chapter15. struggling mind - 絶対抵抗 -
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「克にい? どうしたんですか!?」
 
 ふいに、後ろから声を掛けられた。
「────!」
 ゾッとした。アイツにもう、追いつかれたのかと思った。でも目線を放った先には、驚いた顔の霧島丈太郎が立っていた。
 
「……霧島…」
 動けない俺は、ロクに喋れない。
「なに……何があったんですか? ……天野…天野は?」
 蒼白になって、訊いてくる。
 ──“天野は?”……そう訊かれて、俺は少し緊張が解けた。
 こいつは、誰がどうだろうと、恵の心配をするんだな。そう思うと、ちょっと可笑しくなった。
 俺のこんな有様を見ながら、恵の心配をするこの友人に、安心感を覚えた。俺自身を心配してうるさくされても、今は頭も回らないし…。
「……恵は関係ない。家にいるよ」
 それだけは、答えた。あとは、無駄な質問される前に、帰らなけりゃ…。
「俺も、なんでもないよ。ちょっと…走ったから」
 適当にあしらって帰りたかったのに、体がまだ言うことを聞かない。蹲ったまま、目眩が酷くて立てなかった。
「……ハァ」
 …ヤバイな。コトが大げさになると…。呼吸を整えながら、薬が抜けるのを待った。
 霧島には、口止めだけした。恵にこんなトコを知られたら、もの凄く心配させる。霧島は、大人しく頷いた。そんなことは心得てるって顔だ。俺はまた安心して、思わず礼を言った。
「…さんきゅーな」
 もう立ち去ってくんないかな。苦しくてそんなこと思ってたら、霧島が急に怒り出した。
「何でもないならっ…早く天野のとこ、戻ったらどうですか!」
 俺は霧島が怒り出した意味がわからず、黙って聞いていた。
「貴方が天野を拘束するから、…俺も…誰も天野の側にいられない!……なのに、貴方がこんなとこで何やってんですか!」
 
「……………!!」
 
 ──こんなとこで、何やってんですか!──
 
 俺の頭に、何度も響いた。
 
 ……ホントにな…こんなとこで、何やってんだ俺。
 ………早く恵の側に、行ってやらなきゃ。
 でも───動けねぇんだよ! くそッ!
 
「…お前に言われるまでもねえよ。わかってる、そんなこと」
 腹立ち紛れに、睨み付けてやった。やっぱり、コイツは生意気だ。
 とにかく立ち上がって、歩かなければ…。足に力を入れた瞬間、後ろにズキンと貫くような痛みが走った。
「痛っ!…」
 顔を思いっきり顰めた。薬が抜けるのと入れ替わりに、痛みを連れてきたようだった。動くたびに、間接が軋む。
「……ちくしょう…アイツ、無茶苦茶やりやがって…」
 思わず呪いの言葉が、口をつく。
 霧島がいい加減心配してきた。俺が怪我をしていると思っているようだ。自宅へ連れて行って、手当しようとまでする。
 俺はなんとなく思った。……コイツみたいのが、当時俺の隣にいたら。俺は打ち明けただろうか。救いを求めただろうか…。
 なんにしろ、恵にとっていい友達だと思えた。憎たらしいけどな。
 立ち上がって乱れた衣服を整えると、埃や泥を払った。改めて、酷い格好でいたことがわかった。シャツのボタンすら、まともに掛けていなかった。
「お前も、さっさと帰んな。物騒だからな」
 ちょっと見直してやった霧島にそう言って、俺は帰路を急いだ。
 
 
 
 恵は思ったとおり、心配して泣きそうな顔をしていた。
「克にぃ~っ」
 俺にしがみついて、最後は泣き出した。
「もう帰ってこないかと、思ったよぅ」
 しゃくり上げながら、言い続ける。
「ごめんな、……友人に掴まってしまって。あまりに急用だったから、遅くなるって連絡出来なかったんだ」
 ちょっとのお使いだったから、直ぐ帰ってくると言って家を出たんだ。それが、4時間近く帰らなけりゃ、誰だって心配するだろう。
 でも、恵の泣きようは、それだけが原因ではないようだった。
 ……俺の荒んだ心を、表情を、敏感に感じ取っている。
 そんな気がした。最近のメグは、俺がアイツを思い出して憂鬱になっていると、決まって変に甘え出す。自分の所に帰ってきてくれと、そう言っているように聞こえた。
 あの旅行以来、俺はだいぶ落ち着いていた。アイツを目にする機会も増えたけど、恵を抱いていられれば、俺は癒された。強くなれたから。
 でも、ふとした隙に襲われる恐怖に、どうしようも無く身体が竦んだ。
 そんな時、恵も一緒に闘っていたのだと、今になって思う。それが何なのかも判らずに。ただ、俺を連れて行かれまいと。
 
 
 
 アイツはしばらく顔を見せなかった。殴られた顔が、痛むんだろうか。ざまあ見ろだ。でも、大学に来やがったんだ。
 講義室の出入り口で、待ち伏せしていた。左頬にでっかいガーゼを当てて、テープで何カ所も留めている。端から見れば痛々しい傷だった。
「歯が折れたよ」
 一言そう言った。
 知るか。俺のせいじゃない。俺は無視して踵を返した。近寄らないに限る。
「待ってよ」
 ヤツが急に近寄ってきた。
「!」
 俺はこの間のスプレーに懲りていたから、とっさに腕を振り上げて、顔を庇った。その腕を捕まれて、ぐいと引かれた。
 力じゃたぶん俺の方が強い。身長だって、こうやって並ぶと俺の方が少し大きかった。その自負から、引き寄せられまいと、踏ん張った。
 その瞬間、
「!!」
 捕まれた腕に何かが刺さった。チクッと刺す針のような痛み。
「…あ」
 ドクン、と心臓が強く脈打った。
「なに……」
 鼓動の急変に、俺は焦った。また、何をしたんだ、コイツは。
「どう? なんか違う?」
 なんて、覗き込んでくる。
「!!」
 むかついて何か言いたかったけど、舌が動かない。掴んだ腕をそのまま引っ張られ、俺は引きずられるように、廊下を歩いた。
 何処行くんだ!? 恐怖と絶望が、俺を余計に硬直させる。人目も憚らず、近場のトイレに連れ込まれた。
「なに……こんな…」
 荒くなっていく呼吸を整えながら、俺は例のごとく、睨み付けた。
 ──精一杯の、抵抗──こんなに嫌ってんだ、こんだけ厭がってんだ、わかれよ! って怒りを込めて。
 後で判ったことだけど、これは逆効果だった。俺は、コイツの残虐性を一生懸命、煽っていたんだ。
「何って。やるコトは一つでしょ。そこんとこ、成長しないね、克晴は」
 言いながら、個室に俺を押し込んで、自分も入ってきた。ガチャリと鍵を掛ける。
「な……」
「しっ、誰かに聞かれたら恥ずかしいでしょ?」
「はっ?」
「だから、こんなとこでレイプされるの、バレたくないでしょ」
「!!」
 完全開き直っているこの男に、俺はブチ切れた。もう一回殴ってやる! 今度こそ、殺してやる!! 
 狭い空間で顔をめがけて、拳を振り上げた。でも今回は、いとも簡単にその腕を掴まれてしまった。
「こないだも言ったけど。こんなコトに卑怯じゃないことなんて、ないよ」
 悪魔は悪びれもせずににっこり笑うと、掴んだ俺の腕を捻り上げた。
「……つッ」
 抗ったけれど、力が入らない。そのまま背中で両腕を、オッサンのネクタイで縛られてしまった。
「僕は平気で卑怯な手を使う。だって、それで克晴が手に入るんだから」
 そう言うなり、俺の腕に注射針を突き立てた。
「…痛っ!」
 


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