chapter13. Falling Angel -フォーリン・エンジェル-
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1
こここに居なければ、ならないのなら。
もう帰れないと、言うのなら───
“ファミリー”だと…… メイジャー …… そう言った、アンタだから。
俺は………俺は、どうしていつも……自分で選ぶ道を、自分で切り開けないんだ。
メイジャーとカルヴィンが、銃に倒れて。
手下でさえ、殴り殺す───もはや王の証を手にした野獣…キング・チェイスに刃向かう者は、誰もいなかった。
「……克晴………メイジャーは……どこ…?」
あの時、甲板の上で。
シレンの絞り出した声に、現実を突き付けたのは…当のチェイスだった。
「オレが教えてやるぜ! あのクソオヤジを、オレが撃ち殺してやったのさ!!」
「この手で、脳天ぶち抜いてやったぜッ……ギャハハハッ!」
この世の天下を確信するように、自信を漲らせながら。
泣き震えながらも、チェイスは笑い続けた。
俺は……言葉が出なかった。
何発も銃弾を受けた、分厚い体が──目の前で、血飛沫を噴いた。
あまりにもショックで。
そして、俺に突き付けられている銃口。
耳障りに続く、高笑い。
……腕の中で動かない、カルヴィン。
──── それらが代わりに、全てを物語っていた。
「オマエのせいだぜ、シレン。あのオヤジに、隙が出来たのはよォ!」
「オマエなんかを助けなけりゃ、こんな事にはならなかったのになあ!? ヒャハハハッ!」
「────ッ!」
その言葉に、呆然となって聞いていたシレンは、今度こそ顔色を失った。
「………あ…うぁ…」
喉を引きつらせて呻り出すと、急に立ち上がって。
「………うあぁ…ぁああ……っ」
デッキの端に走り出した。
「…ぁああッ…………メイジャー!!」
叫びながら手摺りにしがみついて、身を乗り出した。
────シレン!!
飛び込もうとした身体は、チェイスの手下達によって、取り押さえられた。
「……ああぁッ…! ……ゥア……アアッ…!」
叫びながら抗う姿が、今も目に焼き付いている。
濡れた服、冷え切った体では、思うように動けない……逃げ切れるはずもなく。
両腕、背中を押さえ込まれて、手摺りから引き剥がされた。
振り向かされた顔は涙に濡れ、その目線だけは暗い闇に向いたまま、今度は舌をかみ切ろうとした。
「─────!!」
それも寸出で口を押さえられて、シレンの自決は未遂に終わった。
「……勝手なことをするな、シレン」
薄ら笑いで顔を歪めながら、ゆっくりとチェイスが近付く。
「……オレの、船の上ではなぁ…」
蔑んだ目で見下ろし、歯茎を剥き出した。
「………アハッ……」
顎を掴まれて、強引に見つめ合わされた白い顔が、不意に笑い出した。
「フ…フフ……ハハハ…」
─────!?
ショックを受けすぎて、おかしくなってしまったのかと思った。
見開いた目からは、涙が伝い続ける。銀色の眼は、暗がりの中で、異様な輝きを増した。
「メイジャーに…手を出すなんて……許されない───この世界は、お前を野放しにはしない! お前は今度こそ、終わりだ……! アハハハ……ッ」
綺麗な顔を、見たこともない狂気に歪めて。濡れた髪を振り乱しながら、壮絶に笑い続けた。
「黙れッ」
チェイスは苛立ったように拳を振るわせて、その横面を殴り飛ばした。
甲高いサイレンの様な笑い声が、腹にも一発打ち込まれて、悲鳴に変わった。
「─── やめろ……チェイスッ!」
そのまま嬲り殺してしまいそうで、ゾッとした。
細い体は金髪の男達の腕の中で、首や腕を垂れ下げて、動かなくなった。
───今度こそ…真の闇の幕開けだ。
俺は膝に抱えたカルヴィンを、下ろせなくて……
血まみれで座り込んだまま、振り向いたチェイスを見上げていた。
この時、シレンの命が失われなかったことを、良かったと言うべきなのか。
その後の地獄を思うと、俺は………
「オレが、王様だ! オヤジの代わりに、オマエらを可愛がってやるよ!!」
下卑た笑いが、これからを象徴するように、重くのし掛かってきた。
雪交じりになった突風が、甲板の上を吹きすさぶ。
夜の闇が、船ごと飲み込んでいく。
体も心臓も、心も……何もかもを、凍てつかせて───
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「…………ハァッ…」
後ろ手に縛られたまま、俺は寝返りを打った。
────痛ッ……
チェイスに激しく殴られて、顔や腹が酷い状態だ。
あの後、俺とシレン、そしてメイジャーの主だった幹部達は捉えられ、それぞれ別々の倉庫に放り込まれた。
俺だけ一人、チェイスに連れられ、メイジャーの寝室に戻されていた。
寝乱れたベッド、情事の跡も生々しいシーツや部屋の気配に、チェイスは興奮して襲いかかってきた。
でも──俺の体内には、熱の冷めないメイジャーの残滓が残ったままだった。
排泄する隙もないままに、あんなことになって……
それをチェイスに、悟られたくなかったんだ。
───コイツに犯られるくらいなら、死んでやる───
今まで暴力に恐怖していたけれど、もうどれだけ殴られたって……撃ち殺されたって構わない。
俺の中でも、何かが壊れていた。
「グラディス命じゃなかったのかよ!? 俺なんか相手にしてないで、本命の所に行けよ!!」
似たような台詞…オッサンにもそう言って怒鳴ったのを、頭の端で思い出しながら。
「殺せッ!」
縛られたまま、ベッドの端に追い詰められて。それでも、睨み上げて。
「殺せッ……今すぐ、俺を殺せッ!」
「……ウルセェ、おとなしくしろッ!」
殴られては叫んで、言葉通り、死にものぐるいの抵抗だった。
「チッ…邪魔なプレートだなッ」
蹴り上げた俺の足を掴んだ時、チェイスが忌々しげにそれを見た。
「────!」
ハッとした俺に、凶悪な淫獣はニヤリと唇の端を上げた。
「ヒャハハ…この鍵……あれも、オレの物だぜ……」
意識が霞みそうな目眩に、襲われた。
……メイジャーが後で探すと言って、鍵はあのまま放置だった。オッサンからは、まだ奪っていなかったはずだ。
拘束と陵辱の日々───脳裏をあのマンションでの事が、駆け巡った。
……あれが、繰り返されるのか?
「……死んでも、お前なんか…ッ」
セーターを捲り上げようとする手を、蹴った。肩を掴んでくる腕に、噛みついた。
「ッ痛……コイツ…!」
怒りにまかせて、殴ってくる。それでも俺は、叫び続けた。
「殺せよッ、俺を殺せッ!!」
何発殴られてもそう叫び続ける俺に、興ざめしたのか。チェイスは何度も舌打ちを繰り返して、悔しそうに顔を歪めると、とうとう寝室から出て行った。
「今は許してやる…そのうちそんな強がりは、言えなくなるぜッ!」
その捨て台詞がまた、オッサンと同じで……皮肉なデジャヴが繰り返される。
───でも、もっとタチが悪い。
ヤツはオッサンに輪を掛けて、子供みたいだ。権力者に憧れ、暴力の効果だけはよく知っている。
王座を取って代わるなんて、そんな器じゃない。とんだエセ・キングだ……
「───────」
犯られなかったことにホッとして、もう一度寝返りを打った。
”殺せ!” 自分で叫び続けた言葉が、頭に響き続ける。俺の最後の希望。
オッサンにもメイジャーにもそう言って、抵抗した。でもそれは、望まない未来への放棄宣言だった。
───さっきのは違う……反対だ。アイツなんかにはもう、絶対に……
「……ゥッ」
痛みに耐えかねて、思わずうめき声が出た。咳と共に血を吐いて、身を捩った。
シーツの残り香に、顔が埋まる。
───メイジャー……
毛だらけの胸と腕に、抱き締められている気がした。ここに居ないのが、ウソみたいだ。
シーツに染みが出来ていく。哀しみが鼻頭を伝って、落ちていく。
……悲しくて……悲しくて……… 一生分の涙が流れ続ける。
俺は、第二の家族を……失ったんだ。
……シレンは…
他のクルー達、そして……デッキに放置された、カルヴィンは───?
考えるだに恐ろしい、直視したくない現実が、朝を待つ。
……オッサンは…どうなる。
あの時、グラディスが甲板にいたのに。あの銀王は、止めなかったんだ。
……それって────
………どんな悪夢よりも酷い。
いっそ明日なんて、来なければいい。そう願い続けて俺は一人、眠れない夜を過ごした。
それでも───翌日には、否が応でも悟らされた。
「船底の隠し倉庫に、手を着けたぜ」そう得意げに話し出した、チェイスの言葉で。
『この船には、秘密が一杯だ。チンピラ風情をあそこまでは、行かせない』
そう言って、ニヤリと不敵に笑った。ブラック・キングが構築して守ってきた、世界と秩序と、秘密─── それらが全て暴かれ、汚された。
“メイジャー”という国が、本当に崩壊したんだと。