chapter12. smile meaningfully-それぞれの居場所-
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 6
 
 睨み上げて、反対に聞き返した俺に、メイジャーは何も言わない。
 深い緑を含んだ茶色の目が、じっと見下ろしてくる。 
 
「…………」
 そのまま片手で、背後のシレンに、何か合図をした。白い顔が頷いて、足下に移動していく。
 ────えっ……
 左肩だけ起こしているメイジャーの、脚の間に身体を埋めると、紅い頭がその腰の上で、上下し出した。 
 ─────!
 耳の横で髪を掻き上げて。無言でメイジャーの怒張を口に含んだ様子は、余りに艶めかしくて……
「克晴」 
「……あッ」
 こっちを見ろとばかりに顔を捻られて、また濃厚なキスをされた。
 今度は逃げられない。咥内を熱い舌が動き回る。頭の後ろを固定しながら、反対の腕で背中を撫で回し始めた。
「んっ、……んっ」
 分厚い横腹に密着させられた俺の腰を、更にぐいっと引き寄せる。その感触を確かめてから、メイジャーが呆れたような声を出した。
「こんな光景を見ても、オマエはいつも通りだな。何も感じないのか」
「……ハァ…」
 赤い髪が上下しているのが、逞しい腹筋の向こうに見える。シェードランプだけの明かりの中で、本当にこの光景は……。
 でも俺は、薬か直接触られる以外、反応などしたことなんか、無かった。
 ……当たり前だ、そんなの。
「感じるわけ……無いだろ」
 
 くすり……
 シレンの笑う気配。頬を上気させた顔が、起きあがった。
「克晴のエッチは、“愛、ありき”だからね」
 熱っぽい視線を、俺に向ける。
 
「シレン…」
 メイジャーの声が、また静かに何かを促した。
「…………」
 頷いて動きかけたシレンが視線を落として、まだ両手の中に包んでいるメイジャーの怒張を、愛おしそうに見つめた。
「……ボクは…今はいいです」
「─────」
「……先に、克晴を…」
 四つん這いになって這い上がってくると、口髭の上に軽いキスをした。
「……そうか」
 
 
「………ッ!」
 メイジャーは巨体を起こして、俺をベッドの中心にずらした。太股に跨って、上から見下ろしてくる。
 その腰には、天を仰いだメイジャーの大きすぎる滾り……
「“肉欲ありきの愛”も、そろそろ受け入れろ」
「あッ…」
 脚を開かされて、ごつい指の感触……1本ずつ挿入してくる。
 同時にシレンが俺の頭上に陣取って、両肩を押さえた。
「……やめ」
 なんだこれ……これじゃ、まるで……!
 絶対に無理な強姦は、しなかったのに。今になって、それはないだろ───
「………離せ…」
 焦ってシレンを逆さに仰ぎ見ると、猫の目が細められた。
 
 
「……克晴は、自分一人脱がされていたことに、泣いていたよね?」
 
「………………」
 
 
「でも、メイジャーは? ボクは? ……辱めようとしてるんじゃない。一緒に気持ちよくなりたいだけなんだ」
 
 
「シレンの言う通りだ」
「ぅあ……」
 メイジャーが胸を舐めてきた。指も増やされていく。
「あ……、あ……」
 反応なんかしたくない。そう思い続けたのは、その必要が無かったからだ。
 でも……
「オマエは…ずっとそうやって、突っぱねて生きていくつもりか?」 
「………」
「オレもシレンも、受け入れずに」 
 ───この先…ずっと………
 また胸が痛くなった。
 帰りたいけど、帰れない。放されないなら……戻れないなら……
 俺だって、何度もそう思った。
 ……でも。
 俺は恵じゃなきゃ、嫌だ……嫌なんだ。例え、二度と会えなくたって。
 そしてだからこそ、いつも思う…なんで俺なんだって───
 
「俺の必要…ないだろ……ッ」
 腹の中で蠢く指に、息を上げてしまう。
「ク……」
 息を殺して、メイジャーを睨み付けた。
「懐かなくて気に食わないなら、海にでも捨てればいい!」
 無理やりが何よりも嫌だ。それを強制するなら………
 
「克晴…!」
 咎めるような、シレンの声。
「そう噛みつくな。強引なことは、しない」
 言い聞かせるように響く、メイジャーの声。
「……はぁ…」
 上から覗き込むように宥められて、俺だけ息が荒かった。
 
 
 
「克晴…前にも、“どうして俺に構うんだ” そう呟いたことが、あったな?」 
 
「…………」
 愛撫の手を止めると、メイジャーは寄り添うように横になって、俺を片腕に抱え込んだ。
 いつものポジション。
 胸の肌の熱を感じあって、体毛に顔が埋もれる。
 ……枕元に座るシレンに、キスをしたのか。唇の触れる音と、微かな吐息が聞こえた。
 
「オマエは…例えて言うなら、深夜に降り積もった新雪だ」
 俺に視線を戻すと、顎を掬われて上を向かされた。
「…………」
 至近距離で見つめ合う……深い茶色がじっと俺を見る。
「その眼、穢れ無き信念。…潔白さが皆を、惹き付けるのだな」 
「…………」
「美しい物を見ると、汚したくなる。人間の心理だ。新雪のように、降り積もったまま輝いている雪面を見ると、自分の手で崩したくなる」 
「────」
「ましてやオマエは、顔も体も美しい。手に入れたいと、無理をするのはよくわかる」
「………」
 眉を顰めた俺に、メイジャーは口の端で笑った。
「人は誰でも、己の穢れた部分を知っている。チェイスのようなヤツは特にな……嫉妬で、オマエのその眼も汚したくなるのだ」
「……ッ」
 俺が脅えるのを判っていて、その名を口にする。一瞬で冷えた背中を、強い力で抱き締められた。
「オレは嫉妬なぞせん。その代わり、その雪面を囲う。オレだけのモノとして、独占する」
「……メイジャー」
 見つめ合ったまま。尻を撫でられて、また指がゆっくりと入ってきた。
「……ぅ…」
「誰にも触れさせない。オマエは、オレのモノだ。克晴」 
 ほぐしたそこに、熱い塊が押し当てられた。 
「誰が海になど、捨てるものか……オマエが愛しいと、何度も言っているぞ」
「………くっ…」
 肉壁を押し分けて入ってくる……シレンが濡らして、勃たせたモノが……
 ―――ぅあ……硬い……
 突き上げる圧迫感と、擦られる感覚に、胸板にしがみついて耐えた。
「……ア…」
 反応してしまった前を、掌中にされた。こうなると、わだかまりや違和感を訴える所じゃない。
「……はッ……はぁッ…」
「力を抜け……」
 片脚を抱え上げて、抜き差しを繰り返しながら、太い肉棒が全部俺に埋まった。
 ──── クゥ……
 この男はもう、オッサン以上に俺の身体をわかっている。
 俺がどんなに嫌がっても、抗っても、……すぐに高みに連れて行く。内側も外側も、全てがメイジャーの手の中だった。
 
「克晴…せめて、良い声を聴かせてくれないか」 
 ───冗談……
 皮肉な笑いすら、返せない。
「…………ッ」
 大きな手は、あくまでも優しく。歯を食いしばっている俺を、呆れ顔で笑う。
「泣かせたくは、ないのだが…」
 言いながら、腰を早められた。腹の裏を突きながら、入り口を擦り上げる。
 
「ぁッ…ぅぁあああッ……」
 
 泣き声どころか……俺は悲鳴を、上げていた。
 いつもより大きい質量と硬度に、耐えられなくて。表に裏にと返されながら、最後はバックから激しく突かれた。
「…はッ…あッ……ぁあッ……」
 必死に身体を支えて、両腕はベッドに肘を埋もれさせて。
 そのために無防備に晒している胸を、シレンが逆さから弄くった。そうしながら身体を乗り出して、俺の背中の上で、メイジャーとキスしている。
「や……アッ…」
 ビクンと揺れてしまうのを、上の二人だけで楽しんでいた。
 突き上げる激しさに、俺は口も閉じれない。沸き上がってくる絶頂感、高みを目指す快感に呑まれそうになりながら、声を上げ続けた。
「……イクぞ…克晴」
「……クッ…んぁああッ…!」
 扱くのも早められ、一際奥を突かれて────
 体内に熱い液体を感じた。数回の脈動と共に、大量に注いでくる。
 ───イクッ……!!
 俺も、メイジャーの手の中で吐精した。シーツに思いっきり、白濁を飛び散らせて。 
 
「…ハァ……ハァ……」
 その上にドサリと俯せてしまい、動けなくなった。
 ───怠い…… 
 このまま、眠ってしまいたい。
 襲ってくる嫌悪感に、どうにかなってしまいそうで、怖かった。
「ぅ……」 
 ズルリと抜け出る感覚……メイジャーが体を離すと、また添い寝のように、俺を抱え直した。
 汚れなど、まったく気にする様子がない。
「克晴」 
「……………」 
 いつものように、力を込めて抱き締める。俺の嫌悪を判っているから……
 
「克晴……何か、違った?」
 シレンが凛とした声で、静かに訊いてきた。
 俺の頭に、そっと手を置く。
「受け入れられる突破口を、見つけてくれたら……」 
 
「……………」
「ボクたちは、素敵なファミリーになれるよ……必ず」
 
 ───ファミリー…
 俺の琴線に触れる、言葉だった。
 咽せるようなメイジャーの体臭と体温に、くるまれて。複雑な安定感に包まれながら、それを心の中で繰り返した。
 俺が、頭と背中を抱えられるのが、一番落ち着くってこと……それをメイジャーはすぐに、見抜いていた。
 俺だって、オッサンに気付かされて、最近知ったばかりなのに。
 
 ……そうだ、俺はやっと判った事があった。
 この単語のおかげだ。
 メイジャーに感じる安定感。オッサンに感じた、あの気持ち……
 それは……
 
 
 
「シレン、オレを父親扱いするんじゃないぞ」
 
 
 メイジャーが、低い声で笑った。
 
 ───────!
 ……驚いた。
 まるで俺の思考を先回りするような、言葉だったから……。
 
「ふふ…まさか…」
 シレンもおかしそうに、笑う。
「貴方は、ボクの…素敵な……」 
 愛おしそうな声…その続きは、メイジャーの舌に絡め取られていた。
 ……今度はシレンの番だ。
 怠いけれど、ベッドを降りたかった。
 
「克晴、何処へ行く」 
 抱き締めている腕が緩んだ隙に、俺はそこから抜け出ていた。
「………いつもの場所」
 掴まれた肩越しに、横目で答えた。
 俺がこれ以上、ベッドにいる意味がない。真横で見させられるなんて、まっぴらゴメンだった。
「───まったく、どうしたら懐くんだ…こいつは」
 黒い髪を掻き上げて、メイジャーが溜息をついた。呆れたような笑い顔で。
 オールバックがほつれて、毛先が乱れている。そのシルエットは、黒いたてがみの様に見えた。
 
 ……黒いライオンだ………
 
「………なんだ?」
 俺の目線に、今度は不可解そうに眉を上げた。
「Black Leo…グラディスが、メイジャーのことを…そう呼んでいた」
「ああ、あの男の嗜好の一つだ。美学と言うのか…何かに見立てては、そのネームを好んで使う」
 
 ───見立て……それで、俺は人形やペットか…!
 
「好き勝手呼ぶのはいいけど、でも…俺はドールなんかじゃない」
 嫌な記憶まで呼び起こされて、気分が悪くなった。
 ベッドから降りかけのまま、まだ俺を掴んでいるメイジャーを睨んだ。同じように思うなら、間違っている。
「ハハ、そうだな、こんなに言うことを聞かない人形はない」
 低く声を響かせて、笑い出した。
 
「“懐く”なんてのは、表現のひとつだ。馴れろと言えばいいのか? オレとしては、惚れさせるつもりだが」
 
「………………」
 恥ずかし気もなく、そんなことを口にしだして。
 肉欲ありきの愛、なんて……先に身体を奪われて、痛みは生々しく疼いている。
『あとから付いてくる愛も、あるんだよ』
 ……シレンは、そんなふうに言ったけど…… 
 
「克晴…オマエ流の納得の仕方でいい。ここで生きることを……オマエの居場所を見つけろ。そのための理由を作れ」 
 
「──────」
 
 
 
 低い声が、心を震わす。重低音の効きすぎた、サウンドのように。
 ……それが、惑わされたような錯覚を起こすんだ。
 メイジャーの声が、心に届いてくるような錯覚───
 
 この声と腕に、俺は包まれすぎた。
「……………」 
 見つめ合う瞳に、吸い込まれていく。
 ─── クッ……
 半端に腰掛けたベッドの端で、シーツを力一杯握った。
 
 これは……
 デッキの上で感じたのと同じ、不安定な気持ちだ。
 メイジャーという世界を、俺はどう捉えていいか……判らない。
 受け入れて良いと、心がどこかで許しているのか。
 受け入れようとしているのか。
 ……それを探ると、胸が痛み出す。俺の中のメグが、泣くんだ───
 
 
 
「………克晴」
 シレンが、俺の代わりのように、悲しい声を出した。
 
「カルヴィン…容赦がないね、凄い痣だ」
 話題を変えるように、俺の腹を見て笑みを零した。
「………ああ」
 俺も自分を見下ろして、やっと気が付いた。軽く当てられた肩や胸まで、赤黒い痕が付いていた。
「ゆっくりでいいよ、この痣がじわりと消えていくように……」
 白い手を肩の痣に滑らせてきて、もう一度微笑む。
 
「だってメイジャーは、絶対に君を離さない。時間はいくらでもあるよ」
 メイジャーにまで、語りかけるように小首をかしげて。綺麗な笑顔を作った。
 ───シレン……
 俺はそれをジョークとして、笑っていいのか……
 そんなことを考えた時、急に隣の部屋が騒がしくなった。
 
 慌ただしい足音が近付いてきて、ドアを激しく叩く。
 
「ボス……取り込み中、済みません……!」
 
 カルヴィンの叫び声が、合わせて響く。
 そのただならぬ気配に、メイジャーがすぐに反応した。
「なんだ? 早く言え!」
 
 
 
「それが─── チェイスが、甲板で仲間をリンチに……」
 


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