけど、頷かざるを得ない。……肩を竦めて、首を縦に振った。
「オレから逃げたら───」
 唇が追いかけてきて、また耳に囁く。
「チェイスの所へ戻るだけだ……それも、判っているな?」
「……………」
 俺はもう一度、無言で頷いた。
 “チェイス”と聞いて震えてしまった肩を、力強い腕が抱き締め直す。
 毛むくじゃらの熊の胸に、顔を突っ込んでいるようだ。男臭い体臭に、咽せる。
「それだけ判れば、繋いでおく必要もないだろう」
「………ん」
 上を向かされて、ねっとりとしたディープキス。
 顔中に生えている髭が、肌に当たる。上唇と顎先を、特に密集させて生やして。
 分厚い唇にゆっくりと舐られている間中、熱い息がそこに籠もって余計濃厚に感じる。
「……はぁ…」
「ふ…いい反応だ。いつもオレの側に置いておく。逆らわない限り、可愛がってやる」
「……………」
 眼の色は、深い森のような…グリーンがかったブラウン。ベッドの上にいるときは、鋭い眼光は影を潜めていた。
 吸い込まれそうな、その奥深い瞳を、じっと見つめた。
 
 逆らわない限り……そんなこと、今の俺には当然だ……。
 そして“可愛がる”は……“守ってやる”を意味することだと、判る。
 船内を歩く時、さりげなくチェイスから遠ざける位置に、俺を置く。
 
 
 ………余りに、今までの大人達と違って……
 どう判断していいのか、判らなかった。
 
 ───でも……
「ん……」
 愛撫が始まる。大きな手の平が、胸をなで始めた。
 これを強要する限り……俺には……
 
「…あッ……ん…」
 逆らわないように───でも、感じないように。
 唇を噛みしめて、声を殺した。
 シラフで喘ぎ声なんか、絶対に出したくなかった。
 
「──オマエに何があったか知らないが……これは、仕込まれた反応だよな」
 親指で突起を撫でながら、観察してくる。
「……ん……くッ…」
 息も止めて、睨み付けた。
 ゾクゾクと腰の下から沸いてくる感覚に、負けそうになる。
「こんな身体にされて…なぜそんなに我慢し続ける? このプレートは何なんだ」
 手首を捕まれて、目の前に掲げられた。
「…………」
「……ったく…何を訊いてもそうやって、首を振るだけだ……」
 溜息のように呟く。
「まあいい。………いずれ、心を開かせてやる」
「……ふ…」
 また永遠に続くような濃厚なキス……首筋、鎖骨、胸…強弱を付けて赤い斑点を散らしながら唇が下がっていく。
「あ……」
 ひっくり返されて、後ろへの愛撫。身体の大きなメイジャーの腕の中では、俺は本当に人形のようだった。
 
「…メイジャー…あれ…打って」
「……また薬か」
 
「……………」
 呆れ顔を視界の端に、俺は黙って頷いた。
 
 
 初めての時から、乱暴には扱われなかった。
 痛んだ場所を気遣うような、じっくり染みるような愛撫……。
 俺は反応するのが嫌で、いつも通りに歯を食いしばっていた。
 入ってくるモノはチェイス以上に、大きくて……壊れるかと思った。
 2回目はすぐだった。俺の反応を確認するように……
 そして3回目の時に、肘の上でゴムを巻かれた。片手を繋がれていた俺は、何をされるのか怖くて、流石に逃げようとした。
『止めろ…なにすんだ…!』
 でも容赦なく、針は血管に突き立てられた。
『痛ッ…』
『全部、薬のせいだ』
『……?』
『オマエが感じてしまう感覚も、喘ぎ声も。全て薬のせいにしろ』
 頭から抱え込まれ、メイジャーの体温と体臭の中に体が浮いていった。
『………はぁ…』
 墜ちていく絶望感の中で、俺はそこに救いを見つけた。
 打たれた薬は、局部だけ敏感にさせるのではなく、頭まで痺れさせたから。
 宙を漂う感覚。自分が誰かも判らなくなる…………ただ与えられる刺激に、反応していた。
 
 自分を保ちながら刺激に耐えるのは、余りに苦痛だったから。
 ───どうせ受け入れなければ、ならないなら………
 いっそ何も判らなくなった方が、いい。
 薬に頼って、壊れた方が…まだマシだと思ったんだ。
 
 
 
 俺は毎回、薬をねだった。
 そうでなければ…無理だ……こんなの───
 
「っ……」
 きつく縛っていた二の腕のゴムが外され、液体が押し込まれる。
 すぐに湧いてくる浮遊感。……頭がぼうっとなって、意識も視界も霞み出す。
「…………」
 無言で横たわる俺の足を、メイジャーが開いた。
「…ぁ……まだ…」
 思わず抗った。薬が完全には、回っていない。
「恥ずかしいか」
「……………」
「恥ずかしいよな、こんな姿を見られて。そして気持ちいいはずだ。性感帯を弄っているんだ」
「………んっ…」
「受け入れろ。羞恥の中に隠れている快感を」
「はぁ……」
「そうだ…オマエを見せろ」
 大きな掌が、胸を撫でる。背中をなでる。抱き締めながら、キスをする。
 恋人を扱うかのように、顎を掬い上げて……そっと舌を入れてくる。
 
「ん……はぁ……ぁあ…」
 もう俺の意識も地を離れた。宙に浮いて温かい波の間を彷徨っている。
 身体が熱い…どんどん熱くなる。
 急に途方もない快感が押し寄せて、吐精した。何かを叫んだ気がする。
 
「…克晴」
 呼ばれて、身体を俯せにされた。背後から何かが覆い被さってきて包まれた。
「あ……あぁぁ」
 もっと熱い塊が、入ってくる。俺の中に……
 
「あっ…あぁぁ…ッ……ん……んッ」
「そうだ。もっと声を出せ。凄いだろう?」
「…んっ…ぁ…すごい…」
「良いだろう?」
「…………」
 
 今までのセックスとの違いに……我慢できなくなることを、恐れた。
 強引に押しつけるのではなく、俺の中の何かを引き出させようと触ってくる。
 でも、優しい愛撫も気を遣った挿入も、一旦動き出すと野獣のように容赦が無くなる。
「あぁっ……あぁ…ッ…すご───熱い…」
 激しくピストンする衝撃、耳横の荒い呼吸……俺の全てがメイジャーの手の中にあった。
「いいぞ…締めろ……お前も熱い…」
 腸壁の奥を突かれ続けて、最後はそこから湧き出すような絶頂に導かれる。
「あああぁっ……!」
 自分の放出と共に、体毛に覆われた腕に押さえつけられて、体内に熱い滾りを受けた。
 
 
 
 
 
 
「……大丈夫?」
 シレンが心配そうに声を掛けて、いつも通り介抱してきた。
 
 初めて犯られた日は、意識を失ってしまった。
 目を覚ました時、この真っ赤な髪とグレーの双眸が俺をのぞき込んでいて……
 自分がどうなったのかを、思い出した。
 汚れた身体は清められ、パジャマまで着せられていた。
『重いね、これ。……なぜこんな物を、嵌めているの?』
 静かにアンクレットを撫でながら、訊いてくる。
『…………』
 返事のかわりに、俺も聞き返した。
『……俺の世話……なんで……』
 この人から見れば、俺の存在なんて……降って湧いた邪魔者だろう。
 ……そう思っていたから。
 チェイスからの貢ぎ物として、シレンの位置に割り込んだ……それを感じていた。
『メイジャーの命令です……仕方ないですよ』
 寂しそうに微笑して、世話をしてくれた。
 
 
 
「……………」
「君は…不思議だね。何も語らない」
 視線だけ送った俺に、綺麗なソプラノがぽそりと呟いた。
 ………声も出ない。
 薬と激しい打ち付けのせいで、ボロボロだった。俯せたまま、腕一本動かせない。
 それに───何を語るって言うんだ……。
「ボクも君と同じ…メイジャーに目を付けられて、この船に乗せられたんです」
「…………」
「4年も前にね…来た時は、君くらいだったけど……」
 濡れたタオルで全身を拭いてくれる。その手を止めて、少し口をつぐんだ。
「……あんなにされて、挫けないなんて……凄いね。ボクは、快楽に勝てなかった」
「─────」
 白い手は女性のように華奢で、身長も厚みも俺の方がある。
 こんな細い体で、メイジャーを受けているのかと思うと……
「………俺には」
 首をわずかに振りながら、声を絞り出した。
「……好きな子がいるから」
 メグとでなけりゃ、嫌なんだ……
 この気持ちがある限り、俺は何があったって誰も受け入れない。
「────」
 シレンの目が、驚いたように見開かれた。
 
「無理矢理でも……後からついてくる気持ちって……あるんだよ」
 
 それっきり口を閉ざして、パジャマを着せてくる。
 怒ったように眉を吊り上げているけれど、瞳は哀しげに揺らして。
 
 ─── シレンは…メイジャーが好きなんだ。
 ぼんやりと、そう感じていた。
 


NEXT /1部/2部/3部/4部/Novel