3.
 
 睦月さんは優しいキスを一杯くれながら、左手の筒を操った。
 反り返った先端にそっと被せる。ゆっくり筒に僕を押し込んでいく。
 下っ腹に、ざわざわとした疼きが生まれた。
 何千何百という触手が僕を包んだ。吸い付いては離れ、撫でていく。
「はぁっ……ん」
 僕を根本まで飲み込んで、止まった。息が出来ない。
「……どう? これ」
 背後で妖しく囁く。
「ん……すご……も……ダメ」
 僕は、被せただけでもう、いきそうだった。
「くす……、それは勿体ないよ。もうちょっと、がまんして」
 睦月さんは、やんわり筒ごと握り込むと、上下に扱きだした。
「ん……はあぁっ……!」
 体中に衝撃が走る。握り込まれた圧迫感で、密着した繊毛が僕を翻弄していく。
 扱かれるたび、異様な快感が生まれた。
「あっ、あぁ……っ」
 声が上擦る。新たなる未知の快感。
 何千もの繊毛が、生き物のように蠢いては僕に吸い付く。
「ん……、んっ…」
 扱かれる感触が激しすぎて、快楽が消化しきれない。
 気持ちよさを感じる前に、辛くなってしまった。
「まって……待って、むつきさん…っ」
 睦月さんの腕にしがみついて懇願する。
 手を止めてくれた睦月さんは、僕を覗き込んだ。
「……大丈夫?」
 霞んだ目で見返す。このまま辞めるわけにも、いかないだろう…せめて…
「………お願い……もっと、ゆっくり……」
「うん、…わかった」
 熱い息を吐く僕に、睦月さんは優しく微笑んでくれた。
 でも、動きをゆっくりにして貰っても、耐えられるものじゃなかった。
 いったい、何に包まれているのか、余りにも刺激が強くて、頭の中で脳みそは考えるのを辞めた。
「む……、むつきさん……ああっ…」
 喘ぎながら助けを求める。
 止めてと口走りそうになる。
 そう言えない状況がまた、僕を苛んだ。
 生み出される快楽に、気持ちも体も付いて行かない。
 気持ちよさが全身に廻る前に、次の快感が襲ってきて、下半身だけが先へ先へと突っ走る。
 容赦なく扱かれる動きが、僕の心を無視して、体だけ熱くしていった。
「すごい……後ろがきついよ」
 嬉しそうな声が聞こえた気がした。
「あっ、あぁ…、むつきさんっ…むつきさん! ……あぁっ」
 僕は、泣き叫びながら扱かれ、いかされた。
 
 筒内に吐精して果てた僕は、あまりの体験に放心してしまった。
 途中で気絶してしまうかとさえ思った。
「巽……くん?」
 腕の中で、肩で息をし続ける僕を、睦月さんは自分に向かせて抱え直した。
 霞んだ目には睦月さんの姿を捕らえることが出来ない。表情も見えない。
 僕は、気配を探して睨み付けた。
「いじわる……睦月さんの意地悪っ……」
 その唇を、唇で塞がれた。舌が入ってくる。歯列をなぞり、隠れている舌を探し出して絡みつく。
 何も抗えない僕は、思うままに口内を蹂躙された。
「……くるし……っ……」
 きつい吸い上げに、目眩がした。
「………嫌い?」
「…………」
「ぼくのこと……意地悪くて……嫌いになった?」
 声が揺れている気がした。
 うっすら開けて目を凝らすと、困ったように眉をよせる睦月さんがそこに居た。
 何故……。この人にもこんな顔をさせてしまう。
 僕はゆっくり時間をかけて呼吸を整えると、首を横に振った。
「……嫌いになれない」
 
 
 
 
「僕さ……」
 ぶすっとして、呟く。
 バスタブの中に座って、膝の上に顎を乗せて。
「睦月さんて、最初は意地悪で僕に恥ずかしいこと言わせて、喜んでいるのかと思った」
 シャワーで身体を洗ってくれてるその人は、ちょっと手を止めた。
「でも、話しを聞いてると、もっと大事なことが根底にあったから、ちょっと好きになったのに」
「……うん?」
 くすぐったそうに微笑んで、睦月さんは僕を見る。
「やっぱ、意地悪! 悪意があった!」
 その目を睨みつけた。
 僕はくやしくて、拗ねていた。まるでレイプされたような憤りがあった。
 睦月さんはそっと手を僕の頬に添えた。
「……嫌いになった?」
「…………」
 柔らかいけど、真っ直ぐな声。これを聞いてくる時の睦月さんの声が、いつも少し強張ることに気がついた。
「………」
 頬が熱くなる。優しすぎる手のひら。触ると壊れるかのように、僕を扱う。
 それに翻弄されてしまう。
 思わず、睦月さんを見つめた。
 長い睫毛。鳶色の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。
 頬に添えられた手のひらが、ゆっくり顎に伝い、親指が僕の唇を掠める。
「……ごめんね、君が可愛すぎて、ぼくも困ってるんだ」
 シャワーを床に落とすように置くと、僕を抱きしめた。
 セーターを着たままなのに、濡れるのも構わずに。
「やりすぎたなって、いつも後で思う。なぜなんだろう。……君はぼくを煽る」
 困惑を持て余すように、僕の首筋で溜息を吐く。
 けして強めない腕が、痛いほど絡められた。しがみ付くような抱擁だった。
 普段の柔らかな声が、悲痛に歪む。
「君に夢中すぎて……自分を見失ってしまう」
「………」
「ぼくは、とっても気が長い方なのに……。ふとした時の君の目。言葉。…その中にぼくは、いない」
「………」
「それが辛くて、ついこの身体に、呼びかけてしまうんだ。……君の心がここに無いことが、……ぼくは悲しい」
 
 
 ……このひとが入ってくる。少しずつ、僕の心に入ってくる。
 睦月さんに応えられない気持ちと、応えてしまいたいという気持ちが、僕を引き裂く。
 
 床に置かれたシャワーが柔らかい音を立てて、お湯を流し続ける。
 止められない心のように。
 静かに流れる音の中で、僕も涙を流していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「無理やり、イかされた。あれはレイプだった!」
 社長が目を丸くしながら、コーヒーを啜った。
「わあっ! 声に出して、読まないでください!!」
 僕は赤面して、両手を振り回した。
 レポート提出がてらの、お茶の時間だった。
「自慰用の道具は、快感を自分で調節できるのが売りだけど、他人に使われると凶器になる。コントロールできない行き過ぎの快楽は、精神を壊す」
 読み上げてから、社長は笑った。僕は苦々しく、その顔を見る。
「これも経験値の差が、言わせるのかしらねぇ。初めてにしちゃ、随分キツイの使ってるし。……でも、やっぱりこれも、使用者のモラルの問題よね。道具自体は、悪くはないんだもの」
 片手にコーヒー、片手に書き上げたばかりの紙片。
 デスクの回転椅子にふんぞって座り、美しい脚を高々と組んでいる。
 起用に片足で右に左にと、椅子を半回転させて、溜息をつく。
「……そうなんですよね。僕も自分で使ってたら、凄い褒めてたと思います」
「ほほほ、下にそう書いてあるわね。自慰で道具を使うのは嫌だったけど、これなら使ってもいいかと思った。それにペニス用の玩具は身体を傷つけないから、安心する。……成る程ね」
 満足そうに微笑む。
 それに気分をよくした僕は、更に感想を言った。
「あと、これはデザインもいいですよね。この手の他の物はグロテスク過ぎて。これなら、そのまま置いといても一見何かわかんないから。開くから洗い易いし」
「……そう書いてあるわね、ここにも」
 紙片を見ながら、呟く。
「巽君て、ほんとに、こういうの初めて?」
「え?」
「だって、時々感想が、玄人っぽいっていうか……」
 僕は、赤面した。光輝さんに勘違いされた時のことを、一瞬思い出す。
「……そうですかぁ?」
 ムキになって言い返す。
 社長は笑って、僕の頭をぽんぽんした。
「きっと、感受性が強くて、飲み込みが早いのね。想像をリアルに体感できるから、先回りが早いのよ」
 言っている意味がわからなくて、眉を寄せると、優しく一言。
「巽君は、賢いってこと」
 僕は、びっくりして目を見開いた。
 同じ言葉を、言われたから。
 僕の反応をよそに、社長はまた紙片に目を落とした。
 暫らく考え込む。
「………」
 レポート用紙で口元を押さえ、思案していた目を僕に向ける。
「ねえ、巽君。あなた、前と後ろ、どっちが好きなの? 勿論、オナニーのことよ」
「え、………はぁ!?」
 不意打ちのように切り込んできた質問に、僕は赤面した。
 そんなの考えたこともない。脳裏をいろんな恥ずかしいことが、駆け巡った。
 社長の鋭い視線は、誤魔化しを許さない。
「……えっと……どっちかって言うと……前、です。やっぱ、気持ちいいし。後ろは……怖い」
 ──それに、寂しい。
「………?」
 最後は目を伏せる僕に、社長は怪訝な顔を向けた。
「ま、いいわ。上出来よ! あ、これもいいわよね。包茎矯正リングは、大小2サイズでセットだけど、急に勃起してしまうこともあるので、いざという時大変だと思う。これね、実はもう出てるのよ。一個で両用のリング。でもまだイマイチ。素材と戦っているところ」
「あ、そうなんですか」
 顔を上げた僕に、社長がちろんと目線を送る。
「何なら、使ってみる?」
 にっこり微笑む。
「……遠慮します。僕、治す気ありませんから!」
 負けじと、にっこり微笑んだ。
 
 
 
「それにしても、」
 社長は、腑に落ちないというふうに呟く。
「………睦月って、こんなことする子だったかしら?」
 レポート用紙を覗き込んだ。
 
 
 


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