chapter5. calling you 君を呼ぶ -重力の宿命-
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 一週間って聞いてたけど、天野は、5日で退院出来ることになった。
 
「検査で、何も出なかったし、僕、もう、元気だからって!」
 顔色も良くなって、ほんとに元気になったと思う。
 帰り支度をする天野に、もうあんな危なげな空気は、感じなかった。
 
 
 
 俺は次の日、天野と遊ぶため、外に誘った。もちろんムリは出来ないから、退院祝いに、ちょこっとだけ。
 どうしても食わせたいモノが、あったんだ。ずっと病院食で、きっと食いモンにも飽きてるだろうし。
「……たこ焼き?」
「ナメるなよ! そこら辺のとは、全然違う。スッゲー美味いんだから!」
 ピンときてないみたいな天野に、それだけ言っていた。
 こないだ、タクマさんに食わせてもらった時、あんまり美味くて感動したんだ。
 ああ、これ、天野にも食わせてやりたい! そう思って、小遣いも使わないように、取っておいた。
 
 
「おばさん、こんにちは!」
 学校が終わった後、ねーちゃんから借りた自転車を飛ばして、迎えに行った。俺のは後ろに荷台がないからだ。
「いらっしゃい、霧島君。ちょっと、待っててね」
「……はい」
 
 天野にそっくりな、お母さん。
 初めて見たときは、天野が口紅つけるとこんなかなって、ドキドキしたんだ。すっごい、綺麗だったし。
 ……でも、なんだか今のおばさんは、元気がない。廊下を戻って行く後ろ姿が、気になった。
 それは、見舞ってる時も感じてたんだけど。
 せっかく天野が、退院できたってのにさ……!
「……………」
 振り向いて、フェンスまでの小道と中庭を見渡してみても、前みたいに輝いてない。
 
 ──────?
 何か、変な気がした。
 克にいがいて。笑ってる天野がいて。学校以外は、すぐにこの中に、帰っちまう……
 俺にとって、天野を独り占めしているこの家は、総てが眩しかったのに……。
 
 
 
 
「おまたせ! 霧島君!」
「よろしくね、……霧島君」
 二人で揃って出てきて、揃ってそんなふうに呼ばれると…やっぱ顔が熱くなった。
「………ハイ」
 
 
 チャリの後ろに天野を乗せて、駅近くのスーパーまで、ゆっくりペダルを漕いだ。
 今日の天野は、淡いオレンジ色のパーカーを着てて、暖かそうだった。
「落ちるなよ!」
「うん!」
 その腕を俺の腹に巻き付けて、全身で背中にしがみついてくる。
 前に、自転車に乗れないのかって驚いたら、中庭でしか練習させてくれなかった! って文句を言っていた。
 
 ───でも……こんなふうに密着していられるなら、天野は乗れなくていいじゃん。
 …………なんて思ってしまう俺は、それじゃ克にいと、同じじゃないかって……ちょっと複雑。
 
 
 
 
 
「───なあ、天野?」
「なあに?」
 後ろから、声変わりもしてない高い声。
「………こないだ、面会した時さ、変なこと言ってたろ?」
「えー?」
 のんきな声に、ちょっと焦れる。ずっと、胸に引っ掛かってたんだ。
「…………好きって、他のヤツにも、言われたって……」
 
 こんなこと、正面に向かい合ってたら、訊けない。一生懸命ペダルを漕ぐフリしながら、返事を待った。
 駅前の商店街が、見えてきた。もうすぐでスーパーに着いちまう。
「………………」
 背中の気配が、なんかもじもじしてる。
「───内緒にすんなよ、もう」
 前を向いたまま、付け加えた。
 知りたいことは、聞くって。俺、決めたんだ。……後悔する前に。
 背中にくっついている顔が、頷いたような気がした。
 
 
「うん…………緒方君に……」
 
 
 ─────エッ!!!
 
 
 危なくハンドルを切りすぎて、転ぶところだった。
「きっ、霧島君……!?」
 左右によろめく自転車に、怖がった天野が、余計にしがみついてくる。
「…………あんのヤロウッ!!」
 俺は声に出して、呻った。
 夏休みに会った時は、フェアなこと言ってやがったけど。
 ───しかも、……アイツもかよ!
 
『霧島も、天野?』
 
 あの時の、意味深なセリフが、やっと今わかった。
 澄まして笑うキザっちい顔に、無性に腹が立った。鈍い俺にも!
「いつだよ、それ………なんも、されなかったか!?」
 気分最悪だ!
 ペダルを踏む足に、ハンドル握る手にも、怒りがこもる。
 頭が熱くなって、自分でも何を叫んでんのか、わからなくなっていた。
 
「え……キス……」
 
 
 
 
 
「……なッ───!!!!!」
 こんどこそ、すっ転びそうになった。
 その場でチャリを止めて、肩越しに振り向いて、天野を見下ろす。すぐそこで真っ赤な顔して見上げてくる顔は、唇まで赤かった。
「………………」
 何も言えなくて、俺は黙ったまま、見下ろし続けた。
 緒方に…アイツに任せて、ほったらかした。俺に怒る資格は、無いんかもしれない……
 でも……緒方と、キス…?
 サクラバとのあの光景とは、全然違うショックを、受けた。
「─────」
 どうしても、何も言えなくて────
 
 
「あ、でもね……触れただけだよ!」
「え?」
「僕、イヤだったから……緒方君からはね……逃げた」
 ますます顔を真っ赤にしながら、しどろもどろで説明しだした。
「克にぃが一番好きって……緒方君には、言ったの!」
「…………!!」
 
 たぶん、おっそろしいほど、怒った顔をしてたんだと思う、俺。
 天野は一生懸命、俺を見上げて……報告するみたいに、切れ切れにも全部、教えてくれた。
 “もう、内緒にすんなよ” 俺のその一言を、約束を守るみたいに、受け入れて……
 
「いろいろ、怖くて……でも、僕にはやっぱり……」
「………………」
 最後は、聞こえないくらい小さな声。
 俺は真っ白になったまま、返す言葉なんか、見つかるはずもなく……前を向いて、ペダルを踏んだ。
 
 
 
「説明、……サンキュー」
「……うん」
 背中は天野のほっぺたが温かくて、正面から受けてる風が、胸に冷たくて……
 振り向けないまま、それだけ言うのが、精一杯だった。
 
 情け無ぇな……俺。
 
 唇くっつけるだけのキスなら、俺もしてるじゃんか!
 そう気持ち切り替えて、モヤモヤはヤメにした。
 
 
 
 
 
 
 
「やっと着いたな~!」
 自転車を止めて、開けている正面まで歩いた。ここはでっかいスーパーで、駐車場も駐輪場も、やたら広い。
 店の入り口では、クレープ屋とたこ焼き屋が、賑やかな音楽を響かせて人集りを作っていた。
「いい匂いだね~!」
「ああ、買ってくるから、そこで待ってろ!」
 顔を輝かせてる天野を、フェンス沿いのベンチに座らせると、屋台に走った。
 出来たてアッツアツが、美味いんだ! お土産なんかにしちゃったら、もったいない!
 そう思って、ムリして連れて来てしまった。
 
 
「お待たせ……」
 駆け寄ろうとして、足を止めた。
「……………」
 外の道路を、眺めてる。
 駐車場の出入り口でもあるから、車がよく見えるんだ。
 フェンスに寄り掛かって、首だけそっち向けて。斜め後ろを、じっと見つめてる。
 その姿は、克にいだけを見てる、天野そのものに思えた。
 ───ったくな。俺の方なんか、見てやしない!
 ………こんな天野だから……好きなんだよなぁ。
 
 それにしても。
 なんだかんだ天野も、育ったと思う。
 髪が長くて手足も伸びた天野は、幼かった可愛さより、美人って言う表現のほうが、似合ってきてるような気がした。
 でも、一方向しか映さないような、あの目は……変わらない。
 ───たぶん、あの瞳にみんな、惹き付けられるんだ。
 “克晴”って世界しか、存在しない。みんな、あの瞳に映りたくて………
 
 
 
 
「天野、お待たせ。……なに見てんだ?」
 隣りに座りながら、訊いた。
 いつまでも熱心に、顔向けてるから。
「え……なんかね、今止まってた赤い車、見たことある気がして」
「……ふうん?」
 俺もそっちに目を向けたけど、信号が替わって、車の列は流れ出していた。
 
 
「アッ! めぐみ!!」
 いきなり斜め上から、野太い声が降ってきた。
 
「……あ! ケイタさん!」
「─────えッ!?」
 
 
 見上げた先に立っていたそいつは、見るからにヤンキーだった。
 銀色の短髪は、ハリネズミみたいにツンツン立って、身体もかなりデカイし。どう見ても、中学生で……。
 二人が知り合いってのに、驚いたけど……“めぐみ”って、呼び捨て……?
 
 
「めぐみ! 会いたかったんだぜ、どこに消えたのかと、探してた!」
「うあぁ……」
 ─────!?
 俺の驚きは止まらない。俺そっちのけで喋りだしたソイツは、天野を抱き締めた!
「け……ケイタさん!」
 天野もビックリして、カラダを捩った。
 
「な、めぐみ、訊きたいことがあるんだ」
 腕の中の天野を、せっぱ詰まった声で、呼ぶ。
「なあ、教えてくれよ!」
「────?」
 なんとなく、変な緊張感みたいなのを感じて、俺も天野も、動きを止めた。
 
 
 
 
「克晴さんが、大学ヤメタって、ホントか!?」
 


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