chapter5. calling you 君を呼ぶ -重力の宿命-
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「……えっ!?」
 
 
 
「もうずっと、大学に来てないらしくて」
「……………」
「いつの間にか、辞めたんかなーって…、兄貴達が話してるの、聞いちまってさ」
「──────」
「なあ、どうなんだよ? 辞めて、ナニしてんだ?」
 天野は顔を真っ白にさせて、首を振った。
 
「……とうさんは……克にぃ……大学に専念するからって……」
「だから、………自分の将来のために…下宿するって……」
 
 
「え! やっぱ家に、いないのかよ!?」
「……なんで?」
 間を置かないで訊き返したのは、俺だった。“やっぱ”って、なんだよ…?
 記憶の中の克にいが、俺に危険信号を送る。
 道端で倒れてたり……あの雨ん中、らしくない服着て…蹲って……
 
 
「なんか、よくは知らねーけど。最後に見たの……兄貴のダチでよぉ。ヤベェくらい、怪我してたって……そんで、ふっと居なくなっちまったって……」
 
 
 
「─────!?」
 
 
 
 コイツがいきなり持ってきた話は、もう、たこ焼きどころじゃなかった。
「おいッ! 病み上がりなんだから、乱暴にすんなよ!」
 ヤンキーの腕の中で、真っ青になっている天野を、俺の腕に取り戻した。
「……天野ッ、大丈夫か?」
 
 気絶してしまうかと、思った。血の気の失った顔で、俺を見続ける。
 そのうち、真っ青のまま、呼吸だけが荒くなっていって、視線が泳ぎだした。
「克にぃ……のね…」
「!?」
 小さな唇に、耳を近づけた。
「変だったの……机の上が……」
 
 ────!? ……わからねぇ……錯乱し始めたのか?
 
 思わずヤンキーを振り向くと、ソイツも同じように心配顔で、天野を見つめていた。
 俺の視線に気が付くと、目を合わせて、「おっ?」って声を出した。
「……なあ、アンタも、めぐみの兄貴なのか?」
 
「……はッ!?」
 もう、何がなんだか……
 それぞれが何で、そんなことを言い出すのか、……まるっきりわからなかった。
 
 
 
 
 天野をベンチに横にして、とにかく呼吸を落ち着かせた。
 その間にヤンキーと簡単に、お互いを説明し合った。この人…啓太って人も、俺が克にいにそっくりだから、そう思ったんだって。
 でも、それよりもっと驚いたのは……
「オレは、めぐみの彼氏候補! 現在、返事待ちよ!」
 あっけらかんと言うそれを聞いて、俺は腰が抜けるかと思った。
 だって、ここにも居たんだ。天野に、告白したヤツが───しかも、初めは克にいが初恋だったとか、真面目なカオで言ってやがるし。
 
 
 
 
 天野も時間をかけて、なんとか落ち着いたようだった。
 でも……横になったまま話し出した、途切れ途切れの、その言葉は──
 足元から、得体の知れない恐怖を、湧かせるようだった。
 
「僕が…変だなって思ったの、気のせいじゃなかったんだ…」
「───変て?」
「……とうさんが、克にぃの机、調べた……」
 
 
「─────」
 俺は息を呑んだ。
 柴田先生は、「克晴を助けたかった」って、言っていた。
 ………そんな前から?
 おじさんは────何を探したんだ。
 
 最後に会った克にいは、確かに普通の様子じゃなかった。
 ……でも……だからって……
 いったい、克にいには、何があるって言うんだよ……?
 ───俺たちには、想像も付かないような、何かが起こってる……。
 それだけは、分かった。
 
 
 天野は、記憶を手繰るように少しずつ、話し出した。
 小さな声を聞き漏らさないように、俺は必死に、耳を傾けた。
 
「いろいろ、変だったの……とうさん……昼なのに、家にいたり……」
「─────」
「かあさんが……泣き続けてて……」
 
「でも…………僕のことを想ってじゃ…ないのはね……わかった……」
 
 ────!! 
 胸に刺さる、悲痛な声……。
『親が僕を、放棄したから…』
 出会った最初の時から、コイツはそう言ってたんだ。
 サクラバに酷い事されてる間に、そんな孤独感も、抱えてたなんて。
 
「……でも、聞いても答えてくれないし……克にぃに何かあったなんて……僕…考えるのも、怖くて……」
 あの保健室以来、泣くのを我慢するようになった、天野だったけど。
「……どこ行っちゃったの? ……克にぃぃ………」
 顔中、ぐちゃぐちゃにして、幼い子供に戻っちまったみたいだった。
 
 
 
 
 
 取り乱した天野を連れて、俺たちは天野の家に帰った。
 そして、おじさんが居たから、訊いてみたんだ。俺が、直接。
「心配するようなことは、何もない」
「……でも」
「事件などない。克晴は自分で家から出た、それだけだ」
「……………」
 
 それしか、説明してくれなかった。
 前に泊まり込んだ時の、優しくしてくれた雰囲気が、まるで無い。吊り上がった眉に冷たい眼、結んだら開かない口。
 “子供に説明することなど無い” 
 そんな空気に圧倒されて、食い下がろうとした声が出せなくなった。それが悲しいし、悔しかった。
 
 ───でも、天野を俺の腕から請け負って……大事そうに抱き締めたその姿は、ちゃんと“父親”だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 克にい……
 
 俺も、呼んでみる。
 ───克にい……どこ行っちまったんだ。
『今は……頼む』
 ………それって、帰ってくるってことだろ…?
 
 
 部屋に帰ってから寝っ転がって、先生にもらったカレンダーを眺めた。
 畳に投げ出した、右手の指先に挟んで。
 天野の星座……克にいの星座………4月は、俺のでもあるんだけどさ……。
 
 両手で持ち直して、蛍光灯に透かすように、真上に掲げた。
 背中合わせの、天野兄弟の星空……。
 でもこんなふうに見ると、二つの星空は、まるっきり一つの世界だった。
 
「──────」
 理科で習った宇宙の絵を思い出して、そのカレンダーに重ね合わせた。
 宇宙は広くて、星が沢山ある。あちこちで集まって、渦を巻いてんだ。
 星にはひっぱる力があって、星の周りに星が回ってる。
 そんで、地面にも、引き離さないチカラってのがあって……
「………………」
 
 
 
 
 天野克晴
 天野恵
 
 柴田先生は、二人の“天野”に関わって、その周りをグルグルしてる……星みたいだなって、思った。
 俺は───廻ってるだけじゃない。引き寄せられて、天野って星に、落ちた。
 ……そして、天野は。
 克にいって星の上で、その抱き締める腕の虜になって……俺まで、そのチカラの影響を受けている。
 
 
 克にいを、求め続けてる……そんな天野を、俺が求めて。
 緒方が……啓太が……サクラバが……その名を呼ぶ……。
 そして、自分を見てほしい両親の目は、克にいに向いてる。
 
 それぞれの視線は、みんな右向き。一方方向で。誰とも向き合ったりは、しないんだ。
 
 ────克にいは?
 こんなふうに、天野を育てておいて。
 克にいの求める先には……誰がいるんだ……
 今まで、天野の回り総てのことは、克にいのせいだと思ってた。全部克にいが原因だと、思ってた。
 でも、その向こうに、もっと大きなチカラが、あるんじゃないか。
 …………今日、初めてそんな気がした。
 
 
 俺たちを苦しめる、一番強い力は……誰の星にあるんだろう…?
 
 
 
 
 でもそんな事わかるわけもなく、誰も答えをくれないまま、俺たちは育っていった。
 


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