chapter15. struggling mind - 絶対抵抗 -
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 降ろされたのは、河原だった。
「ここね、人来ないんだ。でも絶対じゃないから、さっさとしちゃおう」
「……!!」
 人が来ない、なんてことはない。俺もよく知っている場所だった。植え込みと斜面で、他から見えにくいだけだ。いくら、さっさとヤレと煽られたからって、こんなとこで犯るか!?
 それに、服が汚れる事には、気を付けていたのに…。そんな安易な考えでタカを括っていた。草むらに放り出され、冷たい地面と草の臭いを嗅いだ時、状況を把握した。
 本気なのか? こんな……。体を起こすことすら、ままならない。
「や……、んなとこで…」
 狼狽して、必死に抵抗した。動かない腕を振って、藻掻く。
「…かわいい。克晴」
 悪魔の手が伸びて来る。
「あの頃みたいに押さえ付けることが出来て、僕、嬉しいよ」
 俺に跨り、体重を掛けてのし掛かってきた。首筋に手が回り、頬を撫で上げてくる。
「くっ……触るなっ」
 嫌悪が背中を這い上がる。首を振って、手を外そうとした。
「だめだめ。逃げられないよ」
 首を絞めながら、唇を塞がれた。苦しい。生温かいナメクジが俺を浸食する。
「んんっー!」
 あまりのキツい吸い上げに、悲鳴を漏らした。何もかも、あの頃を思い出す。同じだった。激しすぎる。
「やっ! ……やめっ…」
 死んでしまう! そう思うくらい吸い上げられて、オッサンの体を突き飛ばした。
「…克晴、……かわいい」
 悪魔は、譫言のように繰り返して、またのし掛かってくる。上唇を舐める仕草は、やはり何度も見た。俺とキスした後は、大抵やってる。
「────」
 ……動けない。抵抗できないでいると、ヤツは俺のシャツのボタンを、外し始めた。
「……!」
 インナーをたくし上げ、胸に唇を寄せる。
「あっ……!」
 鋭い刺激に、思わず声を上げた。ずくん、と下腹にも疼きが来る。
 ……嫌だ!
 嫌だ、嫌だ! こんなヤツに……なんで…なんで俺が…ッ!
 いつも胸を掠める悔しい気持ち、プライドをズタズタにされて辱められる。
「あぁっ……!」
 執拗に胸を吸われて、弄くられて、俺はおかしくなりそうだった。
 嫌なのに! 辛いのに! ……身体が言うことを聞かない。快楽を生み出して、俺に味わわせる。
「やぁ…、やめろ…」
 喘ぎながらも頭を押して、退かせようとした。不自由な手に、力は入らない。オッサンの頭は、自分から下に降りていった。
「んっ」
 びくっと腰が跳ねてしまった。
「もっと…。もっと、イイ声聞かせて」
 ズボンを引き下ろし、俺のモノを口に含んだ。
「ぅあぁ…」
 熱い感触、ぬめっとした平べったいものが、そこを這い回る。俺は仰け反って、喘いだ。胸を弄られてさんざん焦らされていたせいで、気持ちに反して喜びの液を垂らす。
 ……嫌だ! やっぱり嫌だ! 恵に癒されたのに…せっかく恵に、浄化されたと思ってたのに……!
 恵とは正反対の、邪気にまみれたナメクジが、俺の表面を這い回る。俺の体はまた、悪魔に黒く穢されてゆく…。
 同時に冷たい草の感触が、現実を忘れさせない。白昼の河原で、こんな滑稽なことが堂々と行われている。
 ……ありえないだろ!
 朦朧とした頭で、必死に抗った。なんとか逃げられないか。これ以上されずに脱出できないか。でも、吸わされた薬は想像以上に長く、俺を拘束した。
「何が、持続力はない…だよ!」
 悔しくて、悪態をついた。
「うん、僕も驚いてる。そんなに効かないはずなんだよ、本当に」
 オッサンが嬉しそうに、舌なめずりをした。
「克晴には、合っているのかなあ」
 言いながら俺の後ろを覗き込み、蕾をまさぐる。
「あぁっ…」
 指を押しつけ、揉んでは入れてくる。またあの圧迫感と、異物感だ。
「や、やめろ…」
 上体を捩っても、避けられるものじゃない。腰を掴まれ、ずるりと奥まで入れられた。
「んぁッ」
 中で掻き回されて仰け反った。腹の中から、疼きが湧き上がる。
「イイ声、…克晴」
 唇を塞がれ、指を激しく出し入れされた。
「んんっ、ぁッ…!」
 否応なしに反応する。嫌だ! こんな感覚、ウソだ! 目を瞑って、疼き上がる快感と闘った。いっそ何も反応しなきゃ、こいつだってつまらないだろうに。俺は…冷凍マグロみたいに、ただ寝っ転がって冷たい目で見てやるんだ。
 なのに…。
「ぅんーッ…」
 殺しても声が漏れる。指を増やされるたびに快感を追い、逃げを打っては悦んだ。
「克晴、そろそろいいよね…」
「…っ」
 足を抱え上げられ、ほぐされたそこに、熱いモノをあてがう気配。
「あっ、やめ……っっ!」
 激しい異物の挿入感、すごいボリュームでこじ開けてくる。突き上げられて、背中を電流が走る。
 以前のように、途中で止めたりしない。根本まで強引にそれは、俺の中に埋め込まれた。内蔵の奥底まで、熱い塊が当たっている。
「ぅ…はぁっ…!」
 堪らず、大きく息を吸った。語尾が掠れて自分でも嫌になるくらい、イヤらしい声が出た。
「克晴…、僕を呼んで…」
 オッサンが、目をギラギラさせながら、俺を覗き込む。知るか! コイツの名前なんか、呼んだことは一度もない。
「………ッ!」
 激しい突き上げに、歯を食いしばって声を殺す。
「んっ、……はぁ…」
「克晴……かつはる……呼んで…、その声で」
 俺は必死に首を横に振った。その時、いきなり口を掌で塞がれた。
「!?」
 殺されるのかと、真剣に思った。でも違った。植え込みの向こう側から、話し声が聞こえてくる。俺は押さえられた指の隙間から、声が漏れないように、息を止めてじっとした。
 ──こんなとこ、見られたら…俺……
その恐怖が、身動ぎ一つさせない。冷や汗が背中を流れる。目だけ見開いて、植え込みの方を確認しようとした。
「んっ!!」
 その時、この悪魔は律動を開始しはじめた。ウソだろ!? 俺は信じられなくて、目の前にあるその顔を凝視した。俺の口を掌で塞いだまま、腰を動かしている。その薄く嗤った顔を近づけてきて、俺の耳に囁いた。
「そうそう。ちゃんと僕を見て。よそ見するなんて、駄目だよ」
 そう言って、俺の前のモノまで、掌に包んで扱き出した。
「……!」
 どんどん声が近づいてくる。若い男女の元気な声。その声が右から左に、頭上を通り過ぎる間も、俺は掘られ続けた。打ち付けはしないけど、激しく抽挿を繰り返される。
 ──絶対声を漏らしては、ならない!
 オッサンの指の隙間から漏れる呼吸の音さえ、気になった。息を止めて、穿たれるまま、快楽を身体の中にしまい込む。
 いつまでそれが続くのか、扱かれている前の方に、限界が来た。
 だめだ…イク──声が!
「んっっ、ぁ……はぁッ!」
 止めていた息と一緒に、喘ぎが指の隙間から漏れてしまった。オッサンも、俺の中に熱い滾りを放出している。ドクンドクン、と脈打って、俺の中に満ちてくる。
「……………」
 声も出さず、涙も流さず、俺は泣いた。やりきれない心の痛みに、押し潰されそうだった。
 ……なんで、未だにこんな目に遭うんだ? なんで、解放してくれないんだ。
 
 しばらく二人で抱き合う格好のまま、草むらに倒れていた。
 幸い気付かれなかったらしく、声の主達は、通り過ぎて行った。
 ……この、非現実空間。
 俺はここにいるのに。
 同じ空間にいるのに、一つ隔ててその向こうは平和な世界が広がっている。何も知らない人間達が、自分の生活を楽しんでいる。
 小学校、中学校の頃。学校に行っても、家にいても感じていた違和感。
 まただ…。また、これを味わう。
 俺はなんなんだ。なんでこんな……。
 
 堂々巡りにやりきれなくて、思考を停止した。
「早く抜けよ!」
 いつまでも、俺の中で居座っているヤツを罵った。熱い感触が、いつまでも後ろを刺激する。
「やだ」
「!?」
「僕、このままもう一回、イケる」
「……なっ!」
 言うが早いか、また腰を動かし始めた。オッサンのそれは硬い芯を持ち、俺の後ろを擦りあげた。
「うそ……だろ? オッサン……んうぅっ」
 また唇も塞がれた。俺はイかされたばかりで、それどころじゃないのに。
「やめ……、もう、いやだ…ッ」
 少し動くようになってきた腕で、体を押し返す。それでもまだ非力だった。顎を押さえられ、顔を正面に向けられる。鼻がぶつかるほど、近い。鋭い視線で射抜かれた。
 ……恐い。
 童顔だけど。父さんが怒った時みたいな鋭さはないけど。大人の得体の知れなさが、その眼光に秘められていた。
「名前で呼んで。克晴、…雅義って」
 押し潰したような低い声で、そう言う。
「ま・さ・よ・しって、言って!」
 顎をがくがく揺さぶる。
「……イヤだ!」
 俺は、負けない鋭さを込めて睨み返した。心は負けない。身体が何を感じたって、言葉は言いなりにならない。
 ……………!
 目の前の顔が、一瞬泣きそうに見えた。でもそんなの、確認してる余裕はなかった。
「ぁあ……ッ」
 俺の中に居座る悪魔が、一際大きくなった。
「……克…克晴ッ」
 激しい突き上げ、容赦のない律動。
 擦られる後ろの感触と、内部の圧迫に、俺の腰はまた跳ね上がった。
「あッ…、うぁあ…ッ」
 藻掻いて抵抗しても、それすら動きの中に取り入れて、角度を変えて突き上げて来る。抜きもせず、二度目の抽挿……俺の内部に放たれた白濁が、滑りを良くしている。水音が激しく響いた。今度こそ、人が来たら気付かれる。そんな緊張が、俺の後ろを締めさせた。
「あ…、克晴……気持ちいい…」
「……………っ!」
 早くイケ! 早く終わってくれ!
 それだけを祈って目を瞑り、揺さぶられるに任せた。それでも悪魔の手によって、快感は引き出される。
「あぁ、はぁ…ぁああッ!」
 荒い息の中で、嬌声を発して俺は果てた。俺の腹でも熱い液体が、再び放出された。
「───う…ッ」
 体内の違和感に、呻き声を上げてしまった。
「……克晴の中に、僕がいっぱいだ」
 俺にのし掛かって果てた後、嬉しそうに言う。
「このまま、蓋しときたいなあ」
「………!」
 何言ってやがる! こないだみたいのは、真っ平だった。
「どけ!」
 乗っかっている体を、渾身の力を込めて押した。横にずれたので、穿たれていたそれは外れた。
「……はあッ」
 圧迫感から解放されて、大きく息をつく。とにかく上体を起こした。
「…痛ッ!」
 無茶のせいで、腰も後ろも激しく痛んだ。でも、なんとか動けるようには回復してきた。俺はよろよろと立ち上がって、ズボンを穿いた。ここにいたら、際限なく何をされるか判らない気がして。
 泥を払う余力なんか無い。服を戻すのが精一杯だった。その様子を、寝っ転がったまま見上げて、ヤツは言った。
「とうとう、汚しちゃった。でも、上手いこと言い訳できるよね。もう、大きいから」
「────!!」
 その言い草に、俺は言葉を失くした。
 そして、どんなことをしても、たとえ死に目に遭っても俺が誰にもチクらないと、確信しているコイツに腹が立った。
「──確信犯かよ! ……最後は、この秘密を俺の責任で隠させるなんて!」
 まだ気を遣っているうちは、庇護の元にあった気がした。でも、これじゃあ完全にレイプだ。単なる行きずりの強姦にすぎない。
 怒りが、動かない体を手伝った。思いっきり、上体を起こしたヤツの顔面を、右の拳で殴り付けた。体重を掛けて。
「グァッ!」
 鈍い音と悲鳴が、同時に聞こえた。俺は怒りに駆られたまま、その場から走って逃げた。殴り殺しても構わなかった。もっと自由に動けていたら、やっていたかもしれない。
 走れる限り走った。薬が抜けきっていないのと、無理をされたせいで、思うようには進まない。それでも、その場から逃げた。
 ……もう動けない、そう思って交差点で座り込んでしまった。
 信号待ちの間、立っていられない。
 ──目が回る。…薬って……いったい何使ったんだ、あの野郎。
 副作用らしき症状に、また腹が立つ。早く家に帰りたい。恵が心配しているだろう。
 
  


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