chapter12. keep my mind -こころをつないで-
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 1
 
 苦しい…
 
 
 あちこち痛い。身体が、妙に重い。
 
 
 ───ここは、何処だろう。
 
 
 
 
 
 うっすら開いた瞼から、光が差し込んできた。
 青い世界。
 白いシーツと、青い掛け布団。
 
 ……僕の部屋だ。
 僕、どうしたんだっけ。
 克にぃがいなくなって……
 桜庭先生に、酷いことされて……
 ああ、そうだ。
 霧島君が来てくれる。
 
 霧島君が……
 
 僕は霞む目で、布団の中に視線を泳がせた。
 ──状況を…はやく、情報を…
 
 僕、どうしたんだっけ。
 霧島君は、来なかった……。
 
 ポーチの前……
 公園の茂み……。
 
 
 もう一度、自分の格好を見る。
 学校に着て行った服のまま。……泥だらけだ。
 
 
 
 
 ────思い出した………僕は!!
 
 
 
 
 
「ぐっ………」
 吐き気と嗚咽で、喉が変な音を立てた。
 ショックで心臓が痛い。ガチガチと顎が震えだした。
 
 ───怖い! 怖い! 怖い!
 
 押さえ付けられた恐怖を…
 囲まれて見下ろされる怖さを…
 生々しく思い出してしまった。
 
 
「うぅ………っ」
 ぎゅっと瞑った目から、涙がぼろぼろこぼれ落ちる。
 布団の中の身体を、両手で抱きしめた。動くと全身が痛い。
 
 ──克にぃ……克にぃ! 助けて……助けてよぉ!!
 
 心が怯えて叫ぶ。
 僕、今度こそ、壊れちゃいそうだよ!!
 
 痛いのに、身体が勝手に動いた。
 何かに突き動かされるように、ベッドから這い出た。
 
 ──克にぃ……!
 
 僕の身体は、無意識に克にぃを探していた。抱きつきたくて。抱きしめて欲しくて。
 でも、痛んだ身体は言うことをきかなかった。
「あっ」
 布団を上手く剥がせなくて、掛け布団ごとベッドから落ちてしまった。
 泥まみれのズボンが、半分見えた。
「───!!」
 急いで布団を巻き付けて、隠した。
 
 ……やだ。やだやだやだ……
 ───こんなの、うそだよ
 
 
「天野!?」
 誰かが、血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「……大丈夫か!?」
 倒れている僕に、近寄ってきた。
 
 
 ……あっ 
 僕は、目を瞑って叫んだ。
 
 
 
「───こないで!」
 
 
 
 
 すぐに誰だか分かった。その瞬間、思ったんだ。
 
 ───来ないで! 僕に触れないで! 
 ───こんな身体、触っちゃダメだ!
 
 
 
「……きりしまくん」
 
 
 …お願いだから
 
 
「天野……」
「……ごめんね、今は…ちょっと……触れないで」
 
 今は、拒絶反応しか出ない。
 どんなに心配してくれても、僕は霧島君を傷付けてしまう。
 
 
 癒されないって、わかってる
 触らせちゃいけないって、心が叫んでる
 傷ついた僕
 汚された僕
 自分のことで、精一杯なんだ
 今は、何も言えない、何も答えられない
 
 ほっといて! ……お願いだから!!
 
 
 
 それはもう、言葉にはならなかった。
 僕はただ、首を振って身体を遠ざけた。
 霧島君の顔を見たら、また胸を掴まれたみたいに痛い。新たな涙がこぼれ落ちる。
 
 霧島君の顔が、ひどく歪んだ。
 あっと思った瞬間、僕は抱きしめられていた。
「天野!」
 耳元でそう呼ぶ、霧島君の声は悲しかった。
「……」
 竦んだ身体は動けない。
 拒否する腕は凍り付いてしまった。
 僕はどうすることもできずに、霧島君の腕の中にいた。
 ただ、絶望という真っ黒い淵の縁で立ち尽くして。
 
 
 
 いつまでも、いつまでも……
 動けないまま、泣き疲れて眠るまで、霧島君は僕を抱きしめてくれていた。
 
 
 
 
 僕の心がその淵に落ちなかったのは、その温かさのおかげだったと思う。
 あの時も───
 克にぃが帰ってこないと、取り乱した時。…失ったのは、声だけで済んだんだ。
 僕は、心も放っぽろうとしてたのに。
 闇の淵に、自分から飛び込もうとしてたんだ。
 でも、霧島君は掴んだ僕の肩を離さなかった。呼びかける声を、諦めなかった。
 
 今も、抱きしめて僕を離さない。
 
 ……霧島君。
 癒されないなんて、思って、ごめんね。
 僕がこうしていられるのは、全部霧島君のお陰なのに…
 
 僕、辛すぎて、まだ……周りが見えないんだ。
 差し伸べてくれる手を……それじゃ足りない、なんて、思ってしまうんだ。
 
 だって…僕を救うのは………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………」
 うなされて、起きた。
 すごい、いやな夢を見てた気がする。
「天野……」
 人影が、僕を覗き込む。
「………ん」
 その心配げな優しい目に見つめられて、克にぃと錯覚した。半身を起こして、思わず首に抱きついてしまった。
「天野」
 また、僕を呼ぶ。
 僕の回した腕に手を掛けて、優しくさすってくれた。
 
 
「……きりしまくん」
 
 
 克にぃじゃないんだと…そう、言いきかせて。
 僕も呼んだ。
 けど……回した腕は、離せなかった。
 
 
「……天野」
 さすっていた手が、腕が、僕の背中に回った。
 
 僕は霧島君の首にしがみついて、霧島君はその身体を抱きしめてくれて。 
 僕たちは、しばらく心臓をくっつけ合っていた。
 
「天野……俺がわかるんだな。…よかった」
 抱きしめる腕に、力が込められた。
 耳元で、低く囁く。
「俺さ、天野の目に映るのが、怖かった」
「………」
「でも、思ったんだ。克にいの代わりでもいいやって」
 …………
「俺のこと、ホンモノの克にいだと思ってても…」
「……っ」
 苦しいほど、抱きしめられる。
「お前の中に、…俺なんかいなくてもさ」
 
「……霧島…くん」
 呟いた僕の声に、抱きしめた腕の力が抜けた。
 僕は身体を離して、顔を見上げた。霧島君の目から……涙がこぼれていた。
「天野……俺、お前を守りたい」
「───」
「俺が守るから……ここにいてくれよ」
 また抱きしめられた。
 全身で抱え込んできて、首筋に顔を埋める。
「こころ……壊さないでくれよな……」
 ──霧島君……
 僕も、その首にもっとしがみついた。
 
 
 悲しい涙。
 僕の心に突き刺さった。 
「うぅ……」
 僕もしゃくり上げて、泣いてた。
 放棄したい世界。
 辛いことがありすぎて。
 二重の絶望を、僕は味わう。
 
 もうやだ! もうやだ! と叫んで。
 いっそ、壊れる前に、閉ざしてしまおうと……
 
 でも…でも。
 霧島君が、いてくれるなら。
 僕は、大丈夫なのかな……
 心を、繋ぎ止められるのかな……
 
 
 
 要らないと思った世界───でも、霧島君がいたんだ。
 
 
 
「天野…」
 温かい腕が、僕を包む。
 僕の涙は止まらない。
 
 どうしていいか、わからなかった。
 見限れない世界。
 ここに居なきゃいけないなら……
 後ろに戻れないなら──
 
 ちらりと、桜庭先生の顔が浮かんだ。
 息が一瞬止まってしまった。
 ───前にも、進めない…!
 僕の足元にまた、黒い穴が開き始める。
 
 
 ───わかんない
 わかんない! わかんない!
 
 この先、どうなるのか。僕はどうなっちゃうのか。
 
 僕はまた、無意識に首を振りだした。
 僕にまとわり付く何かを、振り払いたくて。
 
「……天野! 大丈夫だから、俺がいるから!」
 霧島君の腕の力が、更に強くなった。
 暴れ出す僕を、必死に押さえ込んでくる。身体がバラバラになっちゃわないように、心が飛び散らないように…
 
「霧島君……」
 僕も首に回した腕に力を込めて、必死にしがみついていた。
 いいの? 
 縋っちゃって、本当にいいの?
 霧島君の優しさに、僕は甘えようとしてる……
 


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