chapter19. Spread wings~おでこじゃ遠いから~
1.2.3.4.
 
 4
 
 次の日、今年最後の大雪が降った。
 足首まで埋まるほど積もった銀世界は、俺へのプレゼントだと思った。
 
 天野と一緒に下校しながら、さっそく作られている、沢山の雪だるまを見て、笑った。
「誰が作ったんだろ。沢山あるね」
 道の端、家の前、ちょっとした広場には、大小様々なのが、数体並んでいた。
 中にはもう首が落ちて、体の横に転がっているのもある。
 
「克にぃとねえ……雪だるまも、いっぱい作った」
 
 静かにしゃべり出しながらそれに近付いて、天野は落ちている首の方を拾おうと屈んだ。
「体も頭も、大きく作りすぎて、のっかんないこともあった」
 困ったように、クスクス笑う。
 その雪玉もかなり大きかった。俺も手伝ってみたけど、持ち上がらなかった。
 
 
「……天野、その思い出……俺にくれないか」 
 
「…え?」
 
 
 二人で屈んで、自然に顔を寄せ合っていた。
 銀の世界で、クリーム色のコートと、茶色い髪。白い肌。
 見開いた眼…赤い唇。
 眩しい天野───脳裏に焼き付けるように、見つめた。
 
「雪だるまを見たら、俺のことも、思い出してくれよ」 
「……霧島君…」 
 また泣きそうに、顔を曇らす。 
「これ、無理だからさ、二つとも体だったことにして、違う首、乗っけちまおうぜ」
「……えー」
 
 言うが早いか、雪玉を丸めだした俺に、天野の目も、悪戯っぽく光る。
 二人でカバンを雪の上に投げ置いて、雪だるま修正作業が、始まった。
「名付けて、細胞分裂だるまだ!」
「あはは、きもちわるーっ」
 手袋に雪がくっついて、始めの雪玉はまとまりにくい。冷たいけどそれも放り出して、素手でおにぎりみたいなのをまず作った。それを芯にしてどんどん転がして膨らませていった。ぎゅっぎゅっと新雪を踏みしめる音も、心地良い。
「おい、デカすぎんなよ、また乗らねえぞ」
「霧島君こそ、デカすぎだよー!」
 笑いながら、また降り出した牡丹雪を気にすることもなく、俺たちは大汗を掻いてコートも脱ぎ捨てた。
 
 出来上がったのは、ぶさいくな雪だるま二体。
 俺のは丸がいびつで、天野のは、首が小さすぎる。
「ひどいね、これ!」 
「体作ったヤツが見たら、泣くぞ!」
 お互いのを指差して、批評しながら笑い転げた。
 
 それから二人で協力して、綺麗な一体も作った。
 腰くらいまでの高さがあるそれは、なかなか秀逸な出来だった。
「これ、天野」  
 丸い石を二つ探し出してきて、目の辺りに埋め込んだ。
「丸い目、可愛いな」 
 思わずそう言って、雪だるまの頭を撫でていた。
 
「………」
 それを、横で赤くなって見上げてくる、本物。
 疲れ切っているのか、踏み荒らした雪の上で、ぺたりとへたりこんでいる。
 黒い学ランに白い肌、そして上気した紅色の頬……前に後ろにと大粒の雪が降る。
 綺麗だな……。
 羽毛が舞っているようにも、見えた。
 まるで、天使だ。
 俺は、吸い寄せられるようにその顔に、自分の影を落とした。
 
 
「天野……最後に…キスだけさせて、くれないか」
 
「───え…?」
 
 驚いたように、目を瞠って。
 瞬きを繰り返してから、真っ正面に見上げてきた顔が、首から耳まで、湯気が立つかと思うほど、真っ赤になった。
 そして困り眉で、しどろもどろに、聞いてくる。
 
 
「……ど…どこに!?」
 
 
 
 ───え…
 
 
 
「…は……鼻…」
 
 
 
「…えっ?」
 
 
 
 
 急にそんなこと聞かれて、慌てた。
 天野も不意をつかれたように、目をぱちくりさせてる。
 
 俺と天野の、お互い真っ赤になりながらも、真剣に目を見開いて見つめ合う様子は、たぶんかなり変だったはずだ。
 
 
 
 
 
 
 
「唇じゃ、まずいし………おでこじゃ、遠いから」
 
 
 
 
 
 俺は言いながら、更にそっと顔を近づけた。
 驚いたままの見開いた眼。
 真っ赤な頬。
 雪が降り積もる音がする中で、俺の鼓動も最高潮だ。
 
「…………」
 二人の口から吐く息が、一緒のモヤの塊になって、消える。 
 首を伸ばして、触れるか触れないか……見つめ合いながらも、引き気味になる顔を、追いかけた。
 
 そして……
 じっと見上げてくる、俺の影になっているせいで、いつもより黒い、潤んだ瞳……
「─────」
 それを揺らして、天野はそっと瞼を閉じた。
 
 今までにない、近い距離だった。
 ドキドキする鼓動……
 その振動が、先に白い肌に届いてしまいそうで、俺は息を止めた。
 ……長い睫……小さいけど通った鼻筋、…可愛い鼻頭……薄く開いた唇…… ゆっくりゆっくり、見つめながら、視線を移動させて……
 
 そして、最後の距離を詰めた。
 冷たくて、かたい感触。
 
 …ちゅ… 小さな音を立てて、乾いた俺の唇が、鼻先に触れた。
 
 
 
 ───天野……
 
 
 
 その瞬間俺の中に、天野の体温、香り…コイツの全部が流れ込んできて、全身で感じる気がした。
 
 
 
 触れて、離れる……目を閉じて、開く───そしてまた…見つめる。
 すべてがスロ-モーションのよう……その一瞬一瞬が、永遠だった。
 
 
 これが最初で、最後。
 俺と天野、お互いがそう意識しあってする。
 ……俺がずっとしたかった、天野とのキス。
 
 
 
 
 目眩を覚えながら、ゆっくりと唇を離し、身体の距離を開けた。
「──────」
 何も言えない。
 見つめ合ったまま、どれだけ動けなかったか。
 
「……ふ…」
 天野が先に、堪りかねたように、変なカオで笑った。
 俺も、泣き笑いのようなものが、胸に込み上げてきた。
 きっと、同じカオをしている。
 カッコ付けの俺の、最大限カッコ付けたキスだった。
 
 
「……かゆい」
 ハの字に寄せていた眉を、開いて。
 瞬きをしてから、照れたように小さく笑う。
 天野からのお返しだ…ぺたんと座ったまま、小首を傾げて見上げてくる。
 優しく細めた目の端から、光が零れた。
 俺のために見せた、最高の微笑み。今までで、一番綺麗だと思った。
 
「……くすぐったいって、言えよ」
 見とれながらも沸き上がる、嬉しいのと哀しいのがごっちゃになった気持ちを、噴き出しながら、俺も笑いでごまかした。
 
「…これも、最後…な」
 腰を曲げて屈み込んでいた体を起こして、天野の足に跨るように膝をついた。
 細い体に腕を回す。
 頭を抱えて、背中を抱き締めて…両腕に教えた。 
 
 天野のためにあった腕───これからはもう、違うんだって。
 
 
 
「僕……」
 
 か細く泣く、天野の声。
 
「なにも恩返しが…できなかった」 
 肩が小刻みに、震えだした。
 
「霧島君がいなかったら……僕…どうなってたか、わからないよ」 
 俺の背中にも腕を回して、しがみついてきて、胸に涙を擦りつける。
 
「それとね、………霧島君のおかげで、僕……成長できた」 
 籠もった声は、聞き取りにくくて…だけど心に直接、染みるようだった。
 
 
 
「………ありがとうね」
「………」 
 
「……居てくれて、うれしかった」 
 
 
「────ああ、……俺もな」 
 
 
 
 
 
 天野と一緒にいれて、良かった。
 コイツのおかげで、俺も俺を、見つけることができた。
 
 結果は失恋だけど……もっともっと、大事なこと、たくさん学んだと思う。
 柴田先生…緒方…啓太さん、姉ちゃんやタクマさん。
 出会った数だけ、色んなコト知った。俺も、成長できたんだ。
 
 
 
 そして克にい……俺、約束守ったからな。
 
 俺は、いつか追い抜く。
 強くなって、大人になって、克にいよか絶対に、格好良くなってやる。
 
 
 
 そう誓って、みんなに見送られる中。
 
 俺は夢に向かって、旅立って行った。
 


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