chapter15. struggling mind - 絶対抵抗 -
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4.
 
 小さなシリンジの中の液体を、俺の中に押し込む。
「……うっ!!」
 不安と恐怖、得体の知れないものを体内に入れられるのが、嫌だった。
 注入された痛みと共に、また激しい動悸がした。額に変な汗が出てくる。
「なに…なんだよ、さっきから…これ」
 俺は目眩と動機に襲われながら、呻いた。倒れそうになるのを、この憎たらしい男に支えられて。
「こないだと同じような薬。スプレーじゃ僕も吸っちゃいそうだから、今回は体内に直接…ね」
 針に細いプラスチックのフタを被せて、回すように見せつける。そして口だけ嗤った。目は異様な光を発している。
「……克晴がいけないんだ。僕をあまりに避けるから。恵君とばかり楽しいコトをしているから」
「!!」
「見てれば、分かるよ。先輩と奥さんくらいじゃないの。気が付かないの」
 面白くなさそうに、ぶつぶつ喋っている。
「とにかくね。僕もちょっと腹が立ったんだ、こんな怪我させられて。先輩に頼まれてた野球の試合、出れなかったんだから」
 ………はあ!?
 あまりのことに、一瞬絶句した。俺は睨み付けて、叫んだ。
「あんたが…! アンタ、自分が何したか分かってんのか!? そんな怪我、…当然だろ!!」
 怒りで体が熱くなってくる。
「それで僕は、克晴にお仕置きすることにしたのさ」
 俺の言葉などまるで取り合わずに、この男は暗く光った目を俺に向けた。便座のフタを降ろすと、その上に俺の上半身を捻り伏せた。変な薬を打たれたせいで、またもやろくに動けない。
「……クッ」
 便座に顔を押し付けられて、後ろ手のまま腰を高く上げて足を踏ん張って…酷く情けない格好に、屈辱感が湧く。
「離せッ!」
 呪縛から抜け出そうと、必死に体をねじった。でもバランスがうまく保てない。転ばないように、尻を余計に突き上げるだけになってしまった。
「今日はお仕置きだからね。気持ちよくなんてしてあげない」
 オッサンは、ニヤリともしない冷たい声で、俺のジーンズと下着を引き下ろし、いきなり指を突っ込んできた。
「痛っ!」
 身体中が揺れて、激しく頬を便座に擦りつけた。
 ……やめ…!
 屈辱感に、恐怖が入り交じる。必死に腰を振って抗った。でも狭い個室の中で、どう逃げようとたかが知れている。どこまでも指は付いてきて増やされ、俺は突き上げられた。
 引きつる痛みが、どんどん恐怖を煽る。この間の無茶も、まだ完全には癒えてはいないのに。
「声は自分で殺してね。聞かれてもいいならいいけど」
 そう言って指を抜くと、悪魔は自分のモノを変わりにあてがった。
「や……無理…」
 俺は抗議が悲鳴に変わらないように、唇を噛み締めた。
「んんん──っ!!」
 めりめり音がするようだった。滑らない上に、きつい。それでも、無理に入れてくる。
「くっ……」
 苦痛に耐えて、声を押し殺した。こんな時こそ、タオルでも噛めれば……!
「…んっ、…くぅっ」
 縛り上げている腕ごと後ろから俺を抱き込み、胸までいじくってくる。無遠慮に突き上げてくる動きに、最小限の呻きで痛みを逃がした。
「克晴…、僕はこないだ興奮しちゃったんだ」
 耳元でレイプ魔が囁いた。腰を使いながら、荒い息を俺の耳に吹きかける。
「人前で、バレないようにするのって、すごい良かったよね…」
「───!」
 何言ってんだ、…コイツ!。
 俺は聞いた言葉が信じられなくて、後ろに目線を放った。俺の視線を捉えると、オッサンは二ヤリと嗤った。
「もう外ですることはなくなるから、コレが最後」
「………?」
「そう思って、トイレを選んだんだ。興奮するでしょ」
 耳元で囁く。熱い息が耳にかかって、気持ち悪くなった。その時、ドカドカと足音が聞こえて、数人がトイレに入ってきた。やかましい話し声。
 ───! 山崎達だ!
 高校から同じ大学に来て、たまたま同じ学部を選考している。数少ない友人と呼べる内の、一人。
「今日どうするよ」
「オレんち、寄ってく?」
 なんて話している。
「………………」
 俺が緊張したのが、わかったらしい。後ろからまた囁き声が聞こえた。
「はは、もしかして友達?」
「……っ」
「まずいよね、友達はさすがに」
 言いながら、腰を動かし始めた。
「!!」
 耳たぶを噛んでくる。唇を耳に押し付けて、くすくすと笑った。
「やっ…」
 背中に悪寒が走った。胸の突起もつまみ続ける。
 ────っ!
 口を塞ぐものが何もない。こないだより、万事休すだ。俺はまた息を止めて、前後される動きを、ただじっと受け入れた。
 …ぁっ、……あぁッ……!
 心で叫ぶ声が、聞こえてしまう気がした。
 くそっ! 我慢しろ……俺!
 
「どうした? 山崎」
「あ? …いや、なんでもない」
「早く行こうぜ!」
「ああ」
 入ってきた時と同じ騒々しさで、ドカドカと靴音を響かせて出て行く気配。
 
「………んっ、…ハァッ…!」
 俺は息を吐いて、夢中で大きく吸った。同時に、激しい突き上げと腰を打ち付ける音。
「あっ! ……あぁッ!」
 呼吸が保てず、揺さぶりに合わせて喘ぐ。
「…いい声。やっぱ、これは聴かなきゃね」
 耳に顔を押し付けたまま、喋る。背中がぞくりとした。
「…やっ、やめ…」
 俺が身動ぐのを、ヤツは抱えた腕に感じて楽しむ。
「克晴は、耳が弱いよね…ふふ」
「や、喋るな…」
「止めない。また誰か入ってこないかなあ」
「……んんっ」
 背筋がゾクゾクする。俺は堪らず、後ろを締め上げてしまった。
「ん、気持ちいい…。克晴、感じてる」
 嬉しそうに、なおも喋る。腰の動きも、どんどん早めた。
「く……」
「克晴……克晴ッ………イクッ!」
 ドクン、と俺の中で脈打つのがわかった。
「…っ」
 また熱い滾りが、体内に放出された。何度も何度も、脈動とともに、俺の中に注ぐ。
「克晴、気持ちイイ…。最高だよ……」
 囁きながら、背中をキスでなぞっていく。
「…………」
 俺は、ぴくりとも動かないでいた。
「……早く抜けよ」
 噛みしめた奥歯の隙間からそれだけ絞り出す。なんでコイツはいつも、ヤったあと直ぐに抜かないんだ。
 敏感なそこは、今も刺激を受けて、動いたら変な声が出そうだった。
 ずるり、と抜ける感触と消える圧迫感。
「…ん」
 そんな動きでさえ、今の俺にはキツイ。
「克晴、見せて」
「……や…!」
 押し付けていた俺の上半身を便座から剥がすと、前を向かせてフタの上に座らせられた。刺すような痛みと、冷たい感触が、尻と太腿の裏に広がる。
「おっきいなあ、克晴のは」
「───ッ!」
 まだ一回も触られていない俺のが、熱くなって上を向いていた。透明な液体が先から伝って、垂れている。
 俺は羞恥で、その声も聞こえないほど目を瞑って、心も閉じた。
 オッサンは手早く後ろ手の拘束を解いて、ネクタイを自分の首に戻した。
 
「…お仕置きだからね。僕はスッキリしたから帰る。それじゃね」
 ガチャリ、と鍵を開ける音。下を向いて何も言わない俺を残して、ヤツはあっさりと、個室を出て行った。
「…………」
 俺は放心していた。動けない体、開け放たれたままの、個室のドア。膝まで下着ごと降ろされたジーンズ。
 熱いままの、前のモノ。放置された疼き……そして、後ろの痛み。
 
 ……なんだ? 何が起こった? 
 
 何されたんだ、俺……。
 
 前回より、もっと酷い。
 そう思った。置き去りにされた、俺の気持ちと身体。
 
 ───このやり切れなさは、なんなんだ。
 
 前回とは違う痛みに、襲われた。
 ……心が痛い。
 ……痛い…
 
 太股に温かいものが当たった。下を見ると、水滴が落ちている。
 ……涙? 
 ……俺は、泣いているのか?
 
「……ぅっ」
 喉が変な音を立てた。苦しくて、息を吸い込むたびにしゃくり上げる。
「…ぅっ……うぅッ……」
 両手で顔を覆って、俺は泣き続けた。
 


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