chapter12. keep my mind -こころをつないで-
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 抱きついた霧島君の身体は、熱くて、優しくて、頼りがいがあって。
 僕を確かな安心感で、包んでくれる。
 いま、ここに居てくれる。
 それが、どれだけ僕の救いになっているのか……
 僕は、わかってなかったんだ。
 あまりに当たり前すぎて。いつも横にいてくれたから。
 
 
「天野……」
 霧島君の声が泣いている。
 泣いても泣いても、泣ききれない僕のかわりに、霧島君まで泣いている。
 
 霧島君が、僕を呼んでくれる限り…僕は壊れない……壊れちゃいけない。
 だいじょぶだからと、ちゃんと返事をしなくちゃ。
 こんなふうに、霧島君まで泣かせたりしちゃ、いけないんだ。
 
「………きりしまくん」
 ……霧島君が流す涙…初めて見る。
 一緒にいてくれたのに。僕が、分かろうとしなかったせいだ。
 
 
 霧島君……ごめん……ごめんね……
 泣かせて、ごめんね
 そんな顔させて、ごめんね
 こんな僕で………ごめんなさい──
 
 
 こんな胸が痛いの、もう嫌だ……
 
 
 
 
 
 僕があんまりしがみついているから、霧島君が慌ててしまった。
「おい、天野……? どっか痛いのか?」
 ……痛い。でも、霧島君も痛いんだ。僕の心配ばっか、して。
「ううん。平気」
 僕は、顔を上げて笑った。
「天野…」
 心配顔にも、ほっとしたような笑みが浮かんだ。
 ふたりとも、涙でぐしょぐしょだった。
 
「僕、声が出てる……」
 急なことがいっぱいあって、それをじっくり考えるどころじゃなかった。
 でも、やっとそのことに気が付いた。
「ああ、ほんとに…」
 霧島君も、今気が付いたみたいな顔して、微笑んだ。
 ……いい笑顔だなぁ。
 僕は見惚れてしまった。胸が痛くなる。
 どうしょうもない気持ちを振り切って、追ってしまう面影を打ち消して、僕もえへへと笑った。
 
「……今、何時なのかな」
 顔を拭いながら、窓の方を見た。カーテンの向こうは、暗かった。
 朝も昼もわからない。時々意識が戻っては寝てを、繰り返していた気がする。
 起きるたび、霧島君が側にいてくれた。
「…もう、夜」
「…よる? ………いつの?」
 時間の感覚が、まったくわからない。
「丸一日寝てたよ。今日、俺だけ学校行ってきた」
「あ…」
 僕…今日、休んだんだ。
 また、桜庭先生の顔が浮かんだ。──ぞっとした。もう行きたくない。
「休めて……よかった」
「…うん」
 霧島君も、頷いた。
 
 
 ふと、僕は疑問に思った。やっと、周りを見ることができたんだ。
「霧島君……家は? …帰らなくて、いいの?」
 霧島君は、にこっと笑ってくれた。
「ああ。俺んちにも、天野のおばさんにも、言ってある」
「………」
「しばらく、ここに泊めてもらうんだ。今日、着替え取ってきた」
「………」
「…? 嫌か?」
 眉を寄せて、聞いてきた。僕はぽかんとして、何も答えられなかったから。
 ……克にぃ以外の誰かと、夜、一緒に寝るなんて。
 僕は、心臓が早くなるのがわかった。
 生まれて初めてだから。修学旅行にも、行けなかった。なのに、こんな突然……
 
「ううん。びっくりして」
 霧島君じゃなきゃ、怖かったかもしれない。
「あれ…昨日は? 昨日もいてくれたよね、ずっと」
 僕は起きるたび、覗き込んでくれた顔を、思い出した。
「昨日は、どこで寝たの?」
 霧島君は、顔を赤くして、床を指さした。
「ええ! ゆか!?」
 僕は驚いて、叫んでしまった。
「ああ…。だってさ、」
 霧島君は、恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
 僕と克にぃのこの部屋は、ダブルベッドのせいで、床がほとんど無い。
 下にもう一式布団を引くのは無理だった。そして、僕の横は克にぃの場所……。寝るとしたら、そこしかなかった。
 僕も、赤くなってしまった。
「でも……」
 僕は、霧島君を見た。
 また床に寝させるわけには、いかないよ。
「ここしかないから、一緒に寝よう。霧島君」
「うん……いいのか?」
「……うん。霧島君なら、平気」
 僕は、本当にそう思って微笑んだ。
 霧島君がいてくれて、よかった。僕は一人で泣かずに、こうして笑っていられる。
「ああ…、ごめんな天野」
「え?」
「その……、着替えさせられなくて…」
「………」
 僕の服は泥だらけで、そのままベッドに寝ていた。
 丸一日経ってるって言うし。…そんなこと、気にしてくれてたんだ。
「なんで謝るの。僕がお礼、言わなきゃいけないことなのに」
 僕は、また笑った。
 本当に優しい…霧島君。
「…僕、お風呂入ってくる」
 汚らわしいヨゴレが、僕には、いっぱい付いたままだったのだ。身体が気持ち悪いことに、我慢できなくなった。
 
 
 かあさんが、夕ご飯にご馳走を作ってくれて、久しぶりに賑やかなダイニングになった。
 霧島君は、驚くほどよく食べて、かあさんを喜ばせていた。とうさんも、めずらしくよく喋っていた。
「天野、まだかあさんって呼んでんだ」
 おかしそうに笑いながら、霧島君が言う。
 部屋に戻って、寝る用意をしていた僕は、ほっぺたを膨らませた。
「まだ、似合わない?」
「うん」
「───」
 言葉をなくした僕に、霧島君は、すまなそうに笑い続ける。
「……霧島君て、よく食べるね」
「ん? そうかな。ふつうだろ? 育ち盛りだし」
「かあさんが、喜んでた」
「はは、他人家で、あんま浅ましいコトすんなって、よく言われるけど」
「…霧島君なら、ラーメン一杯、食べられる?」
「ラーメン? 食うけど……」
 パジャマに着替えた僕は、ベッドの縁に腰掛けた。
 霧島君は、遠慮してるのか、もっと端っこに座っていた。
「僕ね、まだ一杯は食べきれないの」
「ああ、天野は、給食も残すもんな」
「うん。霧島君は、………いちにんまえなんだね」
 僕が笑うと、変な顔を返してきた。笑ったつもりだったけど……違ったのかもしれない。
「僕ね、ひとりでお風呂入れるようになったんだよ」
「………?」
「ご飯の時も、自分でおかずを取るの」
「…………」
「僕、少しずつ、オトナになってるんだ。これでも」
 自分のことは、自分でやる。そんな、とっても当たり前のことが、僕にはなかった。
 僕の“成長”は、霧島君達にはとっくのとうのことなんだ。
 でも僕は、やっと一人で歩き出した。頑張らなきゃいけないんだ。でも……すぐに思い出してしまう。懐かしい時間を。
「僕もね、いちにんまえだった時が、一回だけ、あるんだよ」
 笑ったのに。
 霧島君が歪む。
 熱いモノが頬を伝っていく。
 
 ………なんでだろ。
 無性に話したくなる。克にぃとのこと。
 僕の、成長のこと。
 
 笑いながら涙を流す僕を、霧島君はまた抱きしめてくれた。
「天野、時々そういう顔…するんだよな」
 顔をその胸に押しつけて、僕は泣いてしまった。
「そんなとき、俺はいつもこんなふうに、抱きしめたかった」
「………」
「天野がよく、克にいみたいになるって言ってたけど、俺がその前になってやるって思った」
 僕は、顔を上げて霧島君を見た。
 真っ直ぐに僕を見つめる。その顔こそ、泣きそうに見える。
「ごめんな、俺…間に合わなくて…」
 また、胸が痛くなった。
「霧島君が謝らないで……霧島君が泣かないで! 全部僕が悪いのに…」
 胸にしがみついて、首を振った。
「まだ、お礼も言ってなかった…僕。ありがとうね、助けてくれて…」
 本当に、嬉しかった。僕の声が届いた事が。
 鼻と鼻がぶつかりそうな距離で、僕たちは見つめ合っていた。
 霧島君が、辛そうに目を細めた。
 
「…天野。……俺は」
「…………?」
 唇を噛んで、黙ってしまった。
 
「もう、寝よう。俺、どっち?」
 変に明るい声で、話題を変えた。
「……僕、奥」
 僕は戸惑って、霧島君を見つめた。
 眩しそうに目を細めて、僕を見返してくる。
「なんでもないよ。ごめんな」
「……? …うん」
 
 その後は、僕にとっての修学旅行だった。
 霧島君と並んで、ベッドに寝た。克にぃじゃない体温が隣にあるのが、すごい不思議だった。
 僕はいつものクセで、霧島君の方に横向きに寝て、布団の中で身体を丸めた。
 いつも克にぃを見て寝てたから、こうでないと寝付けないんだ。霧島君は、克にぃみたいに真上を向いて横になっていた。
 
「僕…ドキドキしてる」
 霧島君の横顔を見ながら、僕は言った。
「…え!?」
「修学旅行って、こんな感じ?」
 首だけ曲げて、霧島君は僕を見た。
「はは、違う違う! こんな、一緒の布団なんか、入らないよ!」
 噴き出した霧島君に、僕は睨み付けた。
「そんなに笑わなくたって! 僕、わかんないんだもん」
「……そうか、そうだよな」
 涙を拭きながら、笑い続ける。
「そんな、笑わなくたって…!」
 僕は同じ事を言って、拗ねた。
「…ごめん、……俺、自分に笑ってた」
「?」
 怪訝な顔をする僕を横目に、いつまでも笑っている。
 ………まあ、いいや。
 霧島君が笑っていることが、僕には嬉しかった。
 


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