chapter19. Spread wings~おでこじゃ遠いから~
1.2.3.4.
 
 1
 
「き…霧島君……」
 
 
 天野の怯えたような、か細い声。
 ためらいと戸惑いと、懇願…そんなのが入り交じって聞こえる…。
 
 
「……本当に、…いいんだな」
 
 掠れる声を絞り出して、俺は訊いていた。
 暗闇…カーテンの向こうから外灯の明かりが透けて、室内をおぼろげに浮き上がらせている。
 広いベッド、捲り上げた青い布団。
 ─── その真ん中。
 白いシーツの上で、横たわる天野が俺を見上げていた。
 頬を紅く染めて、下唇を噛み締めて……じっと俺を見つめる、困ったような目。
 緊張しながらも、なにか期待したような熱が籠もる…
 
 ……すっげ…色っぽい…
 
 俺の顔も火照る。返事を待たないで、手を伸ばした。
 パジャマの裾を捲り上げてみる。
 白い肌が出てきた。
 
 ───うわ…
 
 我慢できずに、頬ずりしてみた。
 腹がぴくんと波打つ。そこに唇を這わせながら、胸に上がっていった。
「…ん」
 小さい天野の乳首。プールで何度も見てるけど、一番やばかったのは、あの保健室での格好だった。
 
 赤い斑点が、胸にもたくさん付いていた…。
 あの時は、どうしたらあんなのが付くのか、よくは判らなかった。
 ただ、やらしいことされたんだなって、怒りと…興奮……
 
 今は、その興奮でいっぱいだった。乳首をなめてみる。
「あっ…」
 甲高い声…ふんわりと天野の香り…温かい感触…夢中で吸い付いていた。
「んっ…ぁあん…」
 ますます声を上げながら、仰け反って、体中を震わす。
 見上げると、枕に頭をすっぽりと埋めて、潤んだ目が窓の方を一心に見つめていた。
 いつの間にか、小さな体のパジャマの前は全開になって、下は全部脱いでいる。
 俺はまだ、ジーンズとシャツを着たまま。
 ……前がキツイ。
 
「……触るぞ」
 言いながら、天野の小さく勃っているのを掴んでみた。
「ぁああ…!」
 泣きそうな悲鳴に聞こえて、それでも俺は、止められなかった。
 上下にしごいてみる。
「ん、ん、や…ぃやあ…」
「……嫌なのか?」
 俺が訊くと、熱っぽい目で、口をきゅっと結んで、じっとみてくる。
 ……天野…
 心が熱くなる。体も熱くなる。
 
 ───拒否しないなら、……いいんだよな?
 
 本気で嫌なら、無理やりしたくなんか無い。
 そんなの、決まってんのに。
 返事を待っていられない…ヤメロって、自分でも思ってんのに、手は動いてしまった。
 サクラバがしてただろうこと、俺も真似して…。
 指を入れて、熱い中を確かめる。
「ん…ん…」
 動かすたび、天野が切ない声で喘ぐ。
「……俺…もう、我慢できない」
 そう言いながら、天野の中に、俺のを挿れていた。
 
「あッ……ああぁ…!」
「ん…」
 
 ───うわ…気持ちいい…
 
 熱くて、頭が変になりそうだった。
「天野…天野…」
 うわごとのように呼びながら、出し入れした。
 擦られて、気持ちいい。
「天野…天野…!」
「んっ…んっ…ぁあ……」
 
 天野の手が彷徨って、俺を掴んだ。
 肩のシャツを握りしめて、抱きつこうとしてくる。
 俺は前屈になって、顔を近づけた。
 
 ───天野……あまのだ……
 
 ずっと見つめていた、この顔。克にいと寝てたベッドで、今は俺と……それが、もの凄く興奮させる。
「好きだ…好きだ…天野…」
 言いながら、腰が止まらない。打ち付けるたび、泣きそうにうわずる声…。
 
 ───でも…こいつは…?
 
 ふと、確かめたくなった。
「天野は、誰が好きなんだ……」
「ん…ぁああ、……ま…まって…やあっ…」
 
 一瞬困ったように眉を寄せて、目を瞠った。俺を見て、息を止める。
 
 俺は変に焦っていた。
 俺の腕の中で、俺に身を任せて…震えてるこいつを抱き締める…それでも溢れる気持ちが言葉になる…好きだ、天野。
 ……天野にも、俺を呼んで欲しかった。
 
 …はぁ…と、熱い吐息。潤んだ目が、もう一度俺を見る。
 ねつい目線、濡れた下睫毛…繋がってるのが、苦しいのか……それとも…
 妖しげな息遣いの中、俺はもう一度、声を絞り出した。
 
 
「お前は……誰が好きなんだよ?」
 
 
「………」
 
 小さな口が開いて、赤い舌が何かを言おうと、動く……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「───う…うわあぁ…ッ!!」
 
 ガバッと布団を捲り上げて、飛び起きていた。
 
 
 ──────!
 
 
 慌てて口を押さえて、横を見た。
 襖一枚隔てた隣……姉ちゃんの部屋、起こしちまったか?
「………」
 ことりとも、物音がしない。
 ……大丈夫だったみたいだ…。あんま何度も繰り返したら、いい加減殺される。
 ホッとしながら、指の隙間で溜息をついた。
 
 ────夢…
 
 また、あの夢だった。
 保健室での天野の姿…あれが頭から、離れなくて。
 
「……はぁ」
 もう一度深い息をついて、顔を拭った。
 毎回同じだった。シャツ一枚の天野を押し倒して、とにかくヤっちまって……
「…うぁ」
 そして、夢精だ。……もうこれは、あんまりしなかったのに。
 ショックを受けながら、下着を履き替えた。
 ───天野には、見せられねぇ姿だよな……
 
 俺はいつも、天野の前でだけは、カッコつけていた。
 あいつの前では、強いフリをしていた。
 “好きだ”とも言えず、克にいの代わりとして。……いつまでも俺を、頼っていてほしかったんだ。
 
 
 天野の夢は、中学に上がってから特に、頻繁に見るようになっていた。
 最初は、頭も体もおかしくなったのかって、自分が怖くなった。
 ───天野のあんな、強烈な格好を見たから……
 そんで、こんなにしょっちゅう、したくなるのか?
 ヤバイ夢…見続けるのかって。
 
 精通、夢精…小学校の時乗り越えたと思ってたこと、今更のように困り果てた。
 そしたら、柔道部の先輩が、更衣室で教えてくれたんだ。
 やっと慣れてきた、1学期の終わり頃。
『霧島、もうやってっか?』
 腹の前で、右手を動かしてジェスチャーする。
『………』
 俺は恥ずかしくて、返事が出来なかった。知ってるし…天野で、やってたから。
 それくらいなら篤志たちに聞いていて、覚えた。オナニーって、行為があるってことだけは。
 ……ただ、それがどんだけ普通にやりたいことなのかって、知らなかったんだ。
『コイツ、知ってやがる! ハハッ、ガタイが良いだけあるな!』
 先輩は直ぐ見抜いて、頭を小突いてきた。
『いつからだよ? オレは小5ん時、覚えたぜ』
 他の先輩達も、話しに乗ってきた。
 オレはいつからだ…とか、遅すぎる、早すぎる…何をオカズにするとかまで。
 赤裸々な内容に、俺や他の1年生はみんな、真っ赤になっていた。
 でも、冗談交じりに会話する中で、どれだけ当然のことなのか…男って、そういうもんなんだって、解っていった。
 ……ま、相手が天野だってのは、多分俺だけで。それは黙っていた。
 
 そして、心配になったんだ。
 ──天野は…?
 天野も、今度こそ……困ってんじゃないか?
 
 克にいが居たなら、問題ないと思う。でも、今のアイツの周りには、せいぜい図書クラブの連中だ…。
 こっちの先輩達みたいな、過激な話しをするとは、とても思えなかった。
 
 
 
 
「はあ…」
 もう一回溜息をつきながら、寝返りを打った。
 天井のオレンジの豆電球を眺めて、思う。
 
 “天野は、誰が好きなんだ?”
 
 ……夢の中で、言わせようとしていた。あんなのは、初めてだった。
 薄く開いた紅い唇…今にも名前を口にしそうに、舌が動いた。
 ……誰を……呼んだんだろう?
 
 
 ───聞かなくて……目が覚めてしまって、良かった…。
 
 
 言わせたい言葉…それを聞かなくて、ホッとしている自分がいる。
 思い出すと胸が熱くなる。────こんなに好きなのに…俺、変だ。
 息苦しさに布団を掴んで、また寝返りを打った。
 
 
 
 
 
 
 
 小学校、最後の冬。
 早すぎる雪に驚いて、天野と教室から空を見上げた事があった。
 
 あの時、天野の話から、初めて気が付いたことがある。
 
 俺はずっと、あんまり天野を拘束するから、克にいが悪者だとばっか、思っていた。
 “天野を、解放してください。最近、笑わないんですよ!”
 そう天野んちに抗議しに行った日、大雪が降る中、惨めな気持ちで追い返された。
 傘も持ってなくて、白く染まっていく道をコートだけで走り続けた。
 顔に当たる雪が冷たくて。
 でも、悔しさに熱くなった頬の熱は、冷めなかったのを覚えている。
 
 “オトナをなめんなよ”
 
 あの時、俺が克にいにされた、すっげーキス。
 教室でそれを思い出した瞬間は、思わず口を押さえていた。悔しくて、ムカついた怒りだけが蘇った。
 ───でも、よくよく考えているうちに。
 あれ……天野と克にいで、してたんだよな…毎朝。…だから、天野が勘違いしてきたキス、すごかった。
 
 ……ってか、あの濃厚な克にいとのキス…
 そのまま天野との、関節キスじゃねぇか!?
 
 そう思い当たったら、言葉も出なくなった。全身が足下から熱くなっていく。
 真っ赤になって、天野を見つめて……ドキドキを押さえるのに、必死だった。
『……な…なに?』
 赤らんで見上げてくる顔が、意識してしまったせいか、やたら色っぽくてエロく見えて…よけい参った。
『いや、なんでもない…』
 ごまかすのに、精一杯だった。
 
 嬉しかったり、悔しかったり……何もかも、克にいが先回りだ。
 それを…天野を通して、伝えてくる。
 
 ……敵わない。
 その時は、そう思ってしまった。
 天野を包んで支えてる…克にいの影。 居なくなってもまだ、俺の前を行く。
 
 でも、あのとき初めて意識したんだ。
 無理やり触れるだけのキス…、錯乱してて覚えてもいない、間違えたディープキス……そんなんじゃない。
 俺と天野。そう意識して、あの凄いのを、してみたくなってしまった。
 
 
 その後、年明けの冬休みの宿題で、“新年の抱負”の書き初めがあった。
 思った通り、天野は“克晴”の二文字を、書いてきた。
『それ、抱負じゃ、ねえだろ?』
『いいの!』
 呆れて言うと、ぷくっとほっぺたを膨らます。
 教室の後ろに貼り出した、みんなの書き初め。
 その中で、あの変にデカい二文字を見るたび、俺はおかしくて笑っていた。そんな天野が、可愛かった。
 
 緒方のは模範になるような綺麗な字で、布にも書いて、商店街の外灯に吊されていた。沢山ある中で、それも目立った。
「行雲流水」
 塾でしか習わない、難しい言葉だ。そんなのありかよって、篤志らはケチ付けてた。
 俺は、辞書を引いて調べてみて、驚いた。
 “雲が空を行くように、水が流れて行くように、自然のあるがままのように行動する”
 ───こんな言葉、よく見つけ出したなあ…。
 これも“抱負”にしちゃ、大いに変だと思った。普通書かないだろ、こんなの。
 ……けど…
 緒方なりの、天野への決着に思えた。…… なびかなかった天野を、諦めるって。
 気障っちい、アイツらしいって言葉だなって…思った。
 
 俺が一番つまんねえな。
 “勇気”
 天野を思い出すと浮かんだ、言葉だった。
 
 
 嫌われるのを恐れないで、何でも言う勇気出すぞって……
 ───自分に今度こそ、誓ったんだ。
 


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