chapter12. keep my mind -こころをつないで-
1. 2. 3. 4.
 
 3
 
「なあ、これスゴイな」
 いつの間に持ってきていたのか、照明のリモコンを手にしていた。
「俺の部屋なんて、ヒモだよ、ヒモ! せめて入り口にスイッチがあればいいのにさ」
「うん、それもとうさんの部屋のお古」
「お古?」
「うん。このベッドもそうだよ」
「……ああ、そうなんだ」
「僕が8歳の時のね、誕生日プレゼント」
 僕は懐かしくて、口の端を上げていた。
「天野、ヤラシ。思い出し笑い」
「えっ、違うよ!」
 横目で見てくる霧島君に、焦って言い返した。
 そりゃ、イロイロあったけど、今僕が思い出したのは……
「このでっかいベッドにね、初めて乗るとき、海みたいだねって言ったの」
「………」
「ばふんて飛び乗って、四つん這いで布団の上、動き回って」
「……うん」
 くすりと、霧島君も笑った。
「誕生日で…大きいベッド、大きい布団。何もかも僕には嬉しくて」
 隣に、克にぃがいたんだ。僕に布団を掛けてくれた。
 克にぃの体温と匂いが、僕をすぐに眠らせてしまった。
「……おとなになっていく……そう、実感してくのが……」
 声が震えている。それ以上続けられなかった。
「…天野」
 笑っていた霧島君の顔も、辛そうに顰められていた。
「もう、いいよ。寝よう」
 その顔を見ていて、僕は我慢できなくなってしまった。
「うん……霧島君。ごめんね僕…」
 布団の中で身体を動かすと、霧島君の身体に、ぴったりとくっついた。霧島君は驚いて、間近に迫った僕を見つめた。
「………」
 そして、ふと笑みを零した。
「──俺、克にいになるって…言ったもんな」
 僕の方へ身体を向けて、腕を伸ばしてきた。
「………」
 一瞬、克にぃに抱きしめられたかと、思った。
 ふわりと温かい。
 匂いは違うけど。時々霧島君に感じた、克にぃと同じ雰囲気。オトナの空気。
 妙に懐かしく感じて、僕はまた泣いてしまった。
 霧島君は、僕をずっと抱きしめたまま眠ってくれた。
 
 
 
 僕は学校に行くのが怖くて、体調不良を理由に一週間休んだ。
 その間、霧島君はずっと僕の部屋に寝泊まりしてくれた。学校から帰ってくると、授業の内容を教えてくれた。だから、久しぶりに登校したときも、勉強には付いていけたんだ。
 一週間。
 それ以上は、休ませてもらえなかった。
 僕が、本当に恐れていたことは……
 
 
 
 
 
 
 
 
「今……ですか?」
「そう、今」
 無情の返答に、頭の中が真っ白になった。
 
 久しぶりの登校。
 久しぶりの授業。教室。クラスメイト。……賑やかすぎて、疲れてしまって。
 霧島君と、いつもの花壇に避難していた。本当はここも嫌だった。
 でも、うまく説明できなくて……。だってここは、僕たちの特等席。ほとんど毎日来てて、もう4年目だった。

 ───そこに、桜庭先生も来た。僕を見るなり、あの呪詛を唱えた。
 
 
 
 
 おいで
 
 
 
 
 その呪縛……僕の全身に、鳥肌が立った。
 
「久しぶり、天野君」
 有無を言わせない命令が、声に秘められていた。
 僕は、自分の首に嵌められた首枷を感じた。そこに繋がれた鎖を、桜庭先生が引っ張る。
 
 ゆらり、と立ち上がった。
 隣の霧島君に声を掛ける。
「ごめんね、霧島君」
「……天野?」
 いきなりの僕の行動に、面食らっている。
「僕、ちょっと………行ってくる」
 先生に相談してた、なんて嘘までついて。……行くしかなかったから。
 
「ああ、でもお前……相談って……」
 納得いかない声が、僕の背中を追いかけてくる。
 
 ………霧島君。
 
 僕はゆっくり振り向いて、その顔を見つめた。
 僕を守る──そう言って、泣いてくれた優しい目が、そこにあった。
 ずっと一緒だよ──そう言い続けてくれていた、克にぃの顔が、そこにあった。
 
 ──タスケテ──
 
 ぼくは、その顔に…微笑む。
「先に教室、戻っててね」
 同時に、肩を掴まれた。
 桜庭先生が、克にぃの指定席の場所に、手を置く。
 克にぃみたいに、身体を着けて歩く。
 見えない鎖なんかじゃない。本物の腕が、僕を捕らえていた。
 
 ───怖い!
 
 公園の茂みを嫌でも思い出す。あんなに怖くて、痛かったことはない。体が本当に、引き裂けた。
 先生は、痛くはしなかったから…嫌悪しても、どんなに嫌でも、恐怖を感じたことはなかった。
 
 でも………
 あんなふうに、誰かに無理矢理服を脱がされて“やられる”ことが、酷すぎて。人形に暴力を振るうみたいに、僕のことなんか、どうでもいい。
 本当に……一方的なアレは、恐怖と痛みだけだった。
 
 先生とも、もう怖い。
 
 
 
 
 保健室。
 今は僕の牢獄。背中を押されて、久しぶりに入った。
 先生が触ってくるだけで、怖い。身体が勝手に震えた。
 
「天野君……」
 唇を重ねられた。
 先生の舌が入ってきた途端、僕は吐き気を覚えた。
 それでも、受け容れなきゃならない。僕は、泣きながら我慢した。
 はやくこの時間が終わって──! それだけを、祈って。
 
 僕の異変に、先生が気が付いた。
「───天野…くん?」
 唇を離すと、顔を覗き込んできた。
 
 公園で酷いことをされたなんて、あのこと……先生には言えない。
 なんでか、知られるのは嫌だった。
 恥ずかしいのと、悲しいのと、悔しいのと、怖いのと……色々ごちゃ混ぜで。
 いっぱい質問されたら、苦しくなる。あのショックが戻ってきそうで、怖い。
 
 でも…僕はここで悪戯されながら、乱暴された事を隠してるなんて、変な気がした。
 やってることは、同じだった……やっとそれが、わかった。
 先生の、一方的に身体だけ求めてくる行為。僕の気持ちなんかどうでもよくて…ただ痛くしないようにだけ、優しくしてくれた。
 ……こんなの、克にぃが教えてくれたのとは、ぜんぜん違ってたんだ。
 僕にはみんなが普通なコトが、ちょっと足りない。でも、どのくらい足りないのか分からないんだ。先生にこんなことされてるのも、ホントはもっと……僕が思うよりもっと、異常なことなんだと…。
 
 ……自分が何をされているのか、そのおかしさが、やっと分かった気がした。
 
 
 
 震えて泣いている僕を、桜庭先生は頭から抱え込んだ。
 僕は怖くて固まってしまったけど、先生はただ優しく抱きしめていてくれた。
 
 先生の匂い。
 大好きだった……でも大嫌いになった匂い。
 もう僕には、辛い記憶しか呼び起こさない。それでも、ずっと抱きしめてくれる先生の胸は、温かかった。
 僕の身体は、いつの間にか震えを止めていた。
 
 ……教室に、戻りたい。
 
 ちょっと動いた僕に、桜庭先生が気が付いた。
「……大丈夫?」
 優しく聞いてくれるから、僕は許されると思ってしまった。
「……せんせい……」
 安心感から、思わず呼んでいた。
「───んんっ!!」 
 いきなり唇を塞がれた。安心感なんて、いっぺんで吹き飛んだ。
 恐怖と一瞬ですり替わる。
「んんっ、……やっ…やぁ!!」
 力一杯、振り解いた。
 驚いた先生が、僕を見る。
 
 それでも、先生の僕への呪縛は続いた。
「天野君。………言うことを聞く約束は?」
 
 僕は首をゆるく……横に振った。
「せんせい……ぼく……いや」
 
 もうやだ。
 先生に毎日こんなことされるの、もう本当に嫌だ。
 
 “ヨゴされた”
 その思いが、あの乱暴された時から付いて回る。
 僕の身体は、汚された。
 克にぃだけのモノだったのに。自分で、そう言っていたのに。
 悲しくて、心が痛くなる。克にぃに、なんて言えばいいの。もう、触ってもらえないかな。
 こんな僕の身体、もう……嫌いかな。
 この一週間、そんなことばかり考えては、泣いていたんだ。
 
 先生だって同じだ。
 僕が克にぃだけのものでなくしてしまったのは……まずは先生なのだし……
 あんまり優しく触れるから。痛くしないから…暴力的な恐怖は、湧かなかった。
 
 でも、もう……怖いよ…。
 
 
 
「もう一度言うよ、服を脱ぎなさい」
 命令してくる声が、冷たく響いた。
 ……嫌だ……先生…なんか本当に、怖い! 
 心からそう思った瞬間、
「───!!」
 僕は手首を掴まれて、シャツを脱がされていた。
 こんな乱暴にされた事はなかったから、びっくりした。
「──せ、せんせい!?」
 手首をヒモで結ばれて、ベッドに身体を押し上げられた。
 
 ───あ……無理やりだ!!
 
 押さえつけられた怖い感覚を、思い出した。
「先生! やだっ……!!」
 叫んだ僕に、桜庭先生はタオルを噛ませて、首の後ろで結んでしまった。
 ……苦しい!
「んん──っ!」
 暴れる僕を押さえ付けて、先生は優しいキスを何度もした。
 おでこに、鼻の頭に、頬に。何度も何度も。
 ……何度も何度も。
 あんまり優しくて、僕は抗うことをだんだん出来なくなっていった。
 


NEXT /1部/2部/3部/4部/Novel