先輩と内緒シネマ
 
3.
 
「……なに?」
 
 
 
 
 
 ───夏休み最後の日の、加藤の呼び出しに……
 行かないわけには、いかなかった。
 
 結局僕は、言われた場所に出向いていた。
 上背のある加藤は目立つ。
 降り立った駅の改札口で、ぼさっと立っているだけでも、すぐ判った。
 ぴっちりTシャツの上に、軽く半袖シャツを羽織って、スリムストレートのデニムパンツ。
 ──同い歳なのに……
 加藤は、板谷先輩たちと一緒の方が、絵になると思った。3年で通用する。
 それに比べて、自分は中学生に間違えられたかと思うと…悔しい。
 ……くっそー!
 あの変なおじさんに腕を掴まれて、怖かったのを、思い出した。
 それは、試写会の後に加藤に押さえ付けられた時にも、感じた。
 ──こんなヤツに、脅されたって負けない!
 何されたって、負けない!
 キスしてきた時の、ドアップも思い出した。
 加藤の顔を直視するのが、ちょっと恥ずかしかったけど……精一杯、睨み付けた。
 
 
「──ちょっと、歩こうや」
「………………」
 加藤は、そんな僕に取り合わず、歩き出した。
 僕も用心して、後を着いて歩いた。
「俺、映画監督になりたいんだ」
 加藤は、将来何になりたいか、なんて話しを唐突に喋りだした。
 僕はそれどころじゃないのに。
 だいたい、なりたいモノなんて何にもない。
 ───でも……監督?
「カメラマンじゃ、ないの?」
 思わず、訊き返した。
「ああ、カメラは楽しい。だけど…撮るための材料を用意していくのは、もっと楽しいことがわかった」
「………」
 映研の合宿を思い出した。みんながそれぞれの持ち場で、仕事をこなしていく。
 それをまとめ上げて、完成させていく……。
 確かに、僕もその一員になって、ちょっと楽しかった。
「うん………」
 頷いた僕に、加藤は足を止めて、向き直った。
 無表情の目が、じっと僕を、眼鏡の奧から見降ろしてくる。
 
 
「そのためには、どうしても…お前が必要だ……リオ…」
 
 
 ────────!!
 さぁっと、顔から血の気が引いていくのを感じた。
 来たか! と思った。
 しかも……将来?
 そんなオオゴトの話しにして……。
 それ以上は何も言わない。ただ、じっと見下ろしてくる。
「─────ッ」
 この、無言の圧力で、僕にどうしろってんだ!
 ”従います”って、言えばいいのか!?
 僕は両手を握り締めて、拳を振るわせた。
  
「やっぱ卑怯もんだ、加藤は!」
 
 悔しくて、そう叫んだ。
 そんなヤツじゃないと思ってた。
 もっと真っ直ぐだと思ってたんだ
 ……部活にも、僕にも!
 そう思いたかった。
 こんな卑怯な言い方をしないなら、僕だって…そう思ってたのに。
 でも───
 やっぱ、来なきゃ良かった!
 
「僕……帰る!」
 加藤なんか、大っ嫌いだ!
 
 踵を返そうとして、腕を掴まれた。
 ─────!!
 そのまま加藤は、立っていたすぐ横の家の鉄門扉を開けて、僕を中へ引きずり込んだ。
「───!?」
「ここ、俺んち」
 冷たい声で、一言。
 あとは強引に引っ張られて、二階に連れて行かれた。
 
「やっ……加藤!?」
 ベッドに押し倒されて、心底恐怖した。
 ヒモで手首を括られて、ベッドに縛り付けられて……。
 まさかと思ったことが、本当に起こっていた。
 
 ───加藤は、ほんとに自分でAVを撮り直す気なんだ!
 僕の恥ずかしい映像を撮って、言うこと聞かせて……!
 
 そう、実感したとき、僕はやっと現実を受け入れていた。
 ───こんなことするなんて、やっぱりアレを観てるんだ……
 
 悔しくて……悲しくて……、視界が滲んだ。
 
 ───もしかしたら、加藤は観てないかも……
 ───もしかしたら、加藤は卑怯じゃない……
 
 ………そんなこと、僕は必死に、祈ってたんだ!
 
 先輩の馬鹿! 加藤のバカーッ!!
 何で、ハッキリ言わないんだよ!? 
 
 
「……加藤、アレ観たんだよね!?」
 冷たい目で見下ろしてくる加藤に、喚いた。
「……ほんとに、見せるなんて……」
 悔しくて、とうとう涙が零れた。
「あんなの、約束でも何でもない…あんなので脅したって…」
 泣きながら、加藤を睨み付けた。
「今更また恥ずかしいビデオ撮ったって、僕は絶対やだかんねっ!!」
「………リオ?」
 眼鏡の奧が、怪訝そうに細められた。
 卑怯モン! 卑怯モン! 卑怯モン!
 心がそうさけんで、止まらない。
 こんな恥ずかしいことで脅してくるなんて……”この”加藤が、”映像”をその手段にするなんてッ…!
「僕は従わない! ………卑怯もの!」
 ぽろぽろと涙が零れていく。
 加藤に泣き顔を見せるのもシャクだったけど、どうしようもない。
 頭上で括られた手首にも腹が立つ。
 唇を噛み締めて、睨み続けた。
 
「……勘違い、すんな」
 
 聞いたこともない、冷たい声が響いた。
 
 
「俺は…お前が欲しいだけだ」
 
 
 ゆっくりと……加藤はそう言った。
 ─────────!?
 反射する眼鏡のせいで、その奧が見えない。
「………かとう?」
 
 ───あッ!
 
 表情を読む暇もなく、僕のシャツが捲られ、胸に顔を押し付けられた。
「…っや……ぁああ…!」
 その勢いで、下も全部剥ぎ取られた。
 ────うわぁッ……!!
「やッ……やだ………やめて、加藤……」
 僕は恥ずかしいのと恐怖とで、涙目になりながら加藤を睨み上げた。
「……リオ」
 唇を押し付けてきた。
「んんっ……」
 ──────!?
 これ、キス!?
 あまりに、佐倉先輩の動きと違って、僕は戸惑った。
 ねじ込んできた舌は乱暴で、恐怖だけが増した。
「やッ…やめて……加藤ッ!!」
 全身を撫で回してくる手も、乱暴だった。
 必死に叫んでも、全く聞いてくれない。
 それでも、敏感なところを触られると、身体が震えた。
「ぁあっ……やぁああ……!!」
 萎えてちっちゃくなってる僕のも、無理矢理揉まれて、辛かった。
 ───痛ッ…
「リオ……羨ましいって言ってたろ。板谷部長のこと。……親友っていいなって」
 加藤の興奮した声が、耳元で響いた。
 同時に、胸の尖りを摘まれた。
「んぁぁっ………やぁ!」
 ───待って……加藤、……待って!!
「俺、リオとそうなりたいんだ」
「─────!!」
 あれは――だって、あれは親友なんかじゃない! それ以上だったんだ!
「し……親友って、こんなこと、しないよねっ!?」
 喘ぎで、上手く喋れない。
 冷静になって欲しくて、夢中で叫んだ。
「んんっ──」
 また酷いキスで口を塞がれた。
 ───苦しい!
 その後タオルを噛ませられて、握った掌と唇で扱かれて……
「……んんっっ…ぁあああ……!!」
 僕は、ムリヤリ加藤の口にイカせられた。
 ───酷い! なんで、こんな……!!
 
 
「……………」
 僕は傷ついて、ただ泣いていた。
 タオルの奧で、嗚咽を噛み殺して。
「リオ……」
 目を瞑って泣き続ける僕に、加藤が囁いてきた。
「俺は、脅して入部させようなんて…もう思ってない」
「………………」
 ───やっぱ、そうだったんだ…。
 ……でも、もう知るか! 加藤なんて、大っ嫌いだ!
 ショックで、ずっと涙が止まらない。
 加藤の低い声は、響き続けた。
 
 
「これで嫌われても、親友どころか、ダチでなくなってしまっても…」
 
「……お前が欲しいんだ」
 
 
 ────────ッ!!
 
 ──さっきも言ってた…。
 ………”欲しい”って…なんなんだよ。
 僕は薄目を開けて、加藤を視界の中に捉えた。
「……………」
 表情からも、その真意を探ろうと思ったんだ。
 真っ直ぐ見下ろしてくる加藤の顔が、すぐそこにあった。
 
 
「……その顔、俺だけがファインダから見つめて、独り占めしたかったんだ」
「…………………」
 
 
「俺……お前が好きみたいだ」
 
 
 ─────────!?
 なに? ……もう一回!
 そう、問い質したかったのに……
 
「んんッ……んん───っ!!!」
 強引に愛撫を再開しだした。
 脚を開かされ、後ろに舌を入れてくる。
 板谷先輩に敏感にされていたそこは、加藤の動きにも、反応した。
「んんーーッッ!!」
 指も入ってくる。僕は、背中を仰け反らせた。
 ──アッ……あぁぁ…!
 そして加藤は、自分の滾ってるモノを取り出して、僕の後ろに押し付けた。
 ──熱い!
 そう思った瞬間、襲ってきたのはありえない衝撃……
 ──痛ッ!
 強引に……探りもせず、引き返しもせず、ひたすら押し込んでくる。
 ───痛い! 痛い! 痛いーー!
 引き裂かれるような、鋭い痛み。ムリヤリ異物が入ってくる圧迫感。
「ンッ、ンン――ッ」
 それ自身が熱を持って、単独の生き物みたいに力強く押し入ってくる。
 あまりの痛みに、気が遠くなりそうだった。
 ────イタイ…………
 
 全部押し込みきると、加藤は動きを止めて、僕を抱き締めた。
 ────あ……
 落ちかけた意識が、ふわりと掬われた気がした。
「リオ……」
 耳にそっと囁かれた。
 ───ッ!
 痛いのに……腰がゾクリとした。
 
 ───熱い……僕の中の、カトウ……
 
 ”バックバージンは奪わないよ”
 先輩たちが、何度も言ってた。
 ───これかぁ……
 
 バイブなんかとは、全然違う。……指とも違う。
 
 ──今の加藤が、僕の”初めて”だ───
 今、僕の中に入ってる、熱く脈打つ物体………
 
 トクン、トクンと、脈を感じるほど興奮してる。
 ……僕も。
 心臓の音、聞こえてしまうんじゃないかってくらい、ドキンドキンって…脈打ってる。
 
 繋がった部分が、身体のほんの少しの揺れでも、敏感に反応して… 
 密着した腰が、抱きしめてくる加藤が……熱い………
 先輩に感じた体温とは違う…なんかもっと、もっともっと……熱いよ…
「リオ……」 
 また耳に囁きながら、口のタオルと、手首の拘束を外してくれた。
 ………はぁ………
 手が上に上がったまま……ズキズキする手首をさすることもできないまま──
 僕は、加藤に抱きしめられていた。
「………ぁあっ……」
 加藤が動き出した。
 背中に腕をまわして、胸と胸は密着させたまま、腰を前後し出す。
 ………痛ッ!!
 ──やっぱり、痛い。さっき切れたのかも。
 ──動きが強引すぎる……
「いたっ……痛い……加藤…!」
 我慢できずに、声を出した。
 腰を突き上げてくるたび、仰け反って、痛みに耐えて。
 息を吐くたび、痛いと呻いた。
 それなのに、加藤のヤツ……
「熱い……リオの中……」
 僕を頭から抱え込むように抱き直して、耳元で囁く。
 どんどん動きを早めていく。
「…ぁッ…ぁああッ……!」
 思わず声を上げた。その声に反応するように、ますます腰を進める。
 
 ────うあッ! い……痛ッ! …痛い!!
 ちょ……かとう! ……何で聞いてくれない!?
 
 頭も顔もみんな、加藤の腕の中。
 叫ぶ声は、掻き消されている。
「痛ッ……痛いッ……! ……バカッ……加藤のバカッ……!!」
 密着した身体の隙間で、大声を上げた。
 それでも、加藤はまったく動きを緩めてくれない。
 耳元で熱い吐息だけが、ずっと聞こえる。
 …ハァッ………ハァッ………ハァッ………
 そして、時々囁く。
「……リオ………リオッ……」
 
 ───加藤………
 頭を押さえ込む手に、頬に押し付けられた胸板に、ドキドキする。
 痛い…痛いけど…………
 抉られる内側は……
 ………あ、……うぁ……
 
 僕も身体が、腰が……熱くなっていった。
 痛いだけだった感覚の中に、息の弾む何かを感じ出す。
 
 板谷先輩に、気持ちいいことされて……
 バイブやローターは、すっかり僕の奥を”開拓”しちゃっていたんだ。
 
「リオッ……リオッ……」
「ん……はぁ……ぁああ……ぁああッ……」
 
 漏れだした喘ぎは、止まらなくなった。
「……あッ」
 僕の声に、加藤が大きくなるのが判った。
 出入りがキツイ……
 
 すっかり反応して勃ってしまった僕のも、また掌中にされた。
「んっ……や、…もっと、優しく……」
「もっと、そっと……うごかして……」
 加藤が何か動くたびに、乱暴で痛い。
 でも、訴えてみても、聞こえてなんか無かった。
 
「…ぁあっ! …ぁああ……ぁああ……」
 どんどん早くなる加藤の動き。
 打ち付ける衝撃も激しい。
 ──ハァッ…ハァッ…ハァッ……
「リオ……リオ……リオッ……」
 耳に押し付けてくる加藤の息遣いと、僕を呼ぶ声。
 
「あッ…あッ…、かと……かとうッ……」
 
 僕も、喘ぎで応えていた。
 腕の中で仰け反って、両脚を最大限開いて、打ち付けを受け入れて……
「……んっ……」
 時々呼吸を塞ぐように、キスもしてくる。
 僕は、一生懸命その舌も、受け入れていた。
 
 
「んぁ……あぁッ、…ああぁッ!!」
 扱きが早くなった。
 
 
 ………気持ちいい……も、ダメ……
 ───いく! ……イク…イクッ…!!
 
 
「ぁあッ………かと……イクッ…!!」
 
 
「………リオッ!」
 ぎゅぎゅっと抱きしめられて───
 
 
 ドクンッ!
 
 
 加藤の手に、熱い白濁を飛び散らせた。
 心臓が破れるかと思うほど、全身が震えた。
 
 ───あぁぁ………あつい……!!
 
 体内で、加藤を感じた。
 放出した熱も……痙攣する、小刻みな震えも……
  
 ──ハァッ…ハァッ…ハァッ…
 
 抱え込まれた胸の中で、耳に響く荒い息。
 もう、僕のか加藤のか、わからない………
 
「りお……」
 少しだけ顔を起こした加藤は、軽いキスをくれると、僕の胸まで身体を下げた。
 ぐったりと胸の上で、脱力している。
 まだ、僕の中に入ったままで………
 気が遠くなりそうな中で、その感覚がかろうじて、僕に意識を保たせていた。
 
 ………あの時の、佐倉先輩みたいなカオ、してんのかな……僕……
 
 ソファーで横たわっていた、上気した顔。
 ──終わると、すぐに寝込んじまう──
 そう言って、愛おしそうに髪を梳いてあげてた板谷先輩。
 
 思い出して、なんだか胸が痛くなった。
 
 
 目線を降ろすと、満足そうな加藤のカオが、僕の胸で一人、ニヤけていた。
「……………」
 まだ繋がったままの加藤は、時々動いては、僕を震えさせて……
 きっと裂けてしまったそこは、いまもズキズキと痛いのに……
 
 ───なんか、腹立ってきた。
 僕は無意識に、加藤の雑な動きと板谷先輩を、比べていた。
 経験とか、テクとか、そういうのとはまた別で───。
 板谷先輩が僕を、どれだけ丁寧に扱ってくれていたかが、今、判ったんだ。
 合宿の時も、あのアパートでも……。
 それは、佐倉先輩も同じ。
 ………その心を思うと、なんでか、やっぱり胸が痛かった。
 


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