chapter1. break out- 闇の幕開け -
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 3
 
「……………」
 ……白い。
 霞む視界に入ってくるのは、ただただ、白い世界。
 
 …………?
 ここがどこか、判らない。俺はぼんやり、空中を見つめていた。
「……気が付いた?」
「────!!」
 その声で、現実に引き戻された。ぼやけた視界で、精一杯を見渡す。
 俺は広いベッドの真ん中に、寝かせられていた。天井も壁も、肩までかけられている布団も、見渡す限り真っ白だった。
 ……そして、枕元に一人の男。
「一日中寝てるから……。もう起きないかと、心配しちゃった」
 俺の顔を覗き込む。汗を掻いている俺の額を、タオルで拭う。
「………」
 声が出ない。喉がカラカラなのと、薬の副作用のせいだ。
 水が欲しい……。
 無意識に、テーブルや台など、飲み物が置いてないかと視線を走らせた。
「克晴、水ならあげるよ」
 頭上から声がして、顎を強引に捉えられた。
「────んっ!!」
 唇で口が塞がれ、液体がいきなり口内に流れ込んできた。喉まで押し寄せてもまだ強引に送り込まれる。俺は訳がわからないまま、あまりに喉が渇いていたせいもあり、ゴクゴクと音を立ててそれを飲んでしまった。
 飲み込み切れない液体が、口の端から首筋まで溢れていく。
「ごほッ……ゲホッ…」
 気管の方にも入ってしまい、最後は酷く咽せた。
「何すんだ……いきなり!」
 目が覚めた途端のこの仕打ちに、俺は怒りを思い出した。スプレー、駐車場、記憶が断片的に湧いてくる。
 
 ───俺は……拉致されたんだ!
 
 頭から血の気が引いていった。
 
 ……一日中……寝てた? メグ……恵はどうしただろう……
 
 一瞬怒りで熱くなった身体も、恵を想うと、どんどん冷えていった。
 
「いきなりって……そんなこと言っても、まだ身体が不自由でしょ。親切にしてるのに」
 拗ねたように言って、唇を舐めている。俺は睨み付けながら、首筋に伝った液体を拭おうとした。
「……くっ」
 身体が殆ど動かない。腕さえ、まともに持ち上がらない。
 
 ……俺は、帰らなきゃいけないのに。
 こんなとこで、こんな無様な格好をしている場合じゃないのに……!
 
「ほらみろ。それよりさ、僕、丸一日待たされてんだけど」
 枕元に腰掛けてきた。
「……?」
 俺は動かない首を仰向けて、ヤツを見た。手のひらが俺の頬を包む。
「!」
 身体がビクッと震えてしまった。
「……この手が触れる感触が、わかるね?」
「────?」
 訊かれている意味がわからない。
 俺は怪訝な目で睨み付けた。できるならその手を、振り解きたい。
「じゃあ、もういいよね。感覚がまったくないんじゃ、僕も克晴もつまらないなぁと、思ってたんだ」
 一人で勝手に喋るのも、相変わらずだ。俺が聞いてようが、理解して無かろうが、どうでもいいらしい。
「……触るなっ」
 俺は接触しているだけでおぞましい手を、懸命に振り払った。
「……また、そう言うことを言う。まあいいや、元気な方が僕も嬉しい」
 にっこり笑いながら、俺の両手を布団から引きずり出した。
「!? ──なに…やめ……ッ」
 あっという間に、俺の手首は革ベルトで、拘束されてしまった。
 一つに束ねた両手を俺の頭の上で、ベッドのパイプに嵌めてある鎖に繋いでしまう。
「……おい、オッサンッ!」
 動けない俺は、為す術もなかった。
「薬が切れる前に、こうしておかないとね」
 楽しそうに俺を見る。布団を全部剥いで、腹の上に跨ってきた。
「……克晴。……やっと手に入った……」
 柔らかく両頬を掌で挟むと、真っ正面から俺を覗き込んでくる。
 薄ら嗤っているその顔に、俺はぞっとした。
 
 ───捕まった……とうとう、捕まってしまった。
 
 その悔しさが、益々睨む目に力を込めさせた。
「……克晴……その眼、……好き」
 顔を固定したまま、唇を重ねてきた。
「んっ……」
 キツイ吸い上げ。まだ副作用も残っている。目眩ばかりが激しくて、呼吸もままならなかった。
「んんっ……!」
 舌を吸い上げながら、ヤツはシャツのボタンを外し始めた。俺は捕まった時の格好のままだった。大学から帰る途中の。
 
 ……待ってたって……
 ───まさか……正気か? 俺……まだやっと、意識取り戻したとこなんだぞ……
 
「あっ!」
 思わず声をあげた。胸の尖りを思いっきり吸われた。
「やっ、やめろ!」
 身体を捩ってみるけど、ちっとも役に立たない。
「克晴……かわいい。焦る顔もイイね」
 また薄く嗤う。
「離せよ! …いい加減にしろよ!」
 信じられない、この非情すぎる神経……。この間のトイレでの事を、嫌でも思い出す。胸が掴まれたみたいに、痛くなった。
 ヤツの手が段々下に降りていく。
「なんで…なんでいつまでも、俺に関わるんだよ!」
 反応したくない。確実に俺を高めていく愛撫が、俺は怖かった。
 ヤツの手を止めたくて、とにかく叫んだ。
「俺は帰んなきゃいけないんだ! お前は、父さんにモーションかけてりゃいいじゃないか!」
 ヤツの手がジーンズを引き下ろす。
「!! …やめろって! 今更、なんなんだよ、もう俺なんか関係ないだろ!?」
 ちらりと俺を見た。その目に俺は、吐き捨てた。
「自分さえ気持ちよけりゃ、あとは何だっていいのかよ!! ……この悪魔ッ! 強姦魔ッ!!」
「……それだけ喋れれば、もうかなり元気になったってことかな?」
「あ………っ!」
 晒されたモノを、いきなり咥えられた。唇と舌で、吸い付きながら擦り上げる。
「あぁ…!」
 生々しい感触に、俺は仰け反った。跳ねる腰を押さえつけて、ねちっこくしゃぶってくる。
 あまり上下はさせないで、鈴口と括れだけを、執拗に舌先で舐め回し続ける。
「ん……ん…ッ」
 
 どうしようもなく焦れるその感覚に、怠かった全身が目覚めさせられた。
「ぁあ…、はぁっ……」
 呼吸と共に、声が上擦る。萎縮していたモノが、熱くなって体積を増していくのがわかる。
 ───や……イヤだ!
 リキむほど、縛られた手首に力がかかって、身体が揺れた。
 容赦のないフェラ。身体の奧の何かを呼び起こす様に、舌が蠢く。
「くぅっ……あぁ…!」 
 熱い息と体、独特の臭い…体臭と汗…、繰り返す嫌悪──過去の記憶が俺を飲み込む。
 
 脳裏にまた、恵が浮かんで、ぎゅっと胸が痛くなった。
 嫌だ。恵の側に…あの子に触れていたい……
 
 
 ───こんなヤツ……冗談じゃないッ!
 
 
 悔しくて、力無く歯ぎしりをした。
 抗えない状況、抗えない身体。
 俺を縛る呪文が、言葉から道具に変わっただけだった。
 
 
 
 俺はまた、6年前に引きずり戻される。
 ──俺の身体はまた、どす黒く染められていく。
 


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