chapter5. absolute shutout -鎖された心-
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それにしても……。
最近の天野は、元気が無さ過ぎる。
いつも疲れている感じで、やつれてきた気がする。
「飯、ちゃんと食ってるのか?」
「うん。自分で、おかず取れるようになったんだよ」
なんて、笑ってるけど。
「………」
俺は、天野の笑顔にまた、ドキドキしてしまう。
痩せて、面長になってきた顔。
目線、唇、……指先の動きまで……変に、色っぽいんだ。
こんなふうに思うの、俺だけなんだろうか。
「……ちょっと、休憩……」
放課後、下校中の道ばたで、天野がガードレールに寄りかかった。
……まただよ。
「大丈夫なのか?」
ここ2,3日、頻繁にそんなことを言うようになった。誰が見たって、心配するだろ。こんなの。
でも天野は、“平気”の一点張りだった。
「気にしないで」
力無くそう笑う顔に、訳のわからない不安が、込み上げてくる。
こんな変な笑い方、以前はしなかった。
何があったって、どんなに泣きそうだって、最後は「克にい」がキーワードで元気になった。克にいを見ている限り、天野の道は、真っ直ぐ前にあったんだ。
でも……。
なんだか今の天野は、糸が切れた風船のように頼りない。ふと視線を落としては、顔が陰る。
そこにいて、笑っているのに──いないような気がする。
なんで…こんな哀しい顔をして、笑うんだ。
「天野」
いつも通り、俺は天野を呼ぶけど。
「……なあに?」
ちょっと遅れて返ってくる、返事。ゆっくり、慎重にしゃべる。
“霧島君!” って、もう全身でぶつかってはこない。一歩引いて、俺のエリアの外に、身体を置いた。
俺の言葉が、どこまで届いているのか──
俺の心配を鬱陶しがるように、「なんでもない」しか言わなくなった。
なんでなんだ。
ここにいるのに。
───もう、抱き締められない。
「天野、最近、変じゃないか?」
思い切って、聞いてみた。
もしかしたら……違うかも知れないけど、もしかして、やっと天野に“その時”が来てて。 あの時の俺と同じように、眠れなくて悩んでいたら───
今更ながらそれを思い出して、心配になったから。
克にいがいたら、問題なかっただろうけど。
でも、今は…。
そのことなら、俺はもうわかる。だからもし、そんなことが原因で、こんなに落ち込んでいるんだとしたら。
……俺でも助けになれると、思ったんだ。
「俺の方が、ちょこっと先に、知ってることもあるかもしれない……だろ?」
俺に言うだけ言ってみないかって。
言葉にはしてみたけど、最後は恥ずかしくて赤面してしまった。
「…………」
天野も顔を赤くして、下を向いた。
───あれ…俺の言ってること、判ってるのか?
チャイムが鳴ったので、話しはそれ以上できなかった。でも天野が心配で、ちっとも目が離せなかった。
───今日の天野は、特に変なんだ……。
その日、天野が嘘を付いた。
なかなか帰ってこないアイツを心配して、俺は近いトコから、全部のトイレを探した。どこにもいなかった。
別に…トイレの後、どっかに行ったなら、それでいいんだけど。
……どこに、行くっていうんだ?
授業に遅刻した俺は、「便所」と言い訳して(ホントに行ってたんだけど)みんなに笑われた。
でも俺は、壁際の机がまだ空席なのが気になって、それどころじゃなかった。
天野……まだ、戻ってきてないのか。
何処に行っちゃったんだ。
「………あ、すみません。ちょっとトイレ長くて」
すぐあとから、戻ってきた天野がそう言った。
───え?
連チャンだったから、みんなの笑いが止まらない。
───でも俺は、知ってる。あいつはトイレになんか、いなかった。
俺は、嘘を言った天野に驚いて、その顔を見つめた。
戸惑っている視線と、ぶつかった。
何でかわからないけど……腹が立った。
自分の席に着く天野を、きつい視線で睨み付けてしまった。
その嘘は……みんなに?
それとも、……俺に?
でも、天野が教科書を読み出したら、そんなことは全部吹っ飛んだ。
──!! …………何だ?
思わず、斜め前方の天野を見た。
立っているのもやっとのように、震えている。
天野の読み出した、その声……その息遣い……それは、まるで───
周りを密かに見回してみても、特別変な顔をして天野を見上げる奴は、いない。
それには、ちょっと安心したけど……。
でも、聞くに堪えない。
いつまでも、こんな声を出させては、いられない。
なにやってんだ、天野!
「センセー、俺! 次、オレ!」
俺は咄嗟に手を挙げて、立ち上がった。
天野の声を掻き消すように、激しくイスの音を立てて。注目が俺に来るように、戯けた。
「次は俺なんだから! は・や・く~!」
自分でも馬鹿馬鹿しいとか思いながら……天野がめちゃくちゃ無理してるようで、また腹が立ったんだ。
具合が悪いのは、しょうがないとしてさ。
だったら、こんなトコに居るなよ。
───そんな声、みんなの前で出すなよ!
入れ違いで座るその顔を、思わずまた睨み付けてしまった。
「天野!」
授業が終わって、駆け寄ってみると、やっぱり変だ。真っ赤な顔をして、かなり汗を掻いている。
「おまえ、どこにいたんだよ!?」
あんまり遅いから、トイレで倒れてんじゃないかって、思って。それなのに、どこを探してもいない。
かき消えたみたいに、居なくなっちゃって……。ホントに、心配したんだ。
「なかなか戻ってこないから、心配になってめちゃくちゃ探したんだぞ!」
怒りさえ湧いてくる気持ちを抑えて、問いつめた。
驚いた表情で、俺を見上げた天野。
じっと俺の目を見返して来て、また…あの寂しい笑顔。
「……ごめんね」
俺を見上げて、真っ直ぐ見上げて。
…そして。
─────!?
微笑みながら、その目から、涙が零れた。
ぽろぽろぽろぽろ……
大粒の涙がこぼれ落ち、一筋、二筋と、頬に跡を付けていく。
………天野!?
瞬きもしない。溢れる涙で、ゆらゆら…その瞳が揺れる。
「さっき、助けてくれて……ありがとう」
絞り出すような、声。
……助けて?
「……ああ…。いいよ、そんなの」
俺はつい、赤くなってしまった。あんなの、俺が嫌だっただけだ。
横の壁と自分の身体で、天野の顔をみんなから隠すように挟んで立った。
「───それより、天野……どうしたんだよ、本当に」
その顔を見つめ直す。
どう見たって、変だ。教室の中で、こんないきなり泣き出すなんて。
こんな、笑いながら泣くなんて……
「何処行ってたんだ……なんでそんな顔して、泣くんだよ?」
天野は首を振るだけだった。
何も言わない。俯いてただ、涙を零している。
───天野……
胸が痛くて。
なんで、こんなに哀しい顔をするのか。なんで、何も言ってくれないのか……
俺は、また抱き締めたい衝動に駆られた。
近くて遠い…
ここにいるのに、いない天野を繋ぎ止めたくて。
「あまの……」
無意識に手を伸ばしていた。
「────!!」
触れた瞬間、電流が走ったように、ビリッと空気が弾けた。
───なんだ!?
驚いて、手を引っ込めてしまった。
「……天野!?」
「……なんでもない」
俺の心配なんて関係ないみたいに、ゆっくりと立ち上がりながら。
天野は静かに言った。
「保健室、行ってくるね」