chapter10. dropping a word -零れた言葉-
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「いいか? メグ…」
「……うん…」
真剣な克にぃの顔に、僕も息をのんだ。
「イヤだったら、嫌って、ちゃんと言うんだぞ」
「うん」
「あとで泣き出すんじゃ、それはホントは嫌だったのに、我慢してたってことだ」
「………うん」
「それって、兄ちゃんがメグに無理させたってことだ。イヤなこと、押し付けたんだから」
「………うん」
「そんなの、兄ちゃんもメグも、二人とも辛いだろ?」
「………うん」
青と白の波の上で、僕と克にぃは、向かい合って、うずくまっていた。
克にぃの手が、僕の両肩をぎゅっと押さえて、痛いくらい。でも僕は、克にぃの言葉の意味を分かろうとして、ひっしだった。
「ぼく……僕のせいで、克にぃが僕に謝るの、もうやだ」
「…………」
「僕、ちゃんと言う! ……ヤと思ったら、ちゃんと言うから!!」
首を伸ばして、間近の克にぃの顔にもっと、近寄った。
「大人の儀式、して!」
「メグ………」
真剣だった克にぃの顔が、優しく笑った。
「克にぃ………」
僕も微笑む。そして目をつむった。
「………ん」
温かい克にぃの唇が、僕のに押し当てられる。優しく何回も、当ててくれる。僕、コレが大好き。
息を止めないように、鼻から吸ったり吐いたりするんだ。僕が苦しくなっちゃうと、克にぃ、止めちゃうから。
ずっとずっと、“キス”しててほしい。くすぐったいけど。
時々口の端を、なめられたりする。
「ひゃあっ!」
笑っちゃって、僕からだいなしにしちゃう。やぁ、もったいない!
「克にぃ、もっかい! もっかいキス!」
僕がねだると、困ったように笑う。
「メグ、キスもいいけど、先に進まないよ?」
「………う~」
それも、いやだ。僕はあきらめて、克にぃの言うとおり、裸になって横になった。
「メグ、初めはみんなイヤだって、感じるものだから。何がイヤか言ってみて」
「………うん?」
……イヤなこと、なんでするんだろう。
新しいことするとき、僕はドキドキしていろいろ考える。ひとつ、大人になった気分で。
「………あっ!」
大きい声が出ちゃった。びっくりした。克にぃが僕のからだを、いきなりなめたから。
「……や?」
心配そうに、顔を上げて聞いてくる。
「………ヤじゃない。びっくりした」
目をまんまるにしちゃってると思う。僕。
「びっくりしたのか」
笑い出す克にぃ。
「ごめんね。これから何をするか言ってから、やるね」
「……うん」
克にぃの指が、僕の胸をさわった。
「うぅ……」
「くすぐったい?」
「うん……たぶん」
「ここをね、なめるから。ビックリしないで」
「……うん」
僕はドキドキした。さっき、いきなりくすぐったかったから、ビックリした。
でもホントは、克にぃの口が温かくて、心臓が飛び跳ねたんだ。
また、あれが来るのかと思うと、ドキドキする。
「嫌で嫌でしょうがなかったり、辛すぎて泣きそうなときは、ヤメテって言うんだぞ」
「うん!」
「イヤな事はイヤ! って言えるのも、大人になるための大事なことだから。そういうの、勇気って言うんだ」
「……ゆうき?」
「そう、強い心がないとダメで、自分や相手を守ろうと思わないと、出てこない気持ち」
「………?」
わからなくなっちゃった。時々難しすぎて、僕はコトバの迷子になる。
克にぃはすぐに分かってくれて、優しく笑ってくれた。
「いつか判るから、そんなのいいよ。とにかく、今我慢すれば、なんて思ってウソつくのは、ナシな」
───ウソ!? ……うそなんか、絶対つかない!!
「うん! 僕、がまんしない。あとで克にぃと泣くの、やだもん!」
僕は今ここで、泣きそうになってしまった。
「……メグ」
「ん…」
また優しく、キスしてくれた。
「約束な」
よしよしと頭を撫でてくれて、僕は嬉しかった。
「うん! 克にぃ、約束! やくそく~!!」
“約束”
それは“秘密”の次に、大人になるための、魔法の言葉。
胸をなめるのは、くすぐったくて。
僕は笑い転げて、克にぃは泣き笑いみたいで、なんだか変な夜になっちゃった。
それを何回も、くりかえして……。そのうち胸だけじゃなく、体中なめてくれた。
僕が気持ちいいって言うと、克にぃは自分の事みたいに喜んでくれた。
後ろに指を入れる前、お薬を使わないで、克にぃがなめるときがあった。
それは“辛い”と思って、嫌だと言えた。そして僕が忘れた頃、またくりかえす。
「あれ、やってみていい?」
って、必ず聞いてくれるから。その声に、僕も真剣に応える。
「うん、頑張る!」
「頑張らなくていいから、力抜いてて」
いつも笑う、克にぃ。ぜったい僕に、ムリさせない。
僕は自分で選んで、自分で克にぃのやってくれることを、体に染みこませた。
「くすぐったい感覚じゃなくて、兄ちゃんが何をしてるか。メグのどこを何してるか。それを知って、興奮して」
「こうふん?」
「そう、それが“感じる”ってことだから」
辛抱強く……何度も何度も繰り返しながら、克にぃは言葉で、手で、指で…僕に教えてくれた。
気持ちいいこと。
なんで、イヤがイイにかわるのか。
この“行為”がなんなのか。
胸をなめるの、今も“辛い”……。でも、克にぃが僕にしてくれることだから、あのずきずきするのが、“気持ちいい”んだ。
僕はそうやって、楽しいこと、覚えていった。いろんな“心構え”覚えていった。
……僕、いっぱい秘密と約束を、克にぃとしたよ。
「嫌なことは、嫌と言える」
それは、心が大人になるための、大切なこと。
「自分や相手を守るための勇気が、必要なんだ」
……心が強くなくちゃ、ダメなんだ。
───今なら、よくわかる。
言葉の意味は、わかるようになった。それが、どれだけ大事なことかってことも。
そして、本当にその時が来たとき、それが出来るかどうかってことも。
僕は、ホントに独りになっちゃって……
克にぃも、霧島くんもいなくなっちゃって……
勝手に涙が流れてて……
寝れないよ……広すぎるベッド。
寝たくない……克にぃの夢を見るから。
起きたとき、克にぃがいないのが、悲しすぎる。
イヤって言えなかったから、繰り返される先生との秘密。
そのせいで、霧島君を傷付けた───
僕に勇気がなかったから?
でも、あんな写真、霧島君に見られたくなかったんだ。イヤって言うことは、あの時はそういうコトだった。
でも……やっぱり僕が悪いのかな……
今も、ホントのこと言えなくて……とうとう嫌われちゃった。
もう、放課後、待ってくれない。あんなに一緒だったのに。
教室にも、校門にも、僕を待ってくれる人は……いない……
怠い身体を、横向けにした。
頬に溜まっていた涙が、ぽろぽろとシーツに音を立てて、落ちていく。
壁を背中にして窓の方を向くと、いつも克にぃの大きな身体があった。あったかくて、僕は安心してすぐに寝ちゃうんだ。
克にぃが居なくなっちゃった後、しばらく霧島君が、いてくれた。
僕はまるっきり克にぃと間違えて、抱きついちゃったけど。霧島君は何も言わずに、僕が眠るまで、抱きしめてくれていた。
優しかったひとたち……
僕を守り続けてくれた、ひとたち……
ごめんなさい
ごめんなさい
あやまったって、許されない。
僕は汚されちゃった。
僕はうそばかり。
───でも許して……ゆるしてよぉ
どうしたらいいの?
僕は勇気が足りないの? だから、罰なのかな───
帰ってきて……克にぃ。
教えて、僕に。わかんないコトだらけだよ。
ごめんね、霧島君。
せめて、友達でいてほしいのに。うそだらけの僕には、そんな資格もない。
眠れない…ベッドが広くて。
眠れない…夢が怖くて。
眠れない……起きたら、朝が来るから。
────僕、このままじゃ、本当に壊れる………