chapter6. deeper-lying structure
                      深層パズル-心裏-
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 3
 
  ………………
 
 何時間眠っていたのか……
 外が騒がしくて、意識が戻りかけた。
 
 誰かが、この部屋の玄関の外にいる。
 ドアを開けようとしている。
 
 
 
 
 
 ───誰だ……?
 オッサンのはずはない。あんな煩く、するわけがない。
 
 …………助け? ……父さん……?
 朦朧とする頭を、必死に動かした。
 ───俺のこんな格好は……でも、助かるかも知れないのか…!?
 
 玄関ドアを破壊しようとするような、激しい物音が続く。
「──────」
 助けだったら─── そう思うと、興奮で胸が熱くなった。
 ……よりによってこんな格好で、発見されるのか。一番最悪な状態だけど………助かるなら、一時の恥だ。
「…………はぁ」
 薬のせいで、ちゃんとした判断力も体力も、戻ってこない。
 
 
 ……そうだ。いったいこの部屋は……霞む視界で、部屋を見回した。
 ────アパートの、一室か……?
 山崎の部屋みたいに縦長で、足元の方にオッサンが出て行ったドアが一つ。
 頭側に、ベランダに続く窓なのか。天井から床までのカーテンが下がっているせいで、部屋全体が薄暗い。
 
 こんな普通のアパートで、俺が大声で助けを求めたら、確かに外に聞こえるだろう。
 手足が自由だったら、何かを着ていたら……
 俺は、確実に逃げ出している。
 一瞬でそう判断出来るような、小部屋だった。
 
 
 
 
 ガシャンッ!
 
 
 突然、頭上でガラスの割れる音がした。
「────!?」
 首をねじ曲げて振り仰ぐと、小さなベランダへのガラス戸が割れて、男が一人、のそりと侵入してきた。
「………………」
 カーテンが押し開かれて、眩しい光が部屋の奧まで差し込んでくる。
 逆光に顔を顰めながら、シルエットの正体を見極めようと、目をこらした。
 
 
 
 
 
「……Great God ! ………オマエ……カツハル?」
 
 
 
 
 
 プラチナブロンドの巻き毛を掻き上げながら、青い目が笑った。
 
「──────!?」
 なんで、俺の名前を────
 
 声も出せないで、その男を見上げた。
 20代後半といった感じだけど、着てる服のセンスはかなり若い。
 肩まで捲り上げたTシャツから、太い腕を剥き出しにしている。真っ白い二の腕に黒い入れ墨の文字が、不気味に浮かび上がっていた。
「…………誰だ?」
 睨み付けた俺を無視すると、その男は部屋を横切り、玄関を開けて3人の男達を連れて戻ってきた。みんな同じように若くて、金髪に碧眼……。
 ベランダから入ってきた男だけが、際だつ銀髪だった。
 
 ───こいつら、ヤバイ……
 
 本能が、そう感じた。
 男達の眼光は、獲物を見つけて喜んでいるような獰猛さを、孕んでいる。
「…………」
 ニヤニヤした面々に布団を囲まれて、俺は自分の拘束具を呪った。
 こんな時に、手も足も動かないなんて! それに、今の俺は…
「────あッ!!」
 いきなり布団を剥がされた。当然、全裸で後手にされている身体が、露わになった。
 
 
「Great !」
「Sight for the Gods !」
「……Wonderful doll !」
 
 
 口々に何かを囃し立てて、口笛を吹いた。上から下まで、舐めるような視線を走らせる。
 
「……見るなッ!」
 俺は恥ずかしさと悔しさとで、顔を熱くしながら叫んだ。
 ───何だ、コイツら!?
 不快すぎる視姦に、耐えられない。全裸を少しでも隠そうと、身体を捩った。
「痛ッ……!」
 プラチナブロンドが跨ってきて、俺の両肩を布団に押し付けた。もの凄い乱暴で、力強い。
「や…何する……離せッ!」
 背中で両手が繋がっているせいで、身動きが取れない。
 ────ぅああッ…!?
 晒した胸に、なんの躊躇もなく、尖った舌が這った。ヌルリと生温かい舌に舐め上げられて、鳥肌が立った。
「やめろッ!」
 肩を揺すって、ガッチリと押さえ込んでくる手を、振り払おうとした。
 
「……カツハル」
 得体の知れないソイツが、顔を上げてニヤリと笑った。
 
 
「……さわぐな。マサヨシには、キョカ……取ってある」
 
 
 ─────え──?
 
 
「……あッ」
 愕然とした瞬間、他のヤツに足も押さえられた。
 乗っかっている男が、更に胸を触る。摘んだり弾いたりして、弄んでくる。
「やめ……やめろ……」
 唯一動く首を振って、睨み付けた。
 その男は、俺の反応を観察するように、じっくり眺め降ろして……瞠っていた碧眼を細めて、溜め息をついた。
「ワンダフル・ドール……その通りだな……」
 
 ────なに……?
 薬の切れが不十分で、状況判断がまだちゃんとできない。
 何者なんだ、こいつら…何で俺を……!?
 なんにしたって、この現状はどう考えても────
「離せッ! ……やめろって言ってんだッ!!!」
 オッサンだけでも嫌だったのに、こんな奴らに何かされるなんて、冗談じゃない!
 俺は、出来る限りの抵抗をした。
「Doll……You must keep silent !」
 頭の方にいる男が声高に叫びながら、俺の口を手で塞いだ。
「んんッ!」
「ハハッ! 人形は黙ってろ! って、言ったんだ!」
 跨っているコイツだけ、流暢な日本語を使う。
 一旦上から退くと、他の奴らに何か指示して、俺の閉じた両脚を、抱え上げさせた。
 
 ────!! ……本気で、こいつら俺を犯る気だ………
 
 余りに急すぎて、恐怖すら付いて来ない。
 でも、さっきの一言は、俺の心を貫いていた。
 
『マサヨシの許可は、取ってある』
 ─── それって……
 “何があっても、声を出しちゃダメだよ”
 “騒いだら、だめだよ” 
 ……オッサンは、そう言っていた。
 …あれは………このことなのか───?
 
 
 口を掌で塞がれたまま、またのし掛かってきた碧眼を、睨み付けた。
 その眼が、ニヤリと笑った。
「天国を見せてやる」
「───んんッ!!」
 
 いきなり熱い塊が押し当てられた。身体をくの字に曲げて、後をさらけ出しているそこに、解しも濡らしもせず、突っ込んで来ようとしている。
「───痛ぅッ!」
 入るはずがない! 自分でも力一杯、締め付けて拒んだ。
 
「Shitint !」
 舌打ちして、男は体を起こした。諦めたのかと、一瞬期待したけれど……
 ソイツは、横の男から何かを受け取ると、その先端を俺のそこに差し込んだ。
「……んんッ!?」
 冷たい感触と、中に入り込んできた何かのせいで、気持ち悪い。下腹の中に、どんどんそれが溜まっていく。
「…………ッ」
 体を捩っても、掴んだ腰は離されなかった。チューブの中身を全部絞り挿れられ、再度肉棒の先端をあてがわれた。
「んんッ………やめ…」
 俺は必死に抵抗した。
 ───イヤだ……イヤだ……!!
 どんなに暴れたって、動けない上に多勢に無勢だ。敵うわけがなかった。
 
「あッ………ぁああああッ───!!」
 
 押し広げて、入ってくる。
 ───なん……なに……ッ!?
 有り得ない奧の方まで、腸壁を突く。
 そんなことって、あるのか───オッサンの…倍以上……長い…!?
 何をされているかも、信じられないくらいだ。
「ああぁ……はぁ……」
 しかも、挿れられたゼリーは、潤滑油ってだけじゃない。オッサンがよく使う、あの薬の感覚だった。
 ───マジか……!
「あ……ああッ…ああッ……!」
 もう塞がれなくても、それしか声が出ない。パンパンと容赦なく突いてくる肉音に合わせて、悲鳴のような喘ぎを上げさせられた。
 ───こんな……こんなの……!!
 身体が勝手に、熱くなっていく。
 揺さ振りと刺激と、薬のせいで、思考まで犯されていく。
 その中で、心が哀しみで、叫んでいた。
 
 ───オッサン……これは、ないだろ………!
  
 快感に呑まれる前に、意識を閉じようとした。
 ─── その時……
 
 
 
 
「Get out !!」
 
 怒鳴り声と、何かが弾けるような衝撃音────
 
 
「退けッ! ……チェイス!!」
 
 
 オッサンが部屋の入り口で、銃を構えて叫んでいた。
「今度はアタマ、ぶち抜くぞ!!」
 
「─────!!」
 侵入者達が、一斉にそっちを振り返った。
「……ぅぁああ…ッ!」
 腹の中の異物を急激に引き抜かれて、俺は悶絶した。
 
 
 
「…………マサヨシ」
 
 
 チェイスと呼ばれたソイツは、立ち上がってオッサンと睨みあった。
「……出て行け! 早く立ち去れ!」
 オッサンは、聞いたことのない低い声で、また呻った。
 目が据わっている。
 一瞬でも刃向かったら、直ぐさま頭を打ち抜く───殺気が俺の皮膚にも、刺さってきた。
 
 
「──Get away !」
 
 その叫びと共に、ベランダから次々と男達が逃げていった。
 
「克晴!!」
 オッサンが駆け寄ってきて、俺を抱き起こした。
「………………」
「────! 薬を、使われたんだね!?」
 チューブを見つけ、俺の惨状に息を呑んで、全身を震わせた。
 
「これを一本全部、挿れるなんて…!!」
 バスルームに俺を運ぶと、シャワーホースを使って薬を掻き出した。
 腸内に水を挿れ、指を突っ込んでは排水させ、何度も何度も内側を洗い流した。
 俺の身体は、その刺激さえ悦んだ。
 精神も神経も、限界を越えたように麻痺してしまい、襲ってくる快感を受け入れては、痙攣した。
「克晴……克晴……」
 呼び続ける声が、バスルームに響く。
 倒れたまま声も発せない俺を、オッサンは抱き締めて泣いた。
「ごめん……克晴………ごめん……ゴメン………」
 
 
 
 
 
 
 
 その後の記憶は、また途切れていた。
 気が付くと、いつものカーテンとベッド。
 真っ白い部屋に戻されていた。
 手足の拘束は解け、パジャマも着ていて。枕元には、泣き腫らしたオッサンの顔……
 看病疲れのまま寝てしまったように、ベッド脇に座り込み、頭だけ縁に凭れている。
 
「───────」
 
 
 
 何が、起こったんだ……身体がまだ、おかしい。
 あんなこと────
 
 
 ……抗う術がなかったことが、悔しくて。
 何故俺が……? 標的になった理由を、知ることも出来ずに。
 薬に犯されていたとはいえ、心が完全に折れていた。喘いでは受け入れてしまう悦楽を、抑えられなかった。
 
 俺はまた……自分を救えなかったんだ。
「……………ふ…」
 
 ────悔しくて……悔しくて……
 動けないまま、泣いていた。
 涙が横に伝っていって、枕に、シーツに、音を立てて落ちていく。
 
 ………悔しい……悔しい……!
 そう叫ぶ心の中に、もっと奥底で啜り泣く、違う声を見つけた。
 
 ────哀しい……
 
 
 
 
 ……哀しすぎて、悔しいんだ。
 
 俺は、オッサンに売られたと思った。
 アイツの言葉を真に受けて…………“オッサンに裏切られた”と、思ったんだ。
 それでショックを受けた。
 
 
 歪む視界で、10歳も老けたような顔の寝顔を、じっと見つめた。
 こんな悪魔に裏切られたと思って、傷付いたんだ……俺は……
 
 
「───────」
 ……この痛みは、あの時と同じだ。
 コイツがいきなり居なくなって……父さんの身代わりだったって、思い知った。
 あの時のやるせない動揺……置き場のない心……俺が壊れないようにするために、憎んで、憎んで、…………封印した。
 あの痛みが、俺に涙を流させるなんて……
 
 
「……かつ……はる……?」
 
 そうだ……
 コイツに大学のトイレで、犯られたときも、俺は泣いた。
 あれは酷い……単なる性処理と言うにも、非道すぎる。
 俺はただ悔しくて、分けもわからず涙を流した。……あんな扱いをされたことに、傷付いていたんだ。
 
 ……あの時、恵の方が、わかっていた。
『……克にぃの悲しいこころ、僕が…慰める』
 そう言って、小さな胸が、俺の背中を包んだ。何も聞かずに、腕を目一杯伸ばして、抱き締めてくれた。
 メグの優しさが、俺を癒やした……
 ───恵……
 いたたまれない、どうしようもなくやり切れない感情が、胸を引き絞る。
 
 
 
「……恵のために、泣かない……俺は…そう誓った……」
 
「──かつ……」
 
 
 
 
 コイツに跨った時も、勝手に涙が流れていた。
 あの時、俺は何を思っていた……?
 
 俺は何だ?
 
 コイツにいいようにされ、放り出され……
 惨めな2年間を封印し、それを払拭しようと、8年掛けてメグを愛した。
 やっと俺は、心の置き場所を見つけたんだ。……なのに、引き剥がされて、また地獄に引き戻されて。
 
 ずっと、思ってた。
 何でこんなコトが、続くんだ。……なんで俺なんだ……
 俺のレゾンデートル。
 それを無視して、こんなの…我慢し続けられるわけがない。
 
 
 
「俺は───俺のために……泣いていたんだ…」
 
 
 
 この悪魔に、存在を無視された扱いを受けた……そんなことで、まさかこんなにも傷ついていたなんて。
 不可解な涙の理由……心の奥底の感情を見つけて、やっと納得いく思いだった。
 
 そして、同時に、驚いた。
 ────こんなヤツに、なんで………
 
 
 
 
 でも、今はそんなこと、探ってる場合じゃない。
 
「……説明しろよ」
「────」
 放心したように見つめてくる顔を、起きあがれないまま、睨み付けた。
 
 
 子供すぎた俺は、ただコイツが怖かった。
 得体の知れない暴力に、今も染みこんだ恐怖で震える。
 だから余計に……絶対に負けたくない、心は許さない! そう思って、感情の中に入ってくるこの悪魔の存在を、総て無視してきた。
 
 ───でも、もうそれも終わりだ。
 コイツを知って、俺に何が起きたのか…知らなければ───
 
 
 
「俺に判るように、説明しろ!!」
 


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