chapter11. beautiful world-小宇宙の住人たち-
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3. 
 
「あれ、克にぃ、これどうしたの?」
 俺の掌にすり付いて放心していた恵が、声をあげた。手首の痣に、気が付いたのだ。
 ベッドに放り出した手首が、バスローブの裾から出ていた。暗い中でも、間近に見れば、青黒く変色した痣が見える。
 今まではずっとリストバンドをはめていたし、お風呂でも気をつけていたのに。
「あ…ッ」
 慌てて起きあがり隠したけど、もう遅かった。
 恵は俺のその表情を見て、何かの覚悟を決めたように、ベッドの上に座りなおした。真っ直ぐに俺に向き合う。
「僕、昨日も言ったけど、克にぃのヤクに立ちたい。克にぃが苦しいのに、僕は何もできないの?」
 俺は、手首を押さえながら、恵を見た。
「……克にぃが笑わなくなったのは、…それのせい?」
 
「───ああ、…そう…」
 
 俺も覚悟を決めた。
「……兄ちゃん、大人にちょっと酷いことされてね、……辛かった」
 笑ったつもりだった。
「兄ちゃん、メグの前では強い兄ちゃんでいたかった。……だから、こんなカッコ悪いとこ、見せたくなかったんだ」
 俺の顔は、泣いているのだろうか。恵が今にも、泣きそうな顔をしている。
 その涙を隠すように、俺の胸にしがみ付いて来た。顔をねじ上げ、俺を必死に見上げる。
「克にぃは、かっこいいよ。どんなだってかっこいい! だから、僕を一人にして考え込まないで! そっちの方が、僕は怖いの。克にぃがどんどん先に行っちゃう気がして」
「……メグ」
 恵の背中を抱きしめる。こんなにも俺を追いかけてくれる。自分の意志で、進んでくる。
 俺が弱っていては駄目なんだ。
 ──とうとう、この一線を踏み越える時が来た。
 仄かに青白い世界で、抱き合った二人のシルエットは、ぴくりとも動かなかった。
 
「……メグ、俺はメグを泣かせたくない」
「? ……うん?」
「メグが昨日言ってくれたよね。兄ちゃんのこと、もっと知りたいって」
「うん」
「それは、もしかしたらメグをとっても泣かせることになるかもしれなくて、それが俺には怖いんだ。メグは自分をオトナだと言う。でも未だなんだ。俺が待ってるのは、もっとメグの知らない事」
「…………」
「それは、兄ちゃんがオトナに酷い事されたのと、同じコトなんだ」
 恵は、目を大きく見開いたまま、俺を見つめた。
 
「……それで、克にぃは…大人になったんだ…?」
「………」
 
 俺は目を伏せてしまった。この無垢な瞳を、見つめ返していられない。
 穢されてしまった、心と身体。なりたくて、大人になったわけじゃない。
 ……辛くて顔を顰めた。
 
「やだっ」
 恵がしがみつく腕に力を込めた。
「またその顔…、克にぃが遠いよ! 僕を連れてって! 克にぃの側に連れてってよ!!」
 しがみついたまま、泣き出してしまった。
「僕、泣かないって、決めてたのに…うぅっ……、克にぃのばかぁ」
「…メグ」
 押し付けてくる頭に手を添えた。本当にいいのか……? 俺は、今度こそ期待してしまうぞ。
「メグ、教えてあげる。どんなに気持ちのいいことか」
「……克にぃ」
 伏せている顔を覗き込んで、優しく目線を捕らえる。
「愛し合う二人が、どれだけ幸せになれるか、教えてあげる」
「……うん」
 涙でぐしょぐしょの顔を上げて、笑った。その唇に、そっと唇を合わせた。
 絡み合う熱い舌。お互いを取り込もうとするように、吸い上げる。恵は本当にキスの才能があった。
 その唇を、恵の首筋、鎖骨、胸、脇腹、と滑らせていく。
「ん……」
 俺が時間を掛けて開拓していたから、恵の身体は愛撫を容易く受け入れる。俺の指一本一本の動きに、びくんと反応し、身体をしならせた。
 バスローブを脱ぎ去り、二人とも生まれたままの姿になった。
「ベッドで克にぃの裸、初めてだ」
 眩しそうに目を細めて、恵が言った。
「そうだな。……我慢してたから」
 恵の手を自分の所へ誘導した。
「……あ?」
 恵が、俺の熱いモノに触れて、びくりとした。
「いつもこんなになってた。メグが綺麗になっていくたびに」
「………」
 
「これを、メグの中にいれるんだ」
「……なか…?」
「…うん……お尻から」
 
 そう聞くと、驚いたように、恵は一瞬目を見開いた。
「……こわい?」
「……ううん」
 じっとしてから、わずかに首を振る仕草をした。
 
 眉を軽く寄せて、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。口元が、優しく微笑んでいる。
 ───恵……本当に綺麗だなぁ…。
 
「メグ、愛してる」
「…うん」
 
 抱きしめて、背中に腕を回す。恵の後ろへ、指を這わせた。
「んっ」
 拒絶されていた体。触らせてくれなくなって、どのくらい経っただろう。今は、俺のために熱い。
「ぁ、あぁ…」
 指が滑ると、声が上がる。ゆっくり押すだけだった指を、中心の蕾に少しずつ入れていく。
「あっ、んくぅ…」
 喘ぎ声を我慢して、ますます可愛い声が出る。濡らした指を増やすと、出し入れを早くした。
「ん、あぁ…か、克にぃ…」
 腰が震えている。快感のやり場に困っているんだ。首筋に顔を埋めて、囁いた。
「メグ、気持ちいい?」
「ぁ…や、くすぐったい」
「……ふふ、ちがう。これも気持ちいいのひとつ」
「やっ、…しゃべっちゃ、だめ…」
 首を反らせて、俺から逃げる。指の角度を変えて、後ろを刺激した。
「やっ、やぁ…、」
 腰が跳ねる。
「やなの? 止めたほうがいい?」
 恵は悲壮な目で俺を見上げた。ぷるぷると顔を横に振る。
「声、出して」
 唇を吸う。
「ん…」
「恵のいい声、聞かせて」
「……うん」
 はぁ、と、熱い吐息を俺の胸に吐く。
 指を更に増やして、奧まで突き上げる。前の方にも手を伸ばした。
 
「あ…ん、」
 恵が声を出した。今までとは全然違う。
 
「めぐ…み…?」
「…あ、克にぃ、…気持ちいいよ…」
 俺の掌で、恵も小さいながらも、しっかり勃っていた。
「僕、おかしくなりそう。後ろ…気持ちいい」
 潤んだ目を懸命に開いて、俺を捉える。
 正座を横に崩したように座る恵は、自然に腰が突き出ている。そこに、真後ろから指を差し込まれて、異物感に耐えていた。
 小さな腰を震わせている。時々指を締め付けてくるから、そのたびに、さらに奧を突いた。
「あ…、あ…っ」
 喉を反らせて、快感に耐える。小さく開いた唇が、俺を興奮させた。
「…メグ。メグ、先にイかせてあげる。ラクになるから」
 俺にしがみついてくる体を、ベッドに横たえさせた。伸び始めているしなやかな手足が、シーツの上で艶めかしい。
 膝を開かせ、その根本に顔を埋めた。
「ああっ、か、かつにい…っ」
 腰を震えさせ、両手で阻止してきた。
「やめ、…やめて! いい…そんなの……っ」
 必死に俺の頭を押してくる。
 俺は構わずに、恵の熱くなっているそれをしゃぶり続けた。舌先で割れ目を突きながら、唇全体で扱き上げる。
「ううぅんっ、あぁ…っ」
 段々声が乱れる。後ろに指を入れなおした。
「はぁっ…!」
 腰を跳ね上げて、キツく絞ってきた。
「メグ、いいよ、ここ。すごい感じてるね」
 言葉でも、高めてあげる。
「───!!」
 恵は恥ずかしがって、涙目になった。唇をかみしめて、それでも突き上げる快感に嬌声を上げた。
「あ…でるっ! かつにい…っ…!」
 目をぎゅっと瞑って、背中を反らせた。
 もはや全身を俺の愛撫にゆだね、足先までつっぱって揺れている。
 
「ん、…ぁああっ」
 
 びくんっ、と激しく痙攣して、俺の口の中で吐精した。
 その後も数回痙攣して、ぐったりしてしまった。
 俺は口の中のものを飲み込んで、恵と並んで顔を寄せて横になった。
 
 
「ぅ…ひっく…ぅぅ……」
「……メグ? 泣いているの?」
 小さい嗚咽が聞こえて、顔だけ起こした。
 寝返りを打った恵は背中を向けていて、顔が見えない。
「…やなの。これした後、僕、自分がすごい悪い子になった気分で、本当にやだ」
 ……ああ、無意味な罪悪感だ。
「多かれ少なかれ、みんな感じるものだから。大丈夫だよ。慣れていくから」
「……こんなのが、慣れるの?」
 心細い声に、もっと恵を覗き込んでみる。半分うつぶせて、胸の辺りに握り拳を作って、震わせていた。
「……うん。不思議なものだよ、いろんなことに慣れて行く」
 優しくそう言って、ほっぺにキスを落とした。
「……うん」
 恵も頷き、顔を起こした。
 熱っぽい目つきで俺を見て、唇を少し開ける。キスをせがんでいるのだ。
「───メグ」
 堪らなく、それに吸い付いた。俺の体の方も限界だった。
 
 
「…メグ」
「…うん」
 深いキスの合間に、短い言葉で確認しあった。
 恵がラクなように、仰向けに寝かせて腰の下にタオルを当てた。自分には、部屋に備え付けのコンドームをはめる。
 恵の両足を開いて肩に抱え上げると、蕾に唇を付けた。もう一度舌を入れて解す。
「んぁ……」
 腰が捩れて、逃げを打つ。しっかり押さえつけて、奧までなぶった。指でも、ローションをたっぷりと奧の奧まで塗り込んだ。
 そして、俺は自分自身を、そこにあてがった。
「んっ、ぅう!」
 恵が呻く。指でかなり慣らしていても、やはり大きさが違う。
「あ、はあっ、……」
 少しずつ進めるたびに、悲鳴のような呼吸をする。
「…メグ、…メグっ」
 小さな身体に覆い被さって、抱きしめながらも、腰は止まらない。細かく出し入れを繰り返しながら、ちょっとずつ恵に入っていく。
「ぁあ、あ…かつにい……かつにい」
 俺の首にしがみついて、恵がそれに応える。ハア、ハア、恵の荒い呼吸が耳元で、俺の呼吸と重なる。
 俺は恵の体温に包まれて行くのを感じた。小さなそこは、拒絶と受け入れを繰り返しながら、俺を締め上げる。
 
「メグ、───気持ちいい」
 首に顔を埋めて、囁く。
「……うん、克にぃが熱いよ。…僕、…すごい嬉しい」
 喘ぎながら、さらにしがみついてくる。
「…僕、やっと克にぃに…近づけた?」
 声を震わせる。
「……うん、近い。こんなに密着してるんだ。これ以上、ないよ」
「…んっ、……うん…」
 満足そうに、顎を仰け反らせる。
 
 根本まで全部なんて、入らない。途中まででも充分、恵を感じた。動きを止めて、恵を見つめる…腕の下から真っ直ぐ見上げてくる。
 頬は高揚し、唇も真っ赤だ。可愛くて丸かった恵はもういない……艶っぽい眼差し、俺を誘う唇、しなやかな身体が、そこにあった。
 恵も潤んだ目を大きく見開いて、俺の全てを捉えようとしていた。
 
「メグ、あったかいよ。メグの中、とっても気持ちいい」
「う……ん。僕も……僕の中、かつにいでいっぱいで嬉しい」
「………メグ」
 俺は、出来る限り優しく腰を動かした。
「は……ん……」
「メグ、この時を待ってたんだ。ずっとずっと……」
「ぁっ、ぁっ、……」
 頬を赤くして、小さく喘ぎながら体を揺らす。潤んでいた目から、涙が零れた。大粒の涙が後から後からあふれてくる。
「克にぃ、大好き。僕も、まってた」
「うん、メグ……」
「大好き、大好き」
 その唇をまた奪った。深く深く絡み合う。
 
 愛してる。……恵。
 
 やっと手に入れた。
 やっと一つになれた。
 
「愛してる……恵」
「ぁあ、はぁ、はぁ…」
 吐息が熱い。それに煽られる。俺も呼吸が早まり、体がどんどん熱くなっていく。
「ああ、かつにい、かつにいっ!」
「めぐみ………っ」
 ぐっと腰を押し当てた。全てが恵に注がれるように。
「ぁあ……」
 恵が仰け反る。叫んだのは、俺だった。
 絶頂と吐精感、体の震えが止まらなかった。そのまま恵を抱きしめて離せない。
「メグ…メグ…」
 うわごとのように繰り返す。
「克にぃ…」
 また熱い口づけ。
「ん…」
 
 
 
 恵から出ると、ゴムだけ外した。
 そのまま二人は朝まで眠りこんだ。今まで以上に密着し、裸で抱き合いながら。
 恵は直ぐに寝てしまった。俺は恵の生肌に手のひらを這わせ、ずっと起きていたかった。この二人だけの時間を、ずっと噛み締めていたかった。
 でも俺も、長時間の運転と緊張が、体を疲れさせていた。眠りに落ちながら、霞んでいく視界に恵を納める。長い睫がまだ濡れて、光っていた。
 
 めぐみ。
 心の中で呼ぶ。
 ……めぐみ。
 俺だけのもの。誰にも触らせない。
 俺も──触られたくない。
 
 恵だけが浄化してくれる。
 恵だけが救いだ……。
 
 俺は意識がなくなるまで、そう繰り返していた。
 


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