chapter10. dropping a word -零れた言葉-
1. 2. 3. 4.
4
「なに、考えてるの?」
──あっ…!
先生を見上げて、その意味を読み取ろうとしていた。
ボンヤリしてたわけじゃない。なのに、いつものお仕置きをしようとする。
「んっ……んん──っ!」
……ごめんなさい……!
そう言おうとして、噛まされたタオルの奧で、喉が鳴った。見上げた先生の顔はもう、一番怖いときの目になっていた。
僕の両手首を片手だけで束ねて、乱暴に頭上でシーツに押し付ける。
「んっ…!」
引き延ばされた二の腕、脇、胸……と、反対の手が撫で下ろしていく。
「んっ、んんッ!!」
胸の尖りに辿り着くと、そこだけを摘み出した。
「ぼくに集中していないお仕置きと……イヤなんて、許されないってこと……教えてあげる」
──あぁッ! ……や……やあぁ……!!
お尻は先生に繋がれていて、手首も押さえられて……その間で、弄くられる身体を必死によじって、身悶えた。
背中を反らせて、首を振って。
「んーっ! ……んん~ッ!!」
そうすると、繋がってるそこが擦られるから、余計に感じてしまう。
でも、それ以上の刺激は与えられなかった。胸だけが弄られ続ける。
「んっ…ん……」
それに焦れて、また腰を振ってしまう。
──ぁあ……や………こんなの…やだ……
「ふふ、すごい締め付けてるよ、天野君」
先生が、僕の中でさっきより大きくなってる。それだけで、圧迫感が強い。
広げた足の間で、お尻に埋め込まれてるイブツ感………不快と快感が、同時にじわじわと僕を責める。
───先生……せんせい、ごめんなさい……!
僕は、霞む目で必死に見上げながら、心で叫んだ。
「……………」
それでも、許してくれない。
怖い目で冷たく見下ろしてきながら、いつまでも胸の尖りだけを弄り続ける。
やめて、やめて……! もう、やだ……やだよぉ!
ここに通うようになって、僕はいろんなことされてきた。
恥ずかしいこと言わされて、させられて……でも、こんな拷問みたいのは、初めてだった。
この先、こんなこともされるのかと思ったら、ゾッとしてしまった。絶望のような、恐怖を感じたんだ。
………助けて………
「……んんッ……ぁぁああ─────ッ!!!」
刺激が、辛すぎる! 気持ちが耐えられない!!
僕はギュッと目を瞑って、ありったけの悲鳴を、喉から絞り出していた。
「……天野君」
先生が胸への刺激を止めて、口のタオルを外してくれた。
「…わかった?」
顔を覗き込んでくる。……優しい声。
まるで僕が観念したことを、信じ切っているように……
「……………」
はぁはぁと苦しい息で、僕は潤んだ視界の中に先生を入れた。
「もう……や……」
泣きながら、それだけ言った。
先生は怖いけど、本当にもうイヤだから……
お願いだから……やめて…先生……
一瞬動きを止めて、息を呑む気配。
「……あの写真、ばらまくよ」
静かに、先生は震える声を絞り出した。
「丈太郎に見せるよ……それでも、いいの?」
──────!!
「……それでも、いいです! 僕…もう、いやだ!」
考えてなんか、いられない!!
一瞬怯えてしまったけど、今辛い方が、僕の中で勝っていた。
あんなに言えなかった、“嫌”が、何度でも出てくる。
終わりにして……!
こんな感覚から、早く抜け出したいよ!!
嫌なのに……嫌なのに……身体は絶頂を目指す。
刺激を欲しがる……こんなの、僕じゃない!
「やだ…やだ……せんせい……お願い……!」
僕は泣き叫びながら、もうヤダを繰り返した。
──克にぃに育ててもらった身体が、変わってしまった──
僕じゃ、なくなっちゃった……
そんな思いが、胸を押し潰す。
なんで、もっと早く言えなかったんだろう!?
恥ずかしい写真を晒されるのが怖くて、僕は自分の大事にしなきゃいけないものを、守らなかったんだ!
僕は勇気がなかった。……だから、こんな罰を受けているんだ。
「天野君……」
引きつって掠れた、先生の声。呼ぶのと同時に、腰が動き出す。
「あっ! あぁ……」
先生は手のひらで僕の口を塞ぐと、最後まで一気に突き上げた。
出し入れが激しすぎて……待っていた刺激は、強すぎて───
「好きだよ…天野君……好き…」
先生の囁く言葉も、聞こえない。
「んぁぁあ……い…いく…せんせ…ッ!!」
前を扱かれて絶頂に導かれて、僕はあっという間に、先生の手の中に吐精した。
「……はぁ……ぁ…」
果てた後も、先生は僕を抱き締めて動いていた。
───好きだよ……天野君………
いつまでも、囁く先生の声。
……違う……先生……
こんなの、好きって言わない……
掠れていく意識の中で、僕はそう、繰り返していた。
「……………」
教室に戻ると、やっぱりもう、誰もいなかった。今日は特に遅くなったから、当たり前だと思うけど……
前の入り口から、教室の中を見渡してみる。………広い。
後ろの壁にマス状に棚が作ってあって、僕のランドセルの場所だけが、黒く埋まっていた。
授業で見たことがある、蜂の巣みたい。
一匹だけ、蜂の子が入ってる。
───あは、……まるで僕だけ…育たないみたい……。
そんなこと思いついて、一人で笑っちゃった。
「……………」
その場所にずり落ちるように、しゃがみ込んだ。腕の中に顔を埋めて、立てない。
………寂しい。
こんなこと、感じたことなかったけど……寂しい。
克にぃがいなくなって、悲しかった。霧島君に嫌われて、悲しかった。
……でも、独りになるって……誰もいないって……そう実感したのは、今が初めてだった。
「………霧島君くん……」
呼んでみたって、しょうがないけど。保健室で見た後ろ姿を思い出して、また胸が痛くなった。
『どっちがいいか、考えてみて』
さっき、意識が戻って帰る準備をしている僕に、先生はそう言った。
『まだ、待ってあげる』
優しく、僕の頭を撫でながら。
「…………」
毎日……気持ちいいって言わされて……入れてとか、イクとか言わされて……それに、あんな拷問みたいな焦らしは、もう嫌だ。
でも、僕の恥ずかしい写真───
霧島君にバレていいはずない。
“それでも、いいです!”なんて、言っちゃったけど───いいはず、ない……。
僕は、結局次の日も、先生の所に行った。
「いい子だね……」
微笑んで、迎えてくれる先生。
「…………」
その顔だけ見てれば、すごい優しい。抱き込む腕だけ感じていれば、すごく温かい。
胸に当てた耳には、とくんとくん…優しい鼓動も聴こえて…。
それだけなら、いいのに……
「しなきゃ、だめ……?」
また、零れたような言葉が出ていた。
心の中で生まれた言葉が、同時に外に出ている。
「僕……ここに居るだけなら、まだ……」
肩を抱く先生を、見上げた。
ニコリと微笑んで、先生はサラサラ髪を揺らした。
「……だめ」
「……ぁ……」
変なことを、言っちゃったからかな。先生の手が、強い。昨日みたいに、強引だった。
──ごめんなさい……ごめんなさい……
僕は泣きながら、身体を熱くされた。先生は昨日よりも、もっと僕の中に入ってきた。
「天野君……好きだよ……」
「………」
いつもの言葉で終わる。
───うそ……
僕もいつもの通り、心でつぶやく。
「………ぅ……」
俯いた額から鼻の先を伝って、汗が床に落ちていった。……涙も。
やっと退室できた保健室から、少しでも離れたい……。
斜め向かいのトイレのドアに寄り掛かって、僕は泣いていた。
悲しいのと悔しいので、嗚咽が上がる。
酷くされた身体が痛い。
“嫌”って言ったって、解決しなかった。恐れてたお仕置きばかりが、僕を待ってた。
………歩けない。
下を向いて、ぱたぱたと床に落ちる涙だか汗だかの滴を、ずっと見ていた。
帰りたいけど、教室に行くのが、嫌だった。
独りだと実感させられる、あの場所。
ランドセルだけが、ぽつんと待ってる……
「天野!?」
……………えっ…!
あまりに、その人のこと考えてたから、幻を見てしまった。驚いて見上げた先には、霧島君がいる気がした。
白い顔…優しいけど、しっかりした眉と目。明るい茶色めの髪。
「……緒方くん」
「また……なんで、泣いてんだ? 天野!」
「あ……」
僕は逃げようとして、ふらついた。
こんな顔、見られたくない。……でも、歩けない。
「……おい!?」
驚いて手を差し伸べてくる。
───あっ……
「なんでもない…僕に触らないで……」
緒方君の手が、汚れる。ふいにそう思った。
先生のをまだ出せてない。そんな自分の手を、とても汚いと感じたんだ。
こんなことされて続けてる僕の、全身が汚い。
緒方君が汚れる──
そうだ、霧島君も汚れる……!
僕に近づいたら、危険なんだ。汚れるし、狙われる……
「お願い……!」
抗ってよけい脚がもつれて、転びそうになった。
「落ち着けよ!」
緒方君が僕を抱えながら、叫んだ。
「何があったか知らないけど、オレは訊かないから!」
「……え?」
「霧島とケンカしてんだろ?」
「………!」
「アイツ、天野をスゲー問いつめてたって、見てたヤツが言ってた」
───ああ、あの体育の時間の日……
「………」
「言わなくていいから」
「………」
「ただ、むやみに逃げないでくれよ」
───でも……
「むやみじゃない……離して」
触っちゃダメ……触っちゃダメ……僕の心は、そればっかりだった。
「……天野、また熱あるだろ?」
僕を捕まえる緒方君の腕に、力が入った。
「すっげ、汗掻いて……桜庭先生に看てもらえよ、一緒に行ってやるから!」
────え…!?
「や……! 保健室はヤダ!!」
思わず大きい声が出た。
「……天野?」
恐怖で、僕の顔は歪んでたと思う。緒方君を見上げて、叫んでいた。
そうでなくても、緒方君から逃げようとして、また保健室のドアに近づいていた。
先生にこの声が聞こえちゃわないか、一瞬ヒヤッとして、手で口を押さえた。
「天野……」
緒方君の顔も、歪む。悲しげに、眉が寄った。
………先生の泣きそうな顔と、同じだ。そう思った瞬間、抱き締められた。
「……あっ……おが……」
「オレ、お前をずっと見てたって、言ったろ?」
顔を胸に押し付けられて、頭と背中をぎゅっとされた。
「…………」
「今も見てる。教室でさ……泣きたいのに泣けないって顔、いつもしてるよな」
「…………」
……僕は僕で、霧島君の後ろ姿を、ずっと見てた。
「泣けよ……我慢してないで」
震えだした僕の肩を、もっと力を入れてぎゅっと押さえた。
───泣いてる……毎晩、ベッドの上で……
でも、克にぃに抱えてもらって泣いてた時みたいに、大声で号泣したりは、もうできなかった。
「…………」
「いいじゃんか。……オレじゃ、ダメか?」
戸惑ってる僕に、緒方君の声は優しい。
……いつも、やさしい。
あの、体育の日も、何も言わずに受けとめてくれた。今も、何も訊かないと言う。
───なんでこんな、優しくしてくれるの…
混乱する。
ダメか? て言われたって…ダメも何も……何がなんだか。
ただ、この優しさは…今の僕には……嬉しい。でも、だからって、縋っていい訳じゃないから───
「ぅ………」
心では、ダメだって思ってるのに…嗚咽が漏れた。押し付けられた胸の中で、止まらない涙が零れ出してしまった。
いつも思う。僕を抱える腕が変わるたび。
何でこれが克にぃの腕じゃないの……何で、霧島君じゃないの──
僕が好きな腕には届かず、頼れる腕には近づけない。僕は、いつも縋り付く腕を、間違えている。
「霧島…ヒデーな。一人で帰っちまう……」
ぼそりと呟く、緒方君の言葉。
「…………っ」
ぎゅうっと胸が搾られた。
「いいの! 言わないで……僕が悪いの…僕が!」
“俺を見ろよ、天野!!”
僕の腕を掴んで、叫んで……あんなに僕に一生懸命になってくれた、霧島君。
“もう、お前がわかんねぇ!”そう言って、背中を見せた。走って行っちゃった。
あんなこと言わせたの、僕なんだ……
「うぁ……ぅあああ」
悲しくて、悲しくて、止まらない。
ごめんなさい、ごめんなさい……
それしか、出てこない。悲しすぎて、胸が潰れる。
ごめんね、霧島君……
ごめんね、緒方君……
僕は結局、緒方君にしがみついて、声を殺して泣き続けた。
───克にぃ……
………克にぃ……教えてよ……
僕はやっぱり、どうしていいか…わからない……