chapter10. proprietary right -所有権-
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「アッ……アァッ…!」
「マサヨシ、ちゃんと見ていろよ。いい味だぜ…このドール」
──やめ…止めろ!
「克晴…かつはる……!!」
声に出して叫んでるつもりなのに……血が喉を塞いで、呻きしか出ない。
暴力で目を覚まされて、気付いたらこの倉庫みたいな場所だった。
足先まで縛り上げられて、状況も判らないままリンチを喰らって。
───捕まった……! 一瞬考えられたのは、それだけだった。
衝撃と、激痛。
……痛い……痛いッ……!
そう叫んでいた感覚すら、遠のいていって……意識が落ちかけた瞬間、克晴の声を聞いた気がした。
チェイスが嗤って、攻撃が止んだかと思ったら………
………かつはる…
目の前の惨状を、信じたくない。
後ろから羽交い締めで胸を晒され、両脚はそれぞれ他の男達によって広げられて。
チェイスがその上に、跨っている。
そして卑猥な言葉で、指で、更に辱めて……
「…ぁあッ……ああぁッ………!」
───悲鳴と喘ぎ……
真っ赤だった視界が、透明な液体で洗われていく。
「やめろ…やめてくれ……!」
必死に叫んで、頼んだ。
縛り上げられた僕の身体は、腕1本動かせない。
殴り殺してでも、止めたかった。
───でも……そんな願いは、届かず……
見せつける、無理やりの挿入……
いつまでも続く、淫猥な水音、打ち付け…喘ぎ。
感じさせようと、チェイスの腰がいやらしく動く。胸を舐められては、ぴくんと跳ねて。
穿たれるたび、仰け反る克晴の肢体は───綺麗すぎる。
「…んッ……クッ…」
苦渋に耐える唇…吐息を漏らしては、悔しそうに結び直される。
耳も頬も、紅く染めて。どこかを一心に見つめてる目線が……色っぽい。
「カツハル……」
チェイスが呼ぶと、その時だけ視線を合わせて、抵抗を示す。
「マサヨシ、興奮しているのか?」
「────!」
冷たい床の上に、芋虫みたいに転がっていた僕は……。
顔だけ上げて、瞬きも出来ないほど、その光景に見入っていた。
──ハァッ…ハァッ…
耳に響くのは、自分の吐息。股間が熱くなっていることに、チェイスに笑われて気が付いた。
「ヒャハハッ、すげぇ飼い主だな!」
「…………ッ!」
「自分のオモチャ壊されてんのに、おっ勃ててんのか!」
「──────」
見透かされたことが恥ずかしくて。体中を熱くしたまま、何も言えなかった。
「そこで最後まで見てな、この変態野郎!」
「アッ……んぁああッ……!」
激しくなった腰つきに、克晴が更に顔を歪ませる。
「……やめろ……やめろ……」
僕はそれだけを口の中で繰り返しながら、泣き続けていた。
「お気に入りのドールは、メイジャーのオモチャにしてやったぜ!」
克晴の逃走劇……ドアに向かって走り出した時は、驚いた。
───逃げられるのか? コイツらから……!───
一瞬だけ湧いた期待も、無惨に打ち砕かれた。
その一部始終を、チェイスが戻ってきて、僕に教えた。
ここが陸なんかじゃない、海上へ出ている船の中だってこと。そして、ここのボスへの、“貢ぎ物”にしてしまったことを。
コイツは……
僕がショックを受けるように。克晴をどこまでも、苦況に落とし続ける。
「……グラディスに……たどり着けてさえ、いれば……」
悔しさが、口から零れた。
こんなヤツに、構われる筋合いもなくなったのに。
「気安く呼ぶんじゃねぇ!」
「…ガハッ!」
靴の先で腹を蹴られて、また口の中が、血の臭いで充満した。
縄は解かれていたけれど、殴打された手足は、痛みが酷すぎて。這って避けることも、出来なかった。
「身の程知らずが……やっと捕まえた“マサヨシ”」
眼の色を変えた狂気が、見下ろしてくる。
「……じっくりいたぶってから、殺してやるよ!」
銀色の炎が吹き出すような、激しい憎しみと怒り───
「…………ッ!」
それは……2年ぶりに味わう、グラディスへの狂信。
向こうでの体に刻まれた恐怖が、一瞬にして蘇った。
───心臓が…震える……何度も、コイツに犯された。
『テメェなんざグラディスに不釣り合いだ、オレがふさわしい扱いをしてやる』
嗤いながら、口に尻にと突っ込まれ……手下たちにも散々だ。
「……………」
あの頃、すでにグラディスからのもっと酷い仕打ちを経験してた。こいつらにされる暴力は、その延長でしかなかったけど……この執拗にぶつけてくる憎しみに、とことん辟易し、恐怖していた。
「………ゥウ…」
痛みが限界を超えて、麻痺してきた。
体中が膨れあがった丸太みたいに、ぼわんとした痺れに包まれて。
動けないせいで、当時のように、プレートまで手足に嵌まっているような気がした。
……睨み合っている…この空間そのままが、過去へと戻ってしまった錯覚を、起こした。
「…………ハァ……」
────でも…今は、違う。
あの待つだけだった、無力な6年間とは──違うんだ……
手に入れた、大切なものがある。
僕も負けじと、チェイスを睨み上げた。
「…そうだ、標的は……僕だ………」
恐怖より、怒りが勝っていた。
「……克晴は……関係ないだろ……!」
「ギャハハッ! そんなこと言う資格、ねぇよなッ!」
今度は、いきなり笑い出した。
「自分のドールを穢されてんのに、ここはどうなってたよ?」
「……痛ッ」
股間を踏み付けて、蔑んだ目線を投げてくる。
「──────」
歯軋りして、身悶えた。
“穢された”
さっきの光景とそのキーワードが、急激に僕を過去から現実に、引き戻した。
───克晴……僕の哀しみの人形。
シャツ一枚で横たわったまま、動けないでいた。
………それでも、逃げたんだ。あんな痛めつけられて、ボロボロだったのに。
悔しいのと、哀しいのと、あと…訳の判らない感情がごちゃ混ぜになって、湧き上がってきた。
「……克晴は……」
僕の中で、何かが切れた。
何度もこの手から逃げ出した、あの背中………ずっと変わらない、あれが真実の姿。
また熱い液体が、頬を伝い始める。
「……克晴は……穢れない」
どうしようもなく惹き付けられる。
あの目線……何をされてたって、受け入れない。
さっきの惨状の時でさえ、僕の欲情を駆り立てる、いつもの顔をして……。
「ヨゴされても、あの魂は……お前だって、気がついただろ……?」
───ただ乱暴したって、傷つくだけなんだ。
「……決して懐かない……無駄なこと、やめろ……」
涙を流しながら……静かに笑う僕に、チェイスは一瞬息を止めた。
「……黙れッ!」
腹いせのように、一蹴りしてきた。
「グッ……」
「テメェなんか、いつ殺したっていいんだ! でも、すぐじゃ面白くねぇからな」
唾を吐きかけると、背中を見せた。
「アイツが墜ちていく様を、逐一報告してやるよ。そこで寝て待ってな!」
鉄扉の閉まる、重々しい音───
誰も居なくなった部屋に、チェイスの高笑いだけが、余韻となって耳に響いた。
「クソ………」
対峙していた興奮が冷めていくのと入れ替わりで、悔しさが込み上げてくる。
虚勢を張っていたけれど、チェイスのしたことは、確実に僕を傷つけていた。
“僕の克晴”を汚した。
それは、打ち消しようもない事実だ。
大事に大事に籠の中にしまい込んで…誰にも触れさせたくなかったのに。
汚い手で触れて、アイツの印をあの中に………
「くッ…うぅ……」
止められなかった自分が情けなくて、弱いままだった自分が悔しくて。
震える拳を握りしめて、床を叩いた。
「くそッ……クソォッ……!」
どうして手放せないんだろう。
どうしても、一緒にいたいんだ。
その思いが、こんなことになるなんて───!
───頑なな、僕の克晴……
それだからこそ、こんなに愛して……僕にも、同じ眼をさせた。
グラディスに身体は渡しても、言いなりになっていても。心の底の底では、克晴だけだった。
手に入れた以上……守らなきゃいけなかったのに───
「……ッ」
拳の痛みが、後から来た。
麻痺している身体は、もうどこが痛いかも判らないのに、全身が軋む。
───腹が……
さっき蹴られたのが、致命傷か……内臓もどうにかなってしまったかな……。
焼けるような鈍痛が、……やばすぎる。
「………ふ…ぅ…」
頭から足先まで、重力に押し潰されそうな怠さで、動くのを止めた。
鉄臭い血の臭いが、鼻につく。……最近、嗅ぎ慣れてしまった……。
───長谷川部長を刺して………殺してしまったかもしれない。
恐れて逃げ出したのに。
全てが克晴のために……一緒に居たいがために。
今度は、僕が…殺されるのか───
「………………」
涙が頬の血を、洗い流していく。
鼻先から冷たい床に、血だまりの上に、ぽたぽたと垂れていく。
その音を聞きながら、さっき感じた高揚感がまた湧き上がってきた。
悔しさと哀しみの中に、奇妙な誇らしさがあった。
あんな状況で……僕は、チェイスに笑っていた。
“克晴を知っているのは…理解できるのは、僕だけだ”
そして、四肢に嵌めた、プレート。克晴が僕のものである証。
チェイスの下に組み敷かれていても、その手足にはそれが光っていた。
あれのキーを持っている限り、まだ所有者は僕なんだ……。
完全にこの手から、離れた訳ではない。
───その思いが、僕を強く保たせていた。
死んだって……これだけは見つかっちゃいけない───
“僕の克晴”が、自由でいるためにも……!
その意地が、麻痺した身体を、突き動かした。
血だらけの手で、下着のゴム帯部分に潜り込ませていた小さな金具をつまみ出した。
キー兼コントローラー。
これ一つでどれだけ、克晴を征服してきただろう。
薄っぺらい、楕円の板。親指の先ほどしかない。
「…………ハァ………」
寝そべったまま、視線を巡らせて部屋を見回した。
周りに隠せるような場所は何もない、ガランとした倉庫……。
あるのは、発泡スチロールの箱ぐらいだ。
天井には、入り組んだ鉄パイプや鉄骨の梁が這い回っている。
……あそこなら。
少なくとも、今の僕が持っているよりも、安全なはず……。
「……クッ」
身体を起こすと、手の中のキーを力一杯、天井の端に向かって投げ上げた。
「……………!」
カチンと小さな音を立てて、それは梁の間に姿を消した。
───痛…ッ
無理した身体に、激痛が走った。
見定める余裕もなく、赤く濡れた鉄板の上に、また倒れ込んだ。
「……かつ…はる…」
薄れていく意識の中で……浮かぶのは…それだけ────